鎧武者
あれから何週間が経ったか。初めはギクシャクしていた関係も少しずつ噛み合うようになってきているのを感じる。
誰かと一緒に住むことは久し振りということ、相手が人外というのもあって打ち解けるには時間が掛かりそうだと思っていたのに、いい意味で予想が外れてくれた。もう彼が近くにいることに違和感がほとんどない。
部屋は彼にはずっと使っていなかった部屋を渡した。でも一日の大半は私と一緒に動いていることと、基本リビングにいること。寝室は私と共有していることもあってあまり使ってはいない。
彼は家事もできるし、基本なんでもできた。生活の質は各段に向上していた。
と、同棲し始めてから変わったことといえばこれくらい。自分でも驚くくらい自然に彼の存在を受け入れているが、ずっと微妙な関係が続くよりかは絶対にマシだった。
それに、嬉しかった。誰かと一緒に過ごすことが、純粋に楽しくて、嬉しい。そのせいか前よりも生活にはハリが出てきた気がする。
彼は何も話さない(おそらく話せない)けど、メモなどの伝達手段でどうにか"会話"はしている。思っていたより問題はなかった。
ただ、そうやって楽に暮らしてばかりもいられなかった。心臓病が完治したので、自然と私はまた学校に通わないといけなくなる。
だから今日、こうして久し振りに登校することにした。それでなくても遅れている
「…………」
……ものの、やはり奇異の目線は強かった。ある程度は覚悟していた。それでも少しきついものがあるのも事実。
取りあえず今はイヤホンで聴く音楽、そして"足元の彼"だけが頼りだった。
彼は普通に誰にでも見えてしまう。なので病院の時のようにずっと引っ付いてはいれない――――――と思っていたら、あの隙間を開く方法で地面に隠れて付いてくるようになった。
だから彼の名前を呼んだりすれば、地面や天井、皆から見えないところからチラリと指を出してくる。結構頻繁に移動はしているけど、天井か床に目を向ければ大体はそこにいた。…少しストーカーめいている気もするが、教会と病院で出くわしたような怪物とまたいつ出会うかは分からない以上、こうでもしていないと危険らしい。彼がメモに書いて説明してくれた。
そんな彼だけど、何故かあの怪物たちの正体に関してはまだ教えてくれない。とにかく危険とだけ教えられている状態だった。これに関してはあまりしつこく聞くのにも抵抗があり、今は保留中。
で、予想通り、そういう類のモノは普通にいるわけで――――――……
(…いるいる)
いまもグラウンドを場違いな鎧武者が闊歩している。同じところをグルグルグルグルと動き回り、離れようとしない。武者はやはり、誰の目にも見えていなかった。
朝からずっと同じ動きの繰り返し。それを見るのにも飽きて来た頃、なんとなく天井に目を向けた。
「………」
『………』
やっぱり見ていた。こじ開けた裂け目から見覚えのある手と顔が見えている。
そこにいることに妙な安心を覚えたところで前を見る。
目の目の椅子の隙間に何かが見えた―――――…気がした。
(…………?…あれ、見えない)
瞬き一瞬。その間に隙間はいつもの隙間で、何もなかった。
彼の隙間かと思って天井を盗み見する。彼の裂け目はそこにあった。先程の位置と全く変わっていない。
(…じゃあ……あれは何…?)
また"ああいった怪物"かもしれない。グラウンドの鎧武者と言い、隙間の怪物といい、この学校もあの病院や教会と同じで例外では無いらしい。
いや、むしろ例外な場所自体存在しないと考えるべきかとも思う。私たち人間はド田舎でもどんな過疎地でも大抵一人か二人は住んでいる。それと同じに考えればいい。
気にし過ぎない方がいい――――――そう思ったのもつかの間、また妙な事態に巻き込まれる。
「あっ、幸村さん…!」
聞き覚えのある声に窓に目を逸らす。足音はどんどん近づいてきた。
関川望。今の私にとって一番"怖い人"だった。同意に私が知る中で、結構な"いい人"だった。
まぁ思っていたとおり、心臓病について色々と聞かれた。体調は大丈夫なのか、勉強について、何かあったら言って―――――――そんな内容。
適当に適当な言葉を返して応対していた。…のが仇になった。
「大変なの…?」
いきなり聞こえて来た静かな声に、不味い、と顔が固まる。
右から左へ受け流していた言葉を思い出す。たしか次は体育だけど動いても大丈夫なのか……というような内容だったと思う。
同時に彼女の「大変なんじゃない?」という言葉に私は「少しね」と返したのを思い出す。……彼女に曖昧な返事をすることが不味いことだと久しぶりに実感した。
「あ、大丈夫。そんなに大変じゃ――――」
「そんなにってことは大変なんでしょ?」
早速否定に入ったけれどもう遅い。もう完全に彼女にスイッチが入っている。
「………」
どうにも上手く返せずに戸惑っていると、腕を引かれて立たされた。
「駄目だよ。安静にしないとダメ。心臓病なんだから」
なぜ大きな声で言ってしまうのか。
「ほら、保健室にいこ?」
なぜ勝手に連れて行こうとするのか。
「え、や、だいじょうぶ――――――」
「嘘。皆に心配かけないように嘘言ってる」
うわぁぁ、と声に出したくなる、教室内の目線が辛い。奇異の目だけでなく、同情も含まれている。
"彼女"がそういう人だから、だった。
「それじゃあ行くね。何かあったらいってね」
「……あり、がと」
「うん。じゃあ行ってくるね」
そう言い残して去って行く。……彼女のことを良い人であり怖い人、とも言ったのはこれが理由だった。こういうのを演技でなく、本心からいっている人が私は一番怖いと思う。
されるがままに教室を出され、私は保健室に向かわされた。今はベッドの上。先生も彼女については知っているので、何とも言えない顔でベッドを貸してくれた。
彼女について簡単にいうなら、"裏表がないような"人。文字通りの意味で、どこまでも素直で本心しか出さない。
それに加えて酷く直接的な物言いしかできないのが難点だった。さっきのように、普通ならもう少しオブラートに包む病気関係の情報もああして結構な声量で言ってしまう。治ったとはいえ、私としても好ましくはない。
悪い人じゃない――――――だからこそ、苦手だった。
(怖い人…)
本当に悪い人じゃない。だからこそ本当に恐い。いつか悪気なく何かしら問題を起こしてしまいそうな感じがする。…遠くない未来、何か危険事に誰かを巻き込みそうな気がしてならない。
とても微妙な気分で寝転がっていれば、後ろの壁から手が伸びて来た。一瞬ギョッとした―――――――けれど、すぐに収まる。
壁をこじ開けるようにして彼が這い出て来る。先生に気付かれないよう、そっとベッドに足を乗せた。やっぱり土足のままだ。
「………ぁ」
その手には私の携帯電話が握られていた。机に放置したままだったので、どうやら持ってきてくれたらしかった。
「ありがとー……」
小声でお礼を言う。カーテン一枚でしか隔てていない以上、あまり大きな声は出せない。
彼もそれに気付いているのか、さっさと壁の隙間を開き、中へ行ってしまう。自然とその背に手が伸びたが、気付かず行ってしまった。
「………――――」
行き場のなくなった手を置いて、こっそり携帯の電源を入れる。一時限が終わるまでまだまだ時間が余っていた。
微妙な一日が過ぎて放課後の玄関。溜め息を零して靴を履き替える。…もうわざとでもいいから溜め息をはいていないとやってられない。もしかしてこれからも同じように妙な気の使われ方をして生活するのかと思うと――――……気が滅入る。
今では私の後をつける彼が一番の拠り所になりつつある。…まだ出会ってそんなに経っていないのに一番信用されているとはこれ如何に。
夕飯の献立と必要な食材……考えごとをしつつ歩いていたせいか、少し注意が散漫になっていらしい。
「―――……ッお」
目の前に鎧武者が立っていた。衝突しかけて反射的に立ち止まる。
そのまま横を通り過ぎようとした時のこと、
『見えるのかい』
いきなり聞こえてきた声にビクついた。…彼の声じゃない。彼は話せないから。
となれば後は一つ。この鎧武者。箱に腰かけて刀を抱えた武者しかいない。
鎧兜の奥で両目が光る。
「わ…っ」
『―――――』
どこから現れたのか、彼が私の肩を掴んで遠ざけた。そして私を押しのけるようにして前に出る。彼の指先はカギ爪のように鋭かった。
『…ああ、誤解ですゆえ、手をお下げに――――荒事を起こす気は毛頭ありません。ただ、頼みを聞いていただきたいだけなのです』
「…頼み」
『はい。とても大事な頼みを』
怪しいのに変わりはない。…変わりはない、けれど、放っておくとそれはそれで嫌な感じ。
「……あ、大丈夫だから…うん」
彼に――――サドに手を下げるように言う。しばらくの間の後、ようやく手を下げてくれた。指先はいつも通り、鋭さはなくなっていた。
鎧が頭を下げる。
『ありがとうございます……それで、私の頼みなのですが…引き受けてくださいますでしょうか』
『………』
無言で彼に見つめられる。
「………何を、すれば」
『――――』
呆れたように彼が肩をすくめた。それどころじゃないというのにこんな仕草もできるのかと妙な点に感心してしまった。
『それはありがたい。とてもとてもありがたいことです……その、それで、肝心の内容なのですが』
武者が続ける―――――そして、内容に驚かされた。
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