死神

学校からの帰り道、簡単な食品でも買っていこうと思って駅傍のコンビニに立ち寄った。コンビニ自体、価格が高いせいで前はほとんど行かなかったけど、今は彼の方が興味津々なのでよく立ち寄るようにしている。

 彼は足元の隙間からこっそり私の様子を覗いている。何が欲しいのかは隙間からメモを見せて知らせてくれるので簡単だった。

 休日ならともかく、平日に彼と一緒のところを見られる訳にはいかない。見た目彼はいっぱしの社会人。私はというとまだ学生。"妙な関係"と勘繰られる可能性を考慮しての行動だった。

 休日だけならまだ一緒にいても親戚の叔父さんが世話をしにきてくれているとか、色々言い訳が立つ。でも平日は人の目、特に学生の目が多い。そこから妙な噂が立つのは怖かった。


 彼と共に住むようになって早一ヶ月。まだまだ問題は山積みだった。











 気分的な問題でいつもと別の、知らない道を歩く。今日は少し長めに歩きたい気分だった。彼もたまに手を覗かせながら隙間で移動している。流石に人目につくので、一緒には歩けない。

 今日の夕食はどうしようか――――――思考錯誤しながら歩いていると、小さな公園が目に留まった。その公園で、何人かの女の子が砂場で遊んでいた。

 しかし私が最初に目を惹かれたのは、その背を見つめる、ローブの男だった。遠目でも分かるくらいボロボロのローブ。そして、その肩には明らかに場違いな"大鎌"を担いでいる。……確定はしていないが、"ああいう類の存在"だと直感した。


「………」


 そのまま通り過ぎて良いのか迷ったが、結局関わらないことに決めた。ああいった風貌の人外はよく見かける。それには触れない方が良いと彼に言われていた。

 数回とはいえ危険な目にあっている立場なので従うしかない。病院でのあの言いようのない怖さはしっかり覚えている。


「……」


 見たところ、特に何か問題を起こそうとしている…ようにも見えなかった。その様子を見て、前に会った鎧武者を思い出す。彼は何か困りごとがあってあの場所にいた。

 なら何か、解決して欲しいことがあるのかもしれない――――――でも、自分から話し掛けるのにはどこか抵抗があった。

 何故か知らないけれど近寄りがたい。そんな空気をあの人外は持っていた。


 不意にスカートを引かれる。


「っえ………あ…」


 サドの仕業だった。下から顔を出している。

 その手をスカートから剥がして取る。


「な…なに」


 流石にいきなりそういうことをするのは頂けない……そう注意しようと取った手だったが、その指は私のビニール袋を指していた。


「…?……あー…そうだ…」


 そういえば冷凍系を買ったことを失念していた。それを教えてくれたらしい。急げ急げと手で合図してくる。

 指摘に従って道を急ぐ。…公園を通り過ぎる前にもう一度あの人外の方を見たら――――――――もう、どこにもいなかった。


 










「……今日も、いる」

 学校からの帰り道、あの公園で、まったく同じ場所であの人外を見かけた。ローブに大鎌、間違いなかった。

 最初に見かけたあの日から、もう一週間は経っていた。なのに人外は変わらず、ずっとあのベンチにいた。

 今日の公園にいるのは一人の女の子。記憶が正しければ、この一週間毎日みかけている。他の子はおらず、一人で砂場にいた。


「…」


 流石に奇妙だった。…あの人外は何もしていないかもしれないけど、何かしているかもしれない。だって不自然だ。毎日毎日おなじ場所にいるなんて。

 それにあの砂場の女の子も気がかりだった。今までは誰かと一緒にいたけど今日は一人。もしかすると人外は一人になる日を見計らっていたんじゃないか――――なんて飛躍した発想まで出て来る。

 でも、普通なら飛躍した発想だったとして、それが通用するような存在でもない訳で―――――……


「……サド…話してみてもいい?」


 気付けば足元の彼に、会話の許可を申請していた。












『……君は…見えるのか』

「…一応」



 彼が隙間から監視する中、話をする。会話の許可を彼に頼んだ結果、十分注意した上で、という条件で了承を得られた。

 しかし彼が"話し掛けるな"ではなく、"話しかけてもいいけど気をつけろ"とするのは珍しい。…彼が了承を出すということは多分、無害な存在。そうじゃなかったらきっと許可は出なかった。

 人外に隣に座ってもいいか聞けば、無言で頷かれた。それだけでもこれまで出会ってきた人外たちの中でも、比較的話が通じるタイプだ。


「……えっと………貴方は…何なんです…か」

 しどろもどろに問いかけた。

『………』

「……」

 人外は何も答えてくれず、黙ったままなので困った。失礼なことをしてしまったかと焦る。

 すると地面の隙間からメモが飛び出してきた。

「わ……と…………――――え」

 どうにか受け取ると、筆跡は彼のものだった。…そこに書かれていた一言に首を傾げる。

「……"死神"?」

 そうつぶやくと人外が勢いよく私を見た。


「わ…」

『………知ってるのかい』


 深く被ったフードの奥、驚きの混じった声が聞こえてくる。

 勢いに戸惑いつつも頷いた。


『……そこの隙間…いるのか』

 地面を指で差す。その手は細く、全く肉がなく、鋭い形をしていた。

『………』

「………サドー…」

 それに対し彼はとった行動は無視。私が呼びかけても隙間すら出そうとしなかった。この人外――――――死神に苦手意識でもあるのか、出てくる気配は全くなかった。

 死神は溜め息をついて、手を下ろした。


『やめておこう。…面倒だ』

「……すみません」

『なにを謝る。顔を出したくないから出さない。それで終わりだよ』


 淡々、抑揚のない声で死神は話す。…怒っているのかどうでもよく思っているのかとても分かりにくい。


「死神ってことは……仕事は…」

 間が持たず適当な話題で場を繋ぐ。――――意外にも死神は律儀に答えてくれた。

『………』

「……?…」

『役目は伝承通り…死期を迎えた者を連れて行くこと』

「………あ……魂…とか、そういう…?」

『…………』

「………」

『……半分は、合っているな。魂というより……エネルギーのような………そういうのだ』

「……」

 ただ答えが返ってくるまでが少し長かった。


「…じゃあ、今日も仕事で」

『…………』

「………すみません」

 流石に内容まで聞くのは問題だったかと反省する。

 が、いきなり腕を上げたかと思うと、人差し指で前を指した。


『……目の前にいる』

 え、と声を出して前を見た。そこにいるのはあの女の子――――――…背を冷汗が伝う。


「…嘘」

『…本当だ。彼女の名前は立川雪乃。現在五歳、保育園通い。家族は母親のみ』

「……母親…のみ」

 シングルマザーということ。


「じゃあ、ずっとここに座っていたのは…」

『執行日より前に殺されないよう、守る為。それだけの為だ』

 殺されないように守る。でもそれは――――


(………最後には殺すのに)

『殺すために守るというのも矛盾しているが、死神からすればそれは矛盾じゃない。普通のことだ』

「……はい」

 私の心を見透かしたように答えをくれた。…見透かしたというより、よく言われていることなのかもしれない。もしくは自分自身、日頃から矛盾していると感じているのか。




「…それで……それは、いつ…?」


 せめて遠くの日であって欲しい―――――――そんな望みは次の言葉に砕かれた。

『…明日だ』 

「………明日…」

 思っていた数倍時間がないことに、脳内が真っ白に染まる。


「明日の…何時に………?」

『……あまり口外するのは考え物だが…深夜、十一時四十八分。死因はまだ、決まっていない』

 何も言えずに押し黙る。どうしたらいいか分からず、行き場のない目を彼女に向けた。

 小さな背をしている。明日死ぬことを彼女は当然知らない。それを思うと胸が苦しい。


『今死んだとして、あと何十年か経てば"向こう"で会える可能性はあるだろう………しかし…だ…』

 気休め程度の言葉だった。それは死神も承知の上で、声にしたように思えた。

『きっと君たち人間にしてみれば、"そういう問題じゃない"んだろう』

「………きっと」

 きっとそうだった。こうして直に話を聞ける私は兎も角、彼女や彼女の母親はそれを知らない。死んだあとどうなるか分からない。だからきっと、とても後悔すると思う。


『…よく……分からなくなってしまった』


 長い沈黙の後、死神は言った。


『確かに仕事ではある、私以外に任せられるような仕事じゃないことは確かだ……それでも、なんだか…疲れてしまった』

 無理もない。素直にそう思った。普通に考えて何度も人の死に目に会って、何度も遺族の想いを受け止め続けてきたらいつかはこうなって当然だと思う。いっそ慣れてしまえば楽なのかもしれないが、彼の場合は性格上難しい気がする。

『……』

「……」

 揃ってあの子を見つめる。その姿はとても楽しそうで、見ていて辛かった。

(でも――――――やらないといけないんだ)

 多分、私程度じゃ口出しできない問題がある。いくらなんでもそこに介入する訳にはいかないし、介入したとして何もできない。


『…とにかく、明日には………運ばなければならない』


 運ばなければならない―――――――殺さなければならない――――――言い難い言葉なのはひしひし伝わって来る。

 本来ならどうにかならないのかと訴えるべきなのかもしれない。助ける方法はないのかと問い詰めるべきなのかもしれない。なのに私はそうしなかった。

 分不相応というか、踏み込んではならない領域の問題だと思った。多分、それが理由だった。生物の死に関する"ルール"。こればかりはきっと――――――……


(……ただ言い訳してるだけみたい)


 なんだかずっと、言い訳じみた理屈を述べているだけに見えて来た。ただただできない理由を挙げて言い聞かせているような、後ろめたい気持ち。

 だからといって踏み込めないのは事実。どうすることもできない。

 死神はずっと、彼女を見つめていた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る