思考

 死神が別件の仕事があるといっていなくなってからも、私は座り続けた。その隣には彼が顔に包帯をして座っている。

 彼女は砂場から離れず、なにかを淡々と作っている。その顔は大して面白くも無さそうで……。


「……似てる」

 ぼやいてしまった。彼が顔を私に向ける。


「…なんでもない」

 そう言って立ち上がる。彼女と少し、話をしてみたかった。口下手な私がどこまで話せるか分からないかれど、兎に角、何かを話したかった。

 砂場まで来て、彼女の横に立つ。するとその砂場から顔を上げて私を見つめてきた。


(………似てる)

 どうしてもそう思ってしまった。あの日、あの時、鏡で毎日見ていたあの目。それに少しだけ似ていた。

 しゃがんで目線を合わせる。 


「………なに…つくってるの…?」

 話題作りが下手な私はそんなことしか聞けなくて。でも彼女はしっかり答えてくれた。

「やま」

 山だった。

「……そっか」

「……」

「…」

 折角答えてくれたのに大した返答も出来ずに終わらせてしまう。…少しの沈黙の後、とりあえず話を繋ごうと思い


「…今なにか、欲しいモノってない?」

 と、バカみたいなことを言ってしまった。

「……」

「……」

 彼女も困惑した目で私を見ている。……本来ならもっと色々と話して、それから自然な流れで聞くはずが、上手く行かずにこうなってしまった。

 こんなことを聞いて何をしたいのかと思われるかもしれないが、それなりに考えがあっての行動だった。

 明日、どうあがいても死んでしまうなら、なにかその前に彼女の願いを叶えられる範囲で叶えてあげたかった。打算はなしに、偽善かもしれないけど、"そうしたくなった"ので"そうする"つもりだった。


「……えっとね」

 そんなバカな質問にも律儀に彼女は答えてくれるらしい。これがもしもっと大きな子だったなら、いくらなんでも怪しまれて何も答えてくれなかっただろう。彼女の年齢に救われた。


「………あのね――――――」


 彼女が言った。―――――その年齢に見合う、ささいな願いだった。


「………そっか」

 とりあえず、出来る限りの笑い顔で答えた。その顔を維持するのは大変で、辛かった。

 じゃあね、と言って立ち上がる。ベンチを見ればいつの間にか彼は消えていた。代わりに足元に隙間が出来ている。

 そのまま公園を出て道路に出る。公園が見えなくなる前、何度も振り返った。変わらず彼女は砂場にいた。


「…辛い」


 本当に、ささいなものだった。それがとても、辛かった。















 彼には悪いけれど、夕食は受けつけなかったので断った。代わりにずっと、寝室に閉じこもっていた。

「………ごめんね、食べれなくて」

 ドアを開けて彼がきた。その手には市販の栄養食とペットボトルが握られていた。せめてこれだけでも食べろ、という意図だった。

 受け取るだけ受け取って、また物思いに耽る。いくら話したことがない子でも、流石に明日には死ぬと言われれば動揺もする。…整理がつかない。


(なんの整理がつかないのかって話だけど)


 私は、私が何をしたいのかもわかっていないのだから。






 布団の上にメモ帳が投げ込まれた。

「……?」

 彼が背を向けて隣に座る。

 メモ帳を開けば、見覚えのある筆跡が見えた。中身は―――――


「…………どうやって調べたの、これ…」


 彼女の――――あの子の経歴とその母親についての詳細。母親に至っては今勤務している場所まで書いてあった。


 大量の文字の中、特に知りたいことを抽出すると、あの子の母親は既に離婚していて、この町から離れた場所に勤務している。それで中々帰ってこられない日が続いている…らしい。

 そして中でも一番目を引かれたのは、『今一番欲しいモノ』。やっぱりそれだった。

「…………辛い」

『……』

 見るだけで辛いものがあった。まだ小さいからか、それはとても些細な願いだった。…もっと成長していれば、俗物的な物になっていたと思う。


(……欲しいモノは………"母親との時間"…………でも…)


 そこについても辛い。明日は土曜日……だけど、仕事の内容からして休みでは無いらしい。彼のメモ帳には、明日の母親のシフト状況も記録されていた。…"こういった商売"にしては、珍しく朝から夕方までだった。

 加えて母親は明日、家に帰っては来られないと書いてある。理由は別の仕事があるから。時間的には予定死亡時刻からして一時間程度の時間はある……が、仮に帰ってこようとしたところで、移動時間でその内の殆どが削れかねない。

 どんな結果になっても、とりあえず彼女に母親の顔を見せてあげたい。



 こうなると、手段は一つしかなかった。




「……サド」

 彼の顔を真っ直ぐ見る。またすべてを彼頼みにするのは抵抗がある。でも悠長なことも言ってられない。だから――――――

「………お願い…」

『……』

 顔を逸らさず、彼は聞いてくれた。

『…―――』

 迷いはあるようだけど、頷いてくれた。私が何をしようとしているのかは察していた。

 素早くメモに彼が書き込む。その内容は『明日 夜 出発』だった。

「……うん」

 色々考えることはある。それは一旦保留に、まずは動いてみようと思う。…どうせ動いても動かなくても後悔するなら、動いて後悔したかった。













 アイルランド――――男たちは、郊外の森に立っていた。

 深く、気味が悪く、鬱蒼とした森――――――当然、目的があっての訪問だった。


「何匹やられた」

 十匹の"犬"を引き連れた男が言った。

「四匹……まぁ、妥当だろうな」

 死骸を処理しながら一人が答える。

「結構な損害だが、本当にここまでする価値が"コレ"にあるのか」

「あるんだろう。というか四匹程度で済んだんだ。幸運な方さ」

 "コレ"は全身を布で覆われ、鎖で縛りあげられていた。その隣には、さらに大量の布と鎖で覆われた"何か"が蠢いていた。途中、"何か"の唸る声が聞こえていた。


「どれくらい使えるんだ」

「どうせ使い捨てさ」

「割に合うのか」

「相手が相手だ。半端なモノじゃ相手にすらならない。それにきっと、成功しても失敗しても"犬"に処分されるさ」

 使い捨ての銃弾のようなものさ――――男は言った。


「……"使役"までどれくらい掛かるんだ」

「…一週間――――交代交代で二十四時間改造を続ければ、それくらいで終わるな」

「まぁ、妥当か」

 男が"ソレ"を見つめながら続けた。


「そういえば、今回実行するのは誰だ」

「確か……ほら、"標的"の傍にいるっていう子供いるだろう」

「ああ」

「ソイツをそこそこ知っている奴が仕掛ける手筈だってさ」

「そうか」

 何にせよ俺達には関係ない――――――そう思い、煙草を吹かす。


 煙が空へと浮き、紛れて消えた。








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