自問

 一週間経って、彼女の葬儀は行われた。死因は急性心不全。"誰"にも"どうすることも"できない死因だった。死神とは会っていない。ただ、感謝していると伝えてほしい、とサドに言ったらしい。昨日、彼から聞いた。

 私と彼は今、葬儀場の前に立っていた。彼は顔に包帯、そしてウィッグでごまかしての参列……をする予定、だった。


「………」

『…………』

「……どうしようか」


 でも、入れなかった。直接的な面識はないから入れないとか……そんな軽い理由じゃない。

 仕方ないことだったと分かってはいても、煮え切らない想いがある。当日の計画は上手く行ったし、思うように事はすべて運んだ。彼女に最後、何が何でも母親と面会させるという目的は果たせた。

 何をしたかというと、二つ目の仕事が終わって諸々の準備を終えた瞬間、彼の隙間を使って母親を自宅に移動させた。母親はいきなり家に返ってきたことに困惑していたけれど、彼女が嬉しそうにしているのを見て、不思議に思いつつ夜を過ごしていた。そこから先、どうなったのかは私達は見ていないので知らない。


 そうやってできる限り良い方向に事が運ぶように努力はした。……ただ、それによる責任が私にはあるような気がしてたまらなかった。何とはいえない、なにか責任が私にはある気がしてならない。命のルールを曲げてしまったような罪悪感。だからどうしても入れなかった。足が動かなかった。


「…私のしたことって…良いことだったのかな」


 思わず口から零れた。あの死神が言っていた言葉の意味が深くのしかかる。何もかもがよく分からなくなってしまった。


「………」

 これ以上ここにいてもしょうがない。私にはなにもできない。そう思って足を葬儀場と真逆に向けた。

『―――――』

「…どうしたの」

 すると、彼がいきなりポケットから何かを取り出し、顔は前に向けたまま私に差し出した。

「……」

 意図が掴めないまま取りあえず受け取って、表紙をめくる。次へ次へ、流し読みに―――――――は、できなかった。


「…………―――……」


 中身を見て、その一ページ目を見て、無意識に溜め息が出た。呆れの意味じゃない。感心というか、凄いというか。賞賛の溜め息だった。


 かなりの長文がそこに書かれていた。内容はざっと見て、私への励ましと私の行動についての批評。それがたくさん並んでいた。紙とインクの感触からして、ついさっき書いたようには見えない。おそらく、一週間前の時点で書き終えていた。


 彼はこうなることを見越していたのだと思う。勝手に行動して勝手に私が落ち込むことを知っていて、その為の予防線を張っていた。…素直に、感服した。

 事実、多少は気が楽になった。私の行動の肯定と、ほんの少しの注意。肯定しすぎず否定しすぎず。今の私にピッタリな内容。


「……――ありがと」


 声が震える。肩に手を乗せられる。そして次に頭を撫でまわされた。

「……」

 葬儀場に行こうと思う。関わった者としての責任がそこにある気がした。

「…―――…」

 指で押さえきれない。どうしようもない涙があふれて来る。

 まだ葬儀場に入るには時間が掛かりそうだった。――――それでも足だけは、しっかり向けていた。











 大きくローブが風ではためく。風の強さがもう秋のそれだった。


『……やってくれるじゃあないか。流石というべきか、なんというか…』

 ローブがスーツに言った。その声には賞賛の色があった。


『…何をしたのかとか、諸々は聞かない。あの日の夜は、あの日の数時間はあの親子だけのものだ。言葉にも、文字にすることもないだろう。知りたいとか、気になるとか、そういうのは野暮だ』

 スーツは沈黙を続ける。


『…死因はできる限り辛さのないものに変えた。睡眠時に行うから、ほとんど苦しみもない』

 依頼通り……そう言って立ち上がる。大ぶりの鎌を引っ張り上げた。


 ――――大丈夫なのか、と言った。


『大丈夫もなにも…結果は変わってない。それだけで十分だろう』

 ローブがそういった。スーツは無言のまま。

『………どうしてあの子供と一緒にいる?』

『……』

『…私の予想は、合っているのか?』

『………――――』

 無言が続く。


『……何をしたいのかは"しらない"ことにする。ただ……だが、大きく"こっちの界隈"に異常を出さないようにしてくれ。いくらお前でも、"界隈"は容赦しない』


 スーツが肩を竦めた。

『…………ただ、目立つのは気を付けた方がいい。"脳無し"がまた動いている』

『……』

 大きく風が吹いた。秋が過ぎたと思えば冬がくる。年月が経つのは早い。

『大事にするんだ――――――それじゃあ、行く。あの子供には、感謝していたと伝えてくれ』 

 そう言い残して身投げした。当然、自害じゃない。人外は人間の"当たり前"に"当て嵌らない"。

『…………』


 スーツが踵を返して歩き出す。そうして開いた隙間に消えていった。














 葬儀から数日経って……学校からの帰り道、並んで歩きながら話し掛ける。

「……あのね」

『?』

 首を傾げて返してくる。人気のない場所を歩いているとはいえ、顔にはいつも通り大量の包帯を巻いて隠してあった。

「…怒らないで聞いてほしいんだけど……少し思うこと、あって」

 不意に立ち止まった。それに倣って私も止まる。

『…―――』

「―――…」

 いままでと一転。真剣そうな雰囲気に支配される。

 生唾を飲み込んで、声を絞り出した。


「あ、と……うん…………」


 言葉を飲み込みかけた。でも、どうにか出す。そうじゃないといけない気がしたのと、もう飲み込めないところにまで来ていたから。


「…あの鎧武者とか…今回みたいに大丈夫そうな相手なら………これからも、今日みたいに助けてあげたいなって…いや、助けたのは……サドの方だけど…」

『―――』

 首を横に振られる。…予想はしていた返しだ。話し掛けられただけで攻撃的な気配を見せた彼だ。きっと、私がああいった手合いと話をするのは好ましくないんだと思う。

「……」

『………』

「……」


 気まずい沈黙が続く。そんな中、彼がペンとメモを取り出した。


「………?」

『―――――……』


 一言か二言書き終えて私に渡す。


「………うん」


 どうしてそうしたい?――――――そう書いてあった。


「…なんで、かな」

 自分でも分からないところだった。利益もでない。周りからも評価されない。ただただ面倒で損するだけ。なのにどうして協力するのか。

 今回の場合は流れに身を任せた結果の行動。けれど自分から助けていくとなれば、彼としては相応の理由が欲しいのだと思う。


「あ、勿論、積極的に探したりとかはしないから―――――その、見える範囲で、偶然見つけたら……って感じに……」

 しばらくして、何時の間に書いたのか一枚のメモを見せて来た。

「……うん…分かってる」

 損するタイプ――――――その一文が今の私を的確に表していた。

「……そうだね」

 自嘲の肯定で返す。彼は賛成も否定もせず、黙っていた。

 私の頭を軽く叩いて、歩き出す。その後ろをついていく。これについてはまだ、先送りにすべき問題だった。


 まだ私一人じゃ、何もできないのだから。






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