吸血鬼

 帰宅中、色々と考え事をしながら歩いていた。

 私も高校二年生。そろそろ進路先を決めないといけない頃合いだった。

 大学についてはできれば短大。いけなかったら医療関係の専門学校。大きくこの二つに絞り始めた。

 ただ経済的にも大学は厳しい気がしていた。あくまで仕送りで生きている身。そうなると奨学金制度の利用しかないが、あくまで奨学金は言い方を変えただけの借金。それを返そうにも大学を卒業してすぐ就職できるとは限らない。

 将来が不安で仕方がない――――解決方法を考えつつ道を曲がる。


「………何…あれ」

 いかにも、という格好をした人が道の真ん中に立っていた。

『……』

「………」

 隙間から彼が出て来る。ということは、彼と"同類"だ。

 改めてその姿を見る。その人外は……奇天烈というか、明らかに浮いた格好だった。真っ赤なロングコートにどこかで見たことがある帽子。遠目だが、服の質感もまるでコスプレイヤーのようだった。

『――――――』

 人外がしゃがみ込む。…しゃがむというよりは構えているように――――――



 不意に突風が吹いた。


『えふぐっ!』


 いきなり突風が吹いたと思ったら妙な悲鳴が聞こえた。私の前には何かを蹴り飛ばしたような恰好をする彼が立っていて、蹴り飛ばされたらしきものが地面に激突していた。

「……へ」

 何がなんだか理解が及ばず、ぽかんと取り残される。

 とりあえず現状把握のために彼が蹴った何かを見ると、見覚えのあるロングコートが見えた。

「あ」

『…う……ぅぇ…ぅ』

 先程、道に立っていたあの人外だった。腹部を蹴られたらしく、うずくまって悶えている。

 それを見て察した。あの突風はこの人外が一気に移動した時のもので、何故か私たちに襲い掛かって来たから彼に蹴られてこうなった……のだと思う。

「……それで……これどうするの?」

 当たりどころが悪かったせいかずっと悶え続けている。彼に意見を仰げば、さぁ?、とばかりに肩を竦めていた。

 日が既に傾き始めていた。








『……あ』

「あ、起きた」

 人外が起きたのを確認する。すると彼が立ちあがり、私の傍に立った。

『…ここ……は』

「公園」

 あの後、かなりの痛みからか、人外は気を失ってしまった。で、そのまま放置しておくのもアレなので、丁度近くにあった公園にとりあえず移動した。そしてベンチに寝かせて起きるのを待っていたのだが、思っていたより起きるのは早かった。

 ゆっくり起きる。人外は酷く眩しそうにしていた。


『…いてぇ…眩しい……』

「……」

 腹部を押さえつつ立ち上がったかと思うと、傍の木の影に移動した。


『……うぅ…』

 呻きながら深呼吸する姿を見て、その口元に違和感を感じた。

 一瞬だけ、犬牙のようなものが口を開いた時に見えた。それも鋭く、噛まれたら大怪我をしかねないくらいには大きかった。


『……ぅ』

「…?」

 木の影に移動したのにまだ眩しそうな目をしている。確かにまだ多少は眩しいが、もう殆ど日は見えない。なのにどうしてここまで眩しそうにするのか疑問だった。


(日に弱くて牙があって………吸血鬼みたい)

 そこまで考えて、その可能性があることに気がついた。あり得ない話ではない。落ち武者がいるならこういう都市伝説的生き物がいても変ではない。


『…あー……アンタ、見えてるな?』 

 そう問いかけて来る。害は無さそうなので頷いて答えた。…そもそもここまで運んでおいて見えませんでした、とはいくらなんでも苦しい。

 そうか、と嬉しそうな顔をして人外は笑った。そして立ち上がって、両手を合わせて頭を下げる。


『頼む。俺の頼みを聞いて欲しい』

「………」

『―――』

 彼と顔を見合わせる。彼が呆れたように肩を竦めた。




『まず…いきなり襲い掛かって悪かった。ただ歩くはずが、力の加減を完全に間違えた』

 家に案内して早々、頭を下げて来た。

(…そんなこと、あるのかな)

 歩くのと間違えていきなり飛び掛かる、なんて果たして本当か謎だが、無事だったので深くは詮索しない。

『本題に入る前に……実は俺、吸血鬼って生き物で―――――』

「…はい」

 なんとなくわかっていた。


『…あまり驚かないな。でもまぁ、そんなヤツ連れ歩いてるんだからそれもそうか』

 そんなヤツ…彼のことだった。僅かにむっとしながらも、ここは飲み込んだ。

 予想した通り、人外は人外でも、吸血鬼という生き物だった。…見た目や言動から、どこか想像していたのと違うが、こういうものだと理解した。

 人外が―――吸血鬼が続ける。


『この国には色々な理由があってきたんだ』

「…じゃあ、海外から?でも、日本語が…」

 それにしては日本語が流暢……変なイントネーションもないし、標準語という奴だった。


『まぁ、もう十年はここにいるから』

「……ああ」

 言葉については納得した。十年も日本にいれば、それなりに喋れるようになる…と思う。


「…でも、なんの目的で……」

 そこが気になるところだった。数年ならまだしも、どうして十年も日本にいるのか。それとも、もう住み着いているのか。

『……まぁ…それが、さっきの頼みなんだけど』

「…なる、ほど」

 何か厄介なものじゃなければいい……けど、そう上手く行くとも思えない。あの武者の時もそうだったが、人外からの頼みはどこからしら一癖ある気がする。


『………"死体"を回収して欲しい』 

「………」

『……』

 また彼と顔を見合わせる。思っていた斜め上の頼みが来たので、反応に困った。

 間を置いて、話を再開する。


「……凄く重い頼みな気が……え、どうして死体…」

 兎に角、詳細を聞かないといけないので話して貰うことにする。

『…………始まりは…』

 しばらく言い難そうにしていたが、流石に説明の必要があると考えてか、ゆっくり口を開く。


『…十一年前…だったと思う。……故郷にあった仲間の墓が掘り返されたんだ』

「…海外の?」

『そうだ。墓の周辺はかなり酷い有様で、棺が土から掘り出されていた。慌てて中身を見ると中は空っぽ。指のかけら一つ残っていなかった』

(……え?)

 妙な部分があった。何故彼らは見えないのに、どうやって遺体を連れていったのか。


「……あれ…でも……人外って普通の人には見えないんじゃ…」

『人外って俺たちのことか。まぁ、普通なら見えない。でも、そいつの場合は親の片方が"見える"人間で片方が"吸血鬼"っていう変わったルーツだった。そのせいで、吸血鬼だけど周りからも見えるようになっていた』


 実際に説明を受けて納得した。そういうケースがあるような気は前から薄々感じていた。それが確信に変わった。

(じゃ、サドも…)

 ということは、サドもそういうルーツで誕生したから誰にでも見えているのだろうか、と予測を立ててみる。…本人からの説明がない限りは詮索はしないが。


「……でも、墓を掘り返すような人ってまだいるんだ」

『意外といる。目立たないだけで、結構な』

「…そっか」


 エジプトとかそういうところの墓を掘り起こして中の宝石とか大事な物を盗っていく人がいることは知っている。…でも、吸血鬼の墓を掘り返すような人は聞いたことが無い。

 いや、そもそも吸血鬼の墓だったか知っていたかも怪しいところだった。そうなると、勘違いで掘り返された可能性もありそうだった。


「……でも……ただの墓荒らし…?」

 念の為に聞いてみたが、首を横に振って返された。

『墓荒らしじゃなかった。それだけならまだどうにかなった……墓荒らし程度だったら』

 妙な言い方に引っかかりができた。


「……じゃあ、誰が?」

 嫌な予感がしつつも聞くと、吸血鬼が微妙な顔をして答えた。


『……荒らしたのは…日本人の発掘チーム』

「…………あー……そういう…」

 そういう団体があることは知っている。研究とか、そういうものの為だ。…しかし海外の物にまで手を出していいのだろうか。……それは置いておき、偶然にその遺体を掘り起こした、という形らしい。 


『…犯人が日本人って気づいた時にはもう国内にはいなかった。それで、そいつ等を追いかけて日本まで来たんだ』

「…そういう、こと」

『……ただ……凄い大変だった。パスポートとかは周りに見えないから当然いらないけど…もう本当につらかったんだよ』

「……そんなに?」

 と、ここで傍観に徹していた彼からメモを渡される。やけに静かだと思っていたら、メモを書いていたらしい。

 手に取ってみると、意外と吸血鬼について知らないことばかりが書いてあった。銀とかニンニクとかが苦手……だけでなく、家に入るときはその家主に招かれないといけないとか、流れる水の上を渡れない、とか……色々と書いてあった。


「…これ、ホント?」

 聞けば彼は深く頷いた。それを気にしたのか、吸血鬼が身を乗り出してメモを確認する。


『……ああ、本当のことばかりだな。ニンニクとかは結構個体差あるけど、銀とか家についてとか、水とかは合っている。本当さ』

「へぇ」

『まぁ特に水の上を渡るのは辛いな。…飛行機を使ったとはいえ相当に体を悪くして……半年はろくに動けなかったな…』

「…………」

 知らない情報ばかりだった――――と、感心していたところで、肝心の内容について聞き直す。

「…それで……その遺体は、いまはどこに?」

 それが分からないと回収なんて絶対にできない。

 すると、また言いづらそうな顔をしていた。


『……それが、少し厄介で…』

「……??」

『……………ちょっとした教会みたいなところなんだが…』

「はあ」

『…………』

「…???」

『………………宗教関係の組織のとこに…』

「…………」

 言わんとしているところが分かった。その団体の名前を聞けば、確かに言いづらい。少なくとも、下手に本などで取り上げられない宗教だった。

『死体がそこに渡った経緯はよく分からない。ただ、きっと金銭の取引があったんだと思う』

「……そこに…侵入しないといけないってこと…?」

『…すまん』

「…………ちょっと考えさせて…」

 本音を言うと、物凄く行きたくない。多分クラスメイト全員に「この"迷惑"団体の名前を知っているか」と聞けば、全員が即答えられるような団体だ。

 …押し付けるような形は嫌だが、言ってみることにした。


「ほかの人外にあたるっていうのは…」

『無理だった。…純粋な信仰目的なら普通の人外でも入れるが、あそこの団体、不純な動機で動いているせいで"異端"的な存在は皆入りたがらない』

 異端……人外のこと、だろう。

『ソイツとアンタなら……きっと入れる』

「…なぜ?」

 人外が無理なら彼も入れない……その筈だった。

『いや、大丈夫だ。ソイツなら、きっと』

 意味深な言い方に首を傾げたくなる。理由をもっと聞いてみたかったが、それ以上にやるかどうかを今は決めないといけない。


「貴方自身は……その……中に入れない?」

『…昔、どうにか無理やり入ろうとした。でも、無理だった。入る以前にバカみたいに捻った魔除けばかりで近づけもしない。仮に入ったとして、今度はシンボルの銀でやられた』

「……やられた?」


『もう何度か挑戦してるんだ。…上手くはいかなかったけど』

 髪をかき上げると、額に深い傷があった。腕を捲ればそこにも大きな傷。もう二度と消えそうにないくらい、酷いものだった。

『こんなに弱ってなかったら一人でもどうとでも出来たんだが、流石に、これじゃあ……』

 流石に痛々しくて、断るのが憚られる。


「……どうしよう」

『………』

 彼に聞くが、彼自身も微妙な心境らしい。関わるなという空気を出しつつ、あまり積極的に止めようとしてこないのが証拠だった。

 変な宗教を相手取ると後が面倒くさいというのは周知の事実。この宗教…というより、その本山的な奴は芸能界にまで進出していて、一度入ると家族まで巻き込まれたりで物凄く面倒だと聞いている。

 そんな連中のいる場所に入るのは……できれば遠慮したい。

『……頼む…』

 深く、深く頭を下げて来た。

「…えぇ……と…」

 かといって、断るのはやっぱり辛い。もう本当に必死なのだ。さっき見えた腕の傷と顔の傷。両方とも物凄く深く、相当頑張った結果がコレなのだともう直感した。

 確かに彼の隙間ならきっとどうにかなる………かもしれないが、肝心なのは"代替物"。

 話を聞くにはその大事な物は教徒たちの信仰対象的なものになっている。となると、紛失したとなれば結構面倒そうだ。

 そういう面もどう解決すればいいか分からないし、そもそも入りたくないし――――――


「……――――…」


 聞こえないように溜め息をつく。結局どう無理なことを言い聞かせても、答えは出てしまっている。

 彼を横目で見る。私に任せる、そう言いたげだった。


「………――――――じゃあ、やる」

 言った瞬間、いきなり吸血鬼の顔が上がった。

『……いいのか』

 こんなに頼んでおいて今更……ここまで来たら、どうしようもない。

「………うん」

 頷けば笑顔で私の手を握ってきた。

『ありがとう。…頼んだ』

(…あー…あ)

 頭の中で愚痴を零す。受けると言った手前、もう断る気はないが―――――本当に嫌なものは嫌だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る