遺体

「いや、本当に凄くて……こう、教えを受けた瞬間、頭が弾けるような―――――――」

「………」

 鏡を見なくても分かるくらい、冷え切った目を私はしているだろう。

 物凄く、つまらなかった。







 さかのぼること三日前……重大な問題が発生した。彼が隙間を目的地に繋げられないことが判明した。

 何度か試した結果、凄く面倒なことが判明した。

 根本的にしっかりとした宗教じゃないせいで俗物的な空気が萬栄していることが一つ。それにプラス、海外や国内の魔封じ的なものを適当に長時間置いているせいで彼が隙間を作っても全く関係のない場所に繋がってしまうらしい。

 ただただ強力なだけの封印だけなら兎も角として、何もかもがグチャグチャで適当過ぎる封印なのが問題だった。吸血鬼が言ったように彼自身は目的地に入ることができる。でも、隙間は目的地を知っている上でそのルートを作り維持し、その上で目的地に繋げる……という何段階か踏まないといけない能力とのこと。目的地を知っている、ルートを維持するまではできたが――――――


 先程言ったように肝心の目的地が色々と面倒くさいことになっているせいで、全然見当違いな場所に繋がってしまう…という流れだった。

 つまり侵入するには正面から堂々と入らないといけない。…が、中は監視カメラもあれば人もいる。それも毎日、しっかりと。

 こっそり盗むことができないのだ。御蔭で、初めに考えていた方法は打ち切らざるを得なかった。




 で、それが今―――――気味の悪い座談会に出席している理由だ。彼と吸血鬼含めて話し合ったが、一番いいのは座談会に行き、隙を見て中に侵入すること。…彼は思い切り反対していたが、二日掛けて説得して了承を取り付けた。…いい歳こいて甘えて頼んだりもした。思い出したくない。

 ちなみに現在、彼とは別行動をとっている。少し変わった方法で"ある場所"に侵入するらしい。私じゃ、できないような方法で。

 欠伸をこらえて話を聞く。もう一時間は座りっぱなしだった。運悪く芸能界にいる幹部の人が話をしにきているらしく、話が長い。中身がない話をいくら続けても意味ないというのに。


 あと何分かかるのか……時計を何度も見て、欠伸をこらえて、冷めた目で私は座り続けた。








「あの…トイレ、ありますか…?」

「あ、はい。それならここから少し奥に行った所に」

「どうも、ありがとうございます」

「いえいえ」

 お礼を言って隣を通る。優しそうな人だった。…でも、同時に怖い人だった。貼り付けたような笑顔は気味が悪い。

 教えられた道を行き、トイレをそのまま通り過ぎる。ここからは誰にも見つかってはいけなかった。この先は、立ち入り禁止だ。バレたら、不味い。


 少し進んだところで横を向いた監視カメラを見つけた。――――携帯の時間を見る。

(二時五分……そろそろかな)

 通路の脇に隠れてカメラを見つめる。すると、いきなり左右に激しく動き始めた。

 彼からのサインだ。


(よし…)

 それをしっかり確認して先を進む。ここから先はカメラに気を使わなくていい。

 別行動中の彼がいる場所。それは監視室だった。兎にも角にもまずはカメラの排除をしないといけない。なので彼にはそこを頼んでおいた。

 監視室にいる人は彼が気絶させている筈。…乱暴な手段だが、こうでもしないとどうにもならない。悪いことをしている自覚はある。

 奥に進む。彼は今頃、きっと監視室から移動している。先に目的の場所に向かっている。

 私も急がないといけない。足音に気をつけながら、道を進んだ。






 道中、仕方なく気絶させたと思われる人が寝かされていた。予め彼は見つかったら気絶して放置しておくと私に言っていた。なので、これは彼の仕業だ。

「………」

 本当に申し訳ないことをしているが、それでも進むしかない。気絶から復帰させないように、気をつけて歩く。


 しばらく歩くと、いかにもというネームプレートを見つけた。名前からして、祈ったりする場所だ。

 ゆっくりドアを開ける。…彼はまだ、いなかった。

 ドアをしっかり閉じて中に入ると、いかにもな祭壇がそこにはあった。電気はつけられそうにない。灯りは祭壇の上の蝋燭。

(火が点けっぱなし……危ない…)

 辺りを見渡せば、札や十字架が壁一面に貼られている。神聖な場所…とは言い難い。気持ち悪い。

 携帯の灯りを最大に、懐中電灯代わりに使う。急いで本題の死体を回収しないといけない。

(…ない)

 真っ先に祭壇を調べたが、遺体のような大きなものはない。周りを見渡しても、そんな大きなものを隠せる場所は無い。

 ならどこにあるのか。シンボルみたいになっているなら、壁にでも貼り付けれあるのか。

 気味が悪い壁に光を当てる。天井含めて探していくと―――――ここに入って来た時の扉に、妙なものを見つけた。

 一本の腕だった。カサカサでミイラのような腕。それが杭のようなもので貼り付けられていた。…全然、気付かなかった。


(……もしかして…これ?)

 腕一本でも遺体…といっていいのか。でもそれ以外に遺体らしきものはない。足とか頭とかもない。祭壇の下も探したが、何も無かった。

 どうしようか――――とりあえず杭を抜き、腕を手に取る。


 するといきなり、その手が開いて私の腕をつかんできた。

「ひあッ!」

 思わず声を上げてしまった。慌てて口を閉じたが、遅かった。扉の外から声が聞こえてくる。

 どうするべきか分からず、まず隠れようと祭壇の後ろに座り込む。一応、身体全体を隠すことは出来た。




 扉が開き、足音からして数人が入ってきた。明らかに、関係者だった。

「どうだった?」

 一人が話しかける。答えたのは、もう一人の男性。声の数からして、入ってきたのは二人だった。

「まぁ、あれでしょ。数人は入って来るんじゃない?」

「一人入るだけでも違うよ、ほんと」

 そんな話が聞こえてくる。どういう意味が含まれているのかは、深く考えないようにする。

「そういえば、あの人ってきたっけ?」

(…?)

「あ、さっき来た。"いつもの奴"渡したら帰ってった」

 何の話か知らないが、取引的な話と考えていいのか。それっぽい単語も出てきている。

 金銭取引だったりするのだろう。この宗教は常日頃そういう噂が絶えない。それくらい私達一般人からすれば悪印象な場所だ。


「あの変な犬は?いたか?」

「目の模様だらけの犬だろ。今日もいたよ……何度見ても慣れないな、アレ。気味が悪い」

「犬種ってなんだろうな」

「雑種だろ。あの目は…流石にペイントだって」

 理解が及ばない会話、しかしどこか気になるワードが含まれている。変な犬、目の模様だらけ……彼と同じような、人外の類でありながら、普通に確認される存在、なんて可能性もある。

 だとすれば、その犬を連れている"あの人"とはどんな人なのか。私のような一般人…とは考えにくい。

 というか、そもそも変な犬とはいうが、本当に目はペイントである可能性もある。大した裏付けもなく判断するのは……駄目な気がする。

(…それは…今は、いいか)

 一旦思考を打ち切って、二人が立ち去るのを待つ。今は遺体を探して、無事に目をつけられずに帰ることに集中しないといけない。

 一度見つかれば、きっと厄介なことになるから――――――そう思って、しっかり小さく、固まっていた。腕を掴んでくる死体も抑えて、小さく、小さく。



 …多分、私に不備はなかったと思う。でも、見つかるときは見つかるもので……。



「……君…なにしてるんだ………?」

 偶然祭壇の後ろに来た一人が、困惑しつつ聞いてきた。…が、私の腕についているものを見て、顔色を変えた。

「…お前……何――――ー」

 そこで言葉が切れ、前に崩れ落ちた。後の一人も同様に倒れ込む。

「………来てくれた……よかった…」

 その後ろから彼が現れる。

「……生きてる?」

『………』

 彼が頷いた。念の為に息を確認する。殴りつけたのか首を絞めたのかしらないけど、誰も死んではいなかった。

 彼が差し伸べて来た手を取る。と、そこで私の腕をつかむ死体の腕を指してきた。

「あ、これ………このドアに張り付けられていて……それと遺体、探したけどこの部屋にはなかった……多分、他の部屋に―――――」

 そこまで言って、彼に口を閉じるよう促された。

「……うん」

 また誰かきたら困る。そういう意味で静かにしろ、ということだと思う。

 彼が扉を閉じ、部屋の隅に二人を固めて置く。そして壁に向かったかと思うと、乱暴に札を剥がし始めた。十字架も地面に落としている。

(ああああ…)

 こんなことしていいのか……かと言って止めることもできず、彼の奇行を見守っていた。

 ある程度剥がし終えたところで、私の腕を掴んできた。

 そして壁に手を当て、思い切り横に払う。


 見覚えのある、隙間が現れた。

(…なんで、隙間が……?………あ、剥がしたから…)

 札や十字架を剥がしたりしたから、ここだけ隙間が開けるのかもしれない。そんなことより――――――

「ま、まだ遺体見つけてない―――――」

 しかし無理やり腕を引かれ、隙間の中に入れられる。振り返って部屋の様子をもう一度確かめても、それらしいものはやっぱりない。

 器物の破損、遺体の捜索…心配事がまだある中、結局彼の成すがままに、私は連れていかれた。




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