企み
目を擦る。彼は何を思ったのか立ち上がると、寝室から出ていってしまった。出ていく前に、男をしっかり睨みつけていった。
二人ここに残されてたものの、話の種も何も無いので窓の外を見つめてた。何度見ても雪景色に変わりはない。本当に冬になってしまった。ただでさえ遅れていた勉強もきっとさらに遅れている。どうにか取り戻さないといけない。
とは考えつつ、何から手をつけていいか分からない―――――色々不安に駆られる中、横から聞こえて来た声に振り向いた。
「どうして君はアイツを信用できる」
「……?」
どうしてか―――――そんなことを言われても、困る。
「あんなに危ない奴を、どうしてだ。…見たところ、アイツがどんな存在かも知らないんじゃないのか」
「…まぁ」
「……尚更分からない。危険とかそういうこと以前に、まったく素性が分からない奴をこうして家に上げている。この三か月、アイツの様子をずっと見て来たが……この家のことは何もかも知っているようだった」
それはそうだろう。彼が家に住むようになって、後少しで半年が経つ。そろそろ家のどこに、何があるかは聞かないでも分かるようになってる。
「…直接聞きたかった。なぜ、ここまで信用できるのかを」
「……なぜ」
「…興味……考え方の違いについての、興味………それだけだ…」
疑わしいのに変わりはない。…変わりないが、これくらいなら話してもいい気がした。寧ろ何か話すことで私と彼については目を瞑ってくれる可能性もある。なら、話した方が得だった。大した理由でもないし。
「………長くなるけど」
「話してくれ」
それでも、なんでこんなことに興味あるのか本当に分からないけど、とりあえず、話すことにした。
「まぁ……理由の一つは………家族がいないせい、だと思う」
一度話し出すと、閉じようとしても自然と言葉が零れていく。
「………」
男は黙ったまま話を聞いていた。
「まず中学生の頃…………母親がいきなり家を出ていったせいで、私は一人になった。で、かなり寂しかった」
「…父親は」
聞きにくそうに男が言った。
「普通に離婚して、今はどこにいるかも分からない。……生活費は、母方の親戚が送ってくれているけど、私を引き取ることまではできなかった」
「……理由、あるのか」
「引き取らなかった理由は…………確かに向こうとはあまり良好な関係じゃないけど……ただ面倒だったんじゃないかって思ってる」
だから自然と家事はできるようになったし、色々な手続きについても多少は一人でできる。そういう所は、一人だった御蔭かもしれない。孤独にくらべれば微々たる良点だったけれど。
「それでも親戚には援助してくれるだけで凄く感謝してる。御蔭で一人でもどうにかここまで生きてこれた………でも……」
「………」
「彼がここに住むようになる少し前………重めの心臓病を持っていることが分かった。それで、移植手術しないといけなくなったけど……そんなお金もないし、保険にも入ってないし……借金だってできないから、諦めてた」
話を続ける。彼が戻って来る気配はない。
「病院から申告された"あの日"……なんだか凄く寂しくなって―――――自暴自棄…とは違うかもしれないけど――――ふらふら外を歩いていたら……彼に会った」
「……道端で?」
「違う。古い教会。そこで別の人外に襲われて、それを彼に助けられた」
「………教会…?」
「教会。そこで会って、病院に運ばれて―――――診察を受けたら、何故か心臓病が完治してた」
「……は?」
まるで意味が分からない、とでも言いたげな顔をしている。私だって分からない。でも完治していたのは事実であり、疑いようがない。
「たぶん、彼のお陰。…それ以外、考えられない」
「…病気を治したのがアイツだったとして……だから信用できるって言うのか」
眉を顰めて言われた。
すぐ言い返す。
「だって、こうやってしっかり助けてくれたの、彼だけだったから。それから色々な人外関係の事件に出会って行って……いつの間にか、隣にいるのが当たり前になっていた」
「………―――」
嘆息された。
「…信用できるかとか…それだけで十分な理由だと思うけど」
納得のいかない表情をしている。
「それって…誰でも…いいんじゃないのか?」
「……?」
「…別に……アイツじゃなくても………他の誰かでも、君は誰かが隣にさえいてくれれば…良かったんじゃないのか……」
「…―――――………」
言葉に詰まる。
「………それは……そうかもしれない」
これまで、どうにか考えないように、考えないようにしてきたことだった。そこが、そこが怖かった。もしかして私の中の"彼そのもの"への重要性はそこら辺の人と同じなんじゃないかと。別に"彼"でなくても、優しくしてくれる人なら、私は誰でもよかったんじゃないかと。
否定することが、できない。こればかりは答えを出すのがとても困難だった。
「……………本当にお前は、アイツと一緒に生きていきたいと、本気で思っているのか」
厳しい目を向けられる。それについては、迷いなく頷いた。
「…それだけは、本気」
彼以外でもいいんじゃないのかとか、そういうことを度外視していいのなら、私は彼と一緒に生きていきたいと思っている。これだけは、間違いなく、本気で思っている。
「ろくな答えも出せないのに、一緒にいられるのか?」
「………」
「それとも、なんだ。"異性"として意識でもしているのか」
異性――――男として、という意味に決まっていた。
「…………好きというか……好きなのかもしれないけど…………そういうのじゃない気もする」
好きなのは間違いない。ただそれを恋愛に当てはめるのは………何かが違う。
「…………」
「…兎に角…一緒にいたい。それだけ」
男はしばらく黙って、
「…………気味が悪い」
鼻で嗤った。
「……ああ、そう」
同じく、適当にあしらってスルーした。そうしないと、いけなかった。すぐ離れないといけなかった。
「 誰でもいいんじゃないのか 」
男の言葉が、既に頭をぐるぐる回り始めていた。
深夜、満月。もっとも人外が活性化する時間帯。
その幸運に感謝し、服の袖を捲った。
「やっぱり生きていたな……ドク」
折れた右腕に裂け目が――――目が生まれた。怪し気に目が笑う。
(目玉一つでも残しておけば、すぐ復活できる……隠しておいて正解だった)
予めドクが、"犬"が負けることは折り込み済みだった。それなりの対処も用意していた。それを今、情報を引き出した今、発揮する時だ。
脱臼した左肩と足の関節を直し、どうにか立ち上がる。
(コイツも同類だ…)
人外を擁護するのであれば殺すまで―――――それが方針。…いや、擁護どころじゃなかった。寧ろ、最も危険な女だった。
幸いにも今はアイツがいない。"あの日"、この女に使った"注射の解毒"の為、大量の血液を供給していることはよく知っている。その疲労からして、おそらく今はリビングで眠っている筈だった。この女より、自分の方がアイツをよく理解している。
そしてこの女を殺すチャンスは、今しかない。
(話を聞く限り、"あの教会"にコイツは入って、アイツの――――――………)
だとすれば、同情の余地はない。確かにこれまで可哀想な人生を歩んできたのだろうが、そんなものはどうでもいい。話なんて、まったく聞いていなかった。
この女を殺せば、最早勝ったも同然……確信があった。自分の予想はきっと合っている。アイツの目的は、この女を――――――
(なんとしても止めないとならない…)
傍の椅子を持ち上げる。これで頭を一撃。それで終わりだ。後はドクを一時的に元に戻し、一気に逃げるだけ。アイツは既にかなり弱体化している。絶対に追いつけない。
大丈夫――――絶対に――――――――
祈るように言い聞かせ、椅子を振り上げ、打ちおろした。血しぶきが壁一面に散らばった。
朝起きて、早速食事の用意に取り掛かった。彼女の為だ。既に輸血は終わり、回復が始まりつつある。後はそれを待つだけだった。
厄介な物を彼女は打ち込まれたが、"逆に"そのお陰で上手くいった。中々に貴重な物なので、最初はアレ無しでの道順を予定していたというのに……鴨が葱を背負って来た。
使えるものはすべて利用させて貰う。そのためには、まず彼女を復帰させなくてはならない。
寝室の扉が開く。足取りが不安定ながら――――――彼女が現れた。
「………おはよ」
眠そうに何度も瞬きしながら近づいてくる。
ソファに座り、リモコンでテレビの電源を点けながら話し掛けて来る。
「……あの男の人………いなくなったんだ」
家に帰した―――――そう"言葉"で答えた。
「そっか………」
彼女はそのまま何とはなしにテレビを目視し続ける。丁度、ニュースがやっていた。内容は殺人事件。早朝、発見された死体についてだ。
死因は……頭部への衝撃。"鈍器"のようなもので殴られていた―――――そう報道されていた。情報が早いと感心する。
「………あれ…………なんで私……貴方の声が聞こえるの……」
今更重大なことに気付いて困惑する彼女に、思わず、笑ってしまった。
テレビではまだ事件について流れている。横目で見たテレビには、とても見覚えのある現場が映っていた。
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