組織
「……まず………すみませんでした…」
おどおどと自信なさげな顔で男が言った。その顔を黙って彼と見つめる。心なしか、白けた空気が漂っていた。
両腕を包帯で固定され、彼の手から出る糸のようなもので全身を拘束されている。仕方がなかった。もし何か企んでいてもすぐに対応する為だ。念の為か、彼は出刃包丁を持ってベッドに座っている。それで何をするかは言うまでもない。
「…凄い迷惑でした」
「…………」
小さな身体がさらに小さくなる。
「……何が目的で、あんなことを」
ある程度説明はされたが、あれだけじゃまだまだ情報が不足しすぎている。そもそも一体どういう組織なのか。何を目的に動いているのかは明白にしないといけない。
少し口ごもったが、彼が包丁を少し動かしたのを見て口を開いた。
「…その……あの時に言った通りで…そこにいる……彼のような存在を保護するか処分するための組織……それだけが、目的で…」
彼がメモ帳を渡してくる。多分、この中に全部が書いてあるのだろう。彼のことだから私が寝ていた三か月の間に、彼なりに情報を吐かせたのだと思う。きっと、どこかに監禁するかして。
メモ帳を開けば似たようなことが書いてあった。……ただ―――――
「………凄く不安定な組織…?」
「……」
『…――――…』
きまりが悪そうに男が目を逸らした。隣では彼が深く頷いている。
メモに書かれていたのは男の所属している組織の運営について……だったが、もう一目みただけでその不安定さが分かる。
どうやらこの組織は私と同じように"色々と見える"人間で構成されており、そういった存在の中でも危険なものを保護したり処分したりと管理するのが目的……らしいが、
「……これ…酷い」
問題なのはここからで、この組織は創立から百年以上が経過しているのにも関わらず、『かなり知識が遅れている』らしい。
具体的なことをいうと、色々と危ない存在と触れなければ危険のない存在、完全に無害な存在を区別することすらできず、やたら滅多ら保護したり処分したりをしているようだった。
それに加えて十分な情報もないくせに接触したりするせいで死亡者や怪我人が絶えないとも書いてある。保護とはいうが、これについても情報が不足しているのでほとんど手探りらしい。
どうやって百年間も管理してきたのか。不思議で仕方ない。
つまりまとめると、大した知識を持ちあわせていないのに行動力だけは一人前なせいで逆に迷惑ばかりを引き起こす団体、という訳だった。
メモ帳を閉じて表紙を見れば、このメモ帳のタイトルは【"脳"無し】というらしい。完全に皮肉だった。
「…どうせ…ダメな組織って思ってるだろ」
「え」
睨みつけながら男が言った。まぁ、自分の会社を無能と言われているようなもの。腹立たしく思うのは当たり前だと思う。
思う――――けど、あまり庇えるものでもなかった。私たちは攻撃された側で、向こうは攻撃してきた側。加害者、と言っていいか分からないが、擁護するのが難しいのも事実。
「……俺たちのほとんどは…ソイツみたいなのが見える奴等ばかりで……そのせいで昔からひどい目に遭ってきた。この組織はそういう奴等の拠り所なんだよ」
どうしてこんな組織が出来たのか。そう聞く前に話し始めたのでそのまま聞く。彼も一応は耳を傾けている。
「…だから…処分したりしようとするのも、無理はないだろ。アンタだって…そいつ等が見えるアンタだって、昔から嫌なことばかりだったろ?」
「……それは…」
答えられない。私はその組織の人たちと違い、彼等が見えるようになったのはここ最近。だから肯定もできないければ否定もできない。
男が続ける。
「殺そうとして何が悪い。そいつ等は厄介者だ。ただただ迷惑しか掛けない連中だ。違うか」
いつの間にかかなり饒舌になっている。それくらい、大変な目にあってきたのだと思う。他人には見えない存在を自分だけが見えている状況。周囲から浮くことは容易に想像できる。
何も言えずにいると、彼がまたメモを一枚くれた。これを読み聞かせるように、と書いてある。
「……"しかし知識が不足しすぎている。そのせいで無害な連中も酷い目にあった"…」
「…なんだと」
「………」
強い嫌悪の視線を向けてくる。
横の彼を見る。メモの内容からして、彼は知っているのだ。同族がどんな目にあってきたのか。
「…でも実際、無害か有害か判別できないのは不味いような……」
学校にいた鎧武者や死神のように無害そうな存在もいれば、教会や病院で出会った存在、デュラハンのように危険そうな存在もいる。一括りにはできない。
それに何もしなければ無害だったのに下手に手を出したせいで痛い目を見ることだってありそうだ。例えば今回、彼のように(少なくとも私からすれば)手を出さなければ何もしないのに、攻撃したせいで返り討ちに遭うケースもある。本当にどうやって百年も維持できたのか不思議でしょうがない。
「………」
男が押し黙る。本人も気付いてはいるのかもしれない。とはいえ、組織の運営方針では見つけ次第攻撃みたいなものがあるのかもしれないし、数が多すぎてその中で善悪の分類をするのは難しいという理由があるからかもしれない。
どちらにしても、組織そのものについて私がとやかく言っていいような気はしない。
「……ね…ある程度、サド達のこと、教えてあげるのは駄目?」
『―――』
「…そっか」
迷うことなく彼は頷いた。駄目、ということだ。
私の手の中のメモを取り、加筆する。
数秒経って返してきた。
「…なんて書いてある」
男が聞いてきた。…一応、答える。
「……"下手に知識あたえると逆に危ないことをするから"…って………」
また男は黙る。多分、察するものがあるのだと思う。
与えることを提案した私がいうのもどうかと思うが、正直なところ、彼等について教えるのは少し不安だった。
これまで処分か強制保護という形で成り立ってきた組織だ。下手に知識を与えると、それを処分関係に役立てそうな気がする。その辺、考えものだった。
それでも多少は教えておかないとさらに悪い方向に行きそうな気がする…けど、彼が駄目と言うならそれに従うつもりだった。こういったことは彼の方が絶対に深く理解している。
「………それで……いつ俺は…解放してくれる」
話を一旦切り上げ、別の話題に移る。…ここも結構考えどころだった。
もしここで解放したら、きっとまた彼の命を狙ってくる。だからといって解放しないままだと、今度はそれを不審に思った組織から誰かが派遣されてきそう。
「…解放したら、また狙って――――」
「当然だ。そいつは危険すぎる。絶対に処分する」
予想していたそのままの返答にため息が出る。どうせ組織の運営方針を変えるのは無理なので、せめて彼だけは狙わないでほしいと説得したかった。
とはいえ、話が通じる相手かは疑問。相当に人外に対して恨みがあるようだし、それを解消しない限りは何も伝わらなさそうだ。
「……どうしてそんなに」
「……ソイツが危険だからだ。今は良くても、何年か先、何が切欠で攻撃的になるか分からない。芽は早めに摘み取るべきだ。それが俺たちがすべきことなんだ」
まるで教科書を音読しているような印象を受けた。…きっとこの言葉は、誰かからの受け売りじゃないかと感じた。
下手に詮索すると話がこんがらがりそうなので、話題を移す。
「組織って…資金の調達は、どうやって?」
その辺り、ちょっと気になっていた。仕事の内容が内容だ。構成員一人一人が働いている社会人、とは考えにくい。なので、気になっていた。
「資金………資金は……寄付…」
「……寄付…?」
「………」
目を逸らして言うので、明らかに怪しかった。彼は冷ややかな空気を男に向けている。
(…寄付……教会とか…………あれ?)
寄付……と、そこで"ある会話"を思い出した。ある人たちの会話だ。私だけが聞いている、あの会話。
「……もしかして……"あの宗教"…?」
「………」
無言が逆に怪しい。否定すればいいものを、こうして無視するから逆に印象が悪くなる。
しかしこんな態度をとる以上、きっと、間違っていない。あの宗教とは、吸血鬼の遺体の件で侵入した場所だ。あの、座談会の奴。
遺体があった場所に行った時、祭壇裏に隠れていた時に"体に目玉の模様がある犬"という話をしている人達がいた。そして、そんな奇妙な犬と私達は出会っている。
「……」
彼の腕を食い千切り、最終的に頭を潰された、この男の犬だ。偶然…とは言い難い。だってこんな変な模様(実際は本当の目だが)をしている犬、普通いない。
それにしては普通の人外と違って姿が一般人にも見えている、と思ったが、そういう類の人外は意外といる。隣にいる彼しかり、混血の吸血鬼しかり。色々弄られた人外犬がいても変じゃない。
(…あの宗教……)
まさかの資金調達元がアレな宗教から。となると、もう全てが厄介だった。
「…別に…そこからだけじゃない」
「え」
「……他に…普通の宗教とか、神社とか……そういうところからも、貰ってる」
そうは言うものの、きっと全体の半数近くが"アレ"からの寄付だと思う。他はきっと、微々たるものだ。
その辺りの話は保留するとして、個人的に気になることがあった。
(…何を思ってこの組織立ち上げたんだろ)
男の発言からして"人外が視えるせいでひどい目にあってきた"という人が結構な数、構成員にいるようだった。恐ろしい人外にはまだ数回しか会っていないが、小さい頃にアレが見えていたり、襲われたりしたのなら、こういう組織を立ち上げるのも無理はない。
私は彼がいることで、言ってしまえばこれまで得しかしていない。だから、そういう人たちの辛さを知らないから、あまり口出しはできない。これまで会って来た人外も、大半は穏やかな性格をしていた。きっと私と昔から視えている人とを比べれば、人外に対する印象は大きく違う筈。
―――――考えるのに疲れてしまった。眠気がする。
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