デュラハン

「………」

「……」

 店内音楽だけが私の支えだった。

 半ば、仕方なしに入ったファミレスで、私は彼女と対面していた。

 助けを求めるように天井を見れば、彼も困ったような様子で隙間から顔を覗かせた。

 彼女はまだ喋らない。それを急かすこともできず、かといって席を立つこともできず時間がただただ過ぎていく。







 事の始まりは私の筆記用具のための買い物だった。丁度壊れてしまったのでその補充にという理由だった。

 行ったのは駅傍のコンビニ、あの死神との一件の時に行ったあのコンビニ。どうもあの日以来、ここを利用する日が増えている。ただの気分的な問題だと思うが、どこか惹かれるものがあった。

 壊れたシャープペンシル本体の補充やボールペンの補充と色々見ていた時のこと、偶然会ってしまった。

 彼女、関川望だ。私の心臓病についてやけに心配して保健室に強制送還させたあのクラスメート。あくまで偶然にばったり出会ってしまった。


 また何か妙なことを言われるんじゃないか……そう警戒しつつ会釈したところで、かなりの違和感を感じた。

 顔色だった。いつも普通に笑ってすごしている、そんな彼女が真っ青な顔をしていた。

 風邪のような空気でも無かった。そういうのじゃなくて、とにかく顔色が悪い。何かとても恐ろしいものを見てしまったような顔。息も荒かった。

 どうしてなのか――――流石にほっといてもおけなかっので、話を聞くことにした。



 で、今に至る。何も喋らずにいるので、もう十五分近くも静かなままだ。


「………実は…」


 しかし流石にこれ以上黙ってはいられないと思ったのかいきなり口火を切った。

 私も下手なことを言わず、耳を傾ける。まぁ大して大きな問題じゃないだろうと、そう思っていた。








「…血をかけられた?」


 と、予想は外れて内容はかなり重く、それもかなりショッキングと呼べるものだった。

 彼女が言うには、数日前、家のインターホンが鳴ったので外に出ると、いきなり何者かに大量の血を掛けられたらしい。なんの脈略もなく、唐突に。

「……血のりとかじゃなくて?」

 首を横に振る。


「…本物……本物の血の臭いがした」

「…そっか」

 血の独特な匂い。確かに、そんな匂いがアレにはある。


「それを…タライ一つ分…掛けられて…」

「……それって相当…」

「…かなり多い」

「………」

 酷いものだと思う。仮に悪戯だとして、いくらなんでも度を過ぎている。ここまできたら警察沙汰だ。


「そしたらその人……いきなり変な言葉でブツブツ言い始めて………気付いたらいなくなってて……」

 口元に持ってきていたカップを止める。

「………いなくなってた…」

「……うん」

 気付いたらいなくなっていた―――――…少しずつ、嫌な予感がしてきた。


「………お母さんには相談して、警察にも行って……でも家にいるとまた来るような気がして不安で………だから外に出て来たの」

「………」

 同感だった。一人だと何があるか分からないし、それならこうしてたくさんの人がいる場所に居たいと思うのは自然なこと。なんの不思議もない。

「…それで、どんな人にぶつけられたの?」

 話を続かせるために振ると、俯きつつ答えてくれた。


「……なんか…すごい変な人…」

「…?」

 妙な言い方に首を傾げる。


「………特殊メイクっていうのかな……ほら、映画とかでやるやつ…」

「…まぁ、知ってるけど」

 ゾンビとかそういうものを演じる時のメイク。流石に知っている。


「…それをしてたんだと思うんだけど………その……頭がなかったの」

「………」

「……」

「…………え?」


 思わず聞き返した。本当に、え?、だった。

「だから…頭がなかったの」

「…見間違えじゃ―――――」

「本当なんだってばっ」

 鬼気迫る顔と声に気圧される。…嘘をいっているようには見えない。

 まさかと思うが、思いたいが、念のために聞き出すことに決めた。


「……首がないって………あと、他に特徴は?」

「そんなの大して見てないし……なんか血を掛けられたときに持っていたのは大きなタライで……あと鞭みたいなの提げてて………汚かった」

 大量の血の入ったタライに鞭、汚い――――


「…他には?」

「えぇ…………えっと…………馬…?」

「ウマ?」

「馬の鳴き声が聞こえたくらい。…うち、牧場なんて近くに無いのに」

 当然だった。彼女はこの辺りに住んでいた筈。牧場なんてこの辺りには一つもない。少なくとも、鳴き声が聞こえるような場所は無い。


「…馬……」

「あ…それと、何か、車みたいなのを引く音」

「……押し車みたいな?」

「そうそう。そういう古いヤツ」

 馬に車に……馬車ということも考えられそうだった。…話を聞くごとに、私の予想に近づいてきている。


「……もう…どうしよう……」

 もう、十分だった。

「…明らかに怪しいから、当分はこうやって人の多いとこにいた方がいいと思う。あと、誰かに家に一週間くらい事情話して泊めて貰ったり…」

「……うん」

 適当に妥当なことを言いつつ、話を切り上げようとする。これ以上話すのが面倒くさいとか、そういう理由じゃない。

 急いで家に帰って、彼と話せる場を作らないといけない。


 十中八九、予想通りの結果になりそうだった。











 家に帰ってきて彼と話をして、もう確信した。……人外の仕業だった。

 彼が書き出したワードの通りに携帯電話で検索する。首を片手に、首のない馬の引く馬車に乗り、鞭を持っている―――――…検索してみたら簡単に出てきた。


「…デュラハン」

『―――』

 彼が頷いた。彼が頷いたなら正解と考えて良い筈。同族のことは同族に聞くのが一番いい。


 と、早速サイト内の情報をかき集めていく。かなりの有名どころのサイトに載っている御蔭で簡単に終わりそうだった。


 デュラハン。首がなく、首のない馬と馬車に乗って鞭を持った妖精、死を予言する存在…そんなことが書いてあった。病院で会った子供の化け物のようによく分からない存在もいれば、こうして伝承が残っているものもいるらしい。

 死に関係している存在――――――ただ、前に似たようなものに私たちは会っている。少女を殺さなければならないことに葛藤していた、あの死神だ。

 お互いに"死"関係するワードが出ているものの、その違いはなんなのか。調べる必要は十二分にあった。



 ネット情報を粗方まとめて、彼のもつ情報との答え合わせをした結果、大半は伝承通りの生き物らしい……けど、一部は違った。

 合致しているのはその容姿。首が無くて同じく首のない馬に乗っていて鞭を持っている。そして姿を見られるのが大嫌いで見られたら鞭でその目を潰そうとしてくる。ここまでは同じだった。

 次に違う点としては、まず誰かに対して死を"予言"するのではなく、勝手に予言のようなことを言って数日経ったら"殺す"…というよく分からないことをする生き物だった。つまりは予言と言うより殺人予告に近い。なぜ普通に殺さずわざわざ予告をするのか。その点は彼にも分からない様子。

 ただ彼曰く、そもそも前提として人外に対して理由を求めること自体がナンセンス。意味もなく動くことそのものに意味がある……らしい。


(………でも一番の問題は…)


 少なくとも近々彼女が殺される可能性が高いということ。彼も同意見らしい。間違いなく数日中に彼女は死亡する、そうメモにはあった。

「……回避する方法は?」

 返って来た答えは、とにかく物理的に諦めさせるのは無理、だった。

「…もしかして、結構強い感じの人外?」

 叩きのめすのは結構難しいとも書いてあったので聞いてみる。

『…―――』

 メモを渡される。

「……そっか。じゃあ、駄目だ」

 説明によると、出来ないこともないけど面倒なことになると書かれていた。何とは言わないが、それだけで十分。彼がやりたくないのなら、強要はするべきじゃない。

「それで…物理的に駄目なら…他に方法が?」

 彼が頷く。もうメモで収まらないのか、ノートを懐から取り出した。


 何分か経って、ノートを渡された。

「………すごいね」

 もうびっしりだった。ページの大半が文字で埋まっている…けれど、図解でも説明されていて、字も綺麗で、内容もまとまっていてわかりやすい。

 特に弱点の部分はかなりわかりやすく書いてあった。

「水の上は通れない…」

 デュラハンは水の上を歩けないらしい。だから姿を見ても川の向こうに行けば逃げられる…が、それはあくまで誤って出会ってしまった場合の対処法。今回はデュラハンに"標的"として設定されてしまっているので、その程度じゃ解決できない。一時しのぎにしかならないのだ。

 他に対処法はあるか――――となれば、実のところ、無かった。そもそもデュラハンという存在自体そこまで有名なものでもないのか、彼もそんなに詳しくは知らない模様。

 ならノートにこんなにたくさん何を書いているのか………答えは簡単。彼がやろうとしている対処法だ。


「…上手く…いく?」


 確かにこの対処法の内容の内、前半は彼なら簡単にできる…けど、問題なのは最後だった。

 ここばかりは簡単に事が運ぶとは思えない。相手は姿を見た人の目を容赦なく潰してくるような存在。そんなの相手に"通じる"とは少し考えにくい。

『……』

 でも彼は普通に大丈夫と頷いている。…そうなると、私には信用する以外になにもできない。

 これまでの経験からして、彼の実力の高さは容易に想像がつく。とはいえ、こうした危なそうな案件に関わるのは私としても初めてで、不安だった。

(…言わない方が幸せだったかも)

 こんなことになるならデュラハンのことを言わなければよかった、と後悔する。彼女には悪いが、私の中での優先順位は彼の方が高い。彼に何かあってからでは、すべてが遅い。


 もう、取り残されたくはない。


「……ね…こんなのは、どう?」


 ふと思いついた案を伝えてみる。彼の負担を少しでも減らすためだ。その為ならこれくらい、なんてことなかった。






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