対処
そして今日、深夜十一時丁度、私は彼女の家近くに立っていた。デュラハンは見入った人間の家付近から基本離れないらしい。当然かもしれない。あくまで自分で殺すことが目的であって、何か事故等で死なれてはきっと困るのだ。だから監視するようにして動かない。最近、こういう類の思考が読めるようになってきた。
そんな危ないのを相手にする以上、彼も一緒に来てくれた。しかし、めずらしくスーツの上にコートを着ていた。いつもはどんな時もスーツだけという出で立ちの彼がコート。珍しくてまじまじと見てしまう。
ずっと見つめていると、目線(彼の場合は目線らしきもの)が互いにぶつかった。
「……」
『…―――』
で、逸らされた。
(……怒ってるのかな)
怒ってる――――というより、気が進まないというべきか。彼曰く、今回の相手はかなり厄介らしい。何から何まで面倒臭い相手で、危険も大きい。だから私を連れていきたくないと昨日メモに書いてくれた。
本来なら彼一人で対処するつもりだったようで、私は連れて行きたくはないと話していた。
(…それは兎も角、時間かな)
そろそろ時間だった。深夜、十一時かそこらは"ああいう存在"が活発に動き出す時間帯。どうしてそんなこと知っているのかと問われれば答えは単純。
彼らについて勉強したからだった。理由は言うまでもない。"色々と見える"以上、知らないままだとなにかと危険な目に遭いやすいし、対処法も分からないで大変な目に遭いかねない。だから対策のために彼から人外について毎日学んでいる。
「…じゃあ、お願い」
彼に包帯を預け、それを目に巻いて貰う。キツく、何も見えないようにしつつ、直ぐに解けるように。
まずは彼が投石で挑発する。姿を見られただけで怒りだすような存在には十分すぎる挑発だった。
(くる――――!)
馬の足音が聞こえる。同時に腰に手を回され、浮遊感を感じた。彼が跳躍したせいだ。
どこかに着地する。感覚的にどこかの家の屋根辺り。そこを思い切り走って、"あの場所"を目指す。
デュラハンも付いてきていた。馬の蹄の音が聞こえる。彼等を見れない普通の人にも聞こえているかは疑問だが、そういうことを気にしていられる程、余裕のある作戦じゃない。
たまに鞭のしなる音を聞きつつ、彼が跳んでどこかに着地した。そして再び走り抜ける。
「…ついた?」
彼に肩を一回叩かれる。目的地に着いた証拠だった。
彼に抱かれたままデュラハンを待つ。――――少しずつ蹄の音が近づいてきた。
少し下がって距離をとって……そして数メートルにまで近づいてきたところで彼が思い切り宙に跳んだ。
デュラハンを跳び越え、また走り出す。走るついでに、足元の簡素な橋を踏み砕いた音がした。
放るような形で私を置き、もう一度彼が木造りの橋を踏み砕く。念には念を、という訳だった。――――場所さえ間違っていなければ、その下を水が流れているはずだった。
「よし…っ」
確かに聞こえた水音に思わず声がでた。上手く行って良かった。ここまでは全部が予定通り。
デュラハンは動けない。"水"に囲まれている今、動けない。
彼に手を引かれ、立ち上がる。慌てたような蹄の音がずっと聞こえてくる。
私たちの目的地は、ある公園だった。自宅からはそこそこ離れた場所だけど、彼女、関川望の家からは近い。本当に好都合だった。
もう向こうにはいけなくなった。デュラハンの立つ場所から別の場所に移動するには"水の上を跨がないといけなくなった"。
「…やっぱり動けないんだ」
デュラハンが右往左往する音を聞いて納得する。やっぱり、彼の言っていたことは正しかった。デュラハンは水の上を跨ぐことができない。囲まれてはそこから動けなくなってしまう。
この公園、ある場所だけ周りを水で囲まれている。元々そういうコンセプトで作られた場所で、デュラハンを囲むのにはうってつけの場所だった。
そもそも町というものとデュラハンの相性はすこぶる悪い。その辺に水はあるし、やりようによっては人工的に水で囲めるし、場所によってはこうして周りを水で囲まれてしまう。
それでも、こうして完全に条件に合致した場所を見つけられたのは幸運。まるで初めからこの目的の為に作られたような場所にすら思えてくる。それくらい、簡単に事が運んだ。
そして"ここまで"は簡単だった。そして、"ここから"が難解だった。
姿を見られただけで相手の目を潰そうとするくらいだ。それなりにデュラハンの性格は悪いし、怒りやすい。
見なくても分かる。きっと鬼の形相で私を見ている。歯ぎしりがここまで聞こえてくるくらいには怒っている。
これまでそこそこの数の人外と会ってきた。が、デュラハンはあの鎧武者や死神とは違い、どちらかというと病院と教会で会った類のものに近い。つまり話が通じないということ。
だから心配だった。彼はこの後、"隙間で外国に送り返す"つもりだった。そうすればもう周りが海という大きな水で隔たれている日本に現れることもないので、自動的に彼女を殺すこともできなくなる……という方針だったのだが…
「うっ」
『――――ッ…』
彼が飛んできた鞭を払いのける。
「………」
風切り音だけでも察した。
(やっぱり速い…)
予想より何倍も速い一発。視力を失うという話にも説得力がある。失うどころか、タイミングが悪ければ目周りの骨が砕けるかもしれない。
悪い方に予想通りな状況だった。私が心配していたのは"コレ"だった。この、鞭が一番の不安の種だった。
肩を叩かれ、彼に後退するよう促される。
「………」
素直に従って退いた。彼に教えて貰った、鞭の射程の外に出る。念の為さらにそこから数歩退いて、準備は終わった。
何かが着地する音がする。多分、彼が水を越えた音。
彼の隙間は、遠くに出すことができない。罠のように設置することはできても、それをすればデュラハンは近づいてこないだろう。だからどうしても強制送還するには近づかないといけない。
近づかないといけない。そこが問題だった。
『ッ…』
鞭が彼の腕にぶつかる。かなりの音が空に反響した。
(……大丈夫かな)
アレが私まで届くことはない。でも彼にはかなりの勢いでぶつかり続ける。しかもかなり速い。あまりに速いので鞭を掴めば……ともいかない。かといって近づけないと話にならないのであまり大きく逃げる訳にもいかない。きっとジリ貧になる……彼のメモの通りになった。
(でも、対処法はある)
―――――だからこその目隠しだった。たった一度のチャンス。これを逃すと、最終的に解決はできても彼の傷が深くなる。
彼曰く、あの鞭は"速度"と"方向"が掴みにくいのが難点。彼には目が無いので、目を潰そうとはしないで色々な場所に攻撃を仕掛けて来る。もし目だけを狙ってくるのなら事はもっと簡単に済んでいた。
「……ぁ」
『…………』
彼が後退して私の肩を二度叩く。彼の思惑通りにはいかなかったらしい。なので、仕方なく、渋々、私の案を使ってくれるらしい。
『……』
「…いや、しょうがないよ」
見えなくても微妙な空気が伝わってくる。
「いくよっ…」
すぐに包帯の端を持って思い切り引っ張った。同時に彼が私の元まで飛んで退く。
包帯が取れた瞬間、目を見開いて前を見る。首のない男が首のない馬に跨って、そこにいた。
『!―――――』
視線に気づき、明らかに頭に血が上った様子で鞭を振り上げる。その先端が一瞬で私の目に近づいて――――――
『…ッ』
「………ぉお」
彼にがっしり掴まれた。
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