奇襲

『…ッ………ッ』

 デュラハンが必死に掴まれた鞭をどうにか取り返そうとしている。

『……』

 その抵抗を全く気にせず彼は歩き始めた。…もう何もかもが狙い通りすぎる。


 簡単に流れを説明すると、デュラハンは兎に角見られるのが嫌いなので、見られた瞬間、この場合では私を真っ先に攻撃しようとする。それも確実に目だけを狙って攻撃してくる。

 鞭のコントロールについては本当に凄いと彼も絶賛していた。で、それを逆手にとろうという内容だった。

 ついさっきまで私はまだデュラハンの姿を見たことがなかった。話には聞いていても、実際に見たわけじゃない。両目を"包帯"でしっかり隠していたから。

 その状態でこの場所まで来て、今さっき包帯を取った。それで顔に鞭が飛んできたところを彼が受け止めた。打ち込まれる場所が分かっていれば彼が言うには簡単にどうにかできるらしい。……けど、


(すっごい怖かった…)


 内容自体は簡単とはいえ、かなり怖かった。もし彼が少しでも失敗すれば私の目は潰れて二度と開かなかったかもしれない。

 当然ながら彼は反対した。でも送還の成功率を上げるためには、と考えた結果、当の彼自身は不本意らしいが、あまり長引かせるわけにもいかないので渋々許可をもらった。

 本音を言うなら私としてもあまり危険な手段に頼りたくはなかったし、それはもう恐ろしかった。タイミング少し間違えただけで視力を失うなんて、恐ろしすぎる。

 それでも実行に移せたのは彼を信用できていたから。完全に一切の疑念なく全幅の信頼を、とまではまだ行かないけど、恐くても実行できるくらいの段階にまでは来ていた。


 …ただ、これから先、こういう解決策はできる限り避けようと思う。


(…余計な重圧掛けたし)

 絶対に失敗できないという重圧を彼に掛けてしまったし、私も怖かった。だから、もう、やりたくない。

 ―――それはともかく、これでどうにか送還できそうだった。後は鞭を取り上げて隙間に落とすだけ―――――



「…………」

『…――――』


 安堵した瞬間、独特の緊張感に支配される。多分、彼も気付いていた。


 私のかなり後方。多分、人外が立っていた。



(…………ヤバイ)



 それだけで分かる程度には危険な存在。彼と共に住むようになって人外に慣れたのか、潜在能力的なものなのか、人外特有の気配を掴めるようになっていた。

 または生物の本能のようなものなのかもしれない。…そんなことはどうでもいい。振り向いたら不味い。病院の"子供"の時と同じ感覚だった。


 彼も構えつつ止まっている。デュラハンも動かない。彼等もきっと気付いている。


 何秒経ったのか、何分経ったのか分からないまま立ち尽くす。気配はずっと消えない。



(……動いた…)


 そんな中、彼が僅かに動いた。ほんの少し中腰になって今にもデュラハンに飛び掛かりそうだ。

 短期決戦という奴なのか。すぐ近づいて隙間を作って送還してすぐに後ろの気配を攻撃する――――物凄い早業だと思う。

 背筋が凍る。瞬きも忘れて彼を凝視する。   脚が動いた。




「…………へ」





 私の方に彼が動いた。体を持ち上げられ、風を裂いて公園の端に跳んだ。

「なんで――――……?…!」

 その瞬間に背後にあった気配が動き、デュラハンに飛び掛かった。間合いなんて関係のない、瞬間移動にも似た速さで飛び掛かり、ようやく目でとらえた時、そこにはバラバラの肉片が転がっていた。

 しかし彼は何も気にせず公園の中を走り抜ける。気づいた時には敷地外に出ていて、片手開いた隙間に私は放られた。


「いっ……ッ!」


 背中から地面に落ちる。目の前には見覚えのある天井。自宅のリビングの天井だった。

 鬼気迫るといった状況に、急いで起き上がって辺りを見渡す。しかし彼の姿がどこにもない。

「サド………サドっ!?」

 大声を出して彼を呼ぶ。それとほぼ同時に天井が裂けて、彼が現れた。

 すごく、すごく安心した。


 彼が私に触れる。怪我の有無を探っているらしかった。腹部、足、太腿、背中――――

「やややや、そこは大丈夫…っ」

 勢い余ったのか胸付近に触れて来たので驚いた。セクハラ…な訳がない。明らかに様子が違った。

『………――――』

「あ」

 怪我がないことに気が抜けたのか、彼の力が抜ける。そのまま倒れてしまいそうだったので慌てて抱き留めた。

「………?………ちょっと待って…っ」

 彼が着ていたコートの一部が引きちぎれているのに違和感を覚えた。暗闇の中、それでも見えてしまうくらい、スーツの上からでも分かるくらいの深い傷を腕に負っていた。原因ははっきりしている。あの鞭との攻防戦での傷だ。

 すぐに彼を支えながら寝室に運ぶ。急いで寝かせ、急いで救急箱を持ってきて、急いでスーツを脱がせた。


「…どういう、こと」


 そこで思わず手を止めてしまった。

 見たものが信じられなかった。彼の腕には確かに傷があった。でも、明らかに鞭による傷じゃなかった。素人でも分かるような、明らかな違いだった。


(あの化け物が…)

 物凄い勢いで突っ込んでいった化け物。アレの仕業だとしか思えない。鞭程度でここまでの傷には絶対にならない。

 腕の一部が食いちぎられたようにガッポリと欠損していた。その奥で血液のような黒い液体が蠢いていた。

「…………し…止血………―――え」

『………』

 ガーゼを押し当てようとして、彼に拒否された。

『…―――』

「起きたら…」

 起きたら駄目だと諭すのも聞かず、彼は起き上がる。そして左手一本で開けた小さな隙間からメモを取り出した。

 差し出されたので急いで読む。部屋の明かりをつけるのも忘れ、月明かりだけで文字を読んだ。





 内容をまとめると、彼の身体は全身がバラバラにでもならない限りは自然と治癒するので問題はないらしい。そしてあまり痛くはないから大丈夫だと、そういうことが書かれてあった。

 まるでこういう事態を想定していたような文面だった。





(…確かに治ってきてる)

 そうこう考えている内にも彼の腕は修復を続け、削れた肉片の多くは戻っていた。彼が人間じゃないことを改めて認識させられる。

「……」

『……』

 沈黙に耐えられず、切り出した。

「あの変な生き物……何かわかる?」

 私にはわからなくても彼になら――――そう期待して聞いたものの、返って来たのは否定だった。

「それは見えなかったから?」

 そう言い直せばまた静かになってしまった。質問の仕方を間違えたかと後悔したが、彼は頷いて返してくれた。

(…やっぱり"視界"はあるんだ)

 彼は目がないのにまるで目が見えているような素振りばかり見せる。それも相当に"使える"らしく、視力の五段階評価で言うAなんて目じゃないくらいに凄い。何かしらの方法で背景は見えているのだと思うけど、そういった彼の"視界"ですら把握が出来なかった。

 デュラハンなんて目じゃないくらい厄介そうな存在だと思い知らされる。

「……あのデュラハン、どうなったかな」

 首を横に振られた。もう死んだということなのだろうと勝手に理解する。…というより死なない方が可笑しい。サドの腕のように一部ならまだしも、あんなにバラバラにされて生きているなんて、流石に人外でも無理な気がする。

 関川望の件はこれで片付いたものの、こうしてまた新しい問題が顔を出してきた。いつか彼女による厄介事に巻き込まれそう、と昔思ったけど、思っていた数段上の厄介に巻き込まれた。


 私はどこか調子に乗っていたのだと思う。これまで出会ってきた人外絡みの問題はどんな形であれ解決してきた。…いや…彼が"解決"してくれた。

 どんな時も最後には彼の力に頼ってきた。その結果が今日のコレだった。元はといえば私が彼にこんな話を切り出さなければ、こんな怪我を負うことも無かった。


「………もう、止めるから」

 何を、と言いたげに見つめられる。

「や………こういう問題に関わるの、やめるから」

 彼は、黙ったまま。

「……こうやって私のせいで怪我して…何かあったら…」

 言い難いけど、言わないといけないから、言った。これまでは人間じゃないという理由だけでどこか彼を不死身のように感じていた節が正直あった。

 でも、実際にあのデュラハンを見て、彼にも死があることを察した。

 少なくとも今、彼に何かあって、もし、もしも私の前からいなくなったら困る。また身近な誰かがいなくなるのは、本当に困る。あの生き物の正体なんてどうでもいい。




  一度目はできたけど 二度も自分を騙せない。




 腕が再生していくのを見守りながら黙っていると、頭に手が乗せられた。

『………』

 もう片方の彼の手だった。それが動いて、優しく撫でてくれた。たまに手のひらで軽く叩いたり、髪を梳いたり、色々としてくれた。

 慰めてくれてる…のだろう。それが逆に辛い。

『………』

「…」

 彼は何も言わなかった。少し不慣れな撫で方が凄く嬉しかった。

 だからこそ、決心がついた。




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