詐欺

「……まずは………自己紹介からするね」

「………」

 睨む。


「私の名前は関川望。職業は学生……と、人外への対策組織の構成員」

「………」

「視えてる人間だよ」

「……」

 無言で反発する。彼女は、それでもにこやかに笑っていた。


「……彼はどこ」

「それは駄目」

「どこにいるの」

 生きているのかどうなのか……それだけが心配だった。

「……教えない」

 教えないということは、生きてはいるのだ。…どんな形であれ、生きてさえいればよかった。

「…会わせたら貴方が危ないの。だから駄目」

 そんなの知らないし、どうでもよかった。苛立ちからか、目の前がよく見えなくなる。

 左手首を見る。そこには点滴の針―――――彼の物ではない、全く知らない針。


「…――――っ」

「なにしてるの!」

 点滴の針を無理矢理抜く。それを止めようとしてくるが、無視して包帯を外す。

「ッ―――……ぅ…」

 いきなり鈍痛に襲われた。それでも外そうとしていると徐々に激しくなり、あまりの痛みにベッドに転がらざるを得なかった。腹部が異常に痛かった。

「幸村さん……待ってて……ッ」

 彼女が慌てて私を押さえ、注射器を取り出して打ち込もうとしてくる。

「……っ」

 その手を払い、どうにか打たれる前に退ける。払われた時の衝撃で注射器が床を転がった。

「………幸村さん…」

 悲しそうな目をしている―――――が、私には関係ない。同情も何もしない。彼女は敵であり、彼女の仲間は彼を殺そうとして、今はこうして引き離した。

 知人、他人関係なく、敵であることに変わりはない。


「…………」

 傍の椅子を引き寄せ、そこに座られる。顔も見たくない。


「…家に帰して」

「駄目……まだ、身体が治ってないから」

「…………帰して」

 それ以外のことを言わないつもりだった。もし会話をして、少しでも絆されたりしたら、絶対に危ない。直感していた。

「………貴方の傍にいたあの人外だけどね」

 聞く耳は持たない。聞きたくない。


「アレは―――――……とても危険な存在なの」

 聞き飽きたフレーズだった。

「危険じゃない」

「危険なんだって。本当に危ないの。貴方のことを利用していたんだから」

 ――――無視するつもりだったが、その言葉だけは聞き捨てならなかった。


「利用ってなに。そうやって危険性を説明すれば納得するとでも思ってるの」

 自分でも嫌な言い方をしているのは分かっているが、容赦はしない。いくら知人でも、敵だ。

「…………アレは………人の暗い部分の集合体みたいなものなの」

「………」

 意識は別に―――――耳だけ傾ける。……腹立たしい、本当に腹立たしいが、今は彼についての情報が欲しかった。


「……シャドーピープルって聞いたことある…?」

「…ない」

 聞いたこともなかった。都市伝説とか怪談話には興味がない。


「…貴方が人外って呼んでいる存在は……色々なところに伝承があったりする存在なの。…今でいう都市伝説とか、そういうもの。そういう話の内、九割九分はただの作り話だけど、あとの一分に本物が含まれていたりするの」

「…………そう」

 シャドーピープル……私たちでいう"民族"という種別に似た感覚か……だからなんだという話だ。彼は彼。人外だろうがなんだろうが私にとって大事な存在。それだけだ。

「……シャドーピープルは色々なところで確認されていて、一説では人間の影の部分―――――陰口や陰謀みたいな、そういう思想の塊とも言われている生物」

「…………」

「影そのものといってもいいから、一瞬で海外に移動したりすることもできる。貴方も、経験したんじゃない…?」

 返答はしないが……その通りだった。これは、彼の"隙間"のことを言っているらしい。影から影に移動しているから、一瞬で色々な場所に行ける―――――…一応、納得はした。


「そいつ等は、たくさん確認されているけど個体数はとても少なくて発見が困難……でもある日、ある場所の、ある物に封印されていることを組織が発見した」

「………――――」



 封印……引っ掛かりのある言葉だった。



「貴方、半年くらい前に教会に行かなかった…?」

 答えない。その通りだが、答えない。

「………」

「隠しても意味ないよ…?あの時、私もあの場にいたんだから」

「……」

 ―――――流石に無視できなかった。


「……そんな筈ない。教会にいた人は、皆殺されていた」

 覚えている。あのガスマスクの人外は衝撃的だった。そして、上を見上げた時、死体がぶら下がっていたのもよく覚えている。

「殺されたのは三人。私は吹き飛ばされて、教会の隅で気絶していた……みたい」

(…………三人……?)

 ……何か違和感があった。あの日、確かに教会に入っていく人影を複数見た。―――――記憶違いの可能性もあるが、確か、あの時見た人数は


(――――四人だ)


 遠目だったが、四人いた筈だ。…これまで勘違いしていたが、あの一件について載っていた新聞には、死亡者が三名と負傷者である私が載っていた。あの場にいたのは私を含めて五人だったというのに、あと一人を完全に失念していた。

 前々から感じていた変な違和感は、これだったらしい。ようやく解決した。


「私たちはあの古教会にシャドーピープルが一体いることを突き止めた。でも、偶然そこには同じくらい危険な生物がいて………封印状態のアレをどうにかするための装備しかなかった私たちはどうもできなくて……仲間は全滅して、私もやられた」

「………」

「目を覚ました時には何もかもが終わっていて…ただあの後、あの場に貴方が何故かいたことを知った。そして、貴方がアレと共に過ごしていることも知った」

「…それから…ずっと監視してたってこと………」


 あの男は、連れていた犬の特徴を話していた。目玉を色々な場所に取り付けることができると。あの時は鎧武者を監視していたと言っていたが、本質は違ったらしい。

「そう。貴方の心臓病が何故か完治していたことも。貴方があの鎧武者を助けたことも、ある女の子の為に何かをしていたことも、吸血鬼の遺体を奪る為に、協力体制をとっている宗教の座談会に参加したことも知ってる。…私たちがこれまで大して動かなかったのは……準備を整えていたから」

「……デュラハンの件も…貴方たちが…」

 気まずそうに目を逸らされた。察した。


「…騙すような真似は……悪かったと思ってる。アレは……組織で捕獲して改良をした人外犬で………シャドーピープルを足止めする為に用意していたの。」

 あの相談は最初から嘘で……私を……彼をおびき寄せる為の罠だったということだ。騙すような、じゃない。"騙された"のだ。

 最悪だった。それはつまり、私のせいで彼はあんな怪我を負ったということ。私が彼女の……コイツから受けた相談を彼にしなければ、こうなることもなかったかもしれない。


「……犬が後ろから襲ってきたのも」

「アレを倒すには奇襲が一番だった。だから…―――――……そうした。今回も一緒。寝る前、気が抜けていたところを襲撃させて貰った」


 何もかもが、一から十まで私は組織の手のひらの上だった。


「…………最悪…」

 顔を手で覆う。気を抜いたら泣いてしまいそうだ。


「……アレが貴方と一緒にいる理由は分からないけれど、本当にアレは危険な存在。遅かれ早かれ、貴方はアレに酷い目に遭わされる」

「………根拠は…」

「これまでの、組織としての経験」

 もし笑える元気があるなら、思い切り嗤ってやりたかった。その大したことのない経験がどこまで信用できるというのか。警察が勘だけで犯人を裁いているようなものだ。

 根拠もないくせに言い切るなんてくだらない。そのくせ自信満々で、誇らしげな言葉を吐く。糞以下。反吐が出そうだ。



「…貴方の家を調べたら、アレが自分の身体から抜き取ったらしき血のパックがあった………貴方は…輸血を受けていたんだよね?」

「………それがなに」

「人外の血液は人間の身体には毒。症状は様々だけど、いい方向に転がることは絶対に無い………アレは貴方に、毒を仕込んでいたの」


 ありえない。


「……私は、貴方と同じ構成員に注射を打たれた。彼はきっと、それをどうにかしようとしてくれていた」

「あの注射は基本的に人間には無害なもの。だから、そんなことをする必要は絶対になかった」


 絶対に、ありえない。


「…信じない」

「でも私たちにはデータがある。人外の何が人間にとって毒なのか……知っている」

 無能と呼ばれている癖に。

「……―――――…」

「どうしてそんなことをしたのかは……私たちも分からない。気まぐれなのか、何か目的があってそうしたのか………誰も分からない」


 苛立ちにシーツを握り絞める。


「…今、この点滴で貴方の身体を洗浄している。しばらくすれば元の、人間の血液に戻すことができる。安心して…?もう、大丈夫だから」

「…………ああ、そう…」

 聞く気が失せた。そんなのはもう、聞きたくない。


「………どうして…」

「え?」

「……どうして貴方はこんな組織にいるの」

 聞いてみたかった。歳は私と変わらない筈。なのに、どうしてこんな組織で動いているのかが理解できなかった。


「…実は両親がここ働いていて……私も両親と同じで視える人間だし……………」

「………」

「……――――」

 逸らしていた目線を合わせてくる。

「………これまで私達家族は、"そういう存在"に苦しめられてきた。苦しめられてきた人たちのことも知っている。そんな人たちの為にも、そいつ等をどうにかしないといけないと思ったの。だから、ここにいる」

 熱を込めた話し方に、そっぽを向いた。

「…………立派な慈善事業…」

 勿論、本心じゃない。ただの皮肉だ。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る