第25話メドゥーサ

 それは僕たちが小学校卒業間近のことであった。

 学校の帰り道。僕と、健太と、美希ちゃんの三人で帰路の道を、長い影を引きずりながら、くだらないおしゃべりをして歩いていた。しばらくして美希ちゃんの家の近くまで来たところ、何を思ったか、健太が急に、こんなことを言った。

「なぞなぞ。上は鶴、下は亀のおめでたい生き物ってなーんだ」

 僕はしばらく立ち止まったあと、顎に手を充てる仕草をして考えた。そして頭に電球が輝いたように閃いて、僕はこう答えた。

「うーん。わかった。ハゲたおっさん」

「正解」

「それってもしかして、うちのパパのことかな。うちに帰ったらパパに聞いてみよっと」そう言って美希ちゃんは、その場を駆け出したかと思うと、そのまま玄関に入って行ってしまった。

 そして翌日、美希ちゃんは僕たちに昨日のことについて聞いてきた。

「昨日の事を、うちのパパに話したら、パパは顔を真っ赤にして黙り込んでしまったの。ねー、どうして?」

 僕は咄嗟にこう答えた。

「多分、褒めてもらって、照れたんじゃないかな」

「ふーん。そうなんだ」

 美希ちゃんはそう言って納得した。


 その後、美希ちゃんは小学校を卒業すると同時に別の町へ引っ越して行った。

 そして社会人となって同級会を開いたときのことだった。しばらく見なかった美希ちゃんは、すごく清楚で綺麗な人になっていた。

 皆、懐かしさと共に先生を囲み賑やかに酒を飲んで飲み食いしていた。

 僕と健太は別々の高校へ行ったために、久しぶりの再会に積もる話で盛り上がっていた。そんな僕たちが思い出話をしているところに、美希ちゃんが「しばらくぶり〜」と言って近寄って来て僕の隣に座った。

 僕は久々に見るすごく綺麗になった彼女に心臓がバクバクだった。

「美希ちゃん。しばらく見ないうちにすごく綺麗になったね」

 健太は忌憚なく彼女のことを褒めた。

 僕は彼女の美しさに圧倒されて、黙って見ていたら、美希ちゃんがビールを御酌してくれた。それから三人でビールをお酌し合いながら昔の話で盛り上がっていた。

 そんなときである。美希ちゃんは酔いが回ったのか、頬を赤らめ、下を向いてしまった。

 僕は彼女のことを気遣い「大丈夫?」と声を掛けた。

「あのときのこと覚えている?」

 突然、美希ちゃんが地の底から這い上がるような低い声で言った。

「あのときのことってなんだよ」

 健太は顔を綻ばせ、聞いた。

「三人で小学校から帰宅するときに、健太が、『上は鶴、下は亀のおめでたい生き物ってなーんだ』って、なぞなぞ出したでしょ」

「ああ、そういえばそんなこともあったような気がするなぁ」

 健太はビールをグビッと飲み干し、あの頃を思い出すように答えた。

「そんでね。私……、あれからパパが鶴と亀が一緒になったおめでたい生き物なんだと、友達みんなに言いふらしたんだけど、あるとき気づいてしまったのよ。つまり、わかるぅ? そのときの私がどんだけ恥ずかしい思いをしたか。今でも思い出すだけで恥ずかしくてどうにかなっちゃいそうなのよ!!」

 僕たちはただならぬ彼女の雰囲気に呑まれ、ゴクリと喉を鳴らした。

「だからね。二人のことを、あれから今でもずっと禿げろって念じ続けているのよ。フフフフフー」

 僕たちは髪の毛が毒蛇であるメドゥーサのような彼女に睨まれ、石のように固まってしまった。

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