第38話 四文字熟語をこじらせたら その一
ある学校の放課後の風景である。
県立高校の一年B組の教室の片隅で、ほとんどの生徒が教室を離れたあと
も残っている生徒がいた。
田中孝之が真剣な眼差しでノートを見ている。
「おい、孝之、帰らないのか?」
加藤慎吾が何かに夢中になっている孝之に声を掛けた。
「ああ」
自分は今違う世界に夢中なのだというような、生返事が返ってきた。
「いったい何をそんなに真剣になってノートとにらめっこしているんだ?」
「別にノートとにらめっこしているわけではない。国語の授業で四文字熟語をやっただろ。そしてふと閃いたんだ。とりあえず、これを見てくれ」
そう言って孝之はノートを慎吾の目の前に差し出した。
慎吾はそれを手に取り、ノートに書かれている文字を読み始めた。
一行目にはこう書かれてあった。
『一期一会』
『苺一円』
「何これ?」
慎吾は聞いた。
「何? これじゃないだろ。突っ込んでくれなきゃ、話が始まらないだろ」
「突っ込む?」
「そうだ。この四文字熟語を似たような語呂を違う文字に置き換えたみた。これを読んで突っ込んでくれ」
孝之があまりにも真剣な表情で迫るものだから、慎吾は試しにこう言ってみた。
「苺、一円か、安いな」
「まーな」
(なんだこれ)と慎吾は思った。
そして、その次を見るとこんなことが書かれてあった。
『一念発起』
『一年中勃起』
「一年中勃起って、なんだよ!!」
「そいつは一念発起して、一年中勃起したんだ」
「意味わかんねーよ!! どんだけ、すけべな奴なんだ。っていうか、そんな奴この世にいないけどね」
「気は済んだか。次、行ってみよう」
そう言って孝之は次の項目を指差した。
『百発百中』
『百発不発』
「百発も撃って不発かよ。途中で、この鉄砲おかしいって気づけよ」
「多分、気づくタイミングを失ったんだな」
「なんじゃそりゃー」
慎吾は一瞬、孝之に軽くあしらわれている気がしてムッとした。
「えっと次はなんだ」
慎吾は次の語句を読んだ。
『五里霧中』
『ゴリラ夢中』
「ゴリラはなんに夢中なんだよ」
「ドラミング」
「ドラミングって……。まぁー。そこそこ面白いよ」
慎吾はありのままの感想を述べた。
「違うんだよなぁ。そこは。もっと面白く突っ込んでくれないと」
そう言って孝之は机の中からスマートフォンを取り出した。
「今までのやり取りを録音させてもらった。これをもとに、今までのやりとりをネタにして小説投稿サイトに投稿しようと思う」
「はぁ?」
「鳩が豆鉄砲食らった顔してんじゃねー。これからもっと面白いツッコミを頼むぞー!」
そう言って孝之は慎吾の肩をポンと叩いた。
ノートの終わりにはこう書かれてあった。
つづく。
「つづくんかーい!!」
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