第29話お寿司のネタ

少数精鋭の部署(男性三人と女性二人)である僕たちの労いも兼ねて、課長は僕たち部下に寿司を食べに行こうと誘ってくれた。

「回らない寿司屋だぞ」の課長の言葉に、僕は心の中で課長を神を崇めるように手を合わせた。他の皆もそう思ったに違いない。


タクシーで向かったお店は広いカウンターがあり、いかにも高そうな寿司屋であった。

課長が大将に近い席で、その左隣に僕が座り、後の四人は僕の横から壁側に向かって座った。

僕は少し緊張気味に店内を見回した。

皆がおしぼりで手を吹き、課長の出方を待った。

「そうだな。わたしは、これにしよう。大将、ハマチ。ハウマッチ」と言った。

僕は格式ある寿司屋でなんてことを言うんだと思ったが、寿司屋の大将は柔和な表情を崩さす、「かしこまりました。ハマチですね」と言って課長の注文通り寿司を握った。

そして次に課長は「イクラ、いくら?」と言ってまた駄洒落を交えて注文した。

僕や、同僚も半ば呆れ顔で課長のことを見ていると課長は「うん。どうした。お前たち。早く寿司を頼みなさい」と言って、僕たちに寿司を頼むよう進めた。

そう言われ、僕らもそれぞれ安そうな寿司ネタから頼んでいった。

「大将。次はサワラを頼む」

そしてサワラが出てきた。

「このサワラは、わたしのものだ。触らんでもらおう」

僕は(子供か!!)と心の中で突っ込んだが、もしかするとお前たちは頼むなと言っているように思え、僕は他の四人に目配せをして、軽く首を横に振るジェスチャーをし、『皆、サワラは頼むなよ』という合図をした。

次に課長は大トロを頼んだ。

「うーん。旨い! 大トロはほんと口の中で『おお』って言いたくなるほど蕩けるなー。大トロだけに。みんなもトロトロ食べるな。トロはすぐなくなるぞ」

課長の駄洒落に、皆、愛想笑いを浮かべた。

僕はちょっと気が引けたが、課長がそう言うならばと思い、大トロを頼もうとしたところ、課長が鋭い目でこちらを見ていた。まるで『ほんとうにそれを頼むんだな』と言わんばかりの視線だった。

「えっと、じゃあ〜、中トロお願いします」

そう僕が言うと課長の視線が緩んだ。すかさず、他の同僚たちも僕に習い、中トロを頼んだ。

しばし寿司を満喫していると課長は僕たちにこう切り出した。

「うちの部長は部長だけにいつも仏頂面をしている。ほんと気が休まらないよ」

僕たちは皆愛想笑いを浮かべ。そうですねと相槌を打った。

「次はシャコを頼む」

そしてシャコが出されると課長は、一言こう言った。

「シャコを見ると、車をうちの車庫にぶつけたことを思い出す」

僕らはなんと言って言葉を返したらいいかわからず、お寿司を黙って頬張るしかなかった。

次に課長が頼んだのはイカだった。僕はイカはネタの宝庫だなと思いながら課長がなんて言うのかを少し期待した。

「うん。旨い。この歯応えがなんともいえない。さぁ、皆もイカだけに、いかがか。でもイカばっかり食べるのもいかんぞう。なんてな」

僕は課長の顔を伺い今度は大丈夫だと思ってイカを頼んだ。他の同僚も僕に習いイカを頼む。

そして課長が次に頼んだネタはエンガワだった。

「エンガワは縁側で食べたいね」

そして次のネタはスズキであった。

「鈴木さんにぜひ食べてもらいたいネタだね」

僕は心の中で(そう言うと思った)と呟き、寿司ネタが課長のネタに変わっていく様を見て大将は不快にならないんだろうかと、ちらりと大将の顔を伺った。すると大将は僕たちが店に入ってきたときと同じように柔和な表情を崩さす。せっせと寿司を握っていた。

僕はウニを頼んでしばらく目で楽しんでいたところ、隣の課長が腕組みをしながらこっちをじっと見ていた。が、頼んだネタはヒラメだった。

多分、ウニのネタが浮かばなかったんだろうと、僕は心の中で察した。

「ヒラメを食べていいアイディアが浮かべばいいんだが…。ヒラメだけに閃いた。なんてな」

皆は食べるのをやめ、その度に愛想笑いをしていた。僕は、課長のネタが心地よく感じるようになっていた。


そして僕は課長がお腹をさすり、ふうーと一呼吸置いたので、そろそろお腹がいっぱいで、あがりを頼むなと思い、課長の次の注文を待った。すると、やはり課長は最後にあがりを頼んだ。

そして僕は課長の一連の行為を心の中で呟いた。

(最後はあがりの前にガリを食べ、あがりのお茶を飲み、ほっと一息する)

すると大将がこちらを見ている気がしたので僕はそちらに視線をやると大将は笑みをこぼし、少し頷いたような気がした。


そして皆が食べ終わり席を立とうとしたところ、大将は満足げな顔をしている課長にこう言った。

「近藤さん。寿司のネタを仕入れるよりも、駄洒落のネタを仕入れる方が大変そうですね。近藤さんを見ているといつもそう思いますよ」

「いやー。大将には敵いませんよ。こんな美味しいお寿司を握れるんですから」

「近藤さん。、またお越しください」

僕たちはなんとなく二人の関係を知ってお腹も満足に店を後にした。

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