第13話ちっちゃいおっちゃんのお話
引きこもりの僕はいつものように勉強机の引き出しを開けた。そしたら何か影らしきものがスッーと動くのが見えた。何度も遭遇している光景だ。僕はずっとそのことが気になっていた。
ある日、僕は気配を消してサッと引き出しを開けた。すると小さな生き物と目が合ってしまった。僕は咄嗟に口を塞がれたように声が出ずにいると、その小さな生き物は突然こう言った。
「なに見とるねん」
「あっ、いや……」
「まっ、ええわ。いつかは見つかると思っとたしなぁ」
僕はいまだ目の前の光景が信じられなく、その小さな生き物をずっと見つめていた。
「なんや。そんなにわしが珍しいんかい」
「はい……」
「そっか。そんなに、わし、珍しんか……。ところで自分、引きこもりやろ」
小さな生き物は突然そんなことを言ってきた。
「安心せい。わしも引きこもりや」
小さな生き物は腕組みをしながら瞑目し、自分を納得させるかのように頷いた。
「同じ境遇の持ち主や、お互いこれからも気張っていこうや」
「はい」
いまだ会話していても不思議な光景が目の前に広がっていた。小さな生き物は関西弁を喋る、ちっちゃなおっちゃんだったのだ。
僕はそのちっちゃなおっちゃんに対して恐る恐る質問をしてみた。
「あなたはさっき引きこもりって言いましたよね」
「おお。それがどうした?」
「どこに引きこもっているんですか?」
「そんなの見てわからんのかい。お前さんの勉強机の引き出しの中や。よう、覚えておき」
「はぁー」
僕はどうしたらいいかわからず、思わず溜息を漏らした。
「ん? どうしたん。冴えない顔がさらに冴えなくなっとるで」
「どうして、こんな所に引きこもっているんですか?」
僕は素直な気落ちを口に出した。
「忘れた」
「へ?」
「だから、そんなもん忘れたわ!」
「じゃー、いつから引きこもっているんですか?」
「そっ、やな。あんたの胸に聞いてみなはれ」
僕はなんだか釈然としないまま、ちっちゃなおっちゃんを見つめていた。
「そんな、じっと見つめるなや。照れるやないか」
「はぁー」
「また気の無い返事をして。シャキッとせい」
「はぁー」
「もう、ええわ」
それから僕はちっちゃなおっちゃんとよく喋るようになった。お互い引きこもり同士、気が合ったのかもしれない。
そんなある日、ちっちゃなおっちゃんが急に夕日が見てみたいと言い出した。
「夕日ですか?」
「ああ。こんなところに引きこもっていると無性に昔見た夕日の景色が頭の中に蘇ってくるんや。でも、怖くてここから出れへんのや」
僕はしばらく腕組みをしながら天井を見上げた。
「僕が見せてあげるよ」
「ホンマか!」
「うん。任しといて」
そうは言ったものの引きこもりの僕はやはり外の世界が怖かった。
次の日、窓から見える天気は快晴で気持ちのよい青空が広がっていた。その日の夕方、僕は勇気を出して何年振りかに外の世界へ足を踏み出した。ちっちゃいおっちゃんは僕のポケットの中にいた。
昔、学校帰りから見た美しい夕日の景色を求め、家から歩いて三十分程の所にある橋の歩道橋まで僕は歩いた。外の世界は不安でいっぱいだったけど、思いのほか足は軽かった。それは、ちっちゃいおっちゃんの願いを叶えてやるという目標があったからかもしれない。
「着きました。ここです」
ちっちゃなおっちゃんは、ポケットから顔を出した。そこから見える景色は川の流れに夕日が反射してキラキラと水面が輝いていた。
僕とちっちゃいおっちゃんは暫くその光景を目に焼き付けていた。
「これや。この夕日が見たかったんや」
よく見るとちっちゃいおっちゃんは目に涙を浮かべ、瞬きひとつせず、夕日をずっと眺めていた。
その日以降、奇妙なことが起きた。夕方の時間帯になると、机の引き出しの中にちっちゃいおちゃんの姿はなく、薄暗くなった頃にいつのまにか帰ってきた。そんなことが続き、お昼頃から姿を見かけないこともあった。
そして、ちっちゃいおっちゃんは、外から帰って来ると必ず僕に外の出来事を面白おかし話してくれた。
「おい、知ってるか。三丁目の喫茶店の、なんやったかなぁ、そうや、ザッハトルテっちゅケーキを食べたんや。そりゃ旨かったでー」
「お金を払って食べたんですか?」
「わしがお金なんて持てるわけないやろ。いろんな意味で、ここ笑うとこやで。客のケーキをちょっと拝借しただけや。誰も気づかへん」
気づいたら卒倒するだろなと、僕は思った。
「外の世界は、ほんとおもろいな。なんで今まで引きこもっていたか不思議なくらいや」
「ふーん。そうなんだ」
そんな日々が一年続いた。
数年後。
僕は、今、コンビニでアルバイトをしている。将来の夢は漫画家になることだ。引きこもっていた間はアニメをよく観たり、漫画をよく読んだりして描き写していた。今でもその習慣は変わっていない。暇を見つけてはずっと漫画を描いている。
僕は、今、ちっちゃなおっちゃんを題材とした漫画を描いている。いつかこの漫画をちっちゃなおじちゃんに見てもらうことが僕にとっての恩返しだと思っている。
勉強机の引き出しの中は想い出がいっぱい詰まっているのだから……。
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