第6話 ヴァイザー
この村に入ってからロットーの信頼の厚さが腑に落ちなかったのだが、家の中に入って椅子に腰を下ろした時に理由がわかった。村長も、その側近も全員が体つきを男から女へと変化させて美女になったのだ。つまり、ロットーの言っていた通りヒューマー以外の『異能力』持ちは稀少なのだろう。あとは、昔馴染みというのもあるだろうな。それとピクシーという種族の特徴なのか知らないが全員が年齢不詳だ。村長を含む何人かは貫禄があるとわかるが、他はロットーより大人というだけで見た目年齢に大差が無い。
「……それにしても、まさかロットーちゃんがギルドリングを嵌めるとは。その意味は理解しているんだよね?」
「もちろんです。アタイは、そのつもりでリングを嵌めましたし、そのつもりで皆さんの力になりたいと思っています」
ヒューマーが全員嵌めているというギルドリングを他の種族が嵌めることは、それ相応の意味があるらしいが、それよりも今はこの村で起きている問題についてだ。
「そうか。なら、話そう。今、この村で厳戒態勢を取っている理由は一つ――近くにオーガが現れたのだ」
「オーガ? それなら討伐対象でしょう。ギルドに要請すればすぐにでも誰かが来るんじゃないですか?」
「アイルダーウィンのギルドにはすでに連絡済みだが、一向にヴァイザーを派遣したという連絡が来ないんだ。理由は不明だが、催促するわけにもいかず……」
ヴァイザー――話の流れ的に『異能力』を使える者のことかな。ハンターとか冒険者って言い方のほうがわかりやすいと思うが、この世界の流儀に従っておこう。もし俺に『異能力』があれば、俺もヴァイザーになるわけだからな。
会話の中でうっすらと力関係も見え隠れしているが、言ってみれば火事が起きているから消防に連絡したのに一向に消防車が来ない。だからといって、また連絡することは出来ないって感じか?
「だったら普通にもう一度連絡すればいいんじゃないか? 何か問題でも?」
当然の解釈、当然の結論だと思ったのだが、村長は俯いて顔を横に振った。
「一度ギルドが依頼を受理すれば、あとは待つことしかできない。決まりではないが、暗黙の了解なのだ。それを破れば、むしろ今以上にヴァイザーの派遣が遅くなる可能性がある」
「……いや、意味がわからねぇ。種族間での争いをしないってことは、つまり協力し合うってことだろう? なのに、どうしてそのヴァイザーが来ないことになるんだ?」
本当に理解できないか、と問われれば決してそうでないが、納得はできない。暗黙の了解に従わなければ見えないところでペナルティが発生することも、忙しいお役所を余計に忙しくする催促の電話が出来ないのもわかるが、やはりそれでも許容できないことはある。
「違うんだよ、栞。確かにヴァイザーはヒューマーで、ヒューマーも種族間契約を交わしているけど、ヒューマーが属しているのはギルドなんだ。そして、そのギルドはどこからの干渉も受けないという不可侵条約がある。だから、ギルドもギルドでヒューマー以外の種族を特別に扱うことは出来ない。まぁ……ヴァイザー個人が贔屓することはあるようだけど」
政治か。不可侵条約、三権分立――異世界でも世界の成り立ちは変わらないな。絶対王政のような暴君でなかっただけマシと思うべきなのだろうが、しわ寄せを受けるのはいつだって直接関与できない者たちばかりだ。
「……今更だが、オーガってのはゴブリンを大きくしたような奴だろう? 強いのか?」
「ゴブリンを大きく……見た目は確かにそうか。でも、強さはその比じゃあない。ゴブリンにも刺される栞なら、一撃でも喰らったら終わりだな」
「いや、まぁ、あれは不意打ちみたいなものだったし、必ずしもそうなるとは限らないと思うが……」
とはいえ実際問題、俺はまだ面と向かって魔物と相対したことが無い。そんな俺が、今の状況に対して責任を持てることは言えない。
考えるように俯きながら顎に手を当てるロットーに視線を送ると、その手首に嵌められているギルドリングが腕を滑り落ちた。
「村長、現状での策は?」
「今は村の外に出ることを禁じて、昼夜問わず
「ロットー、ここから街までの距離は?」
「一日もあれば着く。けど、それは……村長、たしか街までの間に峡谷がありましたよね?」
「ん、ああ、我らで作った頑強な橋を掛けている峡谷があるな。……もしや、その橋が?」
「オーガに壊されたのなら、馬で迂回してきたとしても五日は掛かります。だとすればギルドから派遣されたヴァイザーがまだ来ていないのも当然のこと」
「ロットーちゃんの言っている通りだとすれば確かにそうだが、あくまでも派遣されていればの話でな……」
仮にヴァイザーがこちらに向かっていたとしても峡谷を迂回すれば五日は掛かる。だが、向かっていなければ魔物の恐怖に震えているだけで何も出来ることは無い……? まるで絶望の淵にでも立たされているような雰囲気だが、俺にはよくわからない。
「だったら、ロットーがオーガを倒せばいいんじゃないか? 『異能力』を持っている者なら魔物と戦えるんだろう? 何か問題があるのか?」
ギルドリングを嵌めるというのは、つまりギルドに所属するということになるのだろう。ならば、ロットーはヴァイザーだ。そして、困っているのは同じ種族のピクシーたち。助けない理由が――戦わない理由がどこにある?
「確かに栞の言う通りだ。けど、たぶんアタイ一人じゃあ無理なんだ。ヴァイザーは基本的に二人から三人でチームを組んで魔物の討伐に当たる。それは魔物との相性もあるし、もちろん一人で戦うよりもリスクが少なくて済むから。余程、強ければ一人でも良いというヴァイザーは居るというけど……アタイは無理だ」
「そりゃあまぁ、命懸けなんだろ? どの世界でも強い奴を相手に徒党を組むのは当然だ。卑怯っていう奴もいるが、言い換えれば知恵だ。使わない手は無い。俺が言いたいのは、なんで一人で戦うことに前提にしているんだ? ってことだ」
「……はぁ」
「…………?」
ロットーは気が付いたように溜息を吐いて、他のピクシーは意味が伝わっていないのか疑問符を浮かべて呆然としている。
「だから――俺が居るだろ」
そう言うや否や、立ち上がったロットーが椅子に座ったままの俺を見下ろしてきた。
「栞には無理だ」
「かもな。だが、どうやらこの世界での俺は体が頑丈なようだし、大抵の魔物との戦い方は心得ている。直接的な戦力になるかは別にしても、まったく役立たずかはわからないぞ?」
ラノベやら海外のファンタジー小説の知識だが、異世界であるのなら多少は共通するところもあるだろう。全てを擦り合われば、それなりに正鵠を射る知識へと変わるはずだ。……と、信じている。
「……村長は、どう思いますか?」
「ロットーちゃんのことは子供の頃から知っているし、危険なことはしてほしくない。だが……オーガに留まり続けられては我々は……」
詳しいことはわからないが、村の近くに魔物が居るのは死活問題らしい。しかし、失敗したとしても村に住んでいない『異能力』持ちのピクシーと、ヒューマーもどきが犠牲になるだけなんだ。村の長ならば、どちらを選ぶかは答えが出ている。だが、そうとも言えないのは苦悩を浮かべる表情を見ただけでわかる。村のため、仲間のため――それはどちらにも当て嵌まるのだ。要は、大を取るか小を取るか。感情なんて知らない。合理的に考えればいい。
「ロットー」
「うん。わかってる。村長、とりあえずアタイらがオーガを探すついでに橋の様子を見てきます」
「そう、か……済まない。だが、くれぐれも無理だけはしないようにしてくれ。それと何か手伝えることがあれば言ってほしい。同行することは難しいが……ただ待つだけでは――」
「そう言ってもらえるのは嬉しいですが、こちらからは特に……栞は?」
「ん~……じゃあ、念のために新しい橋を作る準備でもしておいてもらうか? オーガを倒したところで橋が無いんじゃあ無駄な時間を食うだけだからな」
「それくらいなら問題ない。農耕民の我らなら橋の一つや二つすぐに掛けることが出来る」
「そりゃあいい。あとは……火を点ける道具――
その言葉に村長含むピクシーだけでなくロットーまで疑問符を浮かべていた。
煙草でも吸っていればライターを持ち歩いていたかもしれないが残念ながら嫌煙家だし、こちらの世界にも似たような嗜好品がある様子は無い。だが、キッチンがあり、ガスがあるのなら火を扱う方法はあるはずだ。
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