第25話 家探し

 翌朝、目が覚めてから城を出て、ロットーとサーシャは朝食の買い出しに向かわせ、俺とハティで街の案内所へと向かった。


「――そうですね、宿にもよりますが銅貨三枚で二名が泊まれる部屋を一週間ほど。借家でしたら一年契約で金貨一枚前後でしょうか。いくつかご案内しましょうか?」


 宿に泊まるのは一週間で平均銅貨三枚で、借家を一年間借りるのに金貨一枚前後。単価がわからない以上はなんとも言えないが借家を借りたほうが安い気がするな。


「じゃあ、借家をいくつか。地図か何かに書き込んでもらえれば今日中に見て回って決めますので」


「わかりました。では、少々お待ちください」


 ファイルを取りに向かったウサギ耳のお姉さんからハティに目を移すと、こちらの視線に気が付いて、首を傾げた。


「そういえばハティはどこに住んでいるんだ? 昨日は城で一緒に寝たが、家があるんだろう?」


「ボクはギルドが用意した宿に泊まっています。安くてあまり綺麗じゃないところのほうが誘拐されやすいから、と」


「そうか。この先は俺たちと一緒に住むのでいいのか?」


「うん。しーちゃんがそれでいいなら」


「……しーちゃん?」


「しーちゃん」


 差した指は俺に向けられている。栞だからしーちゃんか。そもそも栞自体が本名とは程遠いのだが、そこからまたあだ名に発展するとわけがわからなくなるな。まぁでも、別にいいか。


「お待たせ致しました。こちらで四名以上で住める借家のオススメを四軒ほどリストアップしました。鍵も入れてありますのでお好きなように見て回ってください。ちなみにですが、私の一押しは三軒目です」


 軽快な音符が付きそうに語尾を上げたお姉さんはウサギ耳をピンと立てた。


「三軒目ですか……」


 渡されたファイルの三つ目に貼られた付箋のページを開いてみれば、まるで屋敷のような外観の、写真のような絵が描かれていた。


「ボクにも見せてください……備考――温泉付き、みたいですね」


 源泉がどこなのか、とかは考えるだけ無駄なのだろう。


「まぁ、どうするかはあいつらと合流してからだな。じゃあ、熟考させていただきます」


 お姉さんに軽く会釈して店を出た。


「どの家から見て回りますか?」


「順当でいいんじゃないか? 見る限りでは近場から街を一周するようリストにされているみたいだから――」


 言いながら街を見回していると、向こう側からロットーとサーシャが言い合いをしながら歩いてくるのに気が付いた。


「はっ、絶対にアタイのほうだ」


「ううん、絶対にサーシャ!」


 サーシャは大きな紙袋を抱えて、ロットーは両手に四つの紙コップを持っていた。


「お前らはちょっと目を放すとすぐに言い合いをするな。今回は何が原因だ?」


「栞。いや、大したことじゃない」


「サーシャが選んだものとロットーが選んだもの、どっちを栞が選ぶかってこと! 店員さんのオススメ二つと、サーシャたちがそれぞれ選んだのがあるから、好きなの取って!」


 差し出された紙袋の中を覗き込めば、短いフランスパン――四つのバタールの間にはそれぞれ異なる具材が挟まれていた。野菜のパンに、サーモンのパン、たまごのパンと、これはレバーのパンか? 個人的には異世界飯的な変わった食べ物を期待していた部分もあるが、食べ物に関しては元の世界と似たり寄ったりで悪くない。


 俺の知らないところで起きている言い合いに興味は無いから、食べたいものを選ぶとするか。


「じゃあ……このレバーのやつにするかな。ハティはどれにする?」


「ボクはたまごがいいです」


 たまごのパンを手渡して残ったのは二つ。


「で、ロットーとサーシャが選んできたのはどれだ?」


 問い掛けると落ち込んだように肩を落とした二人が、それぞれパンを手に取った。


「……アタイは野菜」


「サーシャはサーモン。お互いに選ばれなかったね」


「それは残念だったな。じゃ、茶番はこれくらいにして家を見に行くか」


 朝から肉とか重いものを食べるタイプでは無かったのだが、こちらの世界に来て何度か死んでからというもの血の気が多いものを食べたくなることが多くなった。貧血になっていないことを思えば血が足りないわけではないのだろうが……たぶん気持ちの問題だな。


 パンを齧りつつ、ロットーから渡された紙コップに入っていた黒い液体を飲むとコーヒーの味がした。驚いたのは元の世界で飲んでいたものより味も風味も圧倒的に良いことだ。煙草などの嗜好品が無い代わりに食べ物や飲み物の味のレベルが高いのかもしれないな。


 そんなこんなで一軒目だ。


「え~っと……」


 ファイルを開いてから、自分の額を叩いた。そうだよ、俺はまだ字が読めない。そんな様子を見ていたロットーがファイルを覗き込んできた。


「アタイが読むよ。一軒目は二階建ての普通の一軒家だな。特筆することが無い代わりに商店街が近い。部屋数はリビングを含めて五つだな」


「買い物に行きやすいのはいいが、とりあえず中を見るか」


 鍵を開けて中に這入れば、埃臭さが鼻を衝いた。今更だが、玄関は無し。土足だな。


「サーシャは二階見てくる!」


「じゃあ、ボクは浴室を」


「アタイはキッチンだな」


 それぞれ気になるところは別か。というか、考えてみれば一緒に住む意味があるのか? 俺以外の三人は一緒でも良いと思うが俺は――そう思ったところで、周囲からの視線を思い出した。ただでさえ『異能力』を持っていて、その上でヴァイザーになって好奇な目を向けられている。しかも、周りからはヒューマーと共に行動しているように見えているし、そのヒューマーがブラックリング……だとすれば、一緒に暮らすのが得策か。そうすることで、おそらくは前にライオネル王が言っていた、現状に一石を投じることにもなるのだろう。この当たり前になっている種族間差別ってやつに。


「……ま、普通の家だな」


 いわゆる、本当に普通の一軒家だ。リビングを見ただけでもわかる。可も無く不可も無く。四人で住むなら丁度いい広さだと思う。だが、問題は俺以外がどう思っているのか、だな。


「ロットー、キッチンはどうだ?」


「普通だな。これと言っては何も」


 階段を下りてくる足音が聞こえると、二人もリビングのほうにやってきた。


「二階と浴室はどうだった?」


「ん~、普通!」


「そうですね、浴室も別に……三人で入るには狭そうでした」


 総評、一軒目は普通。保留。


「じゃあ、二軒目に行くか」


 二軒目はギルドの近くだった。つまり、周りには宿屋があり、多くのヒューマーが住んでいるということ。家自体はコンクリート打ちっぱなしで外観は真四角。一階と二階は普通だったが、一軒目と違うところは地下室があったことだ。とはいえ、やはりヒューマーの目が気になったので、ここは早々に無しと決めた。


 そして案内所のお姉さんオススメの三軒目。


「……たぶん、ここだな」


 絵に描かれていた通りの屋敷ではあったが、それよりも目の前に広がる庭に驚いた。確かにこの辺りは王城の裏側で木々に囲まれた屋敷が多くあるようだが、この庭付きの屋敷が前の二軒と同じ値段ってのはおかしくないか?


「しーちゃん、早く中に行きましょう。温泉ですよ、温泉!」


「え、温泉あるの!? 行こう行こう!」


 鍵を差し出すとサーシャが奪うように手に取って、ハティと共に駆けていった。


「ハティもあんなにテンションが上がることがあるんだな。で、ロットーは行かなくていいのか?」


「いや、だってアタイの家もお風呂は温泉だったし」


「……あ~」


 いや、言われないとわからないよな、普通は。


 屋敷の中に這入れば埃っぽさはあるが綺麗な内装だ。床が絨毯の屋敷とか、聞いたことはあったが実際に見るのは初めてだし、形としては西洋館、温泉付きというだけでも驚きだがリビングには暖炉まである。この借家も金貨一枚? 


 キッチンを見ているロットーの顔は綻んでいるし、あとは――バタバタと階段を下りてくる足音の主と、もう一人の意見だな。


「栞! 二階は全部で四部屋! しかも全部大きいよ!」


「そうか。気に入ったようで何よりだ。あとはハティだが――」


 言いながらリビングの入口に視線を向ければ、ちょうどそこに居た。


「……ん? 温泉も大きかったですよ。それに綺麗でした」


「つまり、全員のお気に召したってことだな。気掛かりはあるが……とりあえずは四軒目を見てから決めるか」


 そうして四軒目へ。


 最後は木造コテージのような一軒家だった。別荘感が強いせいか、あまり住む場所という感じはしないな。


「ん~、お部屋はあんまり広くなかったかな」


「キッチンは悪くない」


「お風呂は、なんか桶みたいでした」


 桶か。どうやら全員すでに答えが出ているようだ。


「じゃあ、一応は決を採っておくか。三軒目が良いと思う者は?」


「はいはい!」


 全力で手を挙げるサーシャと、控えめに手を挙げるロットーとハティ。決まりだな。


「なら、俺は案内所に行ってくるからお前らは昼食ついでに家具を買い揃えてくれ。俺の部屋はとりあえずベッドだけでもあればいいから。金は――これくらいで足りるか?」


 バッグの中から出した布袋をロットーに手渡せば、不思議そうに首を傾げた。


「栞のベッドを見てくるのはいいが、その間、栞はどうするんだい?」


「決まってるだろ? 図書館で本を漁ってくる」


 三人と別れた後は案内所に戻って借家の契約をし、教えてもらった図書館へ。


 結果として、お姉さんを問い質してみればやはりあの借家はライオネル王の計らいによるものだった。庭付き温泉付きの屋敷なのに、他の借家と同じ値段なのが変だと思っていたがこれで納得がいった。いつまでも厄介になるわけにはいかないと思っていたが三人も喜んでいたし、これくらいは良いだろう。


 それはそれとして、図書館に辿り着いた。本を湿気から守るレンガ造りで、日の光から守るために窓の無い外観。素晴らしい。


「さ――楽しみの時間だ」


 図書館の栞、本領発揮だな。

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