第24話 展開
瞼を開けた先にあったのは見覚えのある天井だった。
「また――ここか」
アイルダーウィン王国の城にある一室。ここで目が覚めるのは二度目だ。前回との違いがあるとすれば、二つだった気配が三つに増えていることくらいか。
上半身を起こして周りを確認すれば、右にハティ、左にサーシャ、そして寝起きのような顔でソファーに座っているロットーと目が合った。
「ああ、起きたのか。調子はどうだ?」
「とりあえず生きてるって感じだな。俺が寝た後に何があったのか教えてくれるか?」
「何ってことも無いな。飛行船が城の上空に着いたら、瞬身の『異能力』でここに送られたんだ。王に迎えられ、栞をこの部屋に運んだ後は交替で風呂に入り、食事をして、今だ」
「寝ていた時間は?」
「七から八時間くらいじゃないか? 外も暗いし」
死んでから生き返るまでの時間が大体一時間前後だとすると、疲労で眠るほうが圧倒的にコストパフォーマンスが悪いようだ。だからといって自分で自分を殺すのは気が引けるし、三人の誰かに殺してもらうのもなんだかな、って感じだ。
「まぁ、皆が無事で何よりだが――ロットーはベッドで寝なくて平気なのか? ソファーだと疲れが取れないだろ」
「いや、いくらなんでもそのベッドに四人は狭いからな」
言われてみればそれもそうか。サーシャは別にしても、ロットーとハティの体のサイズは大人だからな。
「じゃあ、俺は十分に休めたしロットーがベッドで寝ろよ」
二人を起こさないようにゆっくりと起き上がり、微かに揺れるベッドを気にしながら降りることに成功した。動こうとしないロットーの横に腰を下ろせば諦めたように肩を落とした。
「はぁ……その言葉には甘えるけどさ、栞。この先のことは考えているのかい?」
「この先? そうだな……とりあえずはいつまでも城の厄介になるわけにはいかないし、ひとり一つのベッドで寝られる宿を探さないとな。もしくは借家か?」
これまでの話を総まとめすると大陸は四つあって国は三つあるらしいが、地図によるとこの周辺にもいわゆるダンジョンのような建物や地域があるようだから、今はまだこの国を拠点にして活動するべきだろう。ギルドに所属するヴァイザーになるのだから、せめて住むところくらいは自分たちで調達しないと色々と面目も立たない。安いプライドすら持ち合わせていないが、一応は体裁とか気にしておかないとな。
「たしかにベッドは欲しいな。王様に言えば、空いている家の一つや二つ貸してくれるんじゃないか?」
「そこまで世話になるのも悪い。ギルドから金は貰っているんだし、それでどうにかなるだろう。足りない分は依頼を熟せばいい」
「依頼か。なら、家の他にも新しい装備が必要だな。ハティだけじゃなく、栞もな」
「だな。何度、服を新調すればいいのかって感じだが……」
その時、思い出したようにポケットに手を入れると、中から折り畳まれた紙が出てきた。
「ん? その紙、どうしたんだ?」
「たしか装備屋で渡されたメモじゃなかったかな。読んでくれるか?」
「はいよ。え~っと――話すことができないので手紙で失礼します。あなたの持っている剣針ですが、普通の剣針の柄が鉄やプラスチックで作られているのに対して木で作られています。噂によると木製の剣針は最初に作られたもので特殊な力が備わっていると言われています。その力を使う方法は剣針の真名を知ることだと言われています。なので、真名を探すことをお勧めします。またお会いできることを楽しみにしております――だってさ」
「剣針って、元はロットーの家にあったやつだろ? そんなに珍しいものなのか?」
「どうだろうな……昔から家にあったものだとは思うが、たしか魔窟の森で拾った木を加工して作ったとか聞いたような気はするが……それがアタイの祖先かどうかは知らないし、譲り受けたって話を聞いたこともあるから、たぶんパパとママに訊いても無駄だろうな」
思わぬところから別の展開が訪れたって感じだな。真名……聖剣エクスカリバー的なアレか? 渡した本人にもわからないのなら、あとはサーシャ以上に長命なエルフに話を聞くとか文献を漁る、とかだな。
「この世界には伝説級の武器とかがあるのか?」
「いくつかはあるな。というか、栞はすでに体感しているはずだぞ? 七つの天災に七つの神器。『武軍』が使っていた刀もその一つだと思うけど」
あの軍刀が伝説クラスの武器とは驚きだ。確かに殺されはしたが、それほど特別な力は感じなかった。まぁ、単純にソルが本気を出していなかったせいもあるのだろうが。
「七つの天災に七つの神器ってことは、八つ目の俺にも神器が存在する可能性はあるってことだよな」
「まぁ、無いことはないだろうが……栞は天災でも予兆の文言には書かれていないんだろうし――うん、どうだろうな」
また予兆の文言か。元の世界で言うところの聖書のような立ち位置か? いや、むしろ話を聞く限りではノストラダムスの大予言って感じかもしれないな。とはいえ、盲目的に信じているというよりは、そういう風に育てられた――信じ込まされている、みたいな? DNAに刻み込まれているとでも言うのか……環境の違いだな。
「その予兆の文言って俺でも読めるのか?」
「読めるんじゃないか? 解読されている部分は公開されているはずだから――って、栞は文字が読めないだろ」
「それは問題ない。この街に図書館ってあると思うか?」
「あるだろうな。よくは知らないが、あるはずだ。アタイに訊くよりサーシャかハティに訊いたほうが早いと思うぞ」
そりゃあそうだ。だが、図書館があるのなら文字を覚えるのは楽になる。借家の値段と装備を揃えるだけの金、その他諸々を計算に入れて余裕がある分だけ図書館に籠らせてもらうか。
「そういえば、この世界に学校ってあるのか?」
文字やら計算やらで気が付いた思い付きの質問だったのだが、問い掛けた視線の先にいるロットーは考えるように顎に手を当てて嫌そうに視線を下げた。
「あるには、ある。基本的は種族間契約を結んでいる種族なら誰でも入れる学校だが、ヒューマー以外の種族ではあまり聞かないな」
「教育を受ける権利があるのに行かないのか。それは種族によって迫害があったりするからか?」
「迫害と言えるかは微妙だが、良い顔はされないだろうな。単純な話だ。持つ者と持たざる者――どちらが優位に立つのかは目に見えている。それに幼い頃の純粋さは残酷だ。どの親もそういう経験があるから、自分の子をわざわざ学校に行かせようとは思わないんだろう。教育なら家でも出来るしな」
それがこの世界の闇の部分だな。何度も話に出てきているように要は人種差別が当たり前になっているということだ。実際にヒューマーの話を聞いてはいないから、ただの被害妄想という可能性もあるが少なくとも俺だけは楽観的でいるわけにはいかないのだろう。
まぁ――この世界を変えてやる、なんて大それたことは考えない。
俺が天災であることと、ロットーにサーシャ、ハティと出会った理由。もしも神様ってやつがいるのなら、何かしら意味があるはずだ。俺がこの世界に転移されられた理由が――ああ、そうか。それなら、今のところは俺がこの世界に居る理由は〝この世界に転移させられた意味を探す〟でいいのか。その先のことは、その意味が見つかった後に考えればいい。
「……ん、どうした?」
横から見詰めてくるロットーの視線に気が付いた。
「いや、なんか変な感じだな、と思って。まさか森で拾った栞とこんな風になるとは思ってもいなかった。サーシャともハティとも、全員まだ知り合ったばかりだが、これからのことを考えると――楽しそうだな」
そう言って見せた笑顔は、これまで一度も見せたことが無い綺麗な表情だった。恋愛感情は持ち合わせていないが、これだけはわかる。ロットーが思っていることを俺も思っている。三人ともが大事な仲間だ。吊り橋効果なのかもしれないが、それでもいい。決して独りが悪かったわけでは無いが――寄る辺があるのと無いのとでは心の持ちようが違う。生きて帰ろうと、生かして帰ろうと、そう思うのだ。
「じゃあほら、ロットーも寝ろよ。明日からも忙しいからな」
「……そうさせてもらうか。栞は大丈夫か?」
「俺のことなんか気にするなよ。体を痛めようと寝違えようと、どうせ明日には治っているんだろうからな」
「はっ――だったな」
微笑んで見せたロットーはベッドの上で眠るサーシャを奥に押し込むと手前側に寝転がってこちらに背を向けた。その数秒後には寝息が聞こえてきて驚いたが、それだけ疲れていたということだろう。
俺はそっと立ち上がりながら置き晒しにされていたバッグの中から携帯を取り出した。傍から見れば変態のような行動ではあるが、むしろこの感情は……愛おしさ、かな。
カメラ機能を起動して眠る三人にレンズを向ければ、ハティとロットーに挟まれたサーシャが、二人の子供のように見える。
「……いや、それは複雑だな」
などという妄想はさて置いて。今の、この光景を写真に収めておきたいと思った。
三人に出会って仲間意識だけでなく父性まで目覚めるとは、さすがに予想外だったな。
「はぁ~……」
大きく息を吐きながらソファーに寝転がれば、まるで吸い込まれるように体が沈んでいった。バッグの中から取り出したチョコを口に運べば、その甘さに生きている実感を覚えた。
「意味――か」
呟いた言葉は誰にも届かない。届かなくていい。俺だけが知っていれば、それでいいんだ。
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