第23話 チーム

 俺が座っている横に並んだベッドに、ロットーとサーシャが腰を下ろし、立ち竦むハティに視線を送った。口を噤んだままの姿を見て、俺から話すことにした。


「推測だが、ハティ。君がギルドリングを付けていない理由は誘拐犯に警戒させないためや、囮になるためってだけじゃないな?」


「ボクは……ボクはセリアンスロォプです。そこのピクシーやハーフエルフにもわかると思いますが、ボクらはただ『異能力』を持っているというだけで同種族から距離を置かれます。じゃあ、『異能力』を持っているヒューマーたちになら受け入れられるかと言えば、そうじゃない。むしろヒューマーたちのほうがボクらを嫌っているんです。わかりますか? ボクらは――いえ、ボクは必要とされていないんです」


 そういう種族間の問題になると途端に何も言えなくなってしまう。元の世界ですら身近には感じたことが無い問題に対して何かを言う資格は無いと思うからだ。まぁ、あらゆる本には人種差別問題のような話は多くあったが、そうは言っても当事者でない以上は意味のあることを口に出来るとは思えない。


 そんなことを思っていると、考えるように俯いていたロットーが口を開いた。


「ハティ、もしかして両親を殺した強盗というのは――ヒューマーなのか?」


「そう、です。けれど、それは関係ありません。ボクはただ――ボクが、言いたいのは――っ!」


 苦しそうに嗚咽を堪えながら絞り出した声と共に、強く瞑った瞼の端から涙が零れ落ちたのが見えた。状況がよくわからずそんな光景を眺めていると、立ち上がったサーシャがその小さな体でハティを優しく抱き締めた。


「サーシャはわかるよ。誰かと関わるくらいなら、ひとりのほうが楽だもんね。そうやって生きてきて、そうすることが正しいと思っていたのに、目の前にヒューマーと共に行動する『異能力』持ちのピクシーとハーフエルフが現れたんだもん。自分が正しかったのかわからなくなるし、間違っていたのかなって思っちゃう。でしょ?」


「っ……どう、して……」


「わかるよ。だって、サーシャもそうだもん。栞と一緒に居るロットーを見て驚いたし――それと同時に羨ましかった。だから、本当は付ける予定も無かったギルドリングを嵌めたんだよ。一緒に行くために、ここにいるために、ね」


 この話の流れで新事実が出てくるとは。そうか、オーガと戦っていたあの時、サーシャはまだギルドリングを嵌めておらず、ただ運良く森に居たということか。まぁ、夜だったことを考えれば森で寝ていたのかもしれないが、逆に言えばあの時間だったからこそサーシャに助けてもらえたのかもしれない。


 そして、おそらくは局長と監査官の目的は今の会話の中にあったのだろう。何度も聞いているようにヒューマーと他種族が共に行動することは無い。そんな中で俺はピクシーとハーフエルフと行動を共にしている。そんな俺なら――そんな俺たちだからこそ、ハティを託すに足ると思ったのだろうな。


 というか――そもそも、だ。


「こういう話の流れだから言わせてもらうが、ハティ。俺はヒューマーじゃないぞ? というか、この世界の者じゃない。それがロットーたちも知っている事実だ。まぁ、気休めにもならないだろうが」


 目を見開いたハティは確かめるようにサーシャのほうに視線を落とすと、こちらには聞こえない声で話しているようだった。そんな中、ロットーを見ると呆れたように頭を振っていた。


「違うぞ、栞。確かに同じチームに――仲間になるのならいずれは話す必要があっただろうが、今、聞きたいのはそういうことではないんだ」


「……そうか」


 自分が最底辺だと感じたときに、それよりも下の者を見れば落ち着く――とか、そんな感じだと思ったのだが、どうやら違ったらしい。単に種族が違うだけの者より、世界が違う者のほうが惨めに感じないか?


 とはいえ、今はその考え方は間違っていたようだ。


 ――わからないな。


 俺にとって善悪はどうでもよくて、正しいのか間違っているのかも、究極的には興味がない。人の感情だって理解できない。だからこそ、常に考えて読み取ろうと――汲み取ろうとしている。


 人の気持ちなんて……悲しそうな瞳の奥に何があるのかなんて、知ったことでは無い。


「なぁ、ハティ。個人的な意見を言わせてもらうが――正直、心底どうでも良い。お前が何を気にして、何に迷っているのか。苦しんでいる理由も、涙の訳も俺の知ったことでは無い」


「栞――」


 何かを言いたげなロットーと不服そうな視線を送ってくるサーシャを、眼で制して言葉を続ける。


「大事なのは……お前自身が何をしたいか、だろう。単純な話だ。周りの目を気にして、やりたいことをやらないのか。それとも周りの目なんか気にせずに、自分のしたいのようにするのか――どっちだ?」


 掌で目元を拭うハティから離れたサーシャは、言葉を待つようにしてロットーの下まで戻っていった。


「……でも……ボクがいたら迷惑がかかると思うし――」


「だから、そういうのを抜きにして自分のしたいことを口に出せって言ってんだよ。種族とか能力とか――他と違うことをいつまでも気にしてんじゃねぇよ」


 ハティの視線が俺の腕に向かっていることに気が付いた。そういえば、この腕が切れたのはハティを助けたときだったな。


 ならばと、ベッドから下りてハティの目の前まで行き、ようやく神経が繋がった腕を上げると激痛が走ったが、構うことなくハティの頭を撫でるように掌を置いた。


「それに、迷惑? 要らぬ心配だな。足りない部分を補い合うのがチームだろ。俺に出来ないことはお前らが、お前らに出来ないことは俺がやる。……ハーレスティ=ダーウィン、あとはお前の意志だけだ。じゃあ、最後にもう一度だけ訊こう。ハティ――君は、どうしたい?」


 頭に置いた手を下ろして一歩退けば、ロットーとサーシャもハティの答えを期待するように近付いてきた。


 人の感情なんてわからない。ましてや種族が違うともなれば尚更だ。それでも俯いていた顔を上げたハティの表情が、今にも泣き出しそうな目を堪えているのを見て答えがわかったような気がした。


「ボクは――皆さんと一緒に居たい、です……っ!」


 ようやく言ってくれたか。


「なら、決まりだな。今日からチームだ。よろしく頼む」


「やったー! よろしくね~」


「改めてよろしく、ハティ」


 喜ぶ三人を横目に、俺は気付かれないようベッドに座り込んだ。そうでもしないと腕の激痛に耐えられそうにない。この回復痛は思った以上に厄介らしいな。一度死んでから生き返れば全身の怠さだけで済むのかもしれないが、そもそも死にたくは無いのでね。


 今は――少し眠りたい。


 三人の会話を子守歌に瞼を閉じれば体の力が抜けていった。次に目が覚めた時には、体の痛みが無くなっていることを願っておこう。死なない展開を、って望みは無視されたんだ。せめてそれくらいは、頼むよ。

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