第22話 飛行船
飛行船を見上げる四人の前に突然現れたブロンズリングのヒューマーは、何も言わずに俺たちを纏めて飛行船の中まで瞬間移動させた。予想外のことに驚いていると、俺は担架に載せられて、そのまま病院設備の救護室に連れられてベッドに寝かされた。
用意されている血のパックを見て、体を起こした。
「いや、輸血は大丈夫だ。それよりも腕を固定してくれ。たぶん、それで治る」
救護隊員のような女性にそう言うと、怪訝そうな顔を見せながらもロットーから渡された腕を俺の体に固定し始めた。血が足りないのは確かだと思うが、俺の居た世界とこちらの世界とで輸血可能な血が同じとは限らない。それに腕さえくっ付いて傷が塞がれば、あとは飯を食えばいい。
「さて――見事に依頼を熟してくれたようで何より」
救護室に入ってきた二人のうちの一人は俺たちに依頼をした監査官だった。
「監査官。色々と伝え忘れがあったんじゃないか? どうして救出する対象が『
「言う必要があったか? 知らなくても依頼に変わりはない」
「違う。信頼の問題だ。故意に情報を隠す意味がなんなのか――『異能力』を持っているのに誘拐されたってことは、それだけの力があり、強い相手なのかどうか、とかな。あらゆる事が、その先を考えて推測するだけの情報になる。だから、もう一度訊く。どうして教えなかった?」
すると、監査官は隣にいる口髭を生やし
「試験だったと思ってほしい。我らにしてもブラックリングがヴァイザーになるなど前代未聞なのでな」
「っ――俺以外の者の命を危険に晒してもか!?」
「ああ、いや、それについては素直に謝罪しよう。こちらとしても誤算だったのだ。ゴーレムが居たこと、それに通路が塞がれていたことは予想していなかった」
その言葉に疑問を覚えると、同じように思ったのかサーシャは首を傾げて口を開いた。
「ん? ちょっと待って。どうしてゴーレムが居たこととか、道が塞がっていたことを知っているの?」
「当然の疑問だな。そこで、こちらの方を紹介しよう」
掌を向けたモノクルの老紳士には見覚えがあり――思い出した。
「あなたは確か……ギルドで俺たちのことをジッと見ていただろ?」
「その通り。わしはギルド管理局の局長、『異能力』は追跡。ブロンズリング以上の者をこの目で見て名前を知れば、いつでもどこでも動向を探ることができる。ずっと見ていたよ。四者の『異能力』だけでは活路を見出せなかっただろうに、よくぞゴーレムを倒して見せた。それも誰の犠牲も出さずに。称賛に値する」
「死ななかったのは運が良かっただけだ。あそこに居たゴーレムは特に意味も無く戦っていたように見えた。もし敵に戦う理由があれば、勝つのは難しかっただろうな。それに称賛するなら俺以外だ」
「確かに、ロットーの腐食が無ければ倒せなかっただろうし、サーシャの日光が無ければ鎧を傷付けることも出来なかった。とはいえハティの変身が無ければゴーレムの気を引いておくことも難しかっただろう。しかし、何より――栞、君だ。『異能力』は別にしても、その機転が無ければ勝負にすらならなかった、と戦った君たち自身が実感しているはずだ。試す様な真似をしたが、文句なしの合格だ。おめでとう。改めて、ヴァイザーとしての活躍を祈っている」
「いや、待て待て。礼儀を欠く態度で悪いが、生憎腕が取れているもんでね。我慢してくれ。勝手に話を進めるな。そっちの言い分はわかった。今回の依頼は、本来なら誘拐屋からセリアンスロォプを救出するだけで、魔物との戦闘は視野に入れていなかった、と。だが、そっちの局長の覗き見でゴーレムが出たことを知り、この飛行船でこっちまでやってきた。……なるほど。下手をすれば死んでいたかもしれない状況については納得しよう。だが、まだ隠していることがあるよな? あんたらと、ハティの関係だ」
何を考えているか、何を思っているかはわからないが、視線の動きやボディランゲージで何かを隠しているのはわかる。まぁ、何かがあると確信したのはロットーとサーシャですら知らなかったこの飛行船についてハティが知っていたからだ。
二人に対して視線を送っていると局長は笑みを浮かべ、監査官はハティを見て口を開いた。
「自己紹介がまだだったか。では、紹介しよう。こちらは――」
「待ってください。ボクが自分で説明します。改めまして、ボクはハティ――正式名はハーレスティ=ダーウィン、です」
申し訳なさそうに言ったハティに、俺を含めてサーシャも首を傾げたが、疑問を口にしたのはロットーだった。
「ダーウィン、って……もしかして?」
「はい。現王がアイル家で、ボクの祖先がダーウィン家。つまり、この国を――セリアンスロォプを纏め上げることに貢献したひとりです」
「でも、そんな話ぜんぜん聞かないけど……今の王様は世襲制で権限はあるけど、わかりやすい権力が無い。セリアンスロォプを纏めて国を作った者の末裔ってことは多く知られているけど……ダーウィン家っていうのは知らないよ?」
七十五年も生きているサーシャが知らないのなら余程だな。
「ボクも詳しくは知らないのですが、祖先は表に出ることを好まなかったようです。なので、富も名誉も要らないと申し出てひっそりと暮らすはずが、いつの間にか国名にダーウィンが使われていた、と。結果的に名が知れ渡ってしまいましたが、特に政治などに関わることなく暮らしてきたと聞きました」
有りがちと言ってしまえばそれまでだが、敢えて言わせてもらう。有りがちだ。
「俺が訊きたいのはその先だ。ひっそりと暮らしてきたはずのダーウィン家が、どうしてギルドと関わっている? 『異能力』を持って生まれてきたから、ってことだけが理由じゃないんだろ?」
「そう、ですね。確かにボクの代からギルドと関わりを持ちましたが、それは『異能力』を持っていたから、ではなく――十年前に両親が殺されたから、でしょうか。なんてことはありません。家に侵入してきた強盗が両親と鉢合わせになり、驚いて刺し殺したというだけです。その頃からすでに『異能力』を使えたボクは現王の計らいもあってギルドを紹介されたのですが、それと同時期に『異能力』持ちのセリアンスロォプという珍しさから何度か誘拐もされました。その度にヴァイザーに助けられたんです。そんなことを繰り返していたある時から、誘拐されたボクを利用して誘拐犯と一緒に買い手まで取り締まるようになって――要は囮をやるようになったんです」
確かに一石二鳥ではある。それにブロンズリング以上のヴァイザーを監視できる局長がいれば、どこに連れ去られてもシルバーランクのハティを見つけることは容易いのだろう。とはいえ、同業者が何人も捕まっていればハティの誘拐は避けそうなものだが、大方ライバルが減って良かった、くらいにしか思っていなかったのだろう。もしくは危険を承知でも取引するだけの価値がハティにはある、ってことだな。
「ということは、そもそも誘拐が起きたのは偶然で、いい機会だから誘拐犯の確保よりも俺たちの実力を確かめることにしたわけか?」
「その通り。わしらからすれば君らが失敗したところで別動隊を動かせばそれで誘拐犯も買い手も取り締まれるということだ。最初は弱い魔物の退治でも任せて実力を知ろうとしたが、それよりも救出依頼のほうが良いと思ってな。壊すよりも、守るほうが難しいだろう?」
その考え方には賛成できるが、やり方が気に食わないってのも本音だ。じゃあ、深層の古城にいたときのハティの素っ気ない態度や不慣れな口調は誘拐犯に対するときのもので、得体の知れないブラックリングの俺を警戒して芝居を続けたって感じか? 天災の立ち位置ってのが大体わかってきたよ。
排他に、孤独と畏怖――よく知らないものは怖い。否定は出来ないな。
「待て。何度も誘拐されているってことは、何度も深層の古城に入っているってことか? なのに、どうしてゴーレムの存在も、道が塞がっていることも知らなかった?」
「それについては私から説明しよう。およそ五日ほど前に北の大陸から広がるように地脈体動が起こったのだ。それぞれの大陸にある国はヴァイザーの手によって守られたが、それ以外の場所にはどんな影響が出ているのかわからなかった。ゴーレムの中身がスライムだったとしても、目覚めた理由はその体動のせいだろう。道が塞がっていた理由も同様」
「へぇ……ロットー、北の大陸と地脈体動って?」
横に居たロットーに小声で問い掛けると、耳元に口を寄せてきた。
「北の大陸には天災の零・魔王が居て、地脈体動ってのは数年に一度、地面が大きく揺れるんだ。大きな街なら、その揺れを相殺できるだけのヴァイザーが居るんだろうな」
「ロットーの家は? 影響なかったのか?」
「うちは南の大陸の一番南だぞ?」
揺れが届かなかったおかげで俺たちはその地震を知らなかったわけか。だとすると、ピクシーの村の近くにオーガが出たことなども、もしかしたら地震の影響なのかもしれないが……五日前か。
「ちなみにだが、その地脈体動が起きたのはどれくらいの時刻だ?」
「体動の伝わり方には時差があるから正確なことは言えないが――昼過ぎ頃だったと我らは判断している」
昼過ぎか。どうやらピンポイントで俺がこの世界に来たときっぽいな。ということは、ゴーレムがいて危険な目に遭ったのは俺のせいだと言えなくも無い。
なるほど――つまり、元凶は俺か。
そう考えると本当に誰も死ななくて良かった。まぁ、俺は何度か死んだわけだが他の三人が怪我一つ無かったのは奇跡に近いだろう。もしくは俺の『異能力』の副作用とか? 近くにいる者の不幸や傷を引き受ける、みたいな。そうでもなければ、俺が報われない。
「事情はわかった。とりあえず、ゴーレムが居たことも道が塞がっていたことも予期せぬ事態で、俺たちはそれに対処できた。で、合格か……ま、気持ちもわかるし俺は別に構わないが――ロットーとサーシャは?」
「アタイも別に。生きているし、何よりヴァイザーになるって決めたときから覚悟はできている。死ぬつもりは無いけどな」
「サーシャも別にいいよ。栞とロットーが一緒なら楽しいしね」
「ってことなら、俺はこれ以上なにも言わない。これからもヴァイザーとしてギルドに所属させてもらうよ」
腕の神経も徐々に戻ってきているようだし、二人に文句が無いのなら俺が何かを言うのは野暮ってものだ。
こちらはこちらで納得しているところだったが、局長は監査官と目配せをして徐に口を開いた。
「そこで一つ、わしからの提案があるんだが――栞さえよければ、ハティをチームに加えてみてはくれないか?」
その言葉に誰よりも驚いた表情を見せたのはハティだった。
「俺は別に構わないが……本人はどうなんだ? 初めて聞いた、みたいな顔をしているが」
「初めて言ったから当然だ。だが、わしらはそうすることがハティのためになると思っている。あとは君らで話し合うといい。わしらは外す」
二人が救護室から出ていくのを見送りドアが閉まると、空気を打つような静寂が肌を突いた気がした。目の前で強く握り締めた拳に気が付くと、それに呼応して、繋がり始めている俺の腕の指先も微かに動いた。
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