第21話 ゴーレム戦Ⅱ

 作戦は伝えた。


 まずは大部屋に足を踏み入れた直後の攻撃を避けるか防ぐこと。瞬間移動ができる誘拐屋ですら捕まったんだ。予想して動かなければ、おそらく一撃で作戦自体が無に帰してしまう。


「サーシャ、行くぞ!」


 思っていた通り、頭上から振り下ろされる拳を見て、サーシャを一歩後ろへ押し戻した。そして俺は躊躇うことなく拳を見上げつつ、服すれすれで辛うじて避けることに成功した。上手くはいったが、相も変わらず心臓の鼓動が五月蠅い。


 とりあえずは俺に意識を向ける必要がある。そのためにはゴーレムを攻撃するのではなく――もう一つのドアに向かって走る! そうすれば、本来は下から上に向かう者を阻んでいたゴーレムは、道を塞ぐことを第一に考えるはずだ。


「栞! 後ろから来てるよ!」


 よし、釣れたか。攻撃を避けるために覗き見るように振り返ってみれば近付いてきていたのは両刃の斧だった。


「そっ――ちかよ!」


 鷲掴みか足蹴りと予想していたが、踵を返し後ろに倒れ込むようにして事無きを得た。これで狙いは俺になったはずだ。剣針を抜いて構えれば、ゴーレムと目が合った。……ような気がする。


 こうやって相対してみるとやっぱりでかいな。勝算はあるが――自信は無い。とはいえ、作戦通りに事が運べば俺は死なずに済む。


 フェーズ一、まずは実験――作戦立案中の会話はこうだ。


「サーシャは同じところに繰り返し矢を刺して鎧を壊すんだ。お前の技術ならそれが可能なはずだろ」


「オッケー」


 俺の剣では鎧に傷一つ付かないことはわかっている。だから、サーシャの矢で同じところを狙う。唯一柔そうな膝の関節に一本目の矢が刺さると二本目を射る。すると、一本目に重なって二本目が刺さる。三本目、四本目と刺さる度に深くなっていく。さすがはサーシャだ。寸分違わない場所に矢を打ち込んでいる。その間も俺はゴーレムの攻撃を避け続けているが、そこに飛んできた巨大な鷹がゴーレムの顔の前で視界を遮った。


 こちらから視線が逸れたタイミングで駆け出すと、サーシャが撃った五本目の矢が刺さって鎧にヒビが入ると小さな穴が開いた。これで壊れることは証明できた。その穴に向かって剣針を突き刺そうとした時――まるで内側から盛り上がるようにして鎧が復元された。


「っ――」


 痺れる腕が、それが鉄だと伝えてくる。


 スライムは個体によって性質が異なり、こいつは硬質化が出来るかもしれないと言っていたハティの読みが当たったわけか。だが、鎧が壊れることは証明できた。


 それじゃあ、フェーズ二に移ろうか。


 ここからはよりシンプルだ。飛び回るハティがゴーレムの注意を引きつつ、壊れることがわかった鎧を――脚を、俺とサーシャで壊す。奥の手は用意してある。それも二つ。


「どうするの、栞。壊れるのはわかったけど、再生が速過ぎて難しいんじゃない?」


「壊すタイミングに、俺の攻撃のタイムラグを減らすのと、壊す範囲を広げるくらいしか手は無いだろうな。いけるか?」


「やるしかないならやるけどね。タイミングを合わせて範囲を広げる……それならサーシャの技が使えるかも。でも建物の中だと力を溜めるのに時間が掛かるから少しの間、引き付けておいてね」


「わかった。頼んだぞ?」


「そっちもね」


 勝つためならばいくらでも死なない程度には囮になろう。いつまでもハティにだけ任せておくのも大変だろうし。


 一先ずはサーシャに攻撃が向かないようにするため距離を取ってから、鎖と斧を出現させた。こういう工作は得意じゃないんだが、鎖の穴に斧の柄を無理矢理押し込んで――押し込……だから苦手なんだよ!


「ふぅ――落ち着け」


 しゃがみ込んで剣針の先を鎖の穴に差し込み無理やり形を広げて、叩き付けるように斧の柄を押し込んだ。これで、簡易的ではあるが鎖鎌ならぬ鎖斧の完成だ。振り回しても外れないくらいの強度には出来たから攻撃に使えるはずだが、ハティが飛んでいる顔を狙うわけにはいかない。それなら、狙うのは胴体だ。


 クルクルと回転させながら胴体の継ぎ目を狙って振り上げれば見事に命中した。が、綺麗に弾かれて傷一つ付いていないようだった。しかも、こちらに対してなんの反応も見せない。二撃目、三撃目も当てることは成功したが、やはり意識はハティに向かったままでこちらに戻ってこない。


「……くそっ」


 とにかく、どこかのタイミングでハティには下がってもらう予定だったんだ。それが少し早まるだけだ。サーシャのほうに視線を送れば、光を集めている最中でまだ時間が掛かりそうだ。


「よし――ハティ! もういいぞ!」


 その声に気が付いたのかこちらに視線を落とした鷹は次の瞬間、スズメのような小鳥に姿を変えた。突然のことでハティを見失ったゴーレムは、どこに行ったかと顔を回していた。その視界に入るよう斧を投げ付ければ、ようやくこちらに気が付いた。駄目押すように引き付けた斧を再びゴーレムの胴体目掛けて投げ付ければ、その衝撃に耐えられなくなった斧の刃が砕け散った。


 さぁ、ここからだ。


 剣針を抜いて構えると、ゴーレムは両刃の斧を真っ直ぐ振り下ろしてきた。早めに避けると軌道修正してくるから意味が無い。俺の動体視力ならギリギリまで引き付けてから避けることは出来るはずだが、目で追うだけでは足りない。剣針の刃を立てて、一直線に下りてくる斧の刃を正面に捉える。そして剣針の先に当たった瞬間、受け流すように――自分の体を逸らす。


「いっ――っ!」


 まるで全身の筋繊維が軋んでいるような感覚だ。それに加えて斧で巻き起こされた鎌鼬の風が体を切り裂いてくる。これが本気のゴーレムか。受け切れないことは無いが、あと何度耐えられるかはわからない。だが、死ぬわけにはいかない。仮に俺が死んでも作戦は続くように考えてあるが、生き返るまでの時間で何が起こるかわからない以上は死ぬわけにはいかないのだ。


 そこから続いて連撃を受け流したことで、体の芯まで伝わる衝撃がじわじわと内臓を傷付けているのがわかる。鎌鼬による傷はすぐに塞がって血も大して流れないが、痛みは蓄積されていく。


「っ――ごほっ」


 血を吐き出すのも慣れたものだ。一つだけ言えるのは、血を吐き出し始めた段階ではまだ死なないということ。問題は、俺の体があと一撃にも耐えられるかどうかわからないってことだな。


 構えてはいるものの、剣針を持つ手が震えている。


 今度は振り下ろすのではなく、床を這って切り上げるように斧を振ってきた。それくらいなら――と息を整えた瞬間、立てていた斧を横にした。迫ってくる鉄の壁に、笑みを浮かべてしまうのも仕方がない。


「これはさすがに――っ!」


 床に落ちていた瓦礫を蹴り上げたが斧の勢いは落ちずに、剣針を盾にしたが衝撃に耐えられずそのまま壁に叩き付けられた。メキメキと骨が折れるのを感じたが全身打撲だからどこの骨が折れたのかまではわからない。とりあえず言えるのは、まだ死んでないってことだ。だから――倒れるな!


 頭から流れてきた血が目に入って視界を赤くしたが、拭うために腕を上げることすらキツい。そんな状態でサーシャのほうに視線を送ると、準備ができたのか光の矢を数本まとめて弓で引いていた。……ゴーレムは、まだ気が付いていない。


 俺に止めを刺すために斧を振り上げる姿を見て、次の一瞬が勝負の分かれ目だと確信した。


 倒れそうな体に鞭を打ち、踏ん張ってゴーレムを睨み上げて笑みを浮かべて見せると、挑発しているとわかったのか、これまでに無かったほどの勢いで斧を振り下ろしてきた。


「サーシャ、今だ!」


 言うのと同時に駆け出した。直情に任せた攻撃は方向修正するのが難しい。だから、斧の脇を抜けて真っ直ぐにゴーレムの脚に向かい、思い切り剣針を伸ばすと、その先にサーシャの放った矢が突き刺さって穴を開けた。


 再生するよりも先に剣針を突き刺した。それでも、まだ押し返そうとしてくるのを感じて手の中に出現させた剣を次から次に突き刺して――計十一本刺したところでようやく再生が止まった。そこに、ロットーから預かっていたナイフを突き刺すと、その場所から腐り始めると、片脚では体重を支えられなくなり膝を着いた。これで完全に機動力を失わせることに成功した。


 ここで、フェーズ二とほぼ同時進行していたフェーズ三の出番だ。


 仕込みは俺とサーシャがゴーレムの脚を壊せるか実験している時だ。注意を引くようにゴーレムの前にハティが姿を現すのと同時に、その頭の上にロットーを運んでもらったのだ。


「ハティ、ロットーを乗せてゴーレムの上まで飛べるか?」


「どうだろう。……体重は?」


「余計な脂肪が無い分だけ、あんたよりは軽いだろうな」


 などという会話もあったが、それはそれとして。


 ロットーはそのものに触れると材質やら腐らせるのにどれだけの力が必要なのかを判断できる。だが、それには時間も必要だった。だから、ロットー以外の三人でゴーレムの気を引いて、俺とサーシャがどうにかして動きを止める。その間に敵の分析を終えたロットーが鎧を腐らせてから、中身のスライムを腐らせる。


「栞、大丈夫?」


 駆け寄ってきたサーシャは両手でギュッと弓を握り締めていた。


「ああ、死んでない」


 あるいは死んでいたほうが傷も治って良かったのかもしれないが、一先ずは死なないという目標は達成された。


 見上げる先、外殻から崩れていく鎧を見て――どうやら上手くいったらしい。


 崩れ行く頭の上からこちらを見下ろすようにして手を振ってくるロットーを見て、俺とサーシャから少し離れたところに降りてきた鳥がハティに姿を変えた。その心配そうな表情と目が合うと、ホッと胸を撫で下ろした。怪我をしたのは俺だけか。何よりだ。……そろそろ立っているのも限界だから座っても良いか?


「――ハティ! 危ない!」


 頭上から落とされた言葉に顔を上げると、最後の力を振り絞ったスライムは形の保っていない腕で振り上げた斧をハティに向かって振り下ろしていた。何故、ハティに? 最も目障りだった者を殺すつもりなのか? そんなことを考えながらも体は動いていた。


「わるっ――い、っ!」


 立ち尽くすハティの体を片手で押すと、そこに斧が落ちてきた。


「っ、ぁ――!」


 声にならない声を上げながら倒れ込んだ。


「栞!」


 熱だ。燃えるような痛みが切断された右腕の上腕辺りから広がってくる。


「済まない! アタイのミスだ!」


「違うよ! サーシャが――」


「っ……どっちのせいでもねぇだろ」


 よし、まだ話せるだけの余裕はある。


「栞、死なないとは言ってもここに居続けるのは衛生的に良くないだろ。待ってろ、すぐ外まで運ぶ」


「ボクの背中に乗せてください。早く!」


 狼に姿を変えたハティの背中に乗せられると、想像していたよりも柔らかい毛並みに痛みが和らいだ気がした。


「急ごう!」


 急かすサーシャに向かって残った手を差し出せば動きを止めた。


「腕を拾ってくれ。さすがの俺でも、無くなった腕が生えてくるかどうかの実験をするつもりは無い」


「大丈夫だ、栞。ここにある」


 そう言ったロットーのほうを見れば布に包まれた俺の腕があった。どうやら余程視野が狭まっているらしい。安心したように息を吐き出せば、再び走り出した。


 こんな状況で思うのは、意識を失えたらどれだけ良かったか、ってことだ。おそらく、これまで何度か死んだ中で痛みに対して耐性がついたおかげで――耐性がついたで簡単には死ねなくなってしまったらしい。この世界に来たばかりの俺だったら、そもそもゴーレムの斧を受け流すことなんかできずに死んでいただろうし、受け流せたとしても全身打撲になった時点で死んでいるところだ。……考えてみれば、俺はまだ異世界転移してから一週間も経っていないんだよ。ちょっと、死に過ぎなくらいだな。


「どこに通じているかはわからないけど、行くよ」


 サーシャが先頭で穴に入っていくらしい。


 俺のほうはようやく体の熱が引いてきたころだ。目を閉じて、このまま一度死んでしまっても良いが、腕がどうなるかわからない状況では色々と怖い。縫合とまではいかなくとも、包帯ででも簡易的に繋いでおかないとくっ付かないんじゃないか? まさか、生えてくるとは思いたくも無い。


 暗い洞窟を抜けると、人工的ではない光を細めた。吹く風が傷口に触れて痛いが、確かに中の澱んだ空気よりかは澄んだ空気のほうが良いのかもしれない。とはいえ、ここから街まではどれだけ急いでも三十分以上は掛かる。


「ここで、応急処置をするしか――」


 そう言い掛けたとき、辺りが影に包まれて空を見上げると、そこには巨大な飛行船があった。ロットーとサーシャのほうに視線を送ってみるが、二人とも口を開いたまま飛行船を見上げている。あれの正体は知らないってことだな。本当に、よくもまぁ休まずに次から次へと事が起こるものだな。


「あれは――ギルドです。移動式ギルド、飛行船ホエール号。少なくとも、ボクらの敵ではありません」


 口調が変わったことだったり、知った風なことを言うハティには訊きたいことが山ほどあるが……そうか、敵ではないんだな。なら、一先ずは安心だ。


 これでやっと死ねる。いや、まぁ――たぶんこの傷では死なないし、死にたくはないんだけどな。

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