第20話 セリアンスロォプ

 体の痛みと、予想外の展開に頭が付いていかない。


 誘拐されたセリアンスロォプは今、目の前に居て『異能力』を使っていた。だが、腕にリングを嵌めていないということはヴァイザーでは無いのだろう。なんにしても、確認は必要だな。


「俺は栞。そっちの紅髪のピクシーがロットーで、背の小さなハーフエルフがサーシャだ」


 訊くことはしない。相手の正体がわかっていたとしても自主的に口を開くのを待つんだ。


「……ボクはハティ。セリアンスロォプ」


 顔にしても、体の凹凸にしてもロットーやサーシャよりも大人の女性に見えるが、まさかのボクっ娘か。キャラが渋滞しているな。


「ん――っ!」


 ロットーの投げたナイフが顔の右側に、サーシャの光の矢が顔の左側に突き刺さった。


「栞、今なにを比べた?」


「サーシャはまだ成長する可能性あるもんね!」


「……サーシャ、?」


「何か間違ってる?」


 仲良くなったと思っていたが、予想外のことが起きた途端にこれか。しかし、まぁこれくらいのほうが気楽でいい。睨み合う二人を眺めながら重い体を持ち上げると、ハティは警戒するように身構えた。


「お互いに確認したいことは色々とあるだろうが……とりあえず、腰を落ち着かせよう。ロットー、サーシャ。ドアから離れてこっちに来い。話し合いだ」


 廊下の左右には一つずつドアがあるが瓦礫があって開きそうにない。俺の背後には壊れたドアもあるが、その先も瓦礫で塞がっていて進めそうに無い。ロットーの見立て通り部屋があるのだろうが、それを退けるだけの気力も無いし、そもそもが非力な俺にどうこう出来る瓦礫の量では無い。


 動かない俺のほうに近寄ってきたロットーとサーシャが床に腰を下ろすと、戦う意志が無いと判断したのかおずおずと歩み寄ってきたハティは二人の間に腰を落とした。


 さて、何から話したものかと考えていると、ハティが徐に口を開いた。


「……変な組み合わせ」


 呟いたその言葉は、やはり違う種族でチームを組んでいることを言っているのだろう。なら、そこから話そうか。


「俺たちはギルドからの依頼で君を救出に来たんだ。変な組み合わせなのは、たぶん俺のリングが原因だな」


「ブラックリング――天災とシルバーリングの他種族が一緒なのは理に適っているのかもね。嫌われ者同士で。……ボクも同じだ」


「でも、あんたはアタイらと違ってリングを嵌めていないだろ。仮に『異能力』を持っていても、知られていなければ周りと同じだ」


「アイルダーウィンはセリアンスロォプの国だよ。誰かが知れば、みんなが知る。違う?」


 違わないな。俺が天災だということも次の日にはセリアンスロォプだけでなく、ギルドに詰めていたヒューマーたちも知っていた。どこが発信源なのかはわからないが、人の口には戸が立てられないってやつだ。


「嫌われている主な理由は俺だ。だから、あんまり苛めてくれるな。で――ハティ。君は誘拐されたんだよな? その誘拐犯はどうした?」


「それなら隣の部屋で死んだと思う」


「誘拐屋はゴーレムに殺されて、君は一人でここまで逃げ切ったということか?」


「いや、少し違う。最初はボクと誘拐犯が一緒にゴーレムの部屋を超えたけど、ここはこんな有り様で出口が無かった。だから戻ろうしたんだけれど、そこを狙われて誘拐犯はゴーレムに捕まり、ボクはこっちに戻ってきたんだ」


 つまり、誘拐屋バッジはゴーレムに殺されたということか。だが、死体は見当たらなかった。食べられたような感じは無かったし……じゃあ、あの白骨体が?


「誘拐されて、まだ一日も経っていないんだよな? なら、どうして白骨死体になったんだ? 何か有害なガスが出ているとか?」


「ガス? 違う。あれは確かにゴーレムだけど、ゴーレムじゃない。中身はスライムだ」


 ハティが何食わぬ顔でそう言った途端に、ロットーとサーシャはこれまで見たことないほどの嫌悪感を顔に表した。


「〝あ~、スライムか……〟」


 吐き出すような声が見事にハモった二人だが、俺は疑問符しか浮かばない。スライムと言えば雑魚の象徴であり、強いイメージは無い。昨今では無形体だからこそ強い、みたいなイメージも出てきているが、とはいえ弱点を突けば倒せる相手というレベルだ。


「何か問題か? スライムなんて弱いだろう?」


 そう問い掛けると、サーシャは頬を膨らませて息を止め、ハティは呆れたように首を横に振り、ロットーは目を見開いた。


「まさか。アタイらの倒したオーガは中級で、スライムは中・上級の魔物だ。弱いなんてとんでもない」


「そうだよ! たぶん嫌われている魔物ランキングでも結構上位だし!」


「そのランキングは知らないが、言いたいことはわかる。だが、スライムが強い理由は? ゴーレムの中身がスライムってことは体を乗っ取っているってことか?」


 問い掛けると誰が話すか牽制するように目配せをしているが、こちらとしては誰でも構わない。さっさと話せ、と言わんばかりに腕を広げて首を傾げれば、一緒に行動してきた二人では無くハティが口を開いた。


「乗っ取られているのとは違う。スライムは性質上、死んでいる魔物や生きている者の体内に入って内側を食べて、その体そのものになる。だから、中身はスライムだけれど皮を被った魔物の特性はそのまま使えるし、その魔物が動いていた通りに行動するから――乗っ取られるというよりは新たな宿主になるって感じ?」


「内側を食う? なんだそれ、怖ぇな。……だが、中身がスライムになっても行動は同じなんだろ? じゃあ、どうやってその魔物がスライムだって判断するんだ?」


「スライムはどんな姿でも食べ物を経口摂取しないんだ。食事をするときは体の一部からジェルのような溶解液を出して対象を包み、溶かして栄養を搾り取る。ボクも初めて見たけど、誘拐犯はそうなった」


「なにそれ、怖っ」


 しかし、なるほど。これで死体が白骨化した理由がわかった。誘拐屋バッジは溶解液で溶かされてスライムの栄養になったわけだ。ミイラ取りがミイラに――まぁ、死んでしまっているし骨になっているから、代償としては大きいな。ミイラにすらなれなかったか、と笑い飛ばしたいところだが、そんな雰囲気でも無さそうだ。


「ん~、スライムか~」


 頭を抱えるサーシャを見て、再び疑問が浮かぶ。


「スライムが厄介な魔物ってのはわかったが、倒す方法はあるんだろ?」


「聞いたことはある、ってくらいだな。アタイは」


「ボクも同じようなものだ。古代の遺物って意味でゴーレムも珍しいけれど、スライムと相対することも結構珍しいんだよ」


 レアな魔物ってことね。だが、中身がスライムだとしても外見がゴーレムで行動も性質もゴーレムならば、結論は変わらない。


 こちら側に出口が無い限りはゴーレムの居る大部屋を超えて、向こうの廊下に戻るしかない。のだが、出ていったところを狙われるのは厄介だし、何より二度も隙をついて逃げ出すのは無理だろう。次は戦って勝つしかない。


 とはいえ――現状では勝つ方法が浮かばない。やはり、ロットーが鎧を腐らせて、そこにサーシャの矢を狙い撃つのが妥当だと思うが、そもそも近寄って体に触れることも難しいのではどうにもならない。死なない俺なら、仮に溶解液で溶かされても生き返る可能性はあるが……そんな風に死ぬのは絶対に嫌だ。


「……ん、どうした?」


 こちらを見詰めてくるハティの視線に気が付いて問い掛けると、怪訝そうな顔をして首を傾げた。


「何を悩んでいるの? ブラックリングなんだから、スライムくらい倒せるんじゃないの?」


「あ~……ん~……」


 ブラックリングってのはそういうイメージなのか。まぁ、意外でもなんでも無いが。とりあえずお前ら、左右からハティの肩に優しく手を置くのを止めろ。こちらが余計に惨めに感じる。


「栞は他の天災と違って戦えない『異能力』だからな。だからこそヴァイザーになれたんだろうし……だからこそ、こうやってピンチに陥っているんだ」


「なら、どうしてあなた達が――」


「それは俺たちも疑問に思っている。大方、ゴーレムの存在を認識していなかったんだろうよ。そうでなければ、誘拐屋を倒して君を救出するくらいのことは出来ていたはずだ。まぁ、仮定の話をしても意味は無いが」


「でも、サーシャもロットーも、その戦えない『異能力』を持つ栞に救われたんだよ。だから今回も大丈夫!」


 何を根拠に、というか救った記憶が無いんだが。


「なんにしても倒す方法は考えないとな。とりあえず、それぞれの『異能力』の確認だ。まずは俺から。『異能力』は死んでも生き返る不死で、蔵書の力では新たに剣と斧と鎖を出せるようになった」


「アタイの『異能力』は手で触れたものを腐らせる腐食。力の新しい使い方はナイフなどに腐食の力を付与して、手から離れても『異能力』を使えるようになった」


「サーシャの『異能力』は日光。光を使って武器にしたりすることが出来るけど、日の光じゃないと力は弱くなる、かな」


 なるほど。ロットーの『異能力』の新しい使い方は良いな。力を付与できるってことはナイフに限らずってことだろう。なら、他にも使い道はありそうだ。それにサーシャの『異能力』も汎用性は無いと言っていたが武器だけでなく、目晦ましのような簡単なことなら好きなように操れるってところだろう。


 それらを踏まえた上で作戦を立てるわけだが。


「ハティ、君は別に言わなくてもいいからな」


 言おうか言うまいか言いあぐねていたハティにそう伝えると、徐に顔を横に振った。


「……ボクの『異能力』は獣化。さっきも見せた通り、獣になれる力だけど好んでいるのは狼で、牛とか豚とかの家畜や魔物になるのは好きじゃない。色々と制約はあるけれど、自分の体積と質量以上のものには変身できない。小さいものもネズミくらいの大きさになら変身できるけれど、例えば小さな箱に押し込められたりしたら元の姿に戻ることはできない」


「獣化か……それは例えば、この世界に存在していない幻獣にもなれたりするのか?」


「なれなくは無い。けれど、獣であることと情報が豊富であることが条件になる。要は、想像できない獣には変身できないんだ」


「なるほど。獣の範囲は? 爬虫類なんかは含まれないのか?」


「ボクも完全に把握しているわけでは無いけれど。毛が生えている生物は獣かな。だから爬虫類とか、もちろん虫とか魚にも変身することは出来ない」


 俺の居た世界と、こちらの世界の動物という認識が同じで助かった。これで見たことも聞いたことも無い獣の名が出てきたらどうしようかと思った。


「最後の質問だ。鳥になって空を飛ぶことはできるか?」


「できる。鳥になれば飛べるし、モグラになれば土も掘れる。仮に火を吹く獣がいるのなら、火を吹くことだって可能だよ」


 それなら打てる手の数が増える。


 腐食、日光、獣化――戦うのに十分な布陣とは到底思えないが、勝つための算段が無いわけではない。賭けのような作戦だが、真正面から相手取るよりは圧倒的にマシだ。あとの問題は、意志があるか、だ。


「……ロットーとサーシャ、それに俺は依頼でこの場に居る。目的は君を救出することだ。助けに来た身でこんなことを言うのもどうかと思うが、ハティ。君の力を借りたい。正直に言えば、失敗すれば死ぬ――いや、より正確に言うのなら失敗すれば俺以外は全員死ぬことになる。君が協力してくれれば、誰も死なず無事に帰れる確率が上がるんだが……どうだ?」


 感情なんて無駄だ。この場でハティが協力してくれなければ、まず間違いなくゴーレムのいる部屋から生きては出られないだろう。だから、悪いと思わなくは無いが、ほぼ無理矢理、イエスと言える状況を作らせてもらった。断るのも良し――ただし、ロットーとサーシャは死ぬ。そういうわかり切った天秤の問題だ。


 見詰める視線の先に居るハティは、覚悟を決めたようにギュッと手を握り締めた。


「ボクも手伝うよ。できることはやりたいからね」


「決まりだな。じゃあ、これから作戦を伝える。先に言っておくと、この作戦の要はロットー、それにハティだ」


 そして、もう一つ。何が重要かと言えば、この作戦では俺が死なない予定だってことだ。……うん。とりあえず死ななければそれで良い。だって、初回の依頼で三回も死ぬってのは、割に合わないだろう?

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