第二章
第26話 図書館の栞
一日の半分以上を図書館で過ごす生活も一週間が経ち――置かれている本は全て読み終わった。
そして同時にわからないことが出来た。この世界の文字は理解できたが、にも拘らず俺の持っている蔵書の文字は読めないままだ。すでに記された武器や道具は別として、そこに何が書かれているのかはわかるが読めない、というなんともよくわからない展開に陥っている。
とはいえ、考えられる理由と答えは一緒だろう。実際にモノに触れ、使うか使い方を理解したモノだけを蔵書の力として取り出せる、と。
蔵書にしてもそうだが、シルバーリングの力は類似のものも少ないからわからないことも多い。カラーリングやブロンズリングの使い方に関する本が多かったのは意外だったが、ブラックリングについては明記することを禁止されているのか情報はゼロに等しかった。まぁ、想定内だが。
あとは神器と真名について。こちらに関しては噂程度の伝承は見付けたが核心に触れるものはなく、仮に俺の持っている剣針が神器だとしても今のところは真名を知る方法もわからない。
知れたことと言えば、この世界の歴史や成り立ち。
「……まぁ、上々だな」
情報収集としては満足のいく結果に終わった。
この世界の行く末的には天災の零・魔王を倒すことで平和を得ることなのだろうが、それにはすでにゴールドリングと呼ばれる勇者たちが旅をしているから、俺の出張るところでは無い。
今更だが、異世界召喚でも転生でもなく転移なんだよな。召喚や転生なら何かしらの理由があって然るべきだが、転移の場合はその原因がわかるまで謎だ。少なくともこの世界に影響を及ぼすだけの立ち位置にいるのだから、転移した意味はあるはずだ。
そのために今すべきことは――やはり、真名だな。一つ一つ進んでいこう。
神器――武器――餅は餅屋だが、この世界の武器屋は装備品全般を請け負っているから、武器について訊くなら鍛冶屋のほうが無難だろう。
「鍛冶屋……たしかライオネル王の工房なら場所を聞いたな」
王城から西に進んだところにある古びた工房の看板には『アイル鍛冶工房』と書かれている。王の継承と共に代々受け継いでいるって感じか。
外からでもわかる金属音を聞きながら、鋼鉄の扉を開ければ中に籠っていた熱気が飛び出してきた。
「ライオネル王、お尋ねしたいことがあるのですが」
工房の中に足を踏み入れれば、紅く熱を帯びた鉄にハンマーを振り下ろす王がこちらに振り向いた。
「ん? おお、『不死』ではないか。今日は他の者は一緒では無いのだな」
「あいつらは今頃、特訓中です。今、大丈夫ですか?」
「うむ。他と無いお主の頼みならいつでも時間を作ろう」
それはおそらく俺がブラックリングかどうかよりもハティとチームを組んだことのほうが大きいだろう。
外に置かれているベンチに場所を移して。
「訊きたいのは神器と真名についてです。俺の持っている剣針が何やら特殊なものらしいのですが、何かわかりますか?」
そう言って差し出した剣針を受け取ったライオネル王は、まじまじとそれを眺めて考えるように鬣を撫でた。
「うぅむ……剣針にはわからないことも多い。ヴァイザーの使う武器のように斬ることは出来ず、日常で使う包丁などとも違う。
「それについては俺も疑問に思っていましたが、刃の付け替えが容易であることと持ち運びの利点から武器としての需要はあるのではないか、と。加えて、神器とはそれぞれに形が異なり全ての武器の原点だとか。つまり、現存している七つの神器の中に剣針は無いということですよね?」
「そういうことになる。鍛冶屋にとっての神器とは武器を造る上で目指すところではあるが、誰であれ辿り着けない高みだと理解しているからこそ深くは知ろうとしないのが現状。改めて問われると答えに困るな」
早々に明確なことがわかるとは思っていなかったが、ここまで何もわからないとは。王がどうのというより、これもこの世界の流れみたいなもの。常識のような違和感だ。
「そういえば、この剣針は別としても他の神器は誰が造ったものなんですか?」
「それについては色々と……緘口令というわけではないが誰も口を開こうとはしない。その点では私の下を訪れたのは正解だったな」
「どういう意味ですか?」
「種族関契約については知っているな? 神器を作ったのはその契約に入っていない種族だと言われている。今から言う場所に向かうといい。そこは――」
商店街から裏路地に入り、鑑定士の館を過ぎて五つ目の建物を過ぎた脇道にある下へと続く階段を降りていく。突き当たったドアをノックして一言。
「ライオネル王の紹介で来た」
すると、掛金の外れる音がしてドアが開かれた。
「……入れ」
言われるがまま中に入れば身の丈一メートル二十センチ程度だが鍛えられた肉体と逞しい髭を生やした男がいた。なるほど、ドワーフか。
「初めまして。王からここに来れば神器についての話が聞けると教えられたのですが……」
部屋の中には台座や窯などがあり、小規模ながら工房のようだった。造り掛けのような武器や防具がいくつかあるが、一目でわかるほどに質が良い。
興味深げに工房内を見回していれば、ドワーフの視線が俺の腕に向かっていることに気が付いた。
「ブラックリング……そうか、主が最近噂に聞く八番目の天災。神器について儂らに問うのは正解だ。答えられることがあれば答えよう。何が知りたい?」
促されるまま腰を下ろせば、向かい合ったことで体格の差が顕著になった。身長が低くても威圧感がすごいな。
「七つの天災に七つの神器というのが基本だとするのなら、俺にも神器があって然るべきではないのか、と。その上であるセリアンスロォプから、この剣針が特殊なものなのでは? と」
そう言って剣針を差し出せば、手に取った瞬間に顔を変えた。
「これは……どこで手に入れたものだ?」
「この大陸の南に住むピクシーから譲り受けたものです。昔から家にあったとか森の中で拾ったとかで明確にどこで手に入れたのかはわからないらしいですが」
「出自不明か。しかし、これをドワーフが造ったという読みは正しい」
話を遮ってまで訊くことはしなかったが、やはりドワーフはドワーフだったのか。
「触れただけでわかるものですか?」
「わかる。物作りに長ける儂らは同族が造ったものは容易く判別できるのだ」
「同族ですか……この街に住んでいるドワーフは貴方だけなんですか?」
「そうだ。儂らは往々にして忌み嫌われている。ゆえに故郷を離れて別の街で暮らそうとする者は少ない」
歴史書を読んだおかげでドワーフが嫌われている理由は知っている。それを加味した上で、目の前にいるのが変わり者だと判断したからこそこうして対等のように話せているわけだが。
「別の街で暮らす利点はあるんですか?」
問い掛ければ、ドワーフは顎鬚を撫でながら首を傾げた。
「八つ目の天災は世間知らずだと聞いたが、その噂は間違いないようだな。ヴァイザーの使う武器や防具の中には儂らの造ったものが混じっている。高価だが、一生ものの武具だ。故郷で造ったそれらを仲介するのが儂らの役目。まぁ、儂の場合はこの生活を楽しむついでだかな」
ああ、そういえば聞いたことがあった。俺が行くような店ではなく商店街の露店なんかで偶に高価だが、掘り出し物があるらしい。それがドワーフ謹製だとすると納得がいく。
「利点という意味ではヴァイザーにとって、ってことですかね。それはそれとして――その剣針が神器の可能性はありますか?」
すると、ドワーフは考えるように俯くと悩まし気に唸り出した。
「んん……神器とは武器そのものを指すのではなく、使い手との相性と職人が名付けているかどうか、だ。相性は良いようだが……真名についてはこれを造ったドワーフに訊くしかない」
何やら気になる言い回しだな。
「もしかしてそのドワーフはお知り合いですか?」
「……そいつの名はゴウジン。儂の知る限りドワーフ史上最高の職人だが、同時に気難しくもある。こんな言い方をしては身も蓋もないが、今のあやつが素直に武器の名を教えることはしないだろう。諦めたほうが良い」
やることがないから神器について調べているだけで極論を言ってしまえば別にここで諦めてもいいのだが……そもそも目的が無いのだから引き下がる理由も無い。
「まぁ、諦めるかどうかは直接訊いてから考えることにします」
「そうか。ブラックリングの決めたことなら儂に止める権利は無い。ただ……いや、これは蛇足だな」
言い掛けたことも気になるが、話す気が無いなら訊くつもりもない。
「それで、そのゴウジンさんはどこに……?」
「ホワイトフォレストの奥地。そこが我らが故郷だ」
たしかこの街から北東に行ったところにある森林地帯だったか。そこにドワーフが住んでいることが周知だとしても、種族間契約の外にいる種族は感知されていないってところだろう。排他、というよりは集団無視と言ったほうが正しいかな。
「ありがとうございます。そういえば名前を訊いていませんでしたね。俺は――」
「知っている。天才の漆『不死』の栞だろう。儂はザイコウ。ゴウジンに会った時は儂の紹介だと伝えてみろ。可能性は低いが気を許すかもしれん。あとは手土産も忘れるな」
「手土産とは……具体的にどんなものが良いんですか?」
「ドワーフといえば酒。酒といえばドワーフだ。勧めるとすればホワイトフォレスト内にある龍酵泉に湧く酒だが――仲間がいるのだろう? 話し合って決めるといい。儂から言えるのはこれくらいだな」
「いえ、何も手立てが無い状況だったので十分です。知らないことも知れましたし、本当にありがとうございました」
「なんのことはない。ブラックリング――いや、栞。気を付けろよ」
「まぁ、死なない程度には」
差し出された剣針を受け取り、工房を後にした。
確かに知らないことも知れた。俺の存在は別としても、チームを組んだことがヴァイザー以外にも知られているとは。大したことではないが、それでも一つ一つが何かに連なる問題になる気がしてならない。
杞憂なら、それに越したことはないがな。
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