第42話 乱入者
目の前に現れたのはさながら猿人と呼べるような姿形の魔物――纏う雰囲気で、これまで遭遇した何よりも強いのがわかる。しかし、こっちの世界で読んだ本の中にも、この魔物のことは載っていなかった。
「誰か、あれがなんなのか説明できる者はいますか?」
「あれは天災の零・魔王が眷属の一つ、計略のエンジュ。ギルドが監視している十二の魔物のうちの一つです」
「天災だけでなく魔物まで監視しているとは。初耳です」
「これはギルド上層部のみが知っていることです。御内密にお願いします」
内密にするも何も、それは生きてこの場を切り抜けられればの話だろう。俺は死なないが……それとこれは別だ。
「配下の気配が消えたと思い遠路はるばる着てみれば――まったく使えん雑魚共だ。武器を手に入れるという簡単な使いすら出来んとは」
まるで俺たちなどいないかのような大きな独り言を聞いていると、不意にこちらに視線を向けてきた。
「お前ら、いつでも動けるようにしておけ」
小声でロットーたちに伝えれば、それぞれが酔いを覚ますように大きく深呼吸を始めた。
「なるほど。徒党を組んだ雑魚に我が配下は殺されたということか。……せっかくここまで来たのだ。皆殺しにして武器を頂いていくとしよう」
「散れ!」
その言葉に従ったロットーは投げナイフを手に、サーシャは弓を引きながら下がった。ハティは姿を狼に変えたがその場から動かずにエンジュを威嚇し――思っていた通り、ゴウジンだけでなくホロウもバショウも動かなかった。
「栞さん。聞くところによると、貴方は戦いが得意ではないらしい。ここは無理せず私とホロウに任せてもらって構いませんよ?」
「確かにそれも有りかもしれませんが、ゴブリンの王を討ち取ったのは俺です。つまり、この状況を作った原因は俺にあるので、得意かどうかは言っていられないでしょう」
などと会話を交わしていると、頭の毛を引き抜いたエンジュがそれを吹き――宙を舞った毛が子供サイズの猿の魔物に変化した。爪を立てて牙を剥き出しにするその姿は、小さいけれどエンジュと同等の嫌な雰囲気を感じる。
「割り振りは?」
ゴウジンの問い掛けに、俺は取り出した剣針の柄から刃を生やした。
「大物は俺が貰います。残りは皆様で」
「言っておきますが、我々には勝つことしか許されていません。王のため――国を守る兵としてこの場に立っていることを忘れないように」
エンジュは様子を窺うつもりらしい。それならと、俺もロットーたちに動かないように指示を出した。まずは状況を見るしかない。それだけの実力差は、歴然と感じている。
ドワーフの中でもゴウジンが強いことは知っているが、異能力を持っていない一介の兵士と量産型のブロンズリングの実力はわからない。
「そういえば、どうして私たちが選ばれてここに赴いたのか教えていませんでしたね。改めて自己紹介を――私はブロンズリング・豪傑のバショウ」
「こちらはアイルダーウィン王国兵士団・副団長のホロウです。伝言では無く命じられたのは王国へ戻る帰りの道中に力の無い者の戦い方について教えるように、と」
すると、バショウの体から湯気が立ち上がり、ホロウは剣を抜いて魔物の前に立った。
「ん? 殺される順番の相談は終わったか? じゃあ、死ね」
指を鳴らすと、魔物たちが一斉に襲い掛かってきた。
ゴウジンは投げ渡された斧を振って魔物を両断し、バショウは武器も持たずに拳一つで魔物の頭を砕いた。そして、ホロウが魔物とのすれ違い様に剣を振ると、バラバラになって地面に落ちた。
凄まじいな。俺では辿り着けない武の極致だ。ソルとは違う強さに身震いがする。
「死なないだけの俺とは大違いだな。ハティ、サーシャの下へ。ロットー、お前らも気が付いているだろう。俺が殺されたとしても、ここを動くな」
頷くのを背中で感じつつ、バショウとホロウの間を抜けてエンジュの前に立ち剣針を構えた。
「栞さん、気を付けてください。あれは嫌な気配がします」
今更だな。心配してくれたホロウには軽く手を振って返し、溜め息を吐きながら剣針を担いで片手に斧を取り出した。
「さぁ――お前の相手は俺だ」
「雑魚の中でもお前だけはにおいが違うな。強者とも違うが……試しに一撃入れることを許してやろう」
完全に見下されているが、それはむしろ好都合だ。
問題はどこまで神器の力を使うのかということ。命を全て消費したところでエンジュを殺せるかはわからないから、そこで死ぬわけにはいかない。圧倒的に実力で劣っている俺が勝つためには――とりあえず剣針の先だけでも刺せれば、体内で刃を成長させてみよう。どれだけ強くても体の内側からぐちゃぐちゃにされれば死ぬはずだ。
一撃は受けてくれるらしいが、それを信じることはできない。避けられることも防がれることも有り得る。……まぁ、考えるよりもやるほうが早い。
「では」
駆け出し、構えた剣針を突くように腕を伸ばした時――エンジュの手が俺の胸に突き刺さったのが微かに見えた。
「クケケッ、気が変わった」
笑い声に振り返れば、そこに立つエンジュの手には黒い塊が握られている。
「っ――」
痛みを感じた胸に視線を落とせば、いつの間にか出来た傷から血が零れ落ちていた。……心臓の鼓動が、聞こえない。
つまり、あれは俺の――
「あ~、んっ。まぁ、味はそこそこか」
心臓を丸呑みにしたエンジュが舌舐めずりをすると、体の力が抜けてきた。だが、まだ意識はある。
「栞!」
駆け寄って来ようとしたロットーを眼で制し、折った膝と剣針を地面に着き体を支えれば、エンジュの乾いた笑い声が聞こえてきた。
「ケケケッ、雑魚にしてはしぶといな」
同感だ。心臓を抜かれても、まだ生きているのは中々のしぶとさだと思う。
残りカスのような命だが。
「吸い尽くせ」
すると、一気に成長した剣針が地面の中を伝い、エンジュの足元から刃が飛び出した。避けられてはいないはずだが――さすがにもう、命が足りない。
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