第41話 提案

 朝から飲めや食えやの大宴会。これぞまさに酒池肉林といったところか。


「飲んでるか、栞よ」


「ええ、飲んでますし、十分に頂いています。すみません、わざわざこんな豪華な料理を用意していただいて」


「いやいや、この辺りは良い物がよく育つ。いくらでも手に入るから好きなだけ食え!」


 ロットーたちがいた手前、一応並べられていた食事に使われている材料を聞いたが、魔物は使われておらず作物だけで作ったようだった。


 そのおかげもあってロットーだけでなくサーシャもハティも満足そうに食事をしている。


 ――そろそろ頃合いだな。酒も進み、腹も十分に満たされた。


「ゴウジンさん。少しご相談があるのですが良いですか?」


「相談? おお、なんでも言ってくれ! 主の頼みならばなんでも聞こう!」


「では……少し場所を移しましょうか」


 村長の家に移動して。


「して、相談とは?」


 酒瓶を片手に問い掛けてくるゴウジンは、それでも酔っている印象は受けない。もちろん俺も酔わない程度に抑えているが、飲んでいてもドワーフが素面なのはそういうものだから、と言っても過言ではないのだろう。


「相談、と言いましたがどちらかと言うと提案です。ゴウジンさんは種族間契約についてどう考えていますか?」


「ふむ……どうとも思わない、と言ってしまえば嘘になるやもしれんが、工匠の儂らには今の生活が性に合っておる。干渉することもされることもない場所で、好きな物を造っているだけで満足だ」


「なるほど。ですが、今のままでは造った武器を売るにも苦労が掛かりますよね? この場で過ごす上ではお金は必要ないかもしれませんが、例えばこの村に行商が来るようになれば物を買うことがあるかもしれません」


「かもしれん。が、あまり現実的とは言えん」


「では、もしもそれが現実のものになったとしたら?」


「……それが提案というやつか。何をするつもりだ?」


「何をするかは全員が集まってから、折衷案やら及第点やらを探っていくとして――今は意思を問いたいのです。種族間契約の中に入りたいか否か、と」


「難しい問いだ。弾かれた経緯を考えれば一様に入りたいとも言えんが、それがドワーフのためとなるのならば……その提案に乗るとしよう」


「決まりですね。それじゃあ、行きましょうか」


「ん? どこにだ?」


「御客を迎えに」


 そうして、俺とゴウジンは村の門の手前へとやってきた。


「何者かが門の外にいるようだが、栞が呼んだのか?」


「そうです。内側から開ける方法はありますか?」


「それは容易い――開け!」


 すると、声に呼応して扉が開き始めた。さすがは異能力。なんでも有りだな。


 開かれた先にいたのはアイルダーウィン王国兵士の鎧を身に纏った犬耳を付けた若いセリアンスロォプと、ブロンズリングを嵌めたスキンヘッドのヴァイザーだった。こちらは若くもないが、ギルドから派遣されたのならそんなものだろう。


「自己紹介をしましょうか。俺はブラックリングのヴァイザー、栞です」


「儂はドワーフの長、ゴウジンと申す」


 こちらが名乗りを上げると、互いに牽制しつつ先にセリアンスロォプが口を開いた。


「初めまして。本日はライオネル王の代理で、ここに現着致しました。ホロウとお呼びください」


 凛々しい顔立ちと鎧のせいで気が付かなかったが、このセリアンスロォプは女だった。代理ならソルが来る可能性も考えたが、さすがに天災を動かすわけにはいかないか。


「私はバショウ。ギルド管理局では主に外交的な交渉等を担当しています」


 こちらは見た目に反して物腰柔らかい感じだな。


「では、ゴウジンさん。話し合いの出来る場に行きましょう」


「うむ。付いて来い」


 向かったのはゴウジンの家では無く、集会所としてでも使われていそうなテーブルのある家だった。


 上座にゴウジンを置き、時計回りにホロウ、俺、バショウとテーブルを囲んで――始めよう。


「まずは皆さんの立ち位置について確認しておきましょうか。ホロウさんとバショウさん。何か伝言を預かってきていますか?」


「局長より一言――支持しよう、とだけ」


「ライオネル王からは話を聞き、正しく判断するように、と」


 局長はその異能力でこちらの状況を見えているだろうから、王にも伝えられているはずだ。つまり、現状ではヒューマーとセリアンスロォプの立ち位置は違うということ。


「では、単調直入に。こちらの提案はドワーフを種族間契約に加える、です。実現させるにはこの場にいない種族とも話し合いが必要だと思いますが……お二方はいかがですか?」


 問い掛ければ、ホロウが苦々しい顔を見せながら口を開いた。


「おそらくですが、ライオネル王は反対致しません。ですが、国民からの反発は避けられないと思います」


「まぁ、王自身がドワーフと知り合いですしね。国民が反発する理由はなんですか?」


「そうですね……目の前にして言うのも気が引けますが……我々セリアンスロォプは獣との混成にして混血。姿形は他の種族と大差ありませんが、性質としてはむしろ魔物に近い、と口に出さずとも誰もが実感している事実です。当然、割り切っている者も多くいますが、それでもやはり殺した魔物を食べるというのは――」


 その言い分は予想していた。とはいえ、改めて聞くと違和感は拭えない。セリアンスロォプは肉も食う。それこそ、獣の肉を、だ。同一視しているものの肉は口にするが、ドワーフが魔物を食うことは許せない? まぁ、それはそれ、と言われてしまえばそれまでだが。


「そこは歩み寄ることができると思います。例えば、ホロウさん。貴女はドワーフが魔物を食べている姿を見たことがありますか?」


「……いえ、ありません」


 それでも、嫌悪感はある、と。


「では、ドワーフと種族間契約を結んだときの利点について考えましょう。各々の種族にはそれぞれの役割――というか特色があります。働き者のセリアンスロォプ、戦士のヒューマー、ドワーフであれば――」


 言いながらゴウジンに視線を向ければ、顎鬚を撫でながら片眉を上げた。


「工匠のドワーフ、と言ったところか。こちらから語ることが利点になるのかは知らぬが、武具・防具の供給には応えられるであろう」


「それはこちらというよりもヒューマーのほうへの利点では?」


「いや、私等は武器よりも異能力に依存している。ドワーフ製の装備は確かに魅力的だが、必ずしも誰しもが欲しているわけでは無い」


「バショウさんの言う通り、どちらかと言えばヒューマーよりもセリアンスロォプへの提案です。戦いに関わらない者にではなく、国を守る兵士たちへ支給される武器や防具をドワーフ製のものにする、というのは如何ですか?」


「それは……確かに魅力的ではありますね」


「現状では裏ルートから手に入れるしかなく、値も張る。加えて、王国兵士が種族間契約の中にいないドワーフ謹製の武器を持っているわけにはいかない。そこで折衷案です。ゴウジンさん、今現在に村の外にいるドワーフは何名ですか?」


「各都市に一名の計三名だ」


「その三名を窓口に、装具の売買を公式のものとして他のドワーフは基本的にこの村からは出ないとする。そうすればホロウさんの言う嫌悪感と向き合うこともなく、取引ができる。しかし、これではドワーフ側に種族間契約を交わす利点がありません。例えばですが――」


 そこまで言い掛けたところで、不意にバショウが口を開いた。


「例えば、ドワーフの村での商売を可能にする、とかですね。他にもドワーフが武具を造るのに必要な材料の調達をギルドに依頼してくれるのならヒューマーにとっても種族間契約を結ぶことに賛成しやすい」


 元よりヒューマーは自分たちの種族以外を見下している節があるが、ギルド所属のヴァイザーとは言わば傭兵のようなもの。やり方次第で対等な関係を築くことは容易い。


「ヒューマーに関しては大して心配もしていませんが……セリアンスロォプはどうですか?」


「個人的には異論ありません。ですが、種族間契約を交わすにはこの場にいる以外の他の五種族の承諾も必要になりますが……それはどうしますか?」


「ヒューマーとセリアンスロォプが賛成に傾き、この村を守った俺の仲間の中にはピクシーとハーフエルフがいます。それだけで残りの種族を交渉の席に着かせることは可能かと。その辺りのセッティングはギルドが請け負ってくれると思いますが……?」


 疑問符を投げ掛ければ、バショウは二度頷いて見せた。


「現在、局長はそのつもりで招集を掛けています。早ければ数日以内に族長会議が開かれることになるでしょう。そこにはドワーフの長であるゴウジンさんと、おそらく栞さんも同席していただくことになると思います」


「感謝する」


「まぁ、案を打ち立てた者が行かないわけにもいかないですよね」


 そういう場に天災が居てもいいものか、という疑問が無くもないが。


「すでにギルドの局長経由でライオネル王には伝わっていると思いますが、急ぎアイルダーウィン王国へ戻り報告を――」


 ホロウの言葉を遮るように俺とバショウが立ち上がれば、同じことを感じたのか頷き合って外へ出た。


「なんだ? 何があった?」


 ゴウジンの問い掛けに答えることはできないが、バショウと見ている方向が同じでロットーたちが集まってきたところからを感じているのは間違いないようだ。


「……来ます」


 剣の柄を掴んだホロウが前に出た時――昨日まで戦場だった場所に落ちてきたに、一気に戦闘態勢に入った。

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