第40話 王の首
神器『ライフ・オブ・ツリー』――その名の通り『命の樹』だ。この際、言葉がどうとか英語がどうとかは今更だろう。俺の頭の中で適した言葉に変換されている、と考えて然るべきだ。
そして、使い方は単純明快。命を吸った分だけ刃が伸びる。しかも、俺が思った通りに枝分かれするし、敵と認識した相手を追尾して刺すのは実証済みだ。
「サーシャ、上だ」
すると、放たれた矢が木の上にいたゴブリンを貫き地面に落ちた。
「栞、ここはアタイらに任せて。先に行け」
「頼んだ」
目の前で何かを守るように隊列を組むゴブリン共は任せて、俺は迂回するように入り組んでいる白樹の間を抜けていく。
戦場に比べてゴブリンの数は圧倒的に少ないし、おそらく屈強なゴブリンは全て倒してしまったのだろう。これくらいなら手斧で事足りる。
首を落とし、頭を割り――マントを羽織り杖を持ったデカいゴブリンを見付けて、手斧を投げれば、その気配に気が付き避けられた。まぁ、さすがに一撃では倒せないよな。
振り返りこちらに向かって威嚇してくるが、実際に戦った屈強なゴブリンや俺を殺したあのゴブリンに比べれば怖さも何も無い。
「なるほど。ゴブリンの王か……腕力じゃないことはわかった」
背の大きさは変わらないが体格は屈強なゴブリンに比べて圧倒的に劣っている。
向かい合い剣針を構えれば、相対するように杖を構えてきた。
「さぁ――来い」
やけくそのように駆け出してきたゴブリンが振ってきた杖を避け、こちらの剣針を向ければ躱された。
腕力の無さを補うように杖を扱う技術はあるようだが、見切りの良さにだけは自信がある。異能力を使うわけじゃないのなら、俺だけでも十分に勝ち目がある。
剣針を避けられた瞬間に、腰から下げていた布袋の中にある鉄屑を放り投げて目潰しをしようとすれば、捲り上げたマントで防がれた。
「さすがに戦い慣れてるな」
マントの隙間からゴブリンが笑みを浮かべているのが見えると、木の上からナイフを握ったゴブリンが落ちてきた。が――見えている。
落ちてくるのに合わせて握った拳でその顔面を殴り飛ばせば、それを見計らったかのようにゴブリンの杖が俺の腕を弾いて剣針を手落とした。
「っ――残念だったな」
地面に突き刺さった剣針の柄に片脚を乗せると、俺の命を吸い上げて成長し、地面を伝ってゴブリン王の体を貫いた。
蔵書と同じで、手に触れているかどうかではなく認識の問題だ。まぁ、剣針に関してはそれ自体も神器というだけあって、そちら側からの認識も必要なようだが。
「さて……どうするかな」
こういうのは大将首を斬り取って持ち帰るというのが基本だと思うが……まぁ、この王冠と杖を持ち帰ればいいだろう。
「栞~、こっちは大体終わったよ~」
「こちらも今し方終わったところだ」
王冠と杖を掲げて見せれば、ハティがスンッと鼻を鳴らし、ロットーが俺の背後に視線を向けた。
「……まだ残党が残っているようだがどうする?」
「たぶん問題ないだろ」
「ですが、手負いの魔物を放っておけば仕返しに来る可能性もあるかと」
「ああ、だから問題ないんだ。手負いなのは――というか、同族を殺された恨みがあるのは何もゴブリンだけではないからな」
戦争に勝者はいない、というのは事実だ。
仕掛けたほうも守ったほうも被害だけが増えて、利益になることは少ない。今回はその典型だ。仕掛けたゴブリンは王を失い全滅し、守ったドワーフは同胞を失った上に得るものも無い。
詰まる所、その憤りを晴らすためにドワーフたちは生き残ったゴブリン共を掃討するはずだ。それくらいの権利はあるし、止めるつもりもない。ルールの無い戦争ってのはそういうものだろう。
村へと戻れば、戦場に積み上げられたゴブリンの死体を貪り食うドワーフたちがいた。そこには隠れていた女子供もいるわけだが、まるで豪奢な飯を食べるような笑顔を見せている。まぁ、勝利の宴というやつだ。
その光景を眺めていれば、俺たちに気が付いたゴウジンが近寄ってきた。
「栞。ゴブリンの王を討ったのか」
「はい。ご覧の通り、これがゴブリン王の王冠と杖です。死体は森の中に。煮るなり焼くなり好きにしてください」
文字通りに。
「ああ、そうさせてもらおう。主らはこれからどうする? すぐに発つのか?」
その言葉に背後を振り返って首を傾げれば、一様に疑問符を浮かべて見せた。
「そうですね……とりあえず、傷が癒えるまでは留まらせていただければ幸いですが」
「もちろんだ。今日は一先ず休み、明日には宴を開こう! 聞いたからお前ら! 英雄共のため、明日に向けての準備を始めるぞ!」
「〝おう!〟」
動き出したドワーフたちを見て、俺たちは村長の家の隣にある御客用の家へと踏み入れた。
「ベッド~」
呟きながらベッドに倒れ込んだサーシャに続いてハティもゆっくりと腰掛けた。
「お前らは少し眠れ。ロットーも」
「そうさせてもらうが……栞は?」
「俺は一度死ねば体の傷やらは治るからな。それに、少しやることもある」
「やること?」
「ああ。まぁ、大したことでは無いが、この世界に一石投じてみようか、とね」
その言葉に疑問符を浮かべるロットーだったが、さすがに疲労感に耐えられなくなったのか突き詰めることなくベッドに倒れ込むと、すぐに寝息が聞こえてきた。
さて――始めるか。
この世界で気に食わないことはいくつかあるが、その一つが種族間契約だ。
簡単に言えば、種族間契約を交わしていない七種族以外の種族の存在を認めない、と。そこに関しては世界がどうとか常識がどうとか空気感がどうとかは関係ない。ただ、その差別的な排他だけは許容することができない。
そこを変えるための一歩にドワーフたちを利用させてもらう。とはいえ、これはどちらにとっても利点しかない。あくまでも良い方向に進めるための策略だ。
まぁ……俺にとっての良い方向に、だが。
「おい、局長。見ているんだろ? あなたが来る必要はないが、ギルドからとアイルダーウィン王国から合わせて二名の使者を送ってくれ。何をしたいのかはわかっているはずだ。明日の午後、ドワーフの村で待っている」
と、こんなところだろう。
あとは使者を待つまでの間に、ドワーフと対話をしておくことが必要になるが――今は俺も少し眠ろう。生き返れば傷が治るとはいえ、睡眠欲求が満たされるわけでは無い。
ああ、そうか。今にして思えば生き返った直後に行動できるのは回復痛が体に残っているのもあるが、アドレナリンで脳が覚醒しているのかもしれない。
「まぁ、どうでもいいな」
床に腰を下ろしベッドを背凭れにすれば、自然と瞼が下りてきた。
一石を投じる――落ちた石は波紋となり広がっていく。
それがどこまで広がるのか。その結果次第で、この世界を測れる気がする。半ば、すでに諦めつつあるのも本音だが。
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