第51話 ウロボロス
死なない生物など気持ちが悪い。そこについては同意だ。しかし、同列であるはずの天災が俺との手合わせを断るのはいかがなものか。
更地になったグリア島で、ロットーはソルと、サーシャはシルフと、ハティはツキワから教えを乞うている。まぁ、理には適っているんだろう。
ロットーの基本は投げナイフを含む中距離戦闘だが、槌が増えたことで近接の対策も必要になった。その点では、ソルの技術を学んだり手合わせをするのはいい経験になる。サーシャとシルフは共に弓使いだが、今は模擬戦をするでもなく話し合っている。まぁ、エルフ同士だから大丈夫だろう。ハティの場合は手本になる相手もいないが、馬と共に戦うツキワなら多少は戦いの参考にもなる。
「……退屈だな」
他者の戦闘を見ているのも勉強にはなるが、実践に勝るものは無い。
素振りくらいはしておくか、と意気込んで立ち上がった時、近付いてくる気配に気が付いた。
「おお、栞。ここにいたのか」
声に視線を向ければ船から降りてくるゴウジンがいた。
「ゴウジンさん。会議は終わったんですか?」
「いや、他の者はまだ会議を続けている。新参の儂を抜きにして話し合うことがあるんだと」
「まぁ、現状でのドワーフは守られる側ですし、そういう部分で詰めることもあるのでしょう」
「そこに関して儂が口出しする権利は無いの」
「やりようはありますけどね。それで、何か用があったのでは?」
「おお、そうだそうだ。一つは鎧の修繕をしようと思ってな。栞、手先は器用か?」
「ええ……それなりには」
「この程度の損傷であればドワーフでなくとも直せるのでな。やり方を教えよう」
「それは助かります」
各大陸の都市にザイコウのようなドワーフがいたとしても鎧が壊れるのは大抵が街の外だ。自分で対処できるようになるのは有り難い。
「それと、もう一つ」
手を突っ込んだ背嚢からジャラジャラと取り出したのは、随分と見覚えのあるものだった。
「……鎖、ですか?」
「名をウロボロスと言う。ゴブリンとの戦争で栞の戦い方を見ていた時に思い付いた武器でな」
形としては俺の蔵書にも載っているボーラに近いが、輪の小さめな鎖の長さは三メートルくらいで左右に付いているのは分銅だ。分銅鎖という武器はあるが、あれの使い方はボーラとほぼ変わらない。
「これ、どうしたんですか?」
「使い方は自由だ。振り回して敵の頭をカチ割るでも良し、動きを停めるでも良し、自らの体に巻き付けて直接殴ることも、防御にも使える。好きに使ってくれ」
「貰える物は有り難く使わせていただきますが……これは訓練が必要そうですね」
「鎧の修繕はあとででも教えてやれる。今は、広いこの場で使ってみたらどうだ?」
「……そうですね」
裂けている鎧を手渡して、島の少し中ほどまでやってきた。この辺りなら他の奴らの邪魔にならないだろう。
さて――こういう武器は漫画なんかだと簡単そうに自由自在に動かしているが、実物はそうもいかないはずだ。攻撃方法は大きく分けて三つ。中距離から分銅を投げる・鎖を巻き付けて絞める・鎖を腕に巻いて殴る、だが……剣針や斧の使い勝手が良い現状、近距離で使う意味は無い。
実際のところ、スリングショットは長距離というより中距離用の武器ではあるが、弾切れや精度を考えればこの鎖は有り難い。まぁ、使い熟せればの話だが。
基本的な使い方は鎖を回して――対象に向かって投げる。
「ふむ……狙ったところに投げることすら難しいか」
練習してコツを掴むしかないが、何か違和感がある。よく見れば鎖の一つ一つに細工がしてあるようだ。
つまり、分銅を投げて――鎖を握った手首を返せば力が伝わり鋭角に曲がった。なるほど。これは匠の技巧だな。手首を返す角度によって分銅が飛んでいく方向も変わる。これは直感的に使えなければ戦闘では役に立たない。体で覚えるしかないな。
……本音を言えば、神器であり扱い易い剣針よりは、中距離で死ぬ確率を減らせるウロボロスのほうが有り難い。しばらくはこれを使ってみるとしよう。
くるくると振り回し放り投げてを繰り返していれば、不意に向けられた殺気を受けてウロボロスを振れば、矢が叩き落とされた。飛んできた方向を見ればシルフとサーシャが弓を構えていた。
「武器の訓練なら実践のほうが良いわよね?」
その割には殺気が強かった気もするが。
「はぁ……まぁ、いいか」
呟いて手招きをすれば、意味を理解したのかサーシャとシルフは大量の矢を放ってきた。
飛んでくる数が多い。分銅で弾けない矢は鎖を巻いた反対の腕で叩き落とすが――あ、駄目だ。
「っ――」
肩に一本と脇腹に二本の矢が刺さると、シルフとサーシャは射る手を停めた。
矢の実体が残ってるってことはシルフの矢か。この程度で死にはしないが、本気でないとはいえ、さすがに天災とシルバーリングを相手にするのは無理がある。
「栞! 大丈夫!?」
「ああ、問題ない。まだまだ練習が足りないな」
刺さっている矢を引き抜けば、激痛と共に血が溢れ出した。普通の武器で受けた痛みよりも強いのは、おそらく『精霊』の力によるものだろう。そのせいか、傷の治りが遅い。
傷口を押さえて軽く止血をしていれば、ロットーとハティが天災と共に駆け寄ってきていた。
その時――同時に上空で停船している飛行船から何かが飛び降りてきたのに気が付いた。
「サーシャ、離れてろ。ロットー、ハティ、お前らもその場にいろ!」
俺の目の前に落ちてきたのは、ジゴクを退けた一撃を打ち出した者だった。あの時とは違い、衝撃も音もなく静かだったのは異能力によるものか?
「ふぅ……初めまして。私はシルバーリング・共振のアンプ」
長い黒髪の美女だが、その立ち居振る舞いが嫌に高圧的で好戦的に見える。
「俺はブラックリング・不死の栞。礼を言ったほうがいいか?」
「いいや、必要ない。私はただ私のやりたいことをしているだけで、礼を言われる筋合いはない。腐食、日光、獣化……どれも面白そうだが、やはりお前が一番楽しそうだ」
肌を刺すような殺気――ああ、なるほど。この感じは憶えがある。俗に言う戦闘民族のような、強い相手と戦うことにしか興味が無い奴の言動だ。これだけの異能力者がいる中で、わざわざ俺を選ぶとは見る眼が無い。
「何をしようと考えているのかわからないが、断る方向でいいか?」
「駄目だ。局長の命令とはいえ、これから共に行動する奴がどれほどのものなのか確かめる権利が私にはある」
こいつが局長の言っていた派遣要員か。厄介というか面倒だな。
「なら、わかっているだろ。俺は弱い。この場にいる誰よりも圧倒的に」
「異能力はそうかもしれない。だが、私の興味はお前自身の異常性にある。さぁ――楽しい殺し合いをしよう」
「……はぁ、仕方が無い」
ロットーたちを一瞥し、動かないように手を向ければそれぞれが頷いて見せた。
異能力・共振――名前から察するに何か振動させる力だが、おそらくそれだけではないはずだ。よくわからない相手に対して後手に回るのは愚策だな。
回した鎖をアンプに向かって投げ飛ばした。
「ハッ、どこに向かって投げて――っぶない。曲がるのか」
「避けんのかよ」
わざと外してから分銅を曲げたが初見で避けられた。知性がある奴が相手のときは、もっと工夫が必要だな。
「今度は私の番だ」
その言葉に身構えた瞬間、ツキワが俺の目の前に立ち塞がり、ソルはアンプの首元に軍刀を添わせていた。
「横入り失礼。これ以上は看過できない。ここグリア島は戦闘禁止区域なのでな」
「栞も矛を納めろ」
「元より俺に戦う気は無いんだがな」
「だとしても、栞の気配は周りに悪影響を与える。引っ込めろ」
随分な言われようだが、戦わずに済むのならそれに越したことは無い。さすがにソルとツキワを相手にするのはマズいと思ったのかアンプも戦うのを諦めたようだ。……シルフも引いていた矢を下ろしたな。
「ロットー、サーシャ、ハティ、紹介しよう。あいつが局長の言っていたギルドから派遣された共振のアンプだ。まぁ、仲良くしてやれ」
「それは……どっちの意味だ?」
「普通に、だ」
「……わかった」
「サーシャも!」
「しーちゃんが言うのなら、仲良くします」
そうは言っても、まだ難しいだろうな。少なからずこれまで奇異な目を向けてきたヒューマーのヴァイザーだ。間違いなく火種になり得る存在だが……まぁ、そこを取り持つのが俺の役割なんだろう。
本当に……厄介なことだ。
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