第50話 依頼
目が覚めたのは船の甲板の上だった。
「……何が起きた?」
頭上のロットーに問い掛ければ、さすがに生き返りにも慣れたのかこちらを見ることなく口を開いた。
「島は壊滅し、今はアタイらの乗ってきた船で族長たちが会議をしている」
「あいつは?」
「あれは降ってきたヴァイザーの攻撃と同時に退いた。怪我をした者も多いが、死者は出ていない」
「そうか。それは吉報だな」
体を起こせば、甲板の端には俺を囲むように天災たちが外を向いて立っていた。
「しーちゃんの革鎧、また直さなきゃですね」
「だな。サーシャのほうは……動いていない船でも船酔いか」
狼姿のハティを枕に、サーシャは寝転がっている。
穴の開いた鎧を確かめていれば、目覚めた俺に気が付いた天災たちが近寄ってきた。ツキワは船の上でも馬に乗っているんだな。
「驚いた。本当に死なないんだな」
「正確には死んだ上で生き返っているんだけどな。シルフ、お前は船酔いしないのか?」
「シルフには『精霊』の加護があるのよ。エルフと言っても停まっている船の上で酔うのはサーシャくらいかしら。その子は特別、感覚が鋭いから」
「へぇ……」
敢えて言及されなけば、そこまで過敏だとは気が付かなかっただろう。
「栞。目覚め次第、族長たちの下を訪れるように言われている。行ってくると良い」
「俺だけか?」
「いいや、チームだ」
「……チームか。ハティ、体を戻せ。サーシャは俺が背負っていこう」
寝ていたサーシャの前で背を向けてしゃがみ込めば、おずおずとよじ登ってきた。
元の姿に戻ったハティとロットーと共に船の中へ這入れば、警備するように立つグレンデルとポックル、各種族の参謀の横を抜けた先にあるドアをノックした。
「――入れ」
局長の声にドアを開けて中に這入れば、族長全員の視線が注がれた。
「どうも。ドワーフの件についてですか?」
「いや、ドワーフと種族間契約を結ぶことは決定した。そして、それと同時にあらゆる脅威も把握した。先刻、島を襲撃したのは魔王が眷属の一つ、豪傑のジゴク。計略のエンジュとも相対した栞くんに問いたい。どちらが強かった?」
「状況が違うのでなんとも言えませんが、仮にジゴクとエンジュが戦ったとしたら……ジゴクが勝つと思います」
「そうか……」
悩むように局長が頭を抱えると、ライオネル王が口を開いた。
「勇者一行は今どこに?」
「今は東の大陸に。恥ずかしながらダークエルフと交戦中との連絡を受けています」
つまり、エルフとダークエルフは出自が一緒なのか。
「勇者方も今はまだ力を付けている最中だ。予兆の文言でさえ未だ魔王討伐までは読み解けていないのだからな」
グレンデルはその体格からもっとゆったり話すものだと思っていたが、流暢だな。
「魔王勢の侵攻には各種族が力を合わせるとしても、さすがに眷属の相手は天災や上位のヴァイザーでなければ太刀打ちできない」
「故に、貴様等に白羽の矢が立ったというわけだ!」
ポックルの言葉にヴァルキリーが同調すると、皆が一斉にこちらに視線を向けてきた。
「武器集めに、此度の奇襲……ここまでくればいつ全面戦争になってもおかしくは無い。ヴァイザーは局長である儂から声を掛ければすぐに集めることはできるが、天災は違う。孤高にして唯我独尊、一筋縄ではいかないものばかりだ」
「それで、俺たちに何をしろと?」
「やってもらたいことは一つ。各地を回り、残りの天災に戦争への協力を呼び掛けてもらいたいのだ」
まぁ、そんなところだとは思っていた。
「無粋なことを訊きますが、どうして俺たちが? 天災を相手にするのなら俺よりも外にいる奴らのほうが適任では?」
「彼ら彼女らは国を守る兵士だ。全うすべき役目がある。その点、ヴァイザーである栞くんは自由に動ける。もちろん、この場にいる全ての種族が手を貸すことは確約しよう」
「……なるほど。少しチームで話し合っても良いですか?」
頷いたのを見て、サーシャを下ろして振り返って向かい合った。
「どうするつもりだ? 栞」
「どうも何も、多分断る余地は無いんだろうな。残りの天災は『灼熱』と『重力』と『破壊』……まぁ、場所やらは教えてもらえるんだろうが、危険を伴う旅になることは間違いない」
「付いていくよっ」
「ボクもです」
「今更そこの心配はしてねぇよ。とはいえ、俺自身があんまり乗り気じゃないんだよな……」
「断れないんだろ?」
「そうなんだよ……まぁ、確認してみるか。局長、それはお願いですか? それともヴァイザーとしてギルドからの依頼ですか?」
「当然、依頼としてだ」
「なら断る理由もありませんね」
そう言えば、族長たちは各々で頷いて見せた。
「助かる。詳細はあとで詰めるとして――この場で明言しておこう。天災の漆『不死』の栞率いるチーム、腐食のロットー、日光のサーシャ、獣化のハティに天災への戦争協力要請の依頼を任せる」
「はい。ご期待に沿えるよう努力します」
「しかし、四名では些か不安であろう。ギルドから一名派遣する。そいつもチームに加えてやってくれ」
枷、か。
「それはまた急ですが……わかりました。とりあえず、その者の紹介はまた後でですよね? 俺たちは一度下がります」
そう言って、俺たちは会議室を後にした。
空気感でわかる。俺たちが依頼を引き受けたことで、また話し合う議題が増えたのだろう。そういう空気は比較的、察しやすい。
「……栞、何か怒ってる?」
「いや、少しイラついているだけだ。使われること自体は想定内だし構わないが、あの態度がな」
「他力本願か?」
「というより、あれは畏怖している眼だ。まぁ、局長とライオネル王、ゴウジンさんは違うとしても、他の族長は予兆の文言に無い俺を本当の意味では認めていないんだろうな」
「なのに、そんな大事そうな依頼をしますかね?」
「だから、だろう。自称・天災の俺なら使い捨てに出来る。要は、他の天災を招集するってのは予備の策なわけだ。まぁ実際――」
言い掛けたところで、目の前に立ち塞がったグレンデルとポックルを見て足を停めた。
「それは違う。共に戦ったからこそわかる。天災の漆『不死』は本物だ」
「族長が何と言おうとも困ったことがあれば直接言ってくれ。こんな手で良ければいつでも貸すよ」
「ああ、何かあったときは声を掛けさせてもらう」
両極端な手と握手を交わし、甲板へと戻ってくれば天災たちは振り向くことなく警戒を続けている。
「栞~、サーシャ……ダメかも」
船酔いで寄り掛かってくるサーシャを受け止めて、静かに腰を下ろせばロットーとハティも横に座り込んだ。
「まぁ……俺たちは弱い。鍛えないとな」
そう呟いた瞬間、それまで外を向いていた天災たちが一瞥してきた。
ともあれ――少し考えが飛躍していると言われれば否めない。あくまでも俺の感覚であって共感してもらいたいわけでは無いが、最悪の想定はしておくに越したことは無い。何よりも、明確な敵ではなく一応の仲間内での最悪だ。より悪い。
とりあえず、会議があとどれだけ続くのかわからないが、少ししたら島に降りてみるとしよう。せっかく規格外の天災がいるんだ。手合わせ願おうか。
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