第13話 風呂
男女別の大浴場とは、さすがは王の住まう城だな。
シャツは血塗れのボロボロで縫い直しても再び着ることはできないだろう。カーゴパンツは意外にも問題なく履けそうで良かった。ロットーも言っていたが服に合わせて防具も買わないとな。不死だとしても可能な限り死ぬようなことは避けたい。
「……なるほど。傷口も残らず治してくれるわけか」
あれだけの刀で刺されたのに、シャワーの水で曇った鏡に映る体には何も無い。どころか、元々は中肉中背か痩せていたくらいなのに今はそれなりに筋肉が付いている。つまり、体を元通りに再生するのではなく、細胞を活性化させて回復速度を上げていると考えればスタミナが付いていることも筋肉が付いていることも説明できる。ということは、巧くすれば戦えるだけの体を作ることも可能だということ。
「ま、すぐにどうとはならないだろうが」
先が見えない大きな湯船に体を沈めれば反射的に声が出た。
「はぁ~……」
「血は洗い流せたようだな」
「ああ、お陰様で――」
つい言葉を返してしまったが、先に浸かっている者がいたのか。声がしたほうに視線を向けると、そこに居たのは狼の耳を付けた見覚えのある顔だった。
「そう構える必要は無い。こんな場所で戦うわけもないし、理由も無いからな」
「どうだか。信用できない」
距離を取って湯船の縁に背を預ければ、波を立てぬようにソルが近付いてきて横に並んだ。
「信用は必要ない。ただの事実だ。だが、せっかくならこうしようか。訊きたいことがあれば答えよう。将の知っていることなら」
「……じゃあ、どうして俺のことを殺した? 俺は自分の『異能力』を知らなかったんだぞ?」
「知っているかどうかも含めて殺してみるという結論に至ったのだ。経緯としては、鑑定士が報告し王が疑問を呈し監査官が提案した。『異能力』が天災ランクかどうか、知っていたかどうか――結果として、貴様は『異能力』を知らなかったし、死なない力など天災で間違いない。仮に、なんらかの方法で鑑定を誤魔化したとしても死んでいればそれまでだったということだ」
結果論で語れば生きていたから良かったものの死んでいたら洒落にならない。まぁ、死んでいたら何かを思うことも無いが。
「鑑定を誤魔化して天災と恐れられるブラックリングと判定されたとして、何か良い事があるのか? 何かを得られるとか、特別扱いされるとか?」
「特別扱いはされる。だが、それは排他と同じだ。わざわざ望んで受けるような者はいない。得るものと言えば……孤独や畏怖か。そう悪いものでも無いけどな」
畏怖は知らないが、孤独なら知っている。確かに、他人が言うほど悪いものでもないが、だからと言って声高にアピールすることでも無いというのが本音だが。
「まぁ、こうなった以上はそういうのも受け入れるが……知ってることなら答えるって言ったよな? じゃあ、教えてくれ。『異能力』を使った戦い方ってやつを」
そう言うと、困ったように片眉を上げて怪訝そうにこちらを見詰めてきた。
「難しいな。剣の使い方や体の使い方なら教えられるが『異能力』に関しては何も言えない。本来なら異能力名を知ったときに力の使い方を理解するものなのだが……していないんだろう?」
「残念ながらな。他のブラックリングはどうだ? 話を聞いたことはあるか?」
「将が会ったのは『落雷』と『精霊』だけだが、そういう話をしたことはない。ギルドの者から他の天災について聞かされたこともあるが、基本的に天災って奴らは生まれた時から異質を感じて力の片鱗を見せていた者も多いと言う。予兆の文言にも無い天災の漆ということも合わせて『不死』は異例なのだろうな」
異例とか特例って言葉は好きじゃない。だが、今は俺の好みなんて関係なく状況が進んでいる。甘んじて受け入れるにしても、やはり俺が別の世界から来た者だからこそ『異能力』を使えない、もしくは使い方がわからないと考えるべきだろう。
「じゃあ、『異能力』に関しては別にいい。代わりに戦い方を教えてくれないか? これからヴァイザーになる身としては戦いに不慣れなのが不安でね」
「こう見えても多くの兵を育ててきたが、貴様はこれまで見てきた誰とも違う。だから将に教えられることは無いが……これだけはわかる。『異能力』をふんだんに使って実践から学べ。そうしなければ、本物の経験と力は手に入らない。天災がヴァイザーになるのも前代未聞だが、チームを組むんだろう? なら、尚更だ。戦え」
「本物の経験と力、ね。まぁ、やるだけやってみるか。どうせ死なないんだしな」
言い捨てるように言葉を吐き出して湯舟を出れば、熱を持った体から湯気が立ち上った。
「そういえば、脱衣所にある一番左の籠を見ろ。替えのシャツと金が入っている。ギルドからの贈り物だ」
言葉を返す代わりに後ろ向きに手を挙げて挨拶を返した。
脱衣所に戻り、言われた通りに一番左の籠を確認すればタオルの下に首元の広いシャツと布袋が入っていた。
体を拭いて服を着てから袋を開けてみれば、中には金、銀、銅の硬貨が入っていた。通貨は三種類か。わかりやすくていい。天災になっても得られるものは無いと言っていたが……まぁ、金には代えられないものもあるってことだろう。
金を手に先程までの部屋に戻れば、二人はまだ帰ってきておらずベッドの上には俺のバッグが置かれていた。そういえば、この世界で見た看板の文字と、読めない本の文字が似ていたから確認しようと思っていたんだった。
「さて――」
ベッドに座ってバッグから取り出した本を開いた。
すると、見たこともなく文字の比較さえしていないのに、頭の中に流れ込んでくるように文字が理解できる。とりあえず読んでみよう。
「――『蔵書』――この本は辞典であり図鑑である。使い方を理解した道具や、一度でも使用した物で、正しい名を知ったものがこの本に記される。記したモノはいつでも何度でも使用することが出来る。但し、個人専用に特注されたもの、職人による一点もの、『異能力』によって作られたものなどは使用しても記されることはない。記されたものを使う時の条件は二つ。この本に触れていることと、使う意思を持つこと」
シルバーリングの異能力名が蔵書だ。つまり、この本自体が俺の『異能力』ということか。ならば、本が原因でこちらの世界に来たという推測は正しかったのかもしれないが、それはそれで腑に落ちない。
「記されているのは火吹石だけ……だな。他のページも書かれてはいるが読めない」
問題はどこまでのものが記される候補なのかってことだ。例えば、剣や盾はどうだ? 少なくとも剣針は記されていないが、正しい名を知らないだけかもしれない。あとは使う条件の触れているってことが持っているという認識なのか、実際に触れていることを指すのか――使う意志についても調べないと。
「うわっ、凄いお金~。どうしたの? これ」
「っ――」
声に驚いて本を閉じた。振り返ってみると、髪が濡れたまま布袋を覗き込むサーシャとソファーに腰かけたロットーが居た。
「その本、もしかして『異能力』か?」
「ああ、察しが良いな。そっちの金はギルドからの贈り物だそうだ。お詫びなのか、天災だからなのかは知らないが」
「たぶん天災だからだろうね。ブラックリングは働かなくても困らないっていうし」
とはいえ、俺の場合は先行投資って感じか? これから先はヴァイザーとなって依頼を熟して金を稼がないと。
「それじゃあ、明日に備えて寝ようと思うが……二人は? どこの部屋で寝るんだ?」
問い掛ければ、二人して疑問符を浮かべて首を傾げた。
「何を言ってるんだ? ここだろ」
「そうそう。せっかく広いベッドもあるんだし!」
「……そうか。まぁ……そうか」
もう、そういう種族の壁が男女間の垣根を悠々と凌駕するところを気にするのは止めることにする。
「じゃあ、俺は先に寝るから二人はちゃんと髪を乾かしてから寝ろよ?」
閉じた本をバッグに仕舞って、ベッドの端に体を倒した。
メシは食ったし、風呂にも入った。今日だけで情報も多く手に入ったが、まだそれを整理し切れていない。体にしても、脳にしても今は睡眠が必要だ。
……仮に俺の言ったことを守らず、二人がベッドに入ってきたとしても、気にせずに。
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