第14話 ギルド

「おい、あれ見ろよ」


「ピクシーとハーフエルフ――ってことはあいつが?」


「噂の天災か。強そうには見えねぇな」



 街の東側に構えるパルテノン宮殿のような外観をした建物がヒューマーであるヴァイザーの溜まり場。つまり、ギルドだ。


 扉の無い出入り口を入ってからというものロットーとサーシャは居心地悪そうに俺の服を掴んでいるが、こうも聞こえる大きさで噂話をされるのは気分が良いものではない。とはいえ、一夜にして噂が広がったことには驚きを隠せないが。


「とりあえず受付だな。話は通っているはずだから、そう身構えるなよ。さくっと登録を済ませよう」


 依頼云々に関してはまだわからないし、何よりもまずは二人をこの場所に慣れさせないと駄目だな。これから何度も来る場所だと思うから次第に慣れていくだろうが、それまでべったりとくっ付かれるのは動き辛い。


 まだ書かれている文字は読めないが、同じ服を着たお姉さんが並んでいるところが受付だろう。


「いらっしゃいませ。ヒューマーの栞様、ピクシーのロットー様、ハーフエルフのサーシャ様ですね? 監査官より話を聞いておりますが、本日はギルド登録でよろしかったでしょうか?」


 いつの間にか、あだ名の栞が本名のように扱われているが別にいいか。


「はい。ギルド登録でお願いします」


「畏まりました。では、登録するにあたっていくつか確認することがございますので少々お待ちください」


 監査官の言っていた検査だな。どんなことをするのかと思えば、一度奥に引っ込んだお姉さんが持ってきたのはノートサイズの薄いレンガのような石だった。


「ねぇ、栞。多分、あれ『異能力ヴァイズ』で作られたものだ」


 そういうことに鼻が利くらしいロットーが言うなら、そうなのだろう。


「……割るのかな?」


「わからないが、それは違うと思うぞ」


 などと言い合っているとお姉さんが目の前にレンガを置いた。


「お待たせしました。こちらの映し石に掌を合わせてください」


 映し石――ロットーが言うように『異能力』で作られたものなら使い方を理解しても蔵書にも記されないのだろう。


 よくわからないものを使うかどうか悩んでいると横から手が伸びてきた。


「えいっ、サーシャが先にやる~」


「はいはい、譲るよ」


 七十五年生きていても精神年齢は十五歳のまだまだ子供だな。場所を空けてサーシャが正面に立つと掌を置いた石が光り出した。


「んんん――ん? おおっ」


 何かが起きているようだが、傍からは変化が見えない。


「これは何をしているんですか?」


「こちらの石は『異能力』を持っている者の情報を読み取ることが出来るのですが、それと同時に読み取っているご本人の頭の中にも現在の自分の情報と、限界値が表示されています」


「限界値? 例えば、身長がどこまで伸びるかとか、筋力の限界とか?」


「そうです。個々の『異能力』についてはわからない部分も多いので限界値は表示されませんが、現在可能な情報は表示されます」


 つまり、ゲームのようにステータスが見られるってことか。便利のような気もするが、自分の限界値を知れるってのはどうなんだろうな。


「うっ? あ――あ~……」


 期待の籠った目をしたかと思えば、途端に落ち込んだように肩を落とした。その直後、石の光が消えていった。


「はい、それではシルバーリング・日光のサーシャ様、これにてギルド登録完了です。お次の方どうぞ」


「じゃあ、アタイが」


 掌を開いたロットーが石の前に立つ姿を見ていると、交代したサーシャが頭を垂れながらぶつかってきた。


「……どうした?」


「サーシャねぇ……もう身長伸びないんだって~」


 それは残念だと思うが、なんて声を掛けるのが正解だ?


「まぁ、ほら。こっちの世界ではどうか知らないが、背が小さいのも悪くないんじゃないか? そういうのが好みって者もいるだろう」


「ん~、栞は?」


 問い掛けてくるサーシャ越しに、こちらに視線を送るロットーと目が合った。


「俺は特に好みとかは無いな」


 そう言うと目を逸らされ、すぐ下に居たサーシャは顎に向かって頭突きをしてきて脳が揺れた。


「いった~」


 やった側が痛がるくらいならやるなよ。殴られたことすらないのに、顎に頭突きなんて初めての経験だ。


「はい、それではシルバーリング・腐食のロットー様、これにてギルド登録完了です。あとは栞様ですね。こちらへどうぞ」


 不服そうな顔を見せるロットーと入れ違いで石の前に立ち、掌を開いた。


「では、いざ――」


 石に手を置けば、光り出すのと同時に頭の中というか目の前に浮かび上がる形でステータスが表示された。今の身長と体重、年齢が出るのは当然として他のステータスは数値の無いグラフで表示されて、その横についているのは潜在的な五段階評価か?


 筋力、速度、スタミナが三でまだ伸びしろがあるのに対して、動体視力と思考力が最高値の五でカンスト。魔力は最低の一で、これもカンストか。この世界で魔力が無いのって致命的な気もするが、それよりせめてもの救いになるかと思った運が二でカンストとは……せめて運くらいは良くあってほしかったのだが。


 次が『異能力』。シルバーの『蔵書』に関しては昨夜確認した通りで、天災の『不死』については情報が無い。というか、そもそも文字が読めないわけだが、おそらくはそういう意味だろう。期待していた分だけ残念ではあるが、仕方がない。元より、そう簡単にわかるものではないと思っていたしな。


「はい、それではブラックリング・不死の栞様、これにてギルド登録完了です。このままチーム申請を出していかれますか?」


「ええ、お願いします」


「わかりました。では、栞様、ロットー様、サーシャ様でのチーム申請はこちらで提出しておきます」


「ん? 何か書いたりしなくていいのか?」


「はい、大丈夫です。事前に監査官よりギルド側で手続きをするようにと言われておりますので」


「そうか……じゃあ、よろしくお願いします」


 そういえば、名前の登録は栞になったのか? まぁ今更、本名を使う必要も無い。


 振り返って二人の顔を見れば、もう随分と落ち着いたように思える。そう確認していると、ロットーが不機嫌そうに目を細めた。


「なに?」


「いや、もう引っ付いてなくても大丈夫なのかと思ってね」


「サーシャは栞が近くにいれば平気!」


「まぁ、アタイもそんな感じだな」


「それは何より。でも、せっかくならもう少しこの空気に触れてから帰るとしよう。……端のほうでな」


 お姉さんがいる受付の電話が鳴ったことに気が付いて、邪魔にならないよう二人を連れて視線を送っている人混みの中に向かおうとしたその時だった。


「あ、あの栞様! 少々お待ちください!」


 呼び止められて振り返れば、受話器を握ったままこちらに視線を向けるお姉さんが居た。よくわからないが戻っていくと、お姉さんは再び電話をし始めた。


「なんだろね?」


「手続きのミスとかか?」


 どうかな。呼び止め方からして、むしろ急用っぽい気はするが。


「――はい、はい……詳細については……わかりました。では、そのように」


 電話を切ったお姉さんは一息ついてから、こちらに一礼した。


「それで、どうしました?」


「監査官より栞様方に名指しの依頼がございました。詳細はこれから配達局の者が届けに来るとのことですが……依頼の種類は特殊だそうです」


 馴染みの無い言葉を聞いて、ロットーとサーシャに視線を向けた。


「配達局って?」


「手紙とか書類を届けてくれるところ~。相手の位置を探る異能力者と足の速い異能力者ね」


「なるほど。依頼の種類ってのは?」


 問い掛けると、サーシャは疑問符を浮かべて首を傾げ、ロットーは受付に向かって顎をしゃくった。じゃあ、とお姉さんを見れば気付いたように三本指を立てた。


「依頼の種類には討伐、捕獲、特殊の三つがございます。討伐はその名の通り魔物の討伐や、稀に山賊退治などがあります。捕獲には魔物の捕獲の他に危険な場所に生える植物の収穫や鉱物の回収なども含まれます。特殊はそれ以外の全ての依頼のことを指します」


 特殊の幅が広いが、他にどんな依頼があるのか思い浮かばない。少なくとも俺らへの名指し指名ってことは、余程簡単なことか相当難しいことだろう。どちらにしても断ることは出来無さそうだ。


 配達局がどこから来るのかわからないが、ギルドの出入り口に視線を向けていると、一人を背負った二人組が真っ直ぐこちらに向かってきた。


「栞さん?」


「ああ」


「こちらをどうぞ」


「どうも」


 差し出された封筒を受け取ると、二人組は凄い勢いでギルドから出ていった。足が速いというのは伊達ではないらしい。封を切り、中から三つ折りの紙を取り出した。


「……ああ、そうか。読んでくれ、ロットー」


 忘れていた。俺はまだこの世界の文字が読めないんだった。


「じゃあ――依頼内容は誘拐されたセリアンスロォプの救出。犯行は誘拐屋バッジによるものと推測される。場所は街より西、深層の古城。猶予は凡そ二日。健闘を祈る――だって」


「救出だから特殊なのか……いくつか質問がある。まず、誘拐する理由は?」


 ここはロットーやサーシャでは無く、初めからお姉さんに向けて問い掛けた。


「おそらくは種族間による奴隷売買かと」


「奴隷ね。働き者のセリアンスロォプなら丁度良いということか。誘拐屋バッジについては?」


「誘拐屋のバッジ、ギルド登録ではカラーリング・瞬身のバッジ。『異能力』は短い距離を瞬時に移動する力です」


 その言葉を聞いたロットーが吐き捨てるように口を開いた。


「はっ、そりゃあ誘拐には良い力だな」


「でも、カラーリングなんだろ? 大した能力では無いはずだ。次。深層の古城って?」


「街を出て西に約二時間ほど行ったところにある地面に埋まっている古城のことです。中が入り組んでおり、出入り口も多いことから犯罪の取引などに使われることがあります」


「それは猶予が二日ってことに関係しているのか?」


「深層の古城自体は関係していないと思います。奴隷売買の場合は別の大陸から取引相手が来ることがほとんどなので、おそらくはそれまでの猶予かと」


「なるほど、大体わかった。ちなみに、この依頼は強制か?」


「いえ、どの依頼も強制されることはありません。仮に名指しであったとしても全てのヴァイザー様には断る権利がございます」


 別の種族を誘拐して人身売買。それに誘拐されてからの猶予が四十八時間ってのは元の世界の警察マニュアルと同じだな。


 どうしてその依頼を俺たちに? とか、どこからその情報を仕入れたのか? とか、色々と訊きたいことはあるが、時間も無いことだ。名指しで依頼されて、しかも、今まさに誘拐された子がいるというのなら断るわけにもいかない。


「まぁ、アレだ。初めての依頼が監査官からのお膳立てって感じがしなくもないが――ロットー、サーシャ、俺はこの依頼を受けるべきだと思う。お前らはどうだ?」


「それは質問か? 断る理由がどこにある?」


「お膳立てでもなんでも、サーシャたちならやれるって思われているんでしょ? じゃあ、期待に応えないとね」


「わかった。え~っと、依頼を受けるのはどうすれば?」


「ただ一言、引き受けると申していただければ」


 手続きとかが必要なわけではないのか。なら、簡単だ。ロットーとサーシャと顔を見合わせ、同時に息を吸い込んだ。


「〝引き受ける〟」


 声が揃うと、お姉さんは笑顔で頷いた。

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