第15話 準備

 初めての依頼は誘拐されたセリアンスロォプの救出だが、引き受けたところですぐに件の深層の古城に向かうわけでは無い。


「まさか、最初の仕事で相手にするのが魔物じゃなくヒューマーってのは皮肉な感じもするが、武器や防具は用意しておいたほうがいいんだろ?」


「多分な。基本的には街やその周辺以外には魔物が居ると思ったほうがいい」


「そうか。なら、用心しないとな」


 とはいえ、おそらくレベル補正みたいなのが存在していると思う。ゲームとは違うが、魔物だって要は野生の獣と同じだ。圧倒的な強者や勝てないと感じる相手に襲い掛かってくることは無いだろう。


「栞、ロットー、お店こっちだよ~」


 サーシャの案内で辿り着いたのは剣や盾、それに鎧などが売られている武具・装備屋だった。単価がわからないから二人にいくら渡せばいいのか悩んだ結果、手持ちの硬貨を三等分して持ってきていた布袋を取り出した。


「じゃあ、この金で必要なものを買ったら店の入口に集合だ。――一時間、くらい?」


「一時間だな。わかった」


「よしっ、一緒に見て回ろう、ロットー」


 不意に時間のことを口にして不安になったが、時間の概念は同じなのか。まぁ、複雑なことにならず助かった。


「さて――」


 今の俺には武器と防具どちらも必要だが、どちらにより金を掛けるべきだろう。極論を言ってしまえば死なないわけだから防具はそれほど重要ではないのもしれないが、死ぬ時は死ぬほど痛いことには変わりがないから、出来る限り良い防具が欲しい。対して武器だが、何よりも武道の心得も喧嘩すらしたことが無い俺に扱える武器など限られている。それこそ剣針が良いところだったのだが……一先ずは防具を買ってから、武器については考えよう。


「盾か。ん~……扱える自信も無いしな」


 全身を隠せるほど巨大な盾は重くて動かせないし、だからといって小さめで軽い盾は強度が不安で意味が無い。いや、そもそも動体視力が良くて相手の攻撃を見切れるなら装備を増やすのは動きを制限することになるのか。となると、鎧などの窮屈で動きにくそうな防具も除外される。選択肢として残ったのは、対魔物用に量産されているTシャツとズボン、それに『異能力』で作られたアクセサリー類か。スタミナアップとか耐久力アップとかは今すぐに必要って気はしない。というか、体力がつくってことはそれだけすぐには死ねないってことだろう? 矛盾しているかもしれないけど、当然死にたくはないがどうせ死ぬのなら苦しまずに死んでから生き返るほうが良い。


「じゃあ、まぁ……Tシャツとズボンの一択か」


 とりあえず、防具は――というか服装はこれに着替えて、次は武器だ。


 ギルドにたむろしていたヴァイザー達も様々な武器を持っていたが、やはりこういう時のセオリーは自分に合った武器を探すことだろう。


 今の俺の筋力と体力では刀などの長物にはこちらが振り回される。使うなら短刀やレイピアなどの軽い武器か、死なないことを前提とした遠距離武器の弓とかか? だが、現状では戦闘スタイルを確立していないから色々と試してみる手もあるが……問題はバランスだな。


 ロットーの『異能力』は腐食。地面を腐らせて穴を作ったり、敵に直接触れればそれが攻撃にもなるが基本的には中距離戦闘の罠師スタイルだろう。サーシャの『異能力』は日光。汎用性の有無は本人次第だが使っているのは弓の長距離戦闘スタイル。で、俺の『異能力』は不死と蔵書。見切りの良さを思えば近距離戦闘がベストなのだろうが、あくまでも動体視力が良いというだけで戦えるわけでは無い。魔物相手なら俺が陽動してロットーが罠に嵌めサーシャが止めを刺す、もしくは俺とサーシャが逆でも良い。


「……たしか剣針の刃は付け替えられるとか言ってなかったか?」


 バッグから刃の折れた剣針を取り出してみるが、見た目では付け替える方法がわからない。どうしたものかと考えていると、視界の端にこちらの顔を覗き込んでくる猫耳を付けた小さな女の子のセリアンスロォプが居た。


「え~っと……?」


 何も言わずに手招きをしてくる。服装からして店員らしく、素直に付いていくとそこには数種類の剣針の刃が並んでいた。長さと太さ、あとは材質にも違いがあるのか。どうしたものかと考えていると、店員がこちらに向けて掌を差し出してきた。剣針を渡せ、ってことか?


「じゃあ、はい」


 剣針を手渡すと、柄を握った瞬間に驚いたような顔をしたが、慣れた手付きで柄の底を叩いて折れた刃を落とし、そこに新たな刃を填め込んだ。


「へぇ、なるほど。そうやるのか」


 感心深く見ているとこちらの視線に気が付いた店員はパッと剣針を渡してきて、ちょっと待っておくようにと身振り手振りで指示された。頷いて見せると、背を向けて何かを書いているかと思えば、紙を手渡された。


 ……何やら文章が書かれているが相も変わらずって感じだ。


「あ~、いや俺、字が読めな――い?」


 紙から顔を上げれば、先程までそこに居たはずの店員がいなくなっていた。まぁ、とりあえず剣針の替え刃がわかって良かった。とはいえ、長さ的にバッグの中には仕舞っておけないし、折れたらまた新しい刃を買いに来るほうが良さそうだ。


「あとは念のために短刀と……煙幕玉?」


 わざわざ自分の視界を遮る道具に意味があるのか微妙なところだが、逃げることを前提に考えるのなら買っておこう。何かの役には立つかもしれない。


 防具を上下と剣針の替え刃、短刀と煙幕玉でいくらくらいになるのか代金の文字すら読めなかったが、持っている硬貨で足りないことは無いだろう。


「すみません、会計をお願いします」


 レジに向かえば男のセリアンスロォプが居て、買う物を申告した。


「シャツにズボンに、替え刃と短刀、それに玉ですね。え~と、合計で――」


 金を出そうと布袋をレジの上に載せれば、店員はその腕を見てギョッと目を見開いた。


「ブラッ、ク……え~、お代は結構です! どうぞ持っていってください!」


「いや、それは悪い。別にブラックリングだからといって特別扱いする必要はないでしょう。いくらですか?」


「いえ、本当に結構です! ブラックリングから金を取ったと知られればうちの評判に関わるので!」


 よくわからない。ブラックリングから金を取ったことが評判に関わるってことは、悪い評判が流れるってことだよな? むしろ金を持っているブラックリングからならいくらでも搾り取れるような気もするのだが。


「わかりました。じゃあ、訊いてもいいですか? ここの店員の、たぶん喋れない子にもう一度会いたいんですが、どこにいるのかわかりますか?」


「喋れない……ああ、それはうちの店員じゃないですね。いわゆる武器マニアの子で、よく店に来る客の武器を観察しに来ているんですよ。まぁ、特に害も無いですし、なんなら武器の紹介もしていってくれるので放置していますが、どこに居るのかまではちょっと……」


 店員じゃなかったのか。だが、よく出入りしているのなら、また会うこともあるだろう。


「教えてくださりありがとうございます。せめてものお礼なので、これくらいは受け取ってください」


 布袋に手を突っ込んで掴んだ一枚を拳に収めたまま差し出すと、渋々ながらも手を出してきた店員の手に無理矢理握らせて踵を返した。


「え、ちょっ、これ金貨――!」


 いくらで事足りるのかわからないが、金貨ならそれなりの足しになるはずだ。


 そそくさと店を出れば、外にはすでにロットーとサーシャが待っていた。


「あ、来た」


「栞~、どう? サーシャたちの服は? 似合う似合う?」


 ロットーは大きな斜め掛けバッグをそのままにワイドパンツの左右にレッグポーチを付けて、上はミリタリー風のジャケットか。腰には短刀を付けているようだな。俺に比べて防御力が高そうだ。対してサーシャは胸当てを着けているものの胴回りは丸見えで、下はロングブーツにタイツまで履いているようだがスカートってのは、寒そうだな。


「ん、まぁ良いんじゃないか?」


 そう言うと二人は途端に不機嫌そうな顔になったが、本音を隠したのが良くなかったのか?


「はぁ、サーシャ。栞にはそういうのを期待するだけ無駄だ」


「だね~。ま、いいよ。栞が戻ってくる前に向かいにあるお店でレーションも買っておいたから、いつでも出発できるよ!」


 レーション――携帯行動食のことだな。落ち着いて食事を取るのも難しそうなこの世界では相当進化していそうだから見ておきたかった気もするが、買ってあるのなら野暮なことは無しだ。


「じゃあ、行くか。……の前に、地図とか無いのか?」


「西と東の出入り口にあったはず! でっかいやつ!」


 それならばと、深層の古城がある西の出入り口に向かうと、そこには確かにあった。


「でかい……うん、でかいな」


 目の前にあるのは見上げるほど大きなサイズの看板だった。この大陸のどこに何があるのかわかりやすく書いてある案内板のようだが、これでは書き写すのも難しい。今から戻ってどこかの店で地図を買う時間は惜しい――などと思いながらバッグの中を漁っていると一番下から出てきたやつのことをすっかり忘れていた。


「なぁ、栞。これを憶えるのか?」


「その必要は無い。画像として記録しておく」


 取り出した携帯を見せれば、不思議なものを見るように首を傾げられた。まぁ、この世界に携帯が無いことは随分前から気が付いていた。さすがに全体を取るのは難しいから街を基準に左右を分けて撮っておこう。


 パシャ――パシャ――と携帯から光が漏れると二人だけでなく、近くにいた近衛兵まで警戒するように驚いていた。


「……まぁ、こんなものか」


 綺麗に撮れた。そして、この携帯による記念すべき一枚目と二枚目の写真であった。


「栞? いったい、何をしたんだ?」


「ん、ああ、そんなに怯えなくても大丈夫だ。見てみろ」


 携帯の画面を見せると、及び腰ながらも二人は近付いてきた。


「これって写真? え、写真がこの機械の中に? ん?」


「つまり、この機械は写真のようにその一瞬を撮ることが出来る上に、撮ったものまでその機械で確認できるということか?」


 写真という概念はあるがカメラはあってもデジタルカメラはまだ存在していないって感じか。それなら携帯の機能を説明しないほうが良さそうだな。実際、この世界では電話も通じないしデジカメとしてしか使い道は無さそうだし。


「まぁ、そんな感じだな。別の世界の技術だ」


「はぁ~、よくわからないな」


 ああ、それは俺もこっちの世界に来てからよく思っている。


「え、え、ねぇ栞。もっと栞がいた世界のこと教えて!」


「また今度な。今は誘拐されたセリアンスロォプの救出を第一に考えるぞ」


 気の利いた小説なら、このタイミングで先に起こる展開を予想したりするのだろうがお生憎様。今の俺に言えるのは一つだけ。


 お願いだから――死なない展開を頼む。

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