第16話 深層の古城
地図に書かれていた案内図が正しくて深層の古城まで一時間なのだとしたら、この大陸はあまり大きくないように思える。距離の尺度が同じなら十時間あれば東の端から西の端まで行けることになるが、だとすると南の端から街まで歩いた時間が合致しない。まぁ理解できない力が普通に存在している世界なわけだし、時空が歪んでいてもおかしくは無い……のか?
「どうした? 栞。難しい顔をしているぞ」
「ああ、いや……大丈夫だ」
馬鹿か、俺は。誘拐されたセリアンスロォプの救出を第一に考えると言ったのは俺だろう。
歩き始めて大体四十分ってところだが、地図を見る限りでこの辺り一帯は砂漠地帯のようだ。そのおかげか魔物と遭遇することも無いが、古城がある様子も無い。
勝手知ったる様子で前を行くサーシャの背中を追いつつ地図を確認しているが、砂漠なだけあって方向はわからないが、おそらく合っているのだろう。
「深層の古城に行ったことがあるのか? サーシャ」
「ん~、三十年くらい前? 近くまでは来たんだよね。中には入ってないけど」
「そんなに前か。中に入らなかった理由は?」
問い掛けるとサーシャでは無く、横を並んで歩いていたロットーが口を開いた。
「噂があるんだ。古城に住まう魔物はなんでも食べる。肉に魚にヴァイザーも。骨になりたくなければ近付くな、って」
「マジかよ。俺たちはそんなところに送り込まれたってわけか」
「でも、依頼があればヴァイザーも普通に立ち入るっていうし、たぶん子供を危険な目に遭わせないために広めた噂だろうね~」
危険なところに立ち入らないようにする噂話はどの世界も同じだな。ともあれ、この世界では携帯機能の方位磁針も役に立たないようだし、場所を知っている者がいて良かった。
「それにしても、どうしてこの依頼をアタイたちにしたんだと思う? 救出ならもっと適したヴァイザーがいると思うが……」
「同感だな。わざわざ他者の命が関わる救出依頼をしてきたのには何か意味があるのだろうが……『異能力』に関係しているのかもしれないな」
「アタイの腐食に、サーシャの日光、栞の不死と蔵書? 誰かを救うよりは殺すほうが楽な『異能力』な気もするが」
「そうなんだよなぁ」
可能性としては二つある。一つは監査官の想定し得る状況に俺たちの『異能力』、もしくは俺たちそのものが有効的であると判断した。もう一つは他者の命が関わっているという緊張状況で、俺たちが依頼を完遂することができるかを試すためだ。もしくはそれ以外の何かだが、今はその何かを探っている時では無い。
などと考えていると、前を行くサーシャが立ち止まり笑顔で振り返ってきた。
「見えてきたよ! あそこが古城の入口!」
指差すほうに目を凝らせば砂漠の地面に隆起したような塊がいくつもあった。遠目では蟻塚のようにも見えるが、あれが入口?
疑問符を浮かべながらも近寄っていくと、数え切れないほどに隆起した地面のそれぞれが洞窟のように穴が開いていた。なるほど、出入り口の多い古城か。犯罪に使われるのも納得した。
「どこから入るべきか悩ましいが、当たりとか外れがあるのか?」
「聞いた話では、どこも結局は古城の中に入れるって。でも、前回通った穴にもう一度入っても同じところに出られないから厄介なんだってさ」
入口と出口は不思議な力によって毎回入れ替わるってことか。どこに出るかはわからなくとも、確実に出て来られるだけ良い。
「じゃあ、入る前に確認だ。監査官からの手紙に書かれていた続きによると、誘拐されたセリアンスロォプの名はハティ。それ以外に年齢・性別・見た目などの情報が無いのは不安要素だが、まぁどうとでもなるだろう。噂程度だが、古城の中には魔物が居る可能性もある。準備はいいか?」
そう言うと、ロットーはナイフを手に取り、サーシャは背中に掛けていた弓をいつでも射れるよう前に持ってきた。
「ああ、行こう」
「サーシャも準備オッケー!」
俺も剣針をいつでも抜けるように構えて、穴の中に足を踏み入れた。
暗くて一メートル先を見るだけでもやっとだが、周りの圧迫感から手を伸ばさなくても人ひとりが通れる幅しかないのがわかる。
「おい、付いて来ているか?」
「大丈夫だよ~」
「問題ない。暗いといってもサーシャの背中は見えているからな」
頼もしいな。この洞窟は、どうやら緩やかに下っていっているようだが、深層の古城というからにはもっと下にあると思うのだが、地図には深さまで……というか、これだけ暗いなら携帯のライト機能を使えばいいのか。
「っ――!」
歩きながら携帯を取り出そうと余所見をした瞬間に踏み出した足の先に地面を感じることが出来ず、バランスを崩してほぼ垂直の坂を滑り落ちていった。下手に転がらなかったのはいいが、問題は着地を上手く――無理か!
「――いっ!」
突然明るくなったところまでは良かったが、足を着くのと同時に全体重が乗りかかって膝から崩れ落ちた。詰まる所、膝を強打した。痺れたまま動けないでいると嫌な予感がした。
「あ、やばっ」
上から降ってきたサーシャの両足が背中に直撃して吹き飛ばされた。しかも何がアレって、履いてるのブーツだぜ。
「いった~……って、栞!? ごめんね、大丈夫だった?」
これが大丈夫というのなら、何が駄目なのか。とはいえ、さすがは不死の『異能力』だ。もうすでに痛みが引いてきている。
「――っと。ん、何をやってるんだ?」
前を進んでいた奴らが続け様に落ちていけば馬鹿でも穴があるとわかる。まぁ、わかりやすく怪我をしたのが俺だけで良かった。どうせ治るから良かったとは思いたくないが。
「痛ぇけど大丈夫だ。治った」
立ち上がって二人を見ればサーシャは安心したように肩を落とし、ロットーは感心したように目を見開いた。
「……便利だな」
「同感だ。それはそれとして……すでに城の中に居るんだろうが、問題はここがどの辺りで、誘拐されたセリアンスロォプがどこにいるかってことだな」
すると、ロットーは徐にしゃがみ込んで床に手を当てた。
「……今いるのは城の一番上から大体……三つ下くらいだな」
「なんだ? 新技か?」
「別に新じゃないらしい。ギルドで自分の『異能力』を確認しただろ? その時にこういう使い方もできるってわかったんだ。とはいえ、腐らせる対象を把握するってことの応用なだけで、さすがに誰がどこにいるかまではわからないが」
「いや、十分だ。それより、そんな力があるなら洞窟に入る前にも調べておけば穴の位置を把握できたんじゃないか?」
「一応やってはみたけど駄目だったんだ。多分、大まかにでも自分の中で構造を把握していないと使えないんだろう。ここは城っていう前提があったから上手くいっただけだ。あとは直に見てたりしないと無理なんだろうな」
「なるほど。応用は利いても条件はあるか」
じゃあ、あとは上から調べていくか、一番下まで降りてから上に向かって虱潰しに捜すかだが、城ってことを考えれば残り四十時間で調べ尽せるとは思えない。
「サーシャは? 何か索敵のような力はあるか?」
「ん? 無いよ!」
「そうか。じゃあ、とりあえず、上から調べていくか。それなりに近付けば気配も探れるだろうしな」
サーシャのことをどうこう言う資格は俺にはない。本人の謙遜もあるが、おそらく『異能力』・日光は戦闘に特化していて応用が利く。対して俺の不死と蔵書には応用も無ければ、まだ基本的な使い方さえわかっていない状況だ。
部屋を出て壁に蔦の這う廊下を通って、所々が崩れている階段を下りていくとまた別の部屋があった。
「そもそも生物がいる気配がしないね~」
そう。今のところは閑散としているただの古びた城って感じだ。空気の冷たさは感じるがそれは地面の中だからだろう。
考えてみれば、これはそこそこ無謀な賭けだ。確かに一度は魔物と戦い勝利したが、あんなのはビギナーズラックのようなものだ。サーシャはわからないが少なくとも俺とロットーは戦い方の基礎すら学んでいない。まぁ、今回は戦うことよりも助けることがメインだからそれほど苦労はしないかもしれないが、異能力者が相手ともなると俺の『異能力』は必要ないかもな。使えるのは脳ミソくらいだ。
「栞、この下に大きな空洞がある」
降りてきた感覚からして城の突き出た部分が終わり、この下に大広間か舞踏会のホールでもあるんだろう。つまり、見通しは良くなるがその分、警戒を強める必要がある。
「気を抜くなよ」
壁面に沿った階段を下りていくと、巨大な何本もの柱が支えるホールが姿を現した。とはいえ、古城なだけあって崩れている柱もあるし、壁が崩れている場所もあって瓦礫が散乱している。もし仮に、このホールから続いている各部屋に出入り口が繋がっているのなら、ここは絶好の取引場所だ。
「栞、サーシャ、気付いているか?」
「何かいるよね。複数?」
「全然わからねぇけど……魔物か?」
ホールに降り立ち、剣針を抜いた。
「そこ、柱の後ろに何かいるよ」
その言葉に身構えると、柱の陰から小さな生き物が姿を現した。
「……鼠だな」
周りを見回せば、ちょろちょろと動き回る小さな影がいくつもあった。
「なんか……悪かったな」
「サーシャも思わせ振りなこと言っちゃった」
「いや、気を抜くよりは過剰なくらいが良い」
見える限りで接している部屋数は……十以上あるな。すでに古城の中にいるし時間的な制約を考える必要はないと思うが、誘拐の取引をするのがここよりも下だった場合はあまり時間を掛けている暇は無い。とりあえず、声が届かなくなる距離ではないし、ここは分かれて各部屋を調べるのが得策かな。
「そういえば、サーシャ。お前の力は日光だろう? ここは建物の中だし、差し込む光も無いが『異能力』は使えるのか?」
「大丈夫! 日の光を使うのが一番良いのは確かなんだけど、とりあえず光さえあれば力は使えるから」
そういうものなのか。だとすれば戦力的に最も不安なのは俺だな。
「なら、分かれて探索するので大丈夫そうだな。でも、その前に――ロットー。一つ策を預けておく。作戦名は――離脱だ」
備えあれば憂いなし。転ばぬ先の杖ってところだ。言い替えれば、ただの心配性だがな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます