第17話 グール戦

 二人には何かあれば大声を上げるように言ったが、そうしなければならない可能性が最も高いのは俺だろう。死なないにしても、戦えないわけだからな。


「気配を探るって、経験で身に付くものなのか?」


 呟きながらホールと繋がっている部屋を覗き込むと、そこはベッドの骨組みだけが残っている五畳くらいの小さな部屋だった。ドアは外開きの鉄格子で、部屋の中は行き止まり。紙屑やら崩れた壁の破片などが落ちている中に鎖が落ちていた。それなりに埃っぽいが他の出口は見当たらない。次の部屋も、その次も――ベッドがある小さな部屋で、紙屑に落ちている破片、それに鎖があって外装も内装も全て同じに作られていた。


 鉄格子の先には、ベッドがあって鎖が落ちている狭い部屋。ホールの中央を空けるように立っている柱。そして特筆すべきは降りてきた階段とは反対側の壁に作られた階段と、その先の中二階バルコニー。それで漸く気が付いた。ここは舞踏会を行うホールじゃない。殺し合いをする武闘場だ。バルコニーは観戦席で、狭い部屋は戦いの前に幽閉しておく独房だろう。鎖があることから、おそらくは奴隷か罪人が無理矢理殺し合いをさせられていた。


「金持ちの道楽か……砂に沈んで滅びるのも仕方がないな」


 善悪など知ったことでは無いが、殺し合いで楽しむほど栄えた国家はいずれ滅びる。まぁ、どんな国でもいつかは滅びる運命だろうが、要はどういう過程を辿るのかって話だ。そういう意味では、この深層の古城は黒歴史のど真ん中を進んでいたのだろうな。


 それはそれとして。


 今、五つ目の部屋を調べ終わったところだが、外への出入り口が無いところを見るにここはハズレのようだ。ちなみに各自が五つの部屋を調べ終わったら一度、ホールの中央に集合と言っておいた。携帯や無線などが無いこの世界では、そうやってこまめに情報の交換をしておくべきだろう。いわゆる、報告・連絡・相談――ほう・れん・そう、というやつだ。


 ホールの中央まで行けば、掌の中に光を集めているサーシャが居た。


「サーシャ、何かあったか?」


「ん~、これならあった!」


 ジャラ、と持ち上げた鎖は俺が調べた部屋にも落ちていたのと同じだった。


「いや、持ってくるなよ。使い道も無いだろうしな」


「じゃあ、はい!」


 渡されたところでどうしろと? まぁ、振り回して武器にするくらいは出来るか。


「ロットーはまだか……もしかしたら、ここには何も無いかもしれないな」


「ここって、この広間?」


「だけでなく、この古城にはってことだ。あくまでも監査官の読みがこの古城ってことだろ? なら、確実にここにいるとは限らない」


「あ~、そっかぁ……でも、調べなきゃでしょ?」


「まぁ、そうだな」


 それにしてもロットーが遅い。狭い部屋を五つ調べるだけならそんなに時間も掛からないと思うが、性格上一つ一つに慎重なのかもしれないな。


 こちらの心配そうな表情を見て取れたのかサーシャは弓を構えた。


「ロットーのほう、見に行く?」


「ああ。さすがに心配だな」


 鎖は腕に巻き付けて、剣針を抜いた。ロットーに任せたのは階段を下りて左回りの部屋だったから、そこから三つか四つ目に――向かおうと足を踏み出した時、一つの部屋からロットーが飛び出してきてこちらに気が付いた。


「栞! サーシャ! グールだ!」


「グール?」


「死んでから放置された者が成る魔物だよ! 逃げよう!」


 いや、グールが何かはわかっている。だが、一体や二体なら逃げるよりも倒したほうが早いだろう。とはいえ、踵を返したサーシャと走ってくるロットーが逃げるつもりなら多数決に従おう。一目見たかったがロットーが俺の横を過ぎたのに合わせて振り返ると、体がぶつかった。


「どうしっ――た?」


 立ち止まっているロットーとサーシャの視線の先に墨色の体をしたヒューマーやセリアンスロォプがいた。もしかしなくとも、あれがグールだろう。数は二体。振り向いたところにも二体がいる。


「マズいよ……囲まれてる」


 サーシャの言葉に周囲を確認してみれば、調べたはずの部屋も含め、すべての部屋からグールがこちらに向かって姿を現した。おかしい、部屋の中には他の出入り口など無かった。


「ロットー、何かしたのか?」


「何も。部屋の中を調べていたら突然目の前に現れたんだ」


 例えば、ここをダンジョンだと考えるのなら、魔物が出現するには原因があるはずだ。スイッチを踏むとか、何かを動かすとか……あとは、時間制限とかだな。ともあれ、今はそれを考えている暇は無い。


「ちなみにだが、グールは強いのか?」


「ゴブリン以上でもオーガには到底及ばないレベルだ。倒せないことはないだろうが――数が多過ぎる」


「何か特性は? 俺たちを食う感じか?」


「それは無いよ。ただ、死んでいるから脳のリミッターが外れて異様に力が強いってことと、生きていた時の戦闘技術を使ってくるってことくらい!」


 俺の知っているグールとは少し違うようだが、むしろ悪い知らせだな。体格が良いのも数人いるし、剣を握っている奴らもいる。おそらく、こいつらはこの場所で殺し合わされていた戦士たちだ。ロットーの言っていた強さレベルに間違いは無いのだろうが、そもそもの下地が違う。だから――たぶん、強い。


「栞、作戦は?」


「まだだ。今は敵の数を減らすぞ。倒し方はわかるか?」


「グールは首を刎ねるか、心臓を貫くしかなかったはずだよ」


「この状況では戦う以外の選択肢が無いからな……俺とロットーで敵と引き付けるから、サーシャはそこにある折れた柱の上から狙い撃て」


「じゃあ、背中貸して!」


「ん? ……ああ、わかった」


 何をさせたいのか理解して、柱のほうを向いて背中を丸めると、走り込んできたサーシャが俺の背中を蹴って、柱の上に跳び上がった。


「じゃあ、栞。先に行く!」


 そう言うと、ロットーは躊躇うことなくグールに斬りかかっていった。すると、それまで警戒するように静観していたグールが動き出したが、どうやら死んでいるせいかそれほど動きは早くない。


 懸念すべきは俺の武器は剣針で、狙うとすれば首では無く心臓しかないことだ。背後はロットーに任せるとして、俺は正面に集中しよう。


「さて、『武軍』曰く実戦で学べ――だそうだ。試させてもらうぞ、グールども」


 まずはガタイの良いヒューマーのグールが相手のようだ。幸い武器は持っていないようで安心だが、その分厚い筋肉に剣針が刺さるのかは疑問だな。


 右の大振りを避けて、次は左。振り下ろしてきた拳を避けるのと同時に距離を詰めて、胸に向かって剣針を突き立てた。


「っ――かった」


 剣針の刃の先が少し刺さっただけでそれ以上動かせずにいると、グールの両腕が俺の体を包むように向かってくるのが見えて、すぐにその場から後ろに跳んだ。


 危なかったけど……剣針がグールの胸に刺さったまま手放してしまった。非常にマズいね。手元には鎖と鞘しかないが、上手くいくかはわからないベタな方法は思い付いた。周りのグールたちはサーシャが弓で牽制してくれているが、何より剣針を取り戻さないと戦いにならない。


 グールは剣針が刺さっていることを気にしていないようで、構わず拳を振るってくる。殺す方法が首を刎ねるか心臓を貫くしかなく、その眼がこちらを捉えているってことはちゃんと眼として機能しているということだ。


 拳を避けるのと同時に顔目掛けて鎖を投げ付けると、払うような仕草を見せた。その隙をついて近寄り、鞘で剣針の柄を押し込むように踏み出せば刃が心臓を貫いたのがわかった。


「一体倒すのに時間かかり過ぎっ――っ!」


 倒れたグールから剣針を抜こうとしていると、横から首元を斬り裂かれた。


 ドクドクと脈打つ傷口から痛みが広がっていくが、血の量からして頸動脈は逸れたのだろう。良かったとは言えないが、くそ痛ぇ。


「このっ!」


 剣針を抜き、その流れで横に居たグールに刃を突き立てたが届かなかった。まぐれはそう何度も続かないか。傷口を押さえながら、体勢を立て直すために距離を取れば、剣を持った二体のグールが迫ってきていた。


 落ち着け。手を抜いていたとしても、俺は天災である『武軍』の剣速を避けられたんだ。不意打ちで無ければ二体でも相手取れるはずだ。


 こちらの息が整うのを待たずに振り下ろしてきた剣を避けると、続け様に避けた先を狙って剣を突き刺してきた。死んでいて脳が働いていないにしては連携が取れている。的確に心臓や頭を狙ってくるし――だからこそ、避けやすい。


「それに加えてっ!」


 最初の奴に比べて筋肉質ではないから突き刺した剣針が一撃でその体を貫いた。


 よし、次! と意気込んで振り返った瞬間に目の前に飛び込んできた棘の付いた鉄の棒を避けることが出来ずに吹き飛ばされた。


「いっ――く、あぁああ……っ」


 言葉にならない声が漏れたのも当然だ。金棒の棘は見事に俺の体に突き刺さり、右の脇腹、鳩尾、左胸に穴を開けた。即死してないってことは心臓は避けたのだろうが、棍棒で骨が折れるよりも、目に見えて痛みを感じるこちらのほうが辛い。


 痛いのではなく、辛い。まったく、初めての経験ばかりだな。本当に。


「栞! 無事か!?」


「っ……無事に見えるか? 今まさに瀕死の重傷中だよ。そっちは何体倒した?」


「五、いや六体くらい」


 ロットーはレッグポーチの中から取り出したナイフをグールに突き刺すと心配そうにこちらに駆け寄ってきた。まぁ、どうせ死なないんだからそんな顔をしなくてもいいのだが――それよりもナイフを刺されたグールが傷口から腐っていくのを見て驚愕した。ロットーは直接攻撃の接近戦には向かないと思っていたのに、むしろその反対だった。


 ……本格的に俺の存在意義が無くなってきたな。しかも俺はまだ二体しか倒してない。


「サーシャ! グールは残り何体だ!?」


「ん~、一、二……変わってないよ! たぶん倒した端から復活してるんだと思う!」


 さすがはすでに死んでいるグールだ、と言いたいところだが俺が倒したグールも、ロットーとサーシャが倒したグールも死体はそこに落ちている。ということは、ここのホールには決められた数のグールが出現するようになっていて、それ以上にも以下にもならないということだ。つまり、攻略することは出来ない。だが、方法は思い付いた。


「ロットー、サーシャ、作戦を実行に移す! グールは倒さずに脚を狙って動きを止めるんだ!」


「狙いは脚だな。わかった!」


「こっちも大丈夫! 細かい狙いを付けるのは専売特許だからね!」


 頼もしい二人で何よりだが、心配なのはむしろ俺のほうだ。受けた傷はすでに塞がり掛けで血は止まっているが、内側には熱さのような痛みが残っている。だとしても、言ったからには俺もやるしかない。


 剣針を杖にして立ち上がり、何故だかこちらが構えなければ一定のラインを超えては入ってこないグールたちに向かっていく。その途中で、先程倒したやつの手に握られている剣に気が付いた。馬鹿と鋏は使いよう、だ。


 剣を奪い取って金棒を持っているグールに構えるまでもなく全力で投げ付けると、クルクルと回転した剣は肩に突き刺さった。……頭を狙ったつもりだったが、まぁ良かった。


 とりあえず、厄介そうだったグールは金棒を持てなくなった。あとは周りにいる数体のグールの脚だけを狙って剣針を突き立てていった。向こうは確実に急所を狙ってくるから避けながら刺すことは容易い。


 一通り手前に居るグールの動きを封じたことを確認して振り返れば、ロットーとサーシャも上手いこと熟してくれたらしい。


「よし。サーシャ、降りてこい! 離脱するぞ!」


「は~い」


 何事もなくサーシャが飛び降りてくると、ロットーはしゃがみ込んで床に手を当てた。


「……もう崩れるから着地に備えて」


 何のことは無い。作戦名・離脱とは魔物から逃げるためにホール中央の床を腐らせて崩して下の階に落ちるってことだ。最初はグールの数が多過ぎて床を崩せば重さで大規模崩落すると思ったが、距離を取って動きを止めたし、何よりおそらくこのグールたちはこのホールを出れば追って来ないはずだ。たぶんね。


「そろそろか?」


「ああ、もう――」


 床が軋んで今にも落ちる瞬間だった――倒れていたグールたちが皆一様に剣を振り上げていた。――グールは死んでいるのに連携を取っているし、的確に心臓や頭を狙ってくる。それはつまり、少なくとも知能を持ち合わせているということだ。


「二人とも伏せろ!」


 腕を広げて二人の前に立てば、投げ付けられた剣が俺の体を貫いた。それと同時に床が崩れ始めたのだが、残っている意識が最後に認識したのは目の前に飛んできた斧だった。

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