第18話 階下へ

 死なない展開を望んだのだが、どうやらそれは適わなかったらしい。


 霧がかかったような意識が戻ってくると、途端に頭痛が襲ってきた。


「いった――!」


 跳び上がって起きると、目の前にいた何かに噛り付こうとするサーシャと目が合った。驚いたように目を見開いていたが、直後に笑顔を見せた。


「ロットー! 生き返ったよー!」


 すると、向こうからゆっくりと歩いてきたロットーは、俺の顔を見ると静かに息を吐いた。


「……はぁ。驚異的だな、栞。とりあえず、生きていてよかった」


 そう言うと、すぐに出ていってしまったがおそらくは敵を警戒するためだろう。


 周囲を見回せばどうやらここは小さな部屋で、俺が寝かされていたのはテーブルのようだ。横には俺から引き抜いたであろう血塗れの剣と斧が並べられていた。


「この斧、って」


「あ~、頭に刺さってたんだよ。ザックリと。どうなるかわからなかったけど、不死だからね。全部抜いておいたら治るかな~って。そしたら治った!」


 おそらくこの痛みは傷を治すときに細胞が活性化する影響によるものだろう。頭が割れても生き返るとはね。この分だと胴体を真っ二つにされても大丈夫そうだ。


「ここは? 俺はどれくらい気を失っていた?」


「ここは上のホールから落ちたすぐ下の階で、サーシャとロットーが一緒に運んだんだよ。なんの部屋かはわからないけど、魔物は出てこないから大丈夫だと思う。気を失ってたのは……一時間くらい?」


 思っていたよりは時間が経っていない。死んだときの記憶が確かならサーシャの言う通り、俺の頭はパックリと割れていたはずだ。それが僅か一時間足らずで治るとは恐ろしいね。だからこそ、天災なのだろうが。


「ってか、また服が……でもバッグは無事、と」


 とはいえ、バッグの強運もいつまで続くかわからないから早いうちに新しいのを買っておくか。防御力が高いはずの服も、ただの剣に貫かれるようではもうどうにもならないな。


「栞、これ食べて」


 サーシャから投げ渡されたのは、紙に包まれた長方形のものでその包装を剥がすとグレーの物体が出てきた。


「……食い物か?」


「そそっ。レーションね。見た目はアレだけど、美味しいよ」


 よくわからない物を口にするのは憚られるが、噛り付いてみれば硬いような柔らかいような――例えるなら、きんつばのような食感か? 程よく甘く確かに美味いがさすがは携帯食、カロリーは高そうだ。


「この階に出口はあったのか?」


「ううん。見つかってない。でも、グールもいないよ」


 上のホールにグールがいたのは侵入者の排除と、それ以上は進ませないためだろう。なんのために? 何か守るためか、もしくは理由の無い罠か。ともかく、もしここを犯罪者たちが使っていて、グールの時間差トラップを知っているのなら、この深層の古城は確かに便利だ。つまり、誘拐屋バッジがこの場所にハティを連れてきたのなら、少なくとも上のホールよりは下の階ということになる。


「サーシャ、ロットーを呼んでくれ」


 そう頼むと、丁度口一杯にレーションを含んでいたサーシャは、うんうんと頷いて部屋を出ていった。


 誘拐されたセリアンスロォプがここに居る可能性がある以上、調べないわけにはいかなくなった。だから、もう一度確認しておかなければならないことが出来た。


「呼んできたよー」


「どうした? 体はもう平気なのか?」


「もう大丈夫だ。それよりロットーは? 疲れていないか?」


「アタイも大丈夫。サーシャと交替で警戒していたから」


 ロットーの横で力強く頷くサーシャを見て、その言葉が強がりからくるものではないとわかった。


「そうか。じゃあ、本題だ。どうやら今回の依頼は思っていた以上にキツいものらしい。現に俺は死んだしな。だから――選んでほしい。今なら階段を上がって、そのままホールを突っ切ればグールも現れずにこの城から抜け出すことができるだろう」


「……栞、何が言いたいんだ?」


 怪訝そうな顔を見せるサーシャとロットーの視線を受けながら、詰まりかけていた言葉を吐き出すように深く息を吐いた。


「この先は俺だけじゃなく二人にも死の危険がある。言いたいことはわかるだろ? 俺とは違うんだ。だから――」


「いや、わからないな」


「うん、わからないね? だって、サーシャたちが引き返しちゃったら誘拐された子はどうなっちゃうの? 助けないと!」


「ん? いや、違うぞ。引き返すのは二人だけで、俺は進む。サーシャの言う通り、助けることには変わりないからな」


「違うな、サーシャ。そうじゃない。栞はアタイたちの答えがわかった上で訊いているんだ。それでも、来るか? と。だから、明確に答えを返せばいい。栞、アタイは何を言われても付いていく。絶対に」


「サーシャもね。ここまできて仲間外れとか無いよ! だって、チームでしょ?」


 実質まだ数日しか共に行動していないのに、嫌に俺のことをわかっているような口振りだ。まぁ、間違ってはいないわけだが。


「わかった。だが、俺の勘ではおそらくこの先にはグールよりも厄介な敵が居るだろうから常に周りに気を配れ。本音を言えば嫌だが……いざとなれば俺を盾にしてもいい。とりあえず、ロットーもサーシャも死なないことを前提に行動しろ。わかったな?」


「ああ、わかった」


「サーシャも、オッケー」


「なら、早速行動に移そう。ロットーは『異能力ヴァイズ』で下の階を調べてくれ。サーシャは準備だ」


 服に穴が開いているのは仕方がないとして、剣針は腰に掛けて俺を殺した剣と斧は……ちょっと待てよ。バッグから取り出した本を開けば、中には剣と斧、それに鎖が記されていた。いや、使い方どうのって以前に俺のことを刺し殺している曰く付きの武器を記されてもな。でもまぁ、使えるものは使おう。軽そうな剣一本は剣針の横に差して、血に塗れた斧はこの手に持った。


「栞、この下は二階分同じようなところがあって、その下に上のホールよりは小さいけど大きな部屋とそれ以外に部屋がいくつか。もちろんその下にも続いているけど……まだよくわからない」


「十分だ。一先ずはその少し大きな部屋を目指そう。サーシャ?」


「外も大丈夫! 行く?」


「行こう」


 俺が先頭で、サーシャを挟んでロットーが後ろを守って進んでいく。とはいえ、この階は二人が調べてくれたからそれほど警戒する必要は無い。


 階段で下の階へ。


 上から入ってきているせいで、ここが何階なのかはわからないが、おそらくそれなりに一階に近いはずだ。疑問に思うのは、俺たちは上階から下りてきているが、他の場所から入れば他の部屋に出られたはずだろう? ならば、初めから下のほうの階に出られる可能性もあるのか? いや、だとするとホールにグールが出現するのは理に適っていない。つまり、どこから入っても古城の中に入るのはホールよりも上階の部屋で、出るのはホールよりも階下だと考えれば納得がいく。


 下の階の部屋を詳しく調べる必要は無い。一部屋ずつ開いたドアから中を覗き込んで、全体を見回し次へ。次へ――次へ。


 再び階段を下りて各部屋を見て回るが、案の定というのかやはり何も無い。


「栞、この下が――」


「わかってる。いつでも戦えるように体勢を整えておけ」


 慎重に階段を下りていくだけで、空気の違いに気が付いた。上の階は埃と塵の澱んだ空気だったが、こちらは冷えた空気が肌を刺してくる。自然と荒くなる呼吸を整えつつ、階下に降り立った。


 真っ直ぐ続く廊下の先に大きな部屋があるのはわかるが、その手前にも左右にドアがあって部屋がある。調べないわけにはいかないだろう。


 ここは慎重に手前の部屋からドアを開けてみれば、これまで見てきた部屋とは違い埃臭さも無く、綺麗な内装をしていた。


「……サーシャが思うに、取引に使われている部屋かな?」


「だろうな」


「栞、右奥の部屋の隅。穴が開いている」


「つまり、ここからが出口兼用の部屋ってわけだ。他の部屋も見て見よう。どこかの部屋に居るかもしれない」


 最大限に警戒しながら他の三つの部屋も調べたが、結果は同じ。整頓されたテーブルと椅子が並べられ、部屋の隅に出口用の穴はある。そこには人が――敢えて人と括るが――人がいた様子は無い。


 廊下の先にあるドアに近付くたび、嫌な雰囲気を肌身で感じている。これが気配を読むってことなら成長だな。どう考えても嫌な予感まっしぐらなわけだが。


 早くなる鼓動を落ち着かせようと深呼吸を繰り返しながら振り返って二人を確認すれば、サーシャは何食わぬ顔をして弓の弦を確かめるように手を動かしていたが、ロットーは腑に落ちない顔をしていて、目が合うと口を開いた。


「……たぶんだけど、アタイが感じた部屋数より少ないんだ。あと二部屋……いや、ここと同じように四部屋あると思う」


「つまり、この先の大部屋を超えた向こう側にも部屋があって、誘拐屋と誘拐されたセリアンスロォプはそっちにいる可能性が高いってことだな?」


「あ、いや、どうだろう……ただ、外に出られる穴もあるわけだから、まだ他の部屋にも隠れている可能性があるのかな、って」


「要はこの先にどんな魔物が居ても無視して先に進めばいいってことでしょ? ここより奥に居るってことは戦わないって選択もあるってことだよ!」


 サーシャの言うことも最もだと思うが、誘拐屋バッジの『異能力』は瞬身だ。カラーリングだとしても短い距離を瞬間移動できるのなら、条件が違う。バッジが避けられたものを俺たちが避けられる保証は無い。


「……悩んでいても仕方がないか。ロットー、サーシャ、戦闘準備だ」


 ドアノブに手を掛けようとした瞬間、横から伸びてきた二本の脚がドアを蹴破った。


「こういうのは勢いが大事だ」


「そそっ。こっちが警戒するよりも警戒させないと」


 こちらの世界の流儀なのか知らないが、それなら事前に言っておいてもらわないと心臓に悪い。せっかく落ち着かせたはずの鼓動がまた速くなってきた。


「はぁ――まぁいい。行くぞ」


 廊下から見た限りでは床が激しく損傷していて凹凸が激しい以外では、ただの大部屋のようだ。


 ゆっくりと、隆起した床を跨ぎながら部屋の真ん中を通って進んでいると三分の一ほど行ったところで何かを踏み壊したのに気が付いた。


「……ん? これは――」


 足元にあったのは完全に骨と化している人の死体だった。骨だけでは種族までは特定できないが、落ちている頭蓋骨からしておそらくヒューマーだろう。


「なになに? 何か見つけた?」


「どうかしたのか?」


 覗き込んできたサーシャが人骨を発見して、後ろからロットーが歩み寄ってきているのがわかった。だが、それよりも視線の先で上からパラパラと落ちてきた破片が気に掛かって天井を見上げると、そこで見た光景に目を疑った。


「ロットー、サーシャ 下がれ!」


 踵を返し、腕を広げて二人を抱えるように来たほうへと押し返すと――背後に落ちてきたものが床の破片を跳ね上げて後頭部を直撃した。


 さて、おそらくはここが大一番だ。勝つことを前提に考えるとしても……いったい、何回くらい死ぬだろうな。いや、まぁ、死なないに越したことは無いんだが。

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