第12話 チーム

 例えるならそれは、学生の頃の着衣水泳に似ている。


 水を吸い込んだ服が体を重くする。しかも、体にへばり付く感覚が気持ち悪い。今、感じているのはまさにそんな感覚だ。あとは、まるで全身を虫が這っているような感じ、かな。


「…………さみぃ」


 渇き切った喉で呟き瞼を開くと、目の前にはロットーとサーシャの怒っているような顔があった。……何故?


「栞、目が覚めたか」


「ってことは、やっぱり――」


 視線の向かう先を追っていくと、どうやらここはまだ大広間らしく、俺を刺したソルが王の前に立っていた。


「なるほど、やはり『異能力』は本物だったか。『武軍』よ、どう思う?」


「将は確実に殺した。しかも、三度。にも拘わらず未だに生きていることを思えば事実かと」


「では、鑑定士。あの者の『異能力』は――」


「ええ、天災のしち『不死』で間違いないようじゃ。鑑定士の仕事はここまで。あとのことはギルドに任せるとしよう」


「そうか。ご苦労だった。それで、監査官殿はどうするおつもりか?」


「私の一存で決められることでは無いが……とりあえずは目が覚めた彼の意見を聞くことにしよう」


 あ~、よくわからないな。脳に血が巡っていないせいかボーっとするし、今は何も考えたくない。……後頭部に感じる柔らかさはロットーの太腿か?


 それはさて置き、足音が近付いてくるのに気が付いて視線を向ければ鑑定士の老婆が歩み寄ってきていた。


「天災よ……試す様な真似をして悪かったとは思っているが、それが仕事なのじゃ。悪く思うなよ。して、改めて鑑定結果を伝えるとしよう。ランクはブラック――異能力名・不死。それに加えて例外的事象もあった。ランクはシルバー――異能力名・蔵書。あとは自らの心と語らうが良い」


 それだけ言うと、老婆は踵を返して去っていった。


「……ん? どういう意味だ? ブラックとシルバー……俺は『異能力』を二つも持っているってことか?」


「ああ……たぶんな。そんなの聞いたこともないが……」


「うん。サーシャも。『異能力』が二つ……でも、もしかしたら天災のほうの力が関係しているのかも」


 まぁ、なんでもいい。今は俺にも『異能力』があったって事実だけで十分だし、それ以上を求めるつもりは無い。しかし、まさかここまで大事になるとは思いもよらなかった。


「では、これにてこの場は終いだ! 天災を含むピクシーとハーフエルフは客だ! 手厚く介抱しろ!」


 王の指示に近衛兵たちは一斉に動き出した。


 持ってきた担架に乗せられながら辺りを見回せば、ロットーは俺のバッグを持ち、サーシャは目晦ましに使ったパーカーを握り締めていた。


「そういえば、ロットー。悪いな……剣針、折れちまった」


 握り締めていた剣針を見せれば、呆れたように溜め息を吐かれた。


「そんなのはどうとでもなる。気にするな」


 どうとでもなるのか。それなら良かった。


 担架に乗せられたまま連れてこられた部屋のベッドに移されると、ロットーとサーシャもソファーに腰を下ろした。看護室というよりは、普通の客室のように見える。流れ出た血が乾いていて良かったと思うべきなのだろうな。


「ただいま食事をお持ちしますので少々お待ちください!」


 檻に容れられていた時との態度の落差が凄いな。まぁ、丁重に扱ってもらえるのならそれに越したことは無いが。


「大丈夫か? 栞。痛むところは無いか?」


「痛み……そういえば、無いな。今はただ体に力が入らないってだけだ。それ以外は何も問題ない」


「それは多分、体が『異能力』に対応できてないんだろうね~。力の使い始めは結構そういうことがあるらしいよ?」


 体に『異能力』が馴染んでいないってことか。まぁ、別の世界から来たことを思えば当然だな。問題は異能力名を聞いたところで、力の使い方がわからないってことだ。


『不死』――その名の通りなら単純に死なない力なのだろう。だが、それが死んでも生き返る力なのか、治癒力が高いのかはわからない。例えば心臓を抉り取られたり、首を切り離されても生きていられるのか、はたまた生き返るのか――まぁ、試してみようとは思わないが。


 考えていると思考を遮るようにノック音が聞こえた。そして、返事をするより先にドアが開かれた。


「失礼する! 食事を運んできたぞ!」


 入ってきたのは料理の載せた大きなお盆を持ったライオネル王だった。王直々の登場に体を強張らせた二人だったが、テーブルに置かれた食事を見て目を輝かせた。そういうば、今日は朝に食事した切りだったな。


「遠慮せずに食うといい! これは我が国からの詫びの印でもあるからな」


 安い詫びだな。とは思うが、ロットーとサーシャが喜んでいるから別にいいか。食べてもいいか、と許可を取るように送ってくる視線はまるで餌を待つ子犬だ。


「俺のことは気にせず食えよ。お前らだって、巻き込まれた側なんだからな」


「心配するでない! 量は腐るほどある。それに、主には別で用意してある」


 ベッドの上に置かれた料理は肉尽くし。さすがは肉食獣だ。体の自由は利かないが腕は動くし、メシを食うぐらいは出来る。


「さて――食いながらでいい。これからについて話そうか。監査官殿!」


 引いてきた椅子に腰を下ろした王が部屋の外に声を掛けると、監査官が入ってきて王の横に並び立った。


「とりあえずは上層部と連絡を取り、君のことを天災の漆と――ブラックリングとして認めることになった。これを渡しておく」


「どうも。ブラックリング……あんまり嬉しいことでも無さそうですがね」


「まぁ、色が黒というだけで他のリングとの違いは無い。ただ、君がブラックリングであることの証明が必要なだけだ。それと――こっちも渡しておこう。リングの二つ持ちなど前代未聞だが、シルバーリングだ」


「銀と黒。コントラストは悪くない。腕に嵌めれば良いんですか?」


 深々と頷くのを見て、まずはシルバーリングを、次にブラックリングを左腕に嵌めた。……不思議な感覚だ。見れば確かにそこに存在しているのに、肌に触れている感覚も違和感も無い。だからこそ、ずっと嵌めていられるわけか。


「そして、もう一つ確認しなければならない。君は、これから何がしたい?」


「何が……とは? 具体的に何が訊きたいんですか?」


 肉に噛り付きながら首を傾げると、ライオネル王が大きく鼻息を漏らした。


「天災というのは、その一人の行動だけで世界を揺るがしかねないのだ。故に動向を知っておく必要がある。ギルドだけでなく、世界がな。例えば、天災の弐『落雷』や天災の『精霊』なんかは『武軍』と同じように国に属しているし、天災の零『魔王』を除く他の天災は好きなところで好きなようにしているが、ギルドが管理していて、その動きは吾輩らにも伝わっている。だからこそ、訊くのだ。どうしたいのか? と」


 そこまで危険視されている存在とは思わなかった。言うなればブラックリングとは核兵器のような立ち位置だということか。各国に天災がひとりずつ属しているのは相互確証破壊だと思えば頷ける。それで世界のバランスが保てているのなら俺が壊すわけにはいかないな。となると、ここで今すぐに明確な答えを出せるわけでは無いのだが――監査官も王も、求めているのはその明確な答えなのだろう。


「いや~……どうしましょうね。俺がどうのと言うよりは――チームのふたりに訊いたほうがいいかと。なぁ、お前ら?」


 食事を終えて満足そうにソファーの背凭れに体を預けていた二人は、突然話を振られて即座に背筋を正していた。


「チーム、というと――こっちのピクシーとハーフエルフか? ……互いにシルバーリングで腐食のロットーに、日光のサーシャか。二人ともギルドには登録していないようだが、この街には登録に来たのか?」


「このハーフエルフとチームかどうかは別として、アタイはそのつもりで来ました。それに、栞と離れる気もありません」


「サーシャはそのピクシーも含めてチームで良いと思っているけどね。目的は同じだし? 栞も、チームだよ」


「だ、そうですが……」


 窺い見るように監査官を見れば、後ろ手を組んで考えるように瞼を閉じた。


「ふむ……なるほど。他種族チームか。これまた珍しいな」


「ガッハッハ! 良いではないか! もしも主がヴァイザーになることを望むのなら吾輩がそれを推そう! 天災にしてヒューマー、そしてヴァイザーが他種族と関わっていると知れ渡れば現状に一石を投じることとなる。なぁ、監査官殿よ!」


 まるで諭す様な口調で王が監査官の肩に腕を回すと、呆れたように頭を垂れてゆっくり目を開いた。


「私はまだ何も言っていないが……王の言うことにも一理ある。『不死』よ、君の意志を聞きたい。ブラックリングならば必然的にギルドに登録されることとなるが、それはあくまでも管理目的であり依頼を受けて報酬を貰うヴァイザーとは異なる。君は――本当にヴァイザーになりたいのか?」


「……まぁ、本音を言えば痛い思いなんてしたくないんですが、もしかしたら俺の力が何かの役に立つかもしれませんし、ここまで付いて来てくれたロットーへの恩もある。もちろん、サーシャにも。だから、そうですね。なりたいです、ヴァイザーに」


 そうすれば、この世界の一部になれる気がするから。


「そうか。なら、承った。ギルドには私から連絡を入れておくから明日にでも登録に行くと良い。そこで詳しい検査をして書類を提出すれば、晴れて登録が完了となる。ちなみにだが、チーム申請というのもあるから出しておくといい。では、これにて」


「ハッハ! 良し、今日は飲み明かすぞ、監査官殿!」


「いや、私は仕事が――」


「堅っ苦しいことを言うな! 吾輩だって鍛冶を投げ出してきたのだから、それくらい付き合えい!」


 肩を組んだまま出ていく王と監査官を見送って、漸くちゃんとベッドに体を沈めることが出来た。


 食べたものが体の中に吸収されていくのを感じながら大きく息を吐くと、ロットーとサーシャが歩み寄ってきた。……どうしてサーシャはそんなに申し訳なさそうな顔をしている?


「栞、ごめんね。ちゃんと謝ってなかった。サーシャがあの鑑定士に案内したからこんなことに……」


「いや、どこで鑑定しても遅かれ早かれこうなっていたんだろうし、サーシャのせいじゃない。気にするな」


「でも――」


「はいはい、辛気臭い。栞本人が気にするなって言ってんだから気にするなよ。アタイは別に謝ることなんて無いけど、確かめたいことがある。聞かせてくれ、栞。アタイと――いや、アタイたちと本気でチームを組む気があるのか?」


 なんだかんだ言っても、やはりロットーとサーシャは仲が良いのだろう。その眼を見ればわかる。


「……その前に、逆に訊かせてくれ。どうやら、この世界で言うブラックリング――天災ってやつは畏怖される存在らしい。なのに二人が平然としているのはどうしてだ? ソルという奴には怯えたような表情をしていたのに――」


 そう言うと、途端に疑問符を浮かべて二人は顔を見合わせた。


「はぁ? なに言ってんだ。他の天災は別枠だよ。アタイらからすれば栞は栞だ。よくわからない奴だが、どういう奴かはわかってる。少なくともアタイは、信頼しているよ」


「サーシャはよく知らない! でも、わかるよ。オーガと戦っていた時の栞は、守るために戦っていた。それで、実際に目の前で会ってみてわかった。サーシャは栞のことが好き。だから、別に怖くない」


「……そうか」


 不意な告白を受けてしまったが、まぁ十中八九、他種族の中では好きなほうってだけの話だろう。ヒューマーに関する種族間での問題が顕著なこの世界では有り難い言葉だと受け取っておくとして――動かない体に鞭を打ち、上半身を起こした。


「それで、栞。アタイの問いへの答えは?」


「ああ……もちろんだ。ロットー、サーシャ、俺なんかで良ければ是非チームを組んでくれ」


「もちろん。よろしく頼む」


「サーシャも~。よろしくね、栞。それに、ロットーちゃん」


「ちゃんは止めろ。……サーシャ」


 名前を呼ばれたことが嬉しかったのかサーシャは口元を緩ませながら目を見開いてこちらを見てきた。そんなに嬉しいか。まぁ、仲良くなってくれて良かった。


「そういえば、栞。……着替えたほうがいいかもな」


「ん? ああ――そういや血塗れのままだったか。着替えるよりも……風呂だな」


「じゃあ、サーシャが訊いてくる!」


 出ていくサーシャを見送ると、ロットーは呆れたように肩を落とした。


「……良かったのか?」


「ん、何が?」


「チームだよ。俺があれこれ言える立場じゃあないがサーシャも一緒で上手くやれそうか?」


「どうだろうな。そもそも栞とも上手くいくかわからないのに、何とも言えないだろう。でも、ヒューマー以外でヴァイザーになる種族は多くないから一緒のほうが都合が良いのは確かだと思う。打算的ではあるけど――たぶん、アタイはあのハーフエルフがす――」


 そこまで言い掛けたところで、勢いよくドアが開いた。


「お風呂! 好きに使っていいって!」


「っ――じゃあ、入りに行くか」


「……そうだな」


 こちらの表情を見たサーシャは疑問符を浮かべているが、そんなことお構いなしにロットーは横を通り過ぎた。


 あのハーフエルフのことが――好き、と言い掛けたか? まぁ、どのような感情でもいい。


 今は風呂だ。

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