第11話 『武軍』

 王の前に立ち並び、息を呑む。相手は狂暴な大男、百獣の王ライオンだ。一言一句聞き漏らさぬようにしなければ。


「急に呼び出されて来てみればピクシーにハーフエルフ、そして――主が天災か。吾輩では判断のしようがないな。鑑定士よ、事実か?」


「ええ、間違いなく。そこな二人も含め、他に四名が証言できるでのぅ」


「ふむ……八つ目の天災、ブラックリング……吾輩の手に余る事態だ。監査官殿はどう思う?」


 悩みながらたてがみを弄る王は、横に立っていたヒューマーに言葉を飛ばした。あの神官の男が監査官――ギルドの役持ちか。


「鑑定士が言うのなら間違いないと思いたいが、予兆の文言が間違っているとも思えない。ここはアイルダーウィン王国内であり、ライオネル王の城だ。今はまだギルドとして進言することは何も無い」


 おっと、何やら唐突に雲行きが怪しくなってきた。今の会話を要約すると、監理する立場のギルドは何も言わないから王様の権限で好き勝手にやっていいよ、ってことだ。


 発言したいところだが――とりあえず手を挙げてみるか。


「ん、なんだ? 何か言いたいことがあるのか?」


 うんうんと頷いて見せると、監査官は王に下がるように指示を出され、こちらを一瞥してから一歩下がった。


「まずは自己紹介といこう。吾輩はアイルダーウィン王国、国王のライオネルである。まぁ国王とは名ばかりで普段は鍛冶屋だが……有事の際はこうして呼び出されて王座に踏ん反り返らなければならないわけだ。面倒ではあるが、民を守る仕事だ。王として応えないわけにはいかない。それで、そっちは?」


 獲物を狩る様な視線を受けているのが俺だからか、横に並んだ二人は口を開こうとしない。


「え~っと、こっちがピクシーのロットーで、こっちがハーフエルフのサーシャ。で、俺は栞です。そちらの目的が何かはわかりませんが、とりあえず無関係なふたりは帰してもらっても良いですか?」


「はぁ?」


「栞? サーシャたちはチームでしょ!?」


 反対されるとは思っていたがそこまではっきりと口に出されるのはマズい。近くに寄るよう手招きすれば不機嫌な顔をしながら耳を寄せてきた。


「いいか? ここで問題になっているのは俺の存在だ。どうなるにしても、ここまで付き合ってくれたお前らを巻き込むわけにはいかない。頼むからこの場から去ってくれ」


「嫌だね」


「うん。サーシャも」


「……お前ら――」


 額を抑えていると、咳払いが聞こえた。


「ゴホンッ――良いか? 目的を訊きたいのはこちらのほうだ。八つ目の天災、主は何が望みだ? 何故、ここに存在している? そして、もう一つ。主は、本当にブラックリングか?」


「いや、俺にはなんとも……むしろ訊きたいですね。俺って本当に『異能力』を持っているんですか?」


 その問い掛けにライオネル王が鑑定士の老婆に視線を向けると、徐に顔を横に振った。それがどういう意味を持つのか俺にはわからないが、何かに納得したように頷いた王は確認するように監査官を見て、それから周りの獣人に視線を送った。全員が頷いて見せると、決断したように大きく息を吐いた。


「では、提案だ。主に『異能力』があるのか確かめよう」


 王が視線を大広間の左側へと飛ばすと、柱の陰から近衛兵と同じ鎧を纏っているが顔を晒している獣人が姿を現した。顔はヒューマーだが、頭に付いた獣の耳と脚の間から見える尻尾から、おそらく狼の類だろうか。


「俺の『異能力』を確かめるのなら鑑定士でいいのでは……?」


 話に聞いた限りでは鑑定士なら『異能力』の名前までわかるんだと思ったが、どう見ても出てきた狼の獣人は鑑定士ではないだろう。そんな疑問符を浮かべていると、サーシャが震える手で俺の服の袖を掴んできた。


 どうしたのか、と問い掛けようと口を開いた時、カツンッ――と、狼の獣人は持っていた刀を床に突き立てた。


「将の名はソル。種族はセリアンスロォプ。天災の伍・『武軍』にしてブラックリング。以後お見知りおきを」


 丁寧な態度とは裏腹に纏う雰囲気は尋常のものではない。一般人の俺が思うのだから相当だ。


 ……天災と言ったか? 檻の中で訊いた、国にそれぞれいる天災の中の一人がこいつだと言うわけか。サーシャの怯えようにも納得がいった。俺と同様に天災のことを知らなかったロットーは今更になって後退りをしているし、伊達や酔狂では無いのだな。


「『武軍』からはどう見える? そこの八つ目は」


「新たな天災と聞いた時は寝耳に水でしたが……そこの男は他の天災にも似ているが全く異なる異質の力も感じます。嘘を吐いているとは考え辛いですが、確かめる必要はあるかと」


 ああ、クソ。嫌な方向に話が進んでいる。だが、口を挟める余地が無い。というか、ライオンも狼も怖すぎる。


「ならば、どうだろうか。八つ目の天災よ。『武軍』と戦って、勝つことが出来れば望みを聞こう。だが、負ければ主の存在は無かったこととする。どうだ?」


 選択肢を与えているつもりか知らないが、勝てば生かすが負ければ殺す。その上で勝負を受けなくても殺すんだろう? そういうのは選択とは言わない。強要と言うんだよ。……やっぱり魔女裁判だったか。


「勝てばいい、と。なるほど……なら、受けよう」


「ちょっ、栞! こんなのどう考えたって――」


「そうだよ! わざわざ戦わなくも他の手を――」


「まぁ、そんなに慌てるなよ。考えてもみろ、俺だって天災なんだろう? だったら、十分に勝つ可能性はある」


「でも――」


 小声で話していると、視界の端で不意にライオネル王が立ち上がったのがわかった。


「では、決まりだ! 準備を始めろ!」


 王の言葉を合図に一斉に近衛兵が動き出して俺たち三人を広間の端へと追いやった。その途中で監査官を盗み見ると、まるで値踏みするような眼でこちらを眺めていた。そして、心配そうに眉を顰めた。


 その表情も気になるところだが、一先ずは準備運動を始めよう。


「さて――とりあえず情報が欲しいな。ロットー、サーシャ、あの『武軍』って奴のことで何か知っていることはあるか?」


「アタイは何も。ただ、あの雰囲気は普通じゃない」


「サーシャも知っていることは少ないけど、まず近衛兵の訓練はあの天災が行っていて、『武軍』の名の通り、武術が堪能だって噂くらいしか……」


「武術ね。確かにヤバそうな雰囲気だよな……ロットー、俺のバッグを預かっておいてくれ」


「ん、預かる」


「まぁ、出来る限り生きて返してもらうからよ」


 吐き捨てるように言って二人に背を向け、近衛兵によって作られた円の中へと足を進めた。


 さて、どうやって戦うかな。


 ソルが持っている刀は形状からして刃が反っていないから、おそらく軍刀だな。武術に長けているってことは、剣術と体術を組み合わせて戦うスタイルの可能性が高い。異能力名・武軍――名前からしてそれだけでは無い気もするが推測の域を出ない。


 対してこちらは何を使える? 学生時代の体育で柔道や剣道を習ったことはあるが、あんなもの実践レベルには程遠いし、喧嘩なんかしたことも無い。こっちの世界に来てから判明した反射神経の良さも、どれだけ役に立つかわからない。二人にはああ言ったものの、この状況で都合良く『異能力』が使えるようになれればいいが、仮に使えたとしても勝てるかどうかは別の問題だ。


 ということは、俺が目指すのは勝利ではなく引き分けだな。ひたすら相手の攻撃を避け続けてやる気を削いで諦めさせる。勝つ条件など明確にしていないのは、おそらくあのソルって奴に一任しているからだろう。


 少なくとも今は、戦っている最中に筋を傷めたりしないように入念に準備運動をするだけだ。


 そうこうしていると、一人の近衛兵が近付いてきて俺の目の前で跪くと手に持っていた剣を差し出してきた。


「それを使え。吾輩の打った剣だ。切れ味は抜群だぞ!」


「はぁ……じゃあ――」


 手に取ってみると予想以上に重くて落としそうになった。鞘の剣先を床に付けて柄を引いてみれば、中から出した両刃の刀身が光を反射した。せめて竹刀くらい軽くて刃が潰れていれば扱えたかもしれないが、これは駄目だな。


「せっかくのご助力ですが遠慮させていただきます。俺には――え~っと……ああ。これで充分です」


 剣を返して近衛兵を見回せば、没収された剣針を持っている奴を見つけ、近付いて取り上げた。


「ほう。斯様な剣針で良いと申すか。ならば、それも良し! 存分にやるといい!」


 良いわけではないが、俺にはこれくらいしか振り回せないし、身に余る武器を持ったところで勝てるわけでは無い。だが、武器は無いよりあったほうがいい。


「とはいえ、相手が男では加減が出来るかわからないけどな」


 みたいな台詞は基本的に弱者のものだ。それを理解してくれれば多少の手加減もしてくれるのではないか?


「元より加減など必要ない。全力で――殺す気で行かせてもらう」


 マジかよ。まったく手を抜いてくれる気配が無い。むしろ、軍刀を鞘から抜いて殺気ビンビンって感じだ。なら、こちらも剣針の刃を出しておこう。一応な。


「準備は整ったようだ。では――始めっ!」


「参るっ!」


 出方を窺おうかと思っていたが、早速全速力で向かって来た。刀を引いてるってことは胴斬りか? いや、でも殺す気でってことは首か? 体勢と視線からして、たぶん首だよな? 首だろ? ――いや、まどろっこしいことは考えるな。こういう時は直感に従うんだ。よく言うだろ? 考えるな――感じろ!


「っ!」


 全力で後退しながら思い切り首を引けば、振り抜かれた刀が薄皮一枚を掠めていった。確かめるよう首に触れてみれば滲んだ血が掌に付いたが、まだ繋がっている。しかし、危なかったことに違いは無い。目測をあと一ミリでもミスっていれば頸動脈が切れていたと思っていいだろう。だが、これで大体の間合いと速度がわかった。あとは避け続けるだけだ。


「……斬れたと思ったのだが、まさか避けるとは……面白い」


 続く縦斬りの二撃目と、今度こそ胴斬りの三撃目を避けると、ソルは目の色を変えた。


「なるほど。見切りの良さはわかった。だが、避けてばかりでは将には勝てぬぞ。掛かってくるがいい」


 刀を構えて、今度は待ちの姿勢か。こちらから攻めても勝てる気は一切しないのだが、この状況でこちらまで待ち構えるわけにはいかない。剣針では心許ないのが本音だが、やるしかない。


「死んでも恨むなよ!」


 狙うなら外しても的が大きい胴体だ。剣針の刀身を体の陰に隠しながら突っ込んでいき、直前で突き刺すように剣を振った。


 すると――気が付いた時には俺は床に倒れていて、真上には刀の先が見えた。


「っ――ぶねぇ!」


 体を横に転がせば、ギリギリで髪の毛が斬られるだけで済んだ。起き上がり距離を取ってから息を整えた。まさに間一髪だ。


 何をされたのかわからないんじゃあ力の差は歴然。どれだけ見切りが良くても体が付いて来なければ意味が無い。おそらくこれ以上、面と向かって刀を避け続けるのは無理だろう。逃げる策は? 周りを近衛兵に囲まれていては無理だ。なら、奇を衒った策だ。上着のパーカーを脱いで、右手に剣針、左手にパーカーを持って構えた。


「面白い。では――っ!」


 再び突っ込んでくるソルを見て、息を止めた。方法は簡単だ。パーカーで視界を覆い、戦いを続けられないように腕か脚を刺す。それで勝てるとは思えないが、引き分けには持っていける。


 顔目掛けて……顔が――なんだ? ソルの体が幾重にも重なって見える。どれが本物かわからないが、こういう時こそ直感に従おう。


「真ん中――ッ!」


 投げたパーカーは空を切り、気が付けば刀が胸を貫通していた。今度は前からだが、既視感だな。それにやっぱり、死に掛けたとしても『異能力』は使えないか。刺されたところから痛みが広がっていくのがわかる。流れ出た血は、皮膚を伝うだけじゃなく内側にも染み出している。


 ずるりと刀が引き抜かれると、止まっていた血流が回り出し、込み上げてきた血を吐き出した。足元がおぼつかなくてふらつくが、一度刺されているせいで痛みが鈍くなっているのか、まだ立っていられる。とはいえ、剣を握っていることすらキツくなってきた。


「――ソッ」


 いつの間にか目の前まで来ていたソルが振り下ろしてきた刀を、なんとか剣針で受けて鍔迫り合いになった。耐える様に踏ん張ると傷口から血が溢れ出ていく。そんな状況を知ってか知らずか、ソルは首を傾げながら顔を寄せてきた。


「おかしいな? どうにも本気を出していないように思える」


「はぁ? ふざけろよ。本気も本気に決まってんだろ」


「……ああ、それならこれはどうだ? 貴様が勝てば望みを聞くが、貴様が死ねば――向こうにいるピクシーとハーフエルフも殺そう。それで――どうだっ!?」


 圧された刀が俺の肩に当たると、斜めに振り抜かれて剣針の刃と一緒に脇腹まで斬り裂かれた。


「っ……」


 ああ、くそ。ここまで来ると痛みとかいう次元じゃない。血を纏った全身が温い……体の内側は寒い……眠い。なのに、もう今すぐにでも倒れて眠ってしまいたいのに――滾ってくるこの感情はなんだ? ――怒り、か?


 感情の正体を知ろうにも視界がぼやけて、さすがに体の力が入らなくなってきた。


 俺は何がしたい? いったい何がしたかった?


 薄れゆく意識の中で、走馬灯こそ過らないが倒れる一瞬をゆったりと流れる水の中にいるように感じる。俺が死ねばロットーとサーシャも殺される。守れなくて申し訳ないと思うし、守れなかった自分にも腹が立つ。でも、多分それは感情の正体では無い。なら、この光景を眺めている王やその取り巻き、それにギルドの監査官に対する怒りか? それとも、この世界の理不尽に対する怒り? いや――


「ち、がう――これは、殺意だ!」


 ソルの姿を視界に捉えた瞬間にわかった。これは明確に、一個人に対する怒りであり、殺意だ。


 倒れかけていた体をなんとか踏み止めると、その衝撃で傷口から血が噴き出した。だが、そんなことはどうでもいい。死ぬのは嫌だが、今はただソルに一撃をお見舞してやりたい。折れた剣針を手に睨み付けるよう視線を向ければ、何故だかソルの表情が怯えたように見えた。――馬鹿な。今の俺は死に掛けの子犬だぞ? 一噛みすれば殺せるような弱者を相手に、何を怯えることがある。


「その――眼を止めろ! 全力で行かせてもらう! 『武軍』!」


 今までは全力じゃなかったのかと突っ込みたいところだが、ソルが異能力名を叫んだ瞬間、その周囲に半透明で刀を持った兵士が姿を現した。


 一斉に向かってくる兵士の先頭に折れた剣針を突き刺したが、次々と体を貫通する刀に抵抗空しく全身から力が抜けて床に倒れ込んだ。


「っ……」


 ああ、血を流し過ぎだ。そろそろいい加減に、死ぬだろうな。


 まったく――せっかく異世界転移したってのに、どうして俺はこんなに弱いんだ。

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