第35話 第二陣

 俗にいう交戦規定のようなものらしい。


「対話をしたわけではないが、過去に攻めてきた時も奴らは太鼓の音で退いていった。基本的には夜明けに一度、昼間に二度だ」


 ゴウジンの話を聞きつつ疲労回復に努めていれば疑問点が見つかった。


「その、過去に攻められた時はどうやって退けたんですか?」


「なんということは無い。二日間の攻防を繰り返し勝利を掴んだだけのこと。しかし、此度の戦闘は――少々規模が違うようだ」


「大きい、ですか?」


「過ぎる。過去の争いでは傷付く者はいても死ぬことは無かった。だが、此度は一度目の戦闘では三名が殺された。数もそうだが、それ以上にこちらを殺そうとする気概を感じる。尋常のものではない」


 そこについては同感だ。感情が無いのか恐怖が無いのか、死ぬ気の特攻をしてくるゴブリンが束になれば倍以上の力と体格を持つドワーフ一体を殺すことも出来る、と。臆病な俺とは正反対のような生物だな。


 さて置き、現状を正しく把握しよう。


 まずゴブリンが数的優位に立っている事実は変わらない。それでもドワーフ側の被害が少ないのは武器造りによって鍛えられた肉体と、武器そのものの性能の差だろう。奪いに来る気持ちもわかる。


 一時の休息。サーシャは警戒のため屋根の上にいるが、俺の後ろではロットーとハティが背中合わせで休んでいる――目の前の光景を見ないように。


 ドワーフたちは殺したゴブリン共を一か所に集めて、今まさに食している最中だ。


「……だから、わからないこともないんだよなぁ……」


 ドワーフは雑食でなんでも食べる。なんでも食べることが出来てしまう。故に、ヒューマーやセリアンスロォプが食べるような家畜の肉や作物を育て手に入れられなくても、ゴブリンのような魔物でも食べられるから種族間契約に参加できなかった。


 それの何が悪いということも無いが、単純な嫌悪感で弾かれたと考えると随分と感情的で――人という概念すらないこの世界で、嫌に人間的だ。


 獣のような魔物を食べるだけなら問題は無かったのだろうが、二足歩行の魔物すらも食べることが受け入れられないのはわかる。だとしても、ドワーフの技術を捨ててまで種族間契約から外したのはわからない。


 いや、まぁ……確かに食べている姿はあまり見ていられるものではないが。


「ゴウジンさん。あなた方は普通の食べ物でも生きていけるんですよね?」


「当然だ。魔物を食うのはあくまでも戦いで疲れた体を癒すためと供養であり、生きるためであればそこらに生えている草でも構わん」


 この辺りの草が魔力を含んでいるのもあるが、ドワーフ自体がその体の中に栄養を溜め込めるのかもしれないな。


 ドワーフの生態やらは措いておくとして、ゴブリンとの戦いを想定しよう。


 今、数名のドワーフは次の投擲機の弾になる岩を集めてきている。戦いの再開と共に撃ち込むのは良いとして、さすがにスリングショットはもう役に立たないだろう。とりあえず斧は用意しておくとして……少し工作をするか。


 取り出した剣針の刃を、鎖一つ一つの輪の中に差し込んでいく。形としてはモーニングスターやら狼牙棒のような。もっと簡単に言えば釘バットだな。使えるのは一度限りだろうが、まとめて刈るには役に立つ。


「栞~」


 呼ばれて屋根のほうへ視線を向ければ、サーシャはホワイトウォールのほうを眺めながら首を傾げていた。


「どうした?」


「なんか、普通のゴブリンじゃないのがいるかも!」


 何が普通で何が普通じゃないのかはわからないが――ホワイトウォールに視線を飛ばせば、バキバキと枝の折れる音が聞こえてきた。


 すると、割れた白樹の壁の間から俺よりも大きく筋骨隆々なゴブリンが姿を現した。


「おいおい……これはさすがに……」


 屈強なゴブリンが五体。そして、続々とゴブリン共も姿を現し始めた。第二ラウンド開始ってところだな。


「全員構えろ! 投擲機の準備を!」


 ゴウジンの言葉にドワーフたちが一斉に動き出した。


「ロットー、ハティ、お前らの心配はしていないが無理はするんじゃないぞ?」


「それはこっちの台詞だけどな」


「無理をして勝てるならそれに越したことは無いんだが」


「しーちゃん、ボクの新しい力使いますか?」


「……いや、まだ不安定だろ。今はまだ取っておけ」


「わかりました」


 そう言って、ハティは狼に姿を変えた。


 次の開戦の合図は誰がするのかと窺っていれば――突然、地面が揺れ出した。


 地震か? しゃがみ込んで地面に手を当て震源を辿れば、投擲機に行き着いた。


「これは――全員投擲機から離れろ!」


 その瞬間、地面に沈み始めた投擲機を見て俺はゴブリンのほうへと視線を戻した。


 昔読んだ戦争の本にミサイル台を直接破壊する特殊任務があったことを思い出した。つまり、奇襲だ。ということは次に起こることは想像が付く。


「落ちた者を救い出せ!」


 確かにこちらの頭数が減るのはマズい。だが、それ以上に。


「っ――おぉおらぁああ!」


 こちらが混乱している間に向かってきていたゴブリンに対して鎖を振り抜けば、剣針の刃が先陣のゴブリン共を巻き込み、そのまま手放せば勢いのままに吹き飛んでいった。


「油断するな! 来るぞ!」


 先頭に立つタイプではないが、俺が出るしかない。駆け出してゴブリンの頭を斧で斬り飛ばせば、ようやくあとを追うように背後から掛け声が聞こえてきた。


「ヒューマーに続けぇええ!」


 投擲機が使えなくなったところで戦い方が変わるわけでは無い。


 向かってくるゴブリンを四匹殺したところで、目の前にやってきた屈強なゴブリンに斧を振り下ろせば、その肌に負けて刃が砕け散った。


「硬ぇのか。あぶっ――っ」


 丸太を加工したような棍棒を避ければ、味方であるはずのゴブリンまでも吹き飛ばした。


 普通のゴブリンがただの兵だとすると、屈強なゴブリンはさながら戦士だな。


 新しく出した剣も斧も少しは傷を付けることが出来るが、すぐに刃毀れして使い物にならなくなる。それに加えて普通のゴブリンの相手をするのが面倒だ。


「小僧! これを使え!」


 呼ばれて振り向けば、巨大な斧が放り投げられていた。


「待てっ、俺そんな重いもの――っ」


 受け止めた瞬間、その軽さに驚いた。


「ドワーフ謹製の斧だ! それならば使えるだろう!」


「ああ、助かる!」


 確かにこれなら俺でも使える。


 振り下ろされる棍棒を刃毀れ一つなく受け止められたことで、その性能が窺えた。再び棍棒を振り上げた瞬間、片手で扱える巨大な斧を振り抜けばゴブリンの胴体が二つに割れた。


 良い武器だ。大きさの問題で常用することはできないが、使い勝手が良いのは間違いない。


「さぁ――どんどん行こう」


 戦いはまだまだこれからだ。

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