第33話 時間稼ぎ

 ゴブリンの殺し方講座。


 急所はヒューマーと変わらない。心臓を突く、首を落とす、出血多量でも死ぬ。大怪我を負わせればとりあえず死ぬ。体躯は子供と変わらないが、狡猾でそれなりに力が強く武器を使う知恵がある。だから、俺は殺された、と。


「サーシャ、見えるか?」


 夕暮れの紅に染められている白樹を眺めながら、決戦場とでも呼べるような平地のこちら側で、並ぶ巨大な投擲機とドワーフに倣って向こう側の白樹の壁に視線を向けている。


「ん~、見えるところに二体。奥には結構な数がいるかも」


「……あれは侵入させないための白樹だろ? どこから入ってきているんだ?」


 自問自答するように呟けば、隣にいたドワーフが鼻を鳴らした。


「ハンッ、奴らぁその体格を生かしてんだよ。ホワイトウォールはあくまでも儂ら基準で大型の魔物やら他の種族を寄らせないものだからな」


「なるほど。ついでもう一つ。ゴブリンは夜行性ですか?」


「そらぁそうだ。奴らとの戦争は夜にってのが常だ。大して強くも無く数だけが多いが、闇夜の中じゃあ向こうが上手なのは皆が知っている」


 本には昼夜問わず目撃されている、と書かれていたが個体差の問題か? まぁ、俺たちの活動時間は基本が昼間だ。割合で考えれば間違ってはいないのだろう。


 夜行性ということは、これからの争いは向こうにアドバンテージがある。なら、それを覆そう。


「ロットー、白樹から少し手前に穴を造れ。平地の端から端に。深さと幅、共に二メートルだ」


「広いな。数分もらうぞ」


「じゃあ、時間稼ぎをしよう。サーシャ、斥候を射て」


 その声が聞こえていたのか、ドワーフに指示を出す長老が振り返ってきた。


「おい、何をするつもりだ?」


 口の前に人差し指を立てて言葉を制し、地面にしゃがみ込んでホワイトウォールのほうへ視線を飛ばした。


「……いいの?」


「やれ」


 放たれた二本の矢が白樹の間を縫っていくと、何が倒れるのが見えた。


 俺の予想が正しければ、ゴブリンは仲間意識の高い魔物では無い。徒党を組んでいたとしても仇を討とうと駆け出してくる奴はいないはずだ。


 まだ――まだだ。


 白樹の中で大量の黒い影が動き出した瞬間、姿を現した。


「ロットー!」


「わかっている!」


 ゴブリンの群れが姿を現したところで、凹んだ地面が平地の端から端に穴になった。飛び越えようとした何匹かのゴブリンは穴に落ち、それ以外は手前で足を止めた。


「上出来だ。ロットー」


 足踏みするゴブリンを眺めていれば、長老がぐんぐんと近寄ってきた。


「どういうつもりだ!?」


「時間稼ぎですよ。このまま争いが始まれば夜になってゴブリンの独壇場になる。加えて、こちらもまだ準備ができていない、ですよね?」


「確かにその通りだが……こんなのは一時凌ぎにもならんぞ」


「それでいいんですよ。目的は向こうの策に乗らないこと。あれくらいの溝なら一晩もあれば対策されるでしょうが、それだけの時間があればこちらも準備が整いますよね?」


「む……確かに一晩あれば準備は整うが、それでも奴らが次の夜を待ちいくさが始まる可能性も否めんぞ?」


「そこはまぁ、信じてもらうしかないのですが。とりあえず今は見張りを立てて戦いに備えるのが先決かと思います、ゴウジンさん」


「ああ、そうしよう……っ――ちょっと待ってろ」


 会話の流れで名前を呼べば、否定することなく言葉を返した直後に気が付いたように息を吐き、ドワーフたちの下へ向かった。


 溝の向こう側でホワイトウォールの中へ退いていくゴブリンを眺めていると、構えていたドワーフの半数が家へと戻り、残った半数は投石機の調整を始めた。


「……ボクの出番ありませんでしたね」


「ここまで関わっちまったからには明日は嫌でも出番がある。期待しておけよ」


「それもそれで複雑ですが」


 などと話していれば、長老――もといゴウジンがこちらへやってきた。


「さて……話をするかの」


 そうして、俺たちは長老の家へと戻った。


 間に剣針を突き立てれば、ゴウジンは脱いだ兜を床に置いて肘掛けにすると静かに溜め息を吐いた。


「では、教えていただけますか? 剣針の呪いについて」


 問い掛ければ、革袋に入った龍酵酒を口に含むと味わいながらゆっくりと喉を通したのがわかった。


「ふぅ……やはり美味いな。確かに、この剣針は儂が造ったものだ。数百年前、とある島に一本だけ生えていた巨大な樹木を元にして加工し、その形へと成った」


「どうしてそれが呪われることになるんですか?」


「島に一本だけ生えていた樹木とは比喩では無いのだ。その島には巨木以外の植物も生物も存在せず、島の全ての命を吸って育っていた。そのせいか――剣針に形を変えた今でさえ、使用者の命を吸うのだ」


 命を吸う剣? ならば尚更お誂え向きな気もするが、これまで使ってきても命が吸われる感覚は無かった。……いや、それも当然か。俺なら未だしも、元はロットーの両親が持っていたものだ。健在だったことを思えば、呪いの有無は判断が付かない。


「つまり、真名を知ればその呪いが発動することになるから教えられない、と?」


「そうだ。これ以上に儂が造ったもので死者を出すつもりは無い」


「あぁ、そういう感じですか……」


 考えるように額に手を当てながら地面に視線を向ければ、何か言いたげに伸びてくる三本の手に背中をつつかれている。


 言いたいことはわかる。俺も伝えるべきだとは思うが――それを知ったところで目の前にいるゴウジンが心変わりするとは思えない。何より、口で「俺は死なない」と伝えたところで、それを証明するには死ぬしかない。が、俺は極力死にたくない。


 つまり、今の手札でゴウジンを説き伏せることはできないのだ。それなら、真名がどうのと言うよりも、今はゴブリンへの対策を考えよう。


「話は変わりますが、ゴブリン共はどうしてここを攻めてきているんですか?」


「ここには武器がある。それもとびっきり性能の良い武器だ。それを手に入れ、次へと向かうのだ」


「次というと……国落としか」


「そうだ。奴らは狡猾で知恵がある。その上、おそらく今は群れを統率する王がいる。ゴブリンの王だ。この戦争で儂らが敗北し武具を奪われれば、必ずセリアンスロォプの国を襲うだろう。それだけはなんとしてでも防がねばなるまい」


「……種族間契約から弾かれたドワーフが、なぜホワイトベアーなどの魔物を使役してまで他の種族を救おうとしているんですか? 戦わずに武器を渡せば、誰も死なずに済むかもしれない。それなのに、戦う理由は?」


 問い掛ければ、ゴウジンは考えるように龍酵酒を飲み、傍らに置いていた斧に手を這わせた。


「儂らは工匠だ。ただ造るだけだとしても、それ相応に誇りは持っている。他の種族ならいざ知らず、魔物に使われるのは我慢がならない。故に儂らは命を賭して戦うのだ」


 誇りのために戦う、か。その感情はどうにも共感できないが、準備不足のまま戦争に発展した原因の一端を担っていることは否めない。


 背後を一瞥すれば、昼間のホワイトベアーとの戦闘疲れが残っているのか三者ともに眠そうに目を擦っている。


「まぁ、真名に関しては措いておくとして――ゴブリンとの戦いは加勢させていただきます。どこか休める場所を貸してもらえますか?」


「それなら、ここを出て左の建物が御客用の空き家だ。好きに使え」


「助かります。ほら、行くぞ。お前ら」


「は~い」


 もはや立つことすら面倒そうなサーシャを抱えて、隣の建物へと向かった。


 狼の姿になったハティを枕に眠るロットーとサーシャを見て、俺はひとりで外に出た。投擲機を整備するドワーフの横で、暗闇で蠢くゴブリンを観察した。


 サーシャのように気配を読むことはできないが、ここにいるドワーフの数が七十程度だとして相手がゴブリンならその倍の百四十で釣り合いが取れる。だが、これが戦争で向こうが勝つことを前提として仕掛けてきているのならその倍はいると見るべきか? まぁ、多めに見積もっておく分には問題ないな。


 戦場は平地。障害物がない以上は変に策を弄するよりは力でゴリ押すほうが正当か? ドワーフの村に回り込んで襲ってこないことを思えば、この場での利点は敵が正面からしかやってこないこと。それでも念のため、いくつかの策は考えておくか。


「ん? ヒューマーの坊主。こんなところで何してんだ?」


 声に視線を向ければ、そこにはここ来たとき最初に会ったドワーフがいた。


「ちょっと敵情視察に。そちらは大型武器の整備ですか?」


「もう少し掛かりそうだがな。……ゴブリンって奴ぁ厄介だ。自分の命よりも、目の前の相手を殺す気ぃだけで向かってくる。坊主も、それにあの嬢ちゃんたちにも十分に気を付けるよう言っときな」


「ええ、そうします。そういえば、一つ訊きたいことがあるのですが――武器を造ったりするときに出る鉄屑とかってありますかね?」


「あん? 鉄屑? そんなもんたんまりあるが……何かに使うのか?」


「そうですね。ゴブリン殺しに使ってみようかと」


「……ほう?」


 明日のために出来ることをやっておこう。予感が的中すれば総力戦でも勝てるかどうか怪しい展開になる。


 さぁ――戦争だ。

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