第47話 天災たち

 船上生活三日目――甲板に立って船の進行方向に視線を送れば、島が見えてきた。


「さて、と。ロットー、サーシャ、ハティ、今一度確認しておく。俺たちは理由があって呼ばれているが、基本的には目立たず静かに行動する。いいな?」


「一番目立つ栞に言われてもな」


「まぁ、そこら辺は措いといて。特別扱い――かどうかはわからないが、そういう扱いがあることを嫌うような者もいる。謙虚に行こう」


「りょ~かい」


「はい。心得ています」


 ライオネル王と副官は船内で上陸のための準備をしているが、ソルは船首に立って警戒を強めている。


「サーシャ、見えるか?」


 手招きして島のほうへ視線を飛ばせば、サーシャはふら付く体で俺に寄り掛かりつつ島に向かって目を細めた。


「ん~……船と飛行船が一隻ずつ。あ、後ろからも飛行船」


 その言葉に振り返れば、ギルドの飛行船がこちらの船を追い越していった。一隻に二種族が乗っているんだとしたら俺たちが最後だな。


「ソル。島の中はどうなっているんだ?」


「建物が一つ。その中は会議室と将等側近が待機する部屋のみだ。栞たちが来るとしたら、おそらくそこだろう」


 簡素な造りだが、あらゆる小細工を封じるのにはそれくらいが丁度いいのだろう。何せ各種族の長が集まるんだ。反乱分子でもいれば恰好の的になる。だとすれば俺たちが歓迎されないのも納得だ。


 船はグリア島へと続く桟橋の横に停まった。最後まで操舵手には会えなかったな。


「さぁ、『不死』よ。これより先は『武軍』と共に行動せよ」


 船内から出てきたライオネル王と副官は正装を着込み、およそ戦闘を想定している装いでは無い。つまり、何かあれば完全にソル任せというわけだ。まぁ、天災であれば負けることは無いのか。


 こちらが船を降りるよりも先に、上空で留まっている飛行船から局長とバショウ、それと見覚えのない隻眼で大剣を背負った老兵のようなシルバーリングが下りてきた。


「ライオネル王、順当な航海のようで何よりであった。栞くん、各族長には君が来ることは伝えてある。とはいえ、あまり目立つことのないように」


「ええ、理解しています」


 そして、ヒューマーとセリアンスロォプが共に船を降りたのに続いて島に上陸した。


「……ねぇ、栞。なんか変な空気じゃない? 船酔いのせいじゃないよね?」


「ああ、俺も感じている。澄んでいる、というか淀みがないって感じだな」


 島自体は狭い。中心にある建物一つで、この島そのものを表しているようだ。


 木々も無い割に、建物を囲むように三つの石像が立っている。本で読んだが、これは確か世界を象った三賢者の像だ。時間と空間と命――どこの世界でも具現化というか偶像化が好きらしい。


 島から伸びた桟橋に停まっている船と飛行船を見る限り、他の大陸も造船技術などは大差ないようだ。


「栞、行くぞ」


 ソルに呼ばれて付いていくと、入る前にも拘らず建物の中に強い気配が四つあることに気が付いた。やはり、どの種族も警護と参謀を連れてきているか。


「……四つ?」


 感じる気配は八つだ。足りなくないか?


「すでに族長たちは会議室に入っているようだ。栞たちは外で待っていてくれ」


「ん? ああ、わかった」


 わざわざ理由を尋ねることもしない。


 三メートル以上はあろう巨大な扉を開けて中に入ったライオネル王とギルド局長一行を見送って、外側で待機することにした。


「しーちゃん、あまり触れていませんでしたがボクらまでここに来てよかったのでしょうか?」


「いや、むしろ一緒に来ることに意味があるんだろう。種族が混在するヴァイザーのチームってのが前代未聞らしいからな」


「その中に天災がいるってのも相当だと思うが」


「まぁ、否定も出来ないな」


 などと話していると、僅かに開いたドアからソルが顔を覗かせた。


「もう大丈夫だ」


「会議は始まったのか?」


 言いながら建物の中に入った瞬間――ランスの刃先と力強く引かれた弓が俺に向けられて反射的に手を挙げた。


「おい、貴様等……まったく」


 呆れ口調のソルから察するに、話は付いているもののこの状況になっている、と。しかし――


「ソル、何が大丈夫だって?」


 問い掛ければ、ランスが首元に触れた。


「こいつは――? こんな生物、存在していいはずが無い!」


 とんだ言われようだな。


 とりあえずは現状把握を。俺にランスを向けているのは騎士のような鎧を着た女で、背後に繋がれている鎧馬を見るにおそらく種族はヴァルキリー。加えて感じる気配から天災の弐・『落雷』だろう。


 そして、弓を引いているのはサーシャより長い耳を見るに純粋なエルフか。こちらも気配から察するに天災の肆・『精霊』だな。剥き出しの敵意と殺意には対抗しないほうがいいんだろうな。


「貴様等、武器を下ろせ。言ったであろう、其奴に敵意は無い」


 こちらに敵意が無いことはすでに気が付いているはずだ。


「まぁ、敵意も殺意もどうでもいいんだが……自己紹介が必要か?」


「いいや、必要ない」


『落雷』がそう言った瞬間、『精霊』が引いた弓を放したのに気が付いた。


「っ――ぶねぇ。顔面狙ってくるとはさすが天災だ。容赦がない」


 来ることを予期していたから避けるでもなく受け止めることができたが、次は無いだろう。とはいえ、どうやらこれが『落雷』を刺激したらしい。


「ソル、手を出すなよ!」


 雷を纏い出したのを見て、ランスの刃先を掴めば体の衝撃が走った。痺れるというよりは、全身を駆け抜ける痛みが強い。


「栞、大丈夫か?」


「痛ぇけど……まぁ、問題ない。で、『落雷』と『精霊』だよな? この島は戦闘禁止だと聞いたんだが――どうなんだ、ソル」


「その通りだ。矛を納めよ。天災である将等が争うだけでも世界の均衡は崩れてしまう。加えてこの場は聖域でもある。これ以上は――」


 そこまで言うと、ソルは軍刀に手を掛けた。


 すると『落雷』と『精霊』はランスと弓を下ろして顔を見合わせると、静かに息を吐いた。


「……此方こなたは天災の弐・『落雷』のツキワ」


「シルフは天災の肆・『精霊』のシルフ」


「俺は天災の漆・『不死』の栞だ。とりあえず、仲間を中に入れていいか?」


 頷いたのを見て、半身だけを入れていたロットーだけでなくサーシャとハティが姿を現すと、待機室内がざわついた。


「サーシャ?」


 シルフの言葉に、サーシャは途端に背筋を伸ばし顔を背けて、俺の陰に隠れた。


「サーシャ、って誰のこと……かな」


「……サーシャよね?」


 その問い掛けに答えることなく、サーシャは俺の服を掴んでいる。


「知り合いか?」


「ん~……顔見知り、かな」


「そうか。別に深く突っ込むつもりもないが、まずは腰を下ろそう。いいよな?」


 疑問符を投げれば、ツキワとシルフは共に頷いた。


 殺意は消えても敵意は向けられたままか。何がそうさせているのかはわからないが、こちらとしては敵対するつもりもないんだが。


 幸いにもドワーフのゴウジンは未だ飛行船の中にいるようだから、対話をするには十分に時間がある。


 ……今更ながら、この世界の利点だな。種族が異なろうとも、言語が一つしかないことは。

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