第31話 ドワーフの村
……これまで何度か死んだが、頭を斧で真っ二つにされた次くらいに嫌な死に方だった。
「しーちゃん、目が覚めましたか?」
その声に、後頭部で感じていたもふもふの正体が狼姿のハティだと気が付いた。
「ああ、とりあえず体は快調だな。お前らは?」
「全員無事です」
体を起こせば革鎧の左半分が切れていることに気が付いた。
「……裂けたのか?」
「ギリギリで繋がっていた感じだ。まぁ、千切れた腕が繋がった例もあるし、完全に胴体が分かれても大丈夫だと思うけどな」
木の影から姿を現したロットーは若干の呆れ口調だが、溜め息を吐きたいのは俺のほうだ。
「真っ二つになるのだけは避けたいところだ。サーシャは?」
「いるよ~」
木の上から降りてきたサーシャは、持っていた弓を肩に担いだ。
「周囲の様子は?」
「近くに魔物はいないよ」
「じゃあ、早いところ依頼を済ませて移動するか」
そう言って立ち上がれば、ロットーが大小異なる布袋を差し出してきた。
「これに龍酵酒が入っている。石はこっちに」
「酒のほうは俺が。石はロットーが持っていてくれ。俺はいつ死ぬかわからないからな」
「……わかった」
死ぬことを前提にはしたくないのだが、一度死んでしまったらそこを念頭に置くのも仕方が無い。
準備を整えて移動を開始した。
ここからの問題はホワイトフォレスト内のどこにドワーフが住んでいるのか、ということだ。奥地だとは聞いているが、場所は明確ではない。
ホワイトベアーは森の入口で、龍酵泉は森の北側に。奥地へ向かうため北東へと足を進めているが、どれだけ深くまで来られているのか判断が付かない。
「これ、方向合ってるか?」
サーシャを見れば首を傾げ、ハティはすんっと鼻を鳴らした。
「……変わった臭いがするのはこっちのほうで合ってます」
「なら、このまま進んでみるか」
ハティの嗅覚と俺の勘を信じて。
周囲に魔物の気配は感じるものの、近付いてくる様子は無い。警戒しているというより、確実にこちらを殺せるタイミングを窺っている感じか? 襲って来ないなら恐れる意味も無い。
……ん? 違和感を覚えて足を止め、サーシャに目配せをすれば、すぐさま木に登っていった。
「どうした? 栞」
「木の間隔が狭まっているのも気掛かりだが、先を見て見ろ。白樹で壁が出来ている。意図的に植えられたのは間違いない」
「アタイが腐らせそうか?」
「いや、ドワーフがいるのならあまり派手なことはしたくない。友好関係を築くためには真正面から堂々と行くべきだ」
敵対する意志が無いことを伝えるには、玄関を叩くのが一番なのは間違いない。
木から飛び降りてきたサーシャは疑問符を浮かべながら首を傾げている。
「ねぇ、栞……多分だけど、向こうのほうに石扉があると思う」
「石扉? 木の間は抜けられなさそうか?」
「うん。二十メートルくらい、かな? 隙間なく木が詰まってて通れなさそう」
少なくとも来訪者を歓迎する気は無い、って感じだな。とはいえ、石扉はある、と。造った武器を外に持ち出すのだから出入り口があるのは当然だが……明確な扉がある理由を推測するのなら、ホワイトフォレストの深部まで来る者がいないから、それらの警戒は必要ないということだろう。
「扉があるならそっちのほうに行ってみるか。サーシャ、先行してくれ」
「りょ~かい!」
サーシャに付いて白樹の壁と並行するように進んでいけば、そこには高さ五メートルはあろう石扉が聳え立っていた。
「ロットー、これに触れて開くものかどうか確かめてくれ」
「はいよ――ああ、これは開く扉だな。だが、最近開かれていないんじゃないか?」
「そこまでわかるのか。外開きか内開きかは?」
「内だな。鍵が掛かっていないから押せば開くと思うが……アタイの異能力では重さまではわからない」
触った感じだと石の材質は墓石と同じかな? だとすると、サイズから逆算して両開きの方扉が少なく見積もっても八百キログラムってところか。開けられる気はしないが、試すだけ試してみよう。
「そんじゃあ、やるか。お前らは少し離れてろ」
気合いを入れて石扉に両手を着いた。
さて――んん! 重いっつーか、かてぇ。だが、軋む感覚があるってことは単なる俺の力不足に他ならない。というか、これ本当に開くのか?
「ボクも手伝いましょうか?」
「っ……ふぅ。いや、やり方を変えよう」
「やり方? やっぱりアタイが腐らせるか?」
「違ぇよ。お前ら、誰かの家を訪ねた時は何をする?」
「サーシャはノックする!」
ご名答。取り出した剣針の柄で石扉を叩いて、大きく息を吸い込んだ。
「誰かいますか!?」
「…………いないんじゃないか?」
同意せざるを得ないが、一度だけじゃわからない。もう一度ノックして。
「アイルダーウィン王国に住むザイコウさんの紹介で来ました!」
これでダメならプラン変更だが――その心配を余所に、重い石扉は地面を引き摺る音を立てながらゆっくりと開かれていった。
「サーシャが一番乗り~」
駆け出したサーシャからハティに視線を移せば、少なくとも開いた扉の先に待ち構えている者がいないのはわかった。
あとを追ったロットーとハティに続いて足を進めれば、全員が敷居を通り過ぎたところで開いていた石扉が閉まり出した。
「……ん?」
完全に閉まり切った扉に近付いてみれば、紐で繋がれているようにも見えなければ仕掛けがある様子も無い。ということは手動ではなく自動ということか? そこまで技術が発展しているのか、それとも異能力が関係しているのか。いや、扉の開閉は一定の速度で左右の差も無かったことを考えれば手動では無いだろう。自動だとすれば音に反応した? 声……名前か? しかし、それだと――
「おい、栞。置いてくぞ?」
「ああ、今行く」
思考欲を掻き立てられる事象だが、今は進むほうが先決か。何より、この仕組みがドワーフの造ったものなら直接聞いたほうが早い。
長く続く白樹の並木道を抜ければ――そこにはレンガ造りで半円形の建物が地面から顔を出していた。
「……鉄の臭いがします」
「臭いはわからねぇが、あんまり気配も感じないな。どうだ?」
ロットーは静かに首を振ったが、サーシャはピクリと耳を動かした。
「向こう。音がする」
「そんじゃあ行ってみる――っ!」
歩き出そうとした瞬間、通り過ぎようとしたレンガ造りの建物のドアが開いて、一体のドワーフが出てきた。
「ん? なんじゃい、お主らは」
その言葉に俺たちは目を見合わせた。音も無く臭いも無く気配も無い中でドワーフが姿を現したんだ。
これが意味することとは? ――ドワーフの技術力の高さだ。
それらを措いといたとしても現状でドワーフ相手に怯んでいないのは俺だけか。まぁ、言葉が通じるのなら対話は出来る。
ここからは俺の仕事だな。ああ、いや、違うか。そもそもここに来た目的が、俺の用事だった。
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