第8話 ハーフエルフ

 おかしなものでピクシーの村に戻る頃にはすっかり不快感も無くなり、今度こそきれいさっぱり痛みは無くなっていた。だが、吐き出した血のおかげか貧血気味で、オーガを倒したお礼を言われた直後に気を失うように眠ってしまった。


 翌日、目が覚めてから差し出されたよくわからない肉料理を有り難く頂戴した。若干の臭みはあるが一緒に蒸し焼きにされたであろう香草のおかげで嫌な味はしない。たぶん、ヤギとかヒツジの肉だろう。


「菜食主義なのかと思っていたが、違ったんだな」


「ん、ああ、うちはママが肉嫌いだから滅多に食べないだけで、種族的にはなんでも食べる。もちろんアタイもね」


 イモ料理は両親の趣味ってことか。まぁ、あれも美味かったからいいけど。


 これで昨夜流した血の補充はできた。体にも異変は無いし、万全だと言っていいだろう。


「そういえば村にピクシーが少ないようだったが、昨日あの後に何かあったのか?」


「何って言うほどのことは無かったけど、オーガを倒したお礼を言われて橋が落ちていたことを話したら、じゃあ明日までに直そう、って今も作業してる。たぶん、そろそろ終わるはず」


「夜通し作業していたのか? そりゃあまた、よほど大事なライフラインだったんだな」


 遠回りすれば五日も掛かる峡谷なら当然か。橋が架かるだけで四日も短縮できるなら夜通し作業もなんのそのって感じかな。


「食べ終わったなら様子を見に行く? 一番に渡らせてくれるって言っていたし」


「一番に、って逆に怖い気もするが渡れるのなら早いところ街に行くか。ロットーだって、ギルド登録? しないといけないんだろう?」


「それは、まぁ。アタイも大まかな知識はあるけど細かいところはわからないことも多いからね。じゃあ、行くかい」


 昨夜と同じように村を出ていくが、今度は警戒心なく開けっ広げの門から出ていった。一本道を通っていくと、遠目に大勢の影と見覚えのある突起が地面から生えているのが確認できた。


「本当にずっと作業していたのか? 異種族も馬鹿にできねぇな」


 数名のピクシーは休憩がてらかオーガの周りに集まって、まじまじと眺めているようだったが俺たちが来たことに気が付くとすぐに橋のほうへと駆けていった。


「ロットーちゃん、それにヒューマーも。食事は済ませたかな?」


「はい。わざわざ用意していただいてありがとうございました」


「え~っと、体つきが変わると誰が誰だかわからないが村長でいいんだよな? 俺からも改めて言わせてもらう。食事、美味かったですよ」


 俺がお礼を言っていると片付けや休憩していたピクシーたちが集まってきて村長の後ろに立ってこちらを見据えてきた。


「いや、礼を言うのはこちらのほうだ。改めて、皆を代表して言わせてもらう。ロットーちゃん、ヒューマー――いや、栞。オーガを退治してくれて助かった。おかげで我らの村には被害が出ずに済んだ。本当にありがとう」


 村長が深々と頭を下げると、周りのピクシーも合わせて頭を下げた。


 こういう時、どういう顔をすればいいのかわからない。困りながら横を見れば、同じようにどうすればいいのかわからないロットーは、まるで拗ねたように口先を尖らせながら視線を逸らしていた。要は気まずいんだ。早いところ話題を変えたいが、雰囲気からしてまだこちらが口を開く順番では無い。


「お礼と言っては安くなってしまうが、落とされた橋に代わって新しい橋を架けた。ピクシーの名に賭けて安全だと保障しよう。この橋を最初に渡ってもらいたい。……如何だろうか?」


 友を守りたいピクシーが作った橋か。そりゃあ信用するには十分過ぎる理由だな。


 ロットーのほうを見れば、どうやら俺に言葉を譲ってくれるようだ。


「では、喜んで橋を渡らせてもらいます。ありがとう」


 手を差し出せば握り返された。さすがは男の体つきだ。すげぇ力が強い。


 ロットーと場所を変わって村長と握手を交わせば、ピクシーたちが橋までの道を開いた。


「行こう、栞」


「……橋の落成か。嫌な響きだな」


 木で造られた橋に足を踏み出せば、軋む音がするものの揺れたりすることも無い。


「どうだ? しっかりしているだろ?」


「ああ。これなら街に出て建築業でもしたほうが儲かるんじゃないか?」


「まぁ、みんなわかってはいるんだろう。それでも、ピクシーは農耕に生きるんだ。そういう性質たちだからな」


 遺伝子に刻まれた生き方はそう簡単には変えられないか。そういう意味で言うと人間よりも動物のさがに近いのかもしれない。


 橋の中ほどまで来た時に下を覗き込めば、深淵が広がっていた。


「……この峡谷ってどこまで深いんだ? 底を確認したことは?」


「聞いたことが無いな。ここは魔物が住んでいるわけでもないし、大して困らないから放置しているんじゃないか?」


 何か問題が起きてからじゃないと動き出さないのはどこも同じらしい。


「はっ、どの世界も同じだな。橋を過ぎたらどれくらいで街に着くんだ?」


「ん~……たぶん二、三時間? ここら辺からはほとんど覚えてなくてね」


 まぁ、何から何まで知り尽くしているのも面白くは無い。一つ一つ解き明かしていくのも異世界転移の醍醐味だろう。


 橋を渡り切った先には森があった。


 木のサイズが屋久島の縄文杉くらいに大きいが、それを除けば普通の森だ。街が近いせいもあるのかもしれないが、魔物がいないだけでなく野生の動物もいない。強いて聞こえてくるのは鳥の鳴き声くらいか。


「そういえば種族によって礼儀の違いとかあるのか? さっきは普通に手を差し出してしまったが体の接触禁止、とか」


「ピクシーには特に無いな。強いて言えば性転換するとき何者にも見られてはならない。とか? でもこれは各々の問題で礼儀では無いな。これから行く街のセリアンスロォプにも、これと言って聞いたことは無い。まぁ多分、わかりやすく無礼な態度を取らなければ大丈夫だろう」


「ふぅん。そんなもんか」


 国が違えば仕来しきたりが変わるように、世界が違えばそれだけ大きく変わると思ったのだがそうでもないらしい。明確な敵の存在の有無こそ違うが、それ以外では似たり寄ったりだな。


「――くすくす」


 含み笑いのような声に足を止めると、ロットーと目を合わせて疑問符を浮かべた。


 振り返り、周囲を見回して木々の間にまで注意を払うが姿は見えない。


「――くすくす」


 二度目の笑い声に今度は出所がわかって目の前にある木を見上げれば、逞しく伸びた太い枝の上に寝転がる者がいた。それを確認するや否やすぐにしゃがみ込んで地面に手を着くロットーと、剣針を構える俺はたった一度の戦闘経験で随分と警戒心が増したように思える。


「くすっ――そんなに警戒しなくていいよ~。敵じゃあないからね」


 木の枝から飛び降りてきたのは年端もいかない少女のようだった。その服装は見るからに狩人のようで、背中には弓を背負っているが矢筒は見えない。そして何よりも目を引くのが――尖った耳だ。十中八九、七つの種族の一つ、エルフじゃないか?


「変な組み合わせがいるなー、と思ったら声が漏れちゃったよ。でも、まさかヒューマーとピクシーが一緒に行動しているなんてね。しかもそっちは逸れ者」


「そういうあんたはハーフエルフか」


「そそっ、ハーフエルフで――そっちと同じ逸れ者ね」


 そう言いながら見せてきた腕にはロットーと同じギルドリングが嵌められていた。


「……ハーフエルフ? 普通のエルフとは違うのか?」


 想像は付くが、当然の疑問を口にすると目の前に居るハーフエルフは首を傾げて疑問符を浮かべながら俺の腕に視線を落とした。


「……?」


「ああ、そうか。栞のギルドリングを作るまでは説明が必要なんだな。とりあえずは自己紹介だ。アタイはロットー。ピクシーだ」


「俺は――栞でいい。別の世界から来た人間だ」


「んん? ニンゲン? 別の世界? んんっ――ま、措いといて。サーシャはイル・サン・ミナール・アスヴァンチサーシャ。エルフでハーフエルフ。長いからサーシャでいいよ。で、栞だっけ? 別の世界から来た、って?」


 ぐいぐいと近寄ってきて顔を寄せてくるが背が小さいのもあって上目遣いで見上げられている。俺より二十センチくらい低いから百五十センチくらいか。


「いや、言葉通りだが……俺の腕にリングが無いのが証明らしい」


「ん~、確かにね。ていうか、実は昨日の夜にオーガと戦っている時から知っていたけどね。面白そうだと思ったから手を貸しちゃったし」


「手を――ああ、やっぱりオーガの顔にあった痕はこちら側からの攻撃だったのか。あの時は助かったよ、サーシャ」


「いやいや~、サーシャも楽しめたよ。まさかオーガを内側から焼き殺すなんて思ってもみなかったし、そっちのピクシーも良い感じだったね!」


「そりゃどうも。で、あんたはこんなところで何をしていたんだい?」


「オーガが出たって聞いたから様子を見に来たんだよ。まぁ、サーシャはまだギルド登録してないから依頼も受けられないんだけどね」


 登録してないのかよ。まぁでも正式に依頼を受けていたら大回りすることになっていただろうから、あの時あの場所でオーガに攻撃は出来なかったわけか。その点には感謝すべきだな。


「じゃあ、とりあえずありがとう。俺達は街に行くよ」


「何をしに?」


「俺は鑑定を受けに」


「そっちのピクシーは?」


「アタイはギルド登録をしに」


「俺がこちらの世界でいうヒューマーなら、俺にも『異能力』があるはずだからな」


「ふ~ん、ならサーシャも付いてく!」


 その言葉に、すでに歩き出していた足を止めた。そして、何故だか俺よりも先にロットーが振り返って口を開いた。


「はぁ? なんであんたが付いてくんの? 関係ないでしょ」


「サーシャが助けたんだから関係なくはないでしょ? それにヒューマーもどきと逸れ者のピクシーのチームなんて面白そうだからね!」


「いや、別にチームというわけでは――」


「そう、チーム! だから、逸れ者のハーフエルフは必要ない。だろ? 栞」


「え、あ~……」


 なんだこの状況は。予想だにしていなかったハーレム展開のようだが、まったくもって興奮しない。というかそそられない? なんにしてもピクシーとエルフが種族的にどうのではなく、この二人の相性があまり良くないように見える。


「ほら、断らないってことは良いんだよね? じゃあ、サーシャも一緒に行く~」


「栞? アタイよりもこんなチンチクリンが良いのかい?」


「いや、良し悪しは別に……というか、一緒に街に行くくらい構わないんじゃないか? 何か問題なのか?」


「問題ってわけでもないけど……なんか、気に食わない」


 不貞腐れたように視線を逸らしたロットーを不覚にも可愛いと思ってしまった。可愛い、とは思うが……どうして不機嫌になってしまったのか理由がわからない。本ばかりを読んで人と接してこなかった皺寄せがこんな風にやってくるとは思いもしなかった。登場人物の感情ならば作者のイメージが文字の羅列に現れるからなんとなく理解できるが、実際に生きている者が相手になると途端にわからなくなってしまう。仕方がないと言ってしまえばそれまでだが――少なくとも俺は、その感情を知りたいと思っている。いや、より正確に言うのなら感情は知っている。問題は、読み取れない力のほうだ。


 ともあれ、増えた同行者のおかげで賑やかになりそうだ。旅とも言えぬ旅であり、どこまで続くかはわからないけれど、旅は道連れ世は情けだ。今を楽しみつつ、俺の存在価値を確かめに行こう。

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