第9話 アイルダーウィン王国街

 そっぽを向いて不機嫌なロットーと、楽しそうに笑みを浮かべるサーシャに挟まれながら森を歩いていると、木々の間から微かに高い塀が見えてきた。


「そういえば栞の言ってた別の世界から来た~ってやつ、街ではあんまり言わないほうがいいかもね」


「マズいのか?」


「というか、結構キワモノを売り買いするディーラーが居るから、別の世界から来たヒューマーもどきなんかは良い値で取引されちゃうかも」


 キワモノね。元の世界ではいたって平凡な大学生でも、異世界に来れば珍生物扱いか。


「……もしかして、ハーフエルフも珍しかったりするのか? 忌み嫌われていたり?」


 問い掛けると、きょとんとした顔で見詰め返してくるサーシャに代わってロットーが噴き出すように笑い出した。


「ふっ――はははっ! ハーフエルフなんて珍しくもなんともない。嫌われているどころか、誰も気に留めないだろ」


「それはピクシーだって一緒でしょ。まぁでも、サーシャたちは『異能力ヴァイズ』持ちだし、珍しいかどうかで言えば珍しいほうだけどね」


「だが、ハーフエルフってことは他の種族とエルフとの子供ってことだろう? ロットーが言うには別々の種族がそういう関係になることは無いって話だが……」


「一般論ではってこと。どんなことにも、どんなものにも例外はあるだろ。エルフを好きになるヒューマーもいれば、ピクシーを好きになるセリアンスロォプもいる。とはいっても、別種族の子供でも産まれてくるのはどちらかの種族だけ。その中でもヒューマーとエルフの組み合わせだけだ。ハーフエルフが産まれてくるのは」


「サーシャの場合は母親がエルフで父親がヒューマーの典型的なパターンね。ハーフと言っても基本はエルフだから種族はエルフだし『異能力』を持っているのも極稀だけど」


「エルフとハーフエルフの違いは?」


「耳の長さ。純粋なエルフはサーシャの倍くらいあるかな」


 だからロットーも一目でサーシャがハーフエルフだと気が付いたわけか。種族の中でさえ違いがあるとなると色々と覚えるのも大変そうだ。


 塀に近付くにつれて、その大きさを実感してきた。遠目からでも高層ビルくらいの高さがあるとわかる。まるで巨人から街を守っているような塀の大きさだな。


「ピクシーはよく街に来るの?」


「いや、アタイは昔、両親に連れられて来た以来だ」


「じゃあ、サーシャのほうが詳しいね。案内してあげる!」


「ちょっと待て。案内してくれるのはいいが、それなら礼儀を通してもらおうか。アタイは確かにピクシーだが、ロットーって名前がある。種族名で呼ぶのはやめろ」


「ふ~ん、ならサーシャのこともサーシャって呼んで。ハーフエルフじゃなくてね」


「……考えておこう」


 やっぱり相性が悪いのかもしれない。でも、案内してもらえるのは有り難いし、何か重大な問題が起きるまでは放っておけばいいか。意外とひょんなことで仲良しになるかもしれないしな。


「門番とかはいないのか? これだけ大きな門で間口も広ければ魔物が侵入してくる可能性もあるだろう?」


「門番居るよ~。ギルド所属のヒューマーが交代で塀の上から見張っているからね」


 情報伝達の仕組みが出来ていれば、監視は出来る限り上からが良いのは常識だ。電話なのか『異能力』なのかは知らないが、それだけ軍事態勢が整っているのならそれを担っているギルドを敵に回さないまでも味方でなくなるのは避けたい。だからこそ、おそらくこの世界では魔物とそれ以外での戦争が無いのだろう。


 門を潜ればレンガ造りの建物が列を成して建ち並んでいた。そして目に飛び込んできたのはセリアンスロォプ――犬や猫だけでなくゾウやキリン、中にはトカゲやヘビのような鱗を持つ獣人もいる。動物の耳だけを持つ者から、ほぼ二足歩行の獣まで、その見た目にも差はあるが間違いなく想像していた通りの街だった。獣人、ばかりだな。


「凄いな……まさしくファンタジーの世界だ。セリアンスロォプ――働き者のセリアンスロォプ、だったっけ?」


「そう。セリアンスロォプは獣の特性を持つ種族だが、それ以外に長けているものが無いから、とにかく働き者だ」


 だからと言って下に見ることは無いって言い草だ。俺に言わせれば獣の特性を持っているだけでも十分に勝ち組だと思うがな。


 ……それはそうと。


「なぁ、何か視線を感じるんだが……気のせいか? それとも俺のせいか?」


「ん~、栞は関係ないかな~。そもそもヒューマーが別の種族と行動を共にしていること自体が変だから注目されるのも仕方がない、って感じ?」


「まぁ、中には栞がギルドリングを付けていないことに気が付いてって者もいるかもしれないから、その悩みはさっさと解消しよう。サー……ハーフエルフ、鑑定士の場所はわかるか?」


「当然わかるよ、ピクシー。じゃあ、ギルドよりも先に鑑定士のところに行くってことでいいね。裏路地だから商店街からのほうが早いかな……付いて来て~」


 我が物顔で道の中央を歩くサーシャは本当に来慣れているのか、ぐんぐんと先に進んでいく。今のところすれ違っているのはセリアンスロォプだけだが、個人的にはヒューマーに会ってみたい。要は『異能力』を持った人間だ。どんな違いがあるのか興味がある。


「栞、ちょっといいかい?」


 ロットーに呼びかけられて近寄れば、俺が背負っているボディバッグを掴まれた。


「……どうした?」


「人が多いところには慣れていないんだ。だから、ちょっと借りる」


「まぁ、掴んでいるくらいなら」


 そうこうしている間に商店街の通りに出たようで途端に人通りが多くなった。図書館に引きこもっていた俺にも、この数の多さは中々にシンドイな。だが、セリアンスロォプに混じって他の種族の姿も見える。野菜を売っている者は角があるからピクシーで、武器屋のような店を眺めている三人は……あれがヒューマーか。こうして見ると、三人全員がヒューマーでその周りには見えない壁があるかのように空間が出来ている。なるほど、あれが話に聞いた種族格差ってやつか。


「いや……違うな」


 よくよく見て見れば至る所にヒューマーが居る。だが、普通に別の種族と接しているヒューマーと、壁のように空間ができているヒューマーが居る。違いがあるとすれば――ギルドリングの色、か?


「ロットー、サーシャ、訊いても良いか? 二人のギルドリングはシルバーだよな? ヒューマーが付けているものは色が違うんだが……何か理由があるのか?」


「え~、ピクシー説明してないの?」


「いや、一気に説明してもわからなくなるだろ? 教えるのは『異能力』鑑定をしてからでも遅くないと思ったんだよ」


「まぁそれもそっか。でも、気になったってことは今が説明するときだね。どっちが説明する?」


「……じゃあ、任せる」


 サーシャは気を遣ったようだが、俺のバッグを掴んでいるロットーにはあまり余裕が無いのだろう。人混みで体調が悪くなる者は意外と多いようだし。


「別にそんなに難しいことじゃないから簡単に説明すると、『異能力』のランクによって色が違うんだよ。種類は五つ――いや、カラー、ブロンズ、シルバー、ゴールドの四つかな。例えばヒューマーに多い肉体強化や火、水の『異能力』なんかは、その力の強さによってリングの色が変わる。ブロンズでようやく魔物と戦えるレベルってことね」


 つまり『異能力』は唯一無二のものでは無い、と。遺伝することは無いが、同じ力は存在しているのか。


「ってことは、異能力者がギルド登録する必要があるんじゃなくて、ヒューマーは『異能力』をギルドに登録する義務があるってことか?」


「そそっ。仕事の依頼によってはブロンズ以上じゃなくても招集されることがあるみたいだしね。ちなみに、ヒューマー以外の種族で『異能力』を鑑定してもらえるのはブロンズ以上だけで、ギルド登録は個々の判断に任せる~って感じ」


「なるほど。他の色は? カラーってのはさっきから見る赤とか青とか緑のやつだろ? 色によって違いとかあるのか?」


「あれは元は白色で、白のギルドリングだけは好きに色付けしていいってことになっているから違いはないよ。サーシャとピクシーが付けてるシルバーリングは『特異能力』の色。他に類似の力が無い『異能力』ってことね。で、最後がゴールドリング。これは別に知らなくてもいいけどゴールドは魔王と戦うだけの力がある『異能力』ね。たしか今は五人のゴールドリングでチームを組んで西の大陸を旅してるんじゃなかったかな」


 すでに勇者ご一行がいるのか。だとすると、少なくとも俺が勇者になる可能性は無くなったな。まぁ、魔王討伐なんて役目は俺には荷が重すぎるから逆に良かった――などという強がりを言っておこう。


 話もそこそこに商店街を抜けて路地裏に入ると途端に人が減り、辺りが薄暗くなったようにすら感じた。


 向かったのは見覚えある文字の看板が掲げられた、まるで占いの館とでも呼べるような外観をした建物だった。


「ここが鑑定士の……店、か?」


「店というか館? 六種族で金を払ってでも鑑定してもらいたいって者も居るけど、基本的には商売じゃないからね~」


「じゃあ、鑑定士ってのはあんまり多くないのか?」


「無いね~。五人とか? 稀少『異能力』だからギルドと各国からお給料もらってるしね。近衛兵くらい?」


 国を守る近衛兵。戦争が無く、魔物退治はヴァイザーが行っているこの世界では大した仕事をしていないのに高給取りだという認識なのだろうか。まぁ、実働と給料が比例しないのはままあることだ。


 館の扉を開けて中に入ればドアに付けられていた鈴が鳴った。真っ直ぐの廊下を進んでいくと、辿り着いたのはドーム状に広がった部屋だった。中央には大きな壺が置かれていて、入ってきた入口を見れば剣を携えた鎧の制服姿のヒューマーが左右に立っていた。


「……もしかしてあれが?」


 バッグを掴んだままのロットーに問い掛けると、気付いたように手を放して誤魔化すように頷いた。


「近衛兵だろうな。おい、ハーフエルフ。あんたここに来たことはあるのかい?」


「ん、無いよ! サーシャの時は流しの鑑定士だったしね」


 てっきり来たことがあると思っていたが、そんなことは一言も言っていなかったし、訊きもしなかったな。


「こんな時期に客とは珍しいねぇ」


 奥から出てきたのはフードを目深に被った老婆だった。腕に嵌めているのはシルバーのギルドリング。ということは鑑定の『異能力』は類似の力があったとしても『特異能力』として扱われているわけか。


「ピクシーとハーフエルフと……んん――鑑定を受けに来たのはキミじゃな?」


「あ、はい、そうです。えと……元々、辺境の地で生まれ育ったので鑑定というのを受けずに育ちまして……」


 別の世界から来たことを黙っているように言われたから、訊かれてもいないのに作り話をしてしまった。信じてくれるかどうかはわからないが、嘘だと知られたところで鑑定くらいはしてくれるだろう。……多分。


「ほう、興味深いねぇ。鑑定しよう。こっちに」


 ロットーとサーシャに確認するよう目配せると頷いて見せた。


「では、よろしくお願いします」


 壺を挟んで老婆の前に立つと、差し出された葉書サイズの紙を受け取った。


「辺境の地に住んでいたのなら説明しておこうかのぅ。『異能力』鑑定のやり方は鑑定士によって違う。私の場合はこの壺と水が必要だから、この場所に鑑定所を構えているわけじゃ。なぁに、難しいことは無い。渡した紙に自分の髪の毛を一本挟んで水の中に入れるのじゃ。水には力を込めてあるからすぐに反応が出る。……そこな二人。興味があるのなら寄って見ればよい。いいじゃろ?」


「ええ、構いません。ロットー、サーシャ、気になるなら近くで見てくれ。別に隠すことでもない」


 むしろ、ちょっと不安になってきているから精神安定的にも知っている者に横に立っていてもらえたほうが有り難い。


 二人が左右に来たところで髪の毛を一本抜いて紙に挟み込んだ。


「じゃあ、入れます」


 さぁ――結果は?


「グレー……いや、黒に変わった……?」


 そういえば何色に変化したらどのリングになるのか聞いていなかった。てっきり鑑定結果はそのまま色が反映されると思っていたのだが、黒ってことは違うのか? もしくは『異能力』を持っていない無能力の色だったりしてな。


「――――」


 ロットーとサーシャの顔を見れば壺の中を視線を落としたまま言葉を失ったように固まっていた。


 どういうことなのか確かめるように老婆に視線を送れば、二人以上に驚愕の顔をして体を震わせていた。


「て、て……てんさいじゃあぁあああ!」


 震えながら叫んだ老婆に驚きつつも、疑問符を浮かべた。


「え~っと……天才?」


 良い事を言われたような気もするが、老婆の反応から察するに逆の意味のようだ。とはいえ、異世界特有の言葉って可能性もある。水の色を見て言葉を失っていた二人なら知っているかもしれない、と振り向いてみれば、俺に背を向けてしゃがみ込むロットーと弓を構えたサーシャの視線の先には、抜いた剣を構える近衛兵が居た。


「……ロットー、サーシャ。もしかしてヤバい状況なのか?」


「もしかしなくても!」


「ちょっと、マズいかもね」


 冷や汗を流す二人を見て、近衛兵の強さは窺い知れた。


「武器を下ろせっ!」


「『異能力』を使えば即時拘束する!」


 その言葉の裏には、つまり仮に『異能力』を先に使われたとしても俺たち三人を拘束できるだけの力があることを示している。なら、この場で俺が取る行動は一つ。


「ロットー、床から手を放せ。サーシャも武器を下ろすんだ。……抵抗はしない」


 問題は起こさない。俺には何が起きているのかわからないが、良くない状況だというのはわかる。別に争うつもりは無いんだ。


 今は素直に――為すがままになるだけだ。

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