せっかく異世界転移したのに、もしかして俺は弱いのか!?

化茶ぬき

第一章

第1話 図書館の栞

 憧れとは違う。


 物心ついた時から本を読んでいて、喋るよりも先に文字を理解していた。そんな俺を見た両親は各種図鑑をはじめとして幼児文学や絵本など多くの本を買い揃えて、玩具などを欲しないことを逆に不安がっていた。


 その不安が的中したのかはわからないが、小学校に上がった時点で親が買ってくる本に満足できなくなった俺は、市営の図書館へ。


 市営の図書館を読み尽せば、電車で数駅放れた国立の図書館まで脚を運んで、すべての本を記憶するまで読み尽した。そして、古書ばかりが揃うような個人が建てた小さな図書館に手を出したのは中学生の頃だった。


 子供の頃でこそ『本の虫』だと揶揄されたものだが、全ての本を記憶してしまっているせいか、今では『図書館の栞』とまで言われるようになった。本を傷付けない存在になれた分だけ『栞』のほうはまだ気に入っているが、おかげで両親以外で俺の名前を呼ぶ者はいなくなってしまった。


 海外の本も原書で読めるようになった今となっては新しく出てくる本を片っ端から読んでいる。小説の純文学にミステリー、ライトノベルに至るまで読破しているが――いつからか、ライトノベルに憑りつかれている俺が居た。特に異世界に転移したり転生したりする類のやつだ。あの本の主人公たちはズルい。ただ異世界に行ったというだけで、チートな能力で英雄になったりハーレムを楽しんだり、大した努力もしていないくせに勝ち組過ぎる。


 憧れとは違う――妬みだ。


 幸いにも本を読んでいるせいか成績は良いようで大した苦労もなく大学にまで入った俺は今日も今日とて馴染みの図書館に来ているわけだが、それはつまりラノベの主人公たちとは違い、無駄に――本当に無駄に年を重ねてしまった。


「おお、今日も来たか栞少年。実は掘り出し物があるんだが……読んでみるか?」


「それ、読まない選択肢ありますか?」


「ハッハ、そりゃあそうだ! 一番奥の棚の二段目、右端だ。おったまげるぞ?」


 おったまげるのか。希少本の原書でも見つけたか?


 古書が並んでいる棚を横目に、タイトルだけで頭の中に流れ込んでくる文章を垂れ流しながら言われたとおりに一番奥の棚の二段目、右端に置かれていたタイトルの書かれていないハードカバーの古びた本を手に取った。


「……確かに見たことの無い本だ」


 まるで風化する途中のような赤茶色の表紙に見覚えは無い。


 少し移動すれば椅子とテーブルが置いてあるのだが、それすらも惜しい。ボディバッグも下ろさずにその場で床に腰を下ろし、胡坐を掻いて本の表紙を開いた。


「これは――」


 まったく見たことの無い文字だ。古代ギリシャ文字にも似ているが、象形文字のようにも見える。だが、それよりは規則的で、ほとんど文字としての丸みが無く、縦と横の線を組み合わせだけで作られているようだ。


 数多く、あらゆるジャンルの原書を読んできた俺なら行間や書き癖で何が書かれているのか推測することはできるが、さすがにこれは骨が折れそうだ。まさに、おったまげたね。


 まぁ、ずっと本を読んでいる本好きが幸いして――いや、災いして人の気持ちを理解できない奴と言われて、中学のスクールカウンセラー曰く『人の気持ちを汲み取る感情が著しく欠如している』らしい。何が言いたいのかというと、こんなにも期待溢れる本を手にして興奮している俺の感情が著しく欠如しているはずが無いだろう、ということだ。


「まずは全体を把握してから、よく出てくる文字を抜粋。それから前後を確認して――」


 ――本を読み始めてどれくらいの時間が経っただろうか。


 新しい本を読むときはいつも時間の感覚を失ってしまう。子供の頃はそれで何度怒られたか覚えていないくらいだが、大学生になった今では怒ってくれる人は誰もいない。


 それはそれとして――この本、まったくと言っていいほどに内容が掴めない。似たような字体を当て嵌めても文章にならないし、何よりこの一冊だけというのが難易度を上げている。同じ文字を使った別の本があれば、そこから類似点を探し出して解き明かすことも出来るのだが……今回はどうにもな。手っ取り早いのは本の出所を聞いて、別の本を捜すことかもしれない。


「なぁ、おい。おやっさ――ん?」


 俯いたままで固まった首を解すように顔を上げた瞬間、目の前にある光景に思わず立ち上がって警戒するように中腰になった。


 ……何が起きた? さっきまで俺が居たのは図書館だったはず。なのに――ここは森の中? とりあえず冷静に考えてみよう。いくら本を読んでいる時は周りの声も聞こえないし状況も見えないと言っても、それは比喩みたいなものだ。仮に体を持ち上げられて移動させられたのだとしたら絶対に気が付く。だとすれば、俺は動いていないという結論に達する。


「……これは、アレか? もしかして期待してもいいのか?」


 この状況をシンプルに考えれば、答えは一つしかない。顔が綻ぶ。


 図鑑でも見たことの無い植物に、感じたことの無い空気感――これはもう、間違いない。


「十中八九、異世界キターッ!」


 高々と上げた拳もそこそこに、一先ず落ち着こう。


 とりあえず、解読不能な本はバッグの中に仕舞い込んで、体に異変が無いかを確かめた。


「……こういうパターンだと大体の場合、体が強化されていたり、魔法が使えたりするものだと思うが……んっ~……無理か。というか、いつも通りに俺だ」


 まぁ、実際に戦ってみたり魔法を学んだりしないと使えないかもしれないから諦めるのはまだ早い。


 そもそも、どうして異世界に転移したんだ? お世辞にも俺は強いとは言えないし、何か特別な才能があるわけでも無い。かといって冴えないニートでも無ければ、クズと呼ばれるほど性格も破綻していない。


 それに気掛かりなのは原因だ。転移や転生には元の世界で死んだり事故に遭ったりするのが常であり、こんなにもぬるっとしたフェードイン的な転移などラノベでも数えるくらいしか存在してない。俺の場合、可能性があるとしたらあの本だが、まだ何も読み解けていないぞ? 本が原因だとするのなら些か尚早な気がする。


「うん……まぁ、どうでもいいか」


 せっかく異世界に来たんだ。元の世界に戻れるかどうかも、来た理由も、今のところは端に措いといて楽しもうじゃないか。俺強ぇ的な異世界なのか、それともハーレム的な異世界なのか、はたまた商売系って可能性もある。なんにしても神様や女神様の啓示が無い以上は悩むよりも行動だ。


「――っ!」


 ガサガサと森の中を何かが動く音が聞こえて身構えた。


 右で聞こえたと思ったら今度は左、後ろに前。囲まれている? だが、問題は無い。異世界に来て感覚が研ぎ澄まされているのか位置は掴めている。犬か? 猫か? いや、魔物だよな? 魔物のはずだ。つまりは初陣。俺の力を測るときだ。


「――そこっ、だ……?」


 握った拳を振り上げながら木の後ろを覗き込めば、そこには何も居なかった。その代わりに背後から衝撃を受けると、途端に全身から力が抜けて膝を落とした。


「なんっ……だ、これ……剣?」


 視線を下ろせば、胸を突き抜けた剣の先が見えた。口の中に広がってるのは血の味か?


「っ……はぁっ……」


 息が苦しい。地面に倒れれば、体から血の気が引いていくのがわかる。もう指先にすら力が入らない。まさか――まさか、だろう。こんなところで、もう死ぬなんて誰が思うよ。


 せっかくだぞ? せっかく異世界転移したのに、もしかして俺は弱いのか!?

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