第44話 選択肢
一夜明けて――俺はザイコウの下を訪れていた。
「――とまぁ、そんなところです。ザイコウさんのおかげで真名を知ることも出来ましたし、ありがとうございまいした」
「いや、ゴウジンを説得できたのは主自身の功績だ。何よりも儂の故郷を守ってくれた恩はいつか返されてもらう」
「ゴウジンさんにも言いましたが、こちらも感謝しているのであまり恩だの義理だので考えないでください。じゃないと、俺のほうが返し切れませんから」
「うむ……まぁ、そういうことにしておこう。しかし、何か困ったことがあったときは儂らを頼れ。いつでも無条件で手を貸そう」
「はい。そうさせてもらいます」
握手を交わし、布袋を肩に掛けてザイコウの工房を後にした。
……視線を感じるな。今日の朝、家を出た時は勘違いかと思ったが、ザイコウの工房に入ったときに消え、今はまたへばり付くような感覚が背中にある。気配を読み取れるほど成長しているわけでもないが、少なくとも殺気や悪意を孕んでいるものではないだろう。
狙っているというよりは見張っている感じだから、とりあえずは放置でいいと思うが、ロットーたちに危険が及ぶようなら何か対処を考えないとな。
「ただいま――っと、誰もいねぇ」
靴が無いってことは庭のほうか。
家の中から庭に向かえば、異能力を使わずに組手を行うロットーとサーシャを眺めるハティがいた。
「……熱心なのは結構だが、昨日の今日だぞ? 少しは休んだらどうだ?」
「ボクもそう言ったのですがどうにも……しーちゃんは随分と時間が掛かりましたね」
視線は未だに消えず、か。
「まぁ、ちょっと野暮用をな。ハティはやらないのか?」
「お二方と違い、ボクはこの姿のまま戦うことがありませんので」
「そりゃあそうか。ハティの場合はまず新しい獣化を仕上げないとな。ってことで、これだ」
取り出した紙を渡せば、ハティはそれを見て首を傾げた。
「これは……?」
「前に描いた絵を別角度から描いてみた。情報が大いに越したことはないだろ?」
「そう、ですね。おそらくこれで――」
そこまで言って絵を見ながら考えるように黙り込んだ。ハティの異能力・獣化は、より明確なイメージができればこの世界に存在していない獣にも変化できることがわかったから、頭の中で作り込んでいるんだろう。なら、その間に。
「ロットー、サーシャ、そこまでだ。お前らに土産がある」
呼べば、組み手を止めて駆け寄ってきた。
「戻ってたのか」
「おかえり! お土産って?」
「まずはサーシャからだな。これを」
布袋から出した鍔と刃の無い剣の柄を渡せば、不思議そうに首を傾げた。
「……ん?」
「何かはわかるよな?」
「柄、だよね? 普通のものよりちょっと小さい気もするけど」
「サーシャが扱い易いように、わざと小さくしてもらったんだ。さっきのは接近戦の特訓だろ? なら、素手よりも剣を使ったほうが良い。この柄に刃が入っていないのは、お前の力を刃として出すためだ」
「……ああ!」
気が付いたようにサーシャが異能力で日光を集めると、柄から刃を出現させた。
「一応、柄の太さや長さはサーシャが持ちやすいように調整してもらったが、何度か使った上で微調整を加えていこう」
「りょーかい!」
そう言うと、庭に出て光の剣を振り始めた。
「次はロットーだな」
「アタイは別に戦いに関して困ってはいないが……」
「まぁ、ナイフが無くなった時の予備くらいに考えてくれ。普段の持ち運びを考えて折り畳みに――」
言いながら布袋から出した武器を組み立てれば、ロットーはそれを手に取り馴染ませるように確かめている。
「これは、槌か? それにしては形が何か変な気がするが」
「ピクシーは農耕の種族だろ? ロットーの家にもクワがあったし、槌の柄はその長さに合わせてみた。で、打突部は片方が面で片方を点――尖らせてある。だから、槌というよりは戦闘向きの戦鎚ってところだな」
「戦鎚か。悪くなさそうだ」
「それもサーシャの柄と同じように使ってみてから微調整を加えていくとしよう。ロットーなら打突部の先から腐敗の力を使うこともできるだろ」
「そこは練習だな」
庭に出て練習を始めようとするロットーを引き留めて、その腰に専用のベルトを付けた。
「ここに折り畳んだ戦鎚を入れておけば、簡単に取り出すことができるはずだ」
「ああ、わかった」
サーシャと同じように庭で戦鎚を振り始めたロットーを見て、静かに息を吐いた。
これからのことを考えれば俺たちはまだまだ弱い。その点で、それぞれが強くなることは必須だが、圧倒的に経験値が足りていない。まぁ、経験はいくらでも積めるが。
問題は――俺の絶対値が低いことだ。
ハティに関しては異能力が身体能力に直結しているから、獣化できる種類と練度が増せばそれだけ強くなる。サーシャの異能力はそのものが強力で汎用性があるから、これで近接戦闘を学べば遠近どちらにも対応できて死角が無くなる。ロットーに関しては俺と出会うまでヴァイザーになっていなかったのが不思議なくらいだ。自らの異能力の使い方を熟知していて、投げナイフを命中させる器用さと戦鎚を振り回せる力がある。それこそ性別を変化させられるピクシーならではなのだろう。
それに引き換え、俺だ。肉体的にはすでに限界値で、これ以上の成長を望めない。出来ることは動きの最適化と経験による選択肢を増やすこと。俺の異能力はあくまでも死なない――生き返るだけだが、これまでの戦いはそれを前提としていたからやってこられた。
「不死、神器――それに蔵書、か」
今朝、目が覚めた時に違和感を覚えてザイコウの下に行くよりも先に、龍酵石を届けがてらギルドへと寄ってきた。
蔵書の一番後ろ――増えた三枚の白紙ページ。使い方は理解しているが、現状では役立つ使い道が無い。異能力の成長と変化は前例が無いわけではない、と受付のお姉さんが言っていたが……制限と制約、上手く使わないとな。
とりあえず、今は神器の剣針を使い熟せるようになることが先決だ。
取り出した剣針の柄に命を吸わせて刃を出した時――家のドアがノックされた。
「……たぶん、ホロウさんです」
「俺が出よう」
バショウではなくホロウが来たか。
ドアを開ければ、兵士を引き連れたホロウが立っていた。大仰しいな。
「栞さん、チームの方々と共にご同行お願い致します」
「進展が?」
「はい。ライオネル王を含め、ギルド側も直接話をしたい、と」
思っていたよりも迅速な対応だが、そこに熟慮が無ければ意味は無い。とはいえ、歴史的に見てもこれまで目立った動きの無かった魔王勢が動き出したんだ。俺も含め、多角的に物事を見る必要がある。まぁ、俺はこの世界の決定に従うだけだが。
「じゃあ、あいつらを呼んできます。ちなみにですが、装備は必要ですか?」
「そうですね……フル装備で」
「わかりました」
つまり、数日かそれ以上、家を空けることになるかもしれない、と。
リビングへと戻れば、話が聞こえていたのかすでに準備を終えた三者が待っていた。
「栞、これを」
俺の部屋から持ってきたであろう革鎧を受け取り、それを身に付ければロットーとサーシャも新しい武器を装備し準備万端だ。
「さぁ、行くか」
そして、ホロウに連れられて王城へと足を進める。
おそらくここからは頭脳戦だ。戦いなんかに比べれば圧倒的に俺の知識が活かせる分野になる。巻き込まれ型じゃない以上は、こちらから積極的に関わっていくのが最適解だろうしな。まぁ、やれるだけのことはやってみよう。
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