第31話 残酷な現実

 冬夜がクーリュイアのことが未だに好きなのだと気が付いてから3日が経った。

 本当にしたいことはなんなのか、それに気が付いた冬夜はもう迷わなかった。冬夜の願いはただ一つ。クーリュイアと共に居たい、ただそれだけだった。

 雪菜に冬夜は自分の決意を報告すると、雪菜はやれやれと言ったように溜息を吐いた。しかし、その後の雪菜はまるで母親のようにやさしい笑みを浮かべていた。

 殴られなかったところを見ると、冬夜は正しい選択をしたのだろう。馬鹿な選択をすると殴られていた可能性が高い。いや、必ず殴られていただろう。


 この3日の間、冬夜は学校に行かずただひたすら道場で鍛え直していた。しかし、落ちてしまった筋力はどうしようもない。数日で取り戻すことなどできはしないのだから。

 そのため、冬夜は神力の扱いをもう一度いちから訓練し直すことに決めた。

 だが、実際の所はそれほど衰えている感覚はなかった。どうやら幼少からの雪菜の厳しい訓練が身に沁みついているようだ。


「お兄様、そろそろ休憩なされては如何ですか」


 声のする方を振り向けば、そこには心配そうな顔をするティリアの姿があった。


「ティリアか、学校はどうしたんだ?」

「終わりました。今帰ってきた所です」

「もうそんな時間か。集中しすぎて気がつかなかった」


 冬夜は正座の状態からゆっくりと立ち上がる。

 特に足が痺れるということもない。


「お兄様、無理をしすぎではありませんか? 睡眠時間もあまりとっていないのでしょう」

「不思議と眠くならないんだ。普段寝溜めしているからかもしれないな」

「ちゃんと睡眠はとってください。もう少ししたら夕飯を作りますから、それまで寝ていてください」

「悪いな、いつも食事を作ってもらって。今度何かで埋め合わせするから」

「……分かりました。約束ですよ。ですから、居なくならないでくださいね」


 ティリアは泣きそうになりながら俯いた。どうやら歪人の話を雪菜から聞き、かなり不安なようだ。

 それもそうだろう。歪人は言わば神や天使の天敵。

 誰しも死ぬと言うことは怖いものだ。


「……お兄様?」


 冬夜がティリアの頭を優しく撫でると、ティリアはゆっくりと顔を上げた。


「約束っていうのも絶対ではない。俺も過去に何度も破ったことがあるしな」

「……お兄様、そこは嘘でも大丈夫だと言ってくれないのですか」

「いや、だが俺のいうことなんて信用できないだろ?」

「私は信用します。たとえ何があろうと、お兄様のことだけは、私は信用、いえ、信頼します。お兄様は正しいと信じていますから」

「ティリア……」


 ティリアの瞳に嘘を言っている様子はない。本当に冬夜のことを信頼しているからこそ、こうして断言できるのだろう。


「……だからお兄様、必ず私の前に生きて帰ってきてください。死んだりなんかしたら恨みますから」

「ああ、それは怖いな。

 分かった。俺は必ず帰ってくる。だから料理でも作って待っていてくれ」

「はい!」


 ティリアのとびっきりの笑顔が輝く。

 冬夜はその後、ティリアに夕飯を任せて眠りにつくことにした。

 長時間神力を操作していた疲れもあって、すぐに眠った。

 すると、冬夜は小さい頃にクーリュイアと一緒に遊んだ夢を見た。

 それは懐かしく、そして楽しい夢だった。冬夜がクーリュイアの手を引き歩く。それだけで冬夜は楽しかった。

 しかし、突如周囲が真っ暗になり、音も消えて無くなった。そして、手を繋いでいたはずのクーリュイアさえも。

 冬夜は必死に真っ暗闇の中クーリュイアを探すが見つからない。

 そして暗闇の中からゆっくりと顔を表したのは、……両親の憎き仇であるレイスだった。

 レイスの手にはクーリュイアの手が握られており、クーリュイアは悲しそうに俯いていた。

 冬夜はクーリュイアに手を伸ばすが、全く手が届かない。むしろその距離は遠く離れていってしまう。

 そして冬夜がクーリュイアの名前を叫ぼうとした瞬間、意識が覚醒する。嫌な夢見に汗をかいていた。

 現実世界に戻ってきた冬夜はすぐさまそれを感じた。歪みの反応だ。

 おそらく眠って30分程度しか経っていないだろう。まだまだ日の入りまでには時間があった。

 歪みの位置は前回クーリュイアが来た時とほとんど変わっていないように思える。

 冬夜はすぐさま居間へと向かうと、そこには鋭い目つきをした雪菜の姿があった。


「冬夜、準備はいいな」

「ああ、だが歪みの位置的にクーリュイアの可能性がある。俺が行くか?」

「いや、私もついて行く。少し待て。

 ティリア、お前はルースの世界へ送って行く」

「どうしてですか! 私もここに――」

「駄目だ。ルースの要望だ。戦場となる世界においては置けないとな。お前は戦いに関しては足手まといにしかならない」


 雪菜にハッキリと言われたティリアは悔しそうに唇を噛み締めた。


「ティリア、夕飯がまだだから向こうで作っておいてくれないか?」

「お兄様……」

「楽しみにしているぞ」

「はい!」


 ティリアは元気よく返事をする。

 その後、雪菜はルースの世界へとティリアを連れて転移しレスティーヤを連れて帰ってきた。

 会議でも決めていたように、ここまでは手筈通りだ。

 今後は歪人の出方で変わってくる。それに、自然発生した可能性や、クーリュイアが再び現れたという可能性も捨てきれない。


「では、行くぞ。覚悟はいいな、冬夜、レスティーヤ」

「ああ」

「はい」


雪菜と冬夜、レスティーヤの三人は歪みの場所へ転移する。

すると、そこは冬夜の大好きな景色の見える丘の上の公園だった。

そこで信じられないようなものが冬夜の目に映る。


「……クー?」


冬夜の目に映ったもの。

それは体から血を流し遊具の上に倒れるクーリュイアの姿だった。



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