第4話 国王様に会ってきました。

「冬夜、本当に入っても大丈夫なのか? 場違い感が半端ないんだが」


 城は大理石のような石でできているようだった。ような、というのも、大理石とは違い、異世界の鉱石特有の性質を持っていた。それは、温度を一定に保つというものだ。外では少し暖かいぐらいだったが、中に入るとその違いがはっきりと判る。暖かくもなく寒くもない。そんなちょうどいい気温だったのだ。

 また、明るすぎず暗すぎない黄色の床が、来た者に格式高い印象を与える。和人が場違い感を感じたのもそのためだろう。

 だが、それだけではない。甲冑や、高級そうな壺や絵画が、ところどころに置かれている。それもまた一つの要因だ。

 すれ違う人からは、ちらちらと見られ、そのたびに和人はびくびくと震えている。



「大丈夫に決まってるだろ。それよりもここだ」


 冬夜が立ち止ったのは、人々に威圧感を与えるような模様が描かれた、これまた高級そうな扉の前だ。和人のごくりと生唾を飲み込む音が聞こえる。

 冬夜が、扉をノックすると、渋く低い声で、入れと聞こえてきた。

 中に入ると、二人の視線に、あごひげを生やした茶髪の男が目に映る。紙に判子を押す作業をしているため、俯いているため顔を確認できない。


「よう、レイフォード。遊びに来たぞ」


 冬夜の声に、ばっ、と顔を上げると、顔に喜色を浮かべる。


「おお、トーヤ。久しいな。息災であったか?」

「おう、そっちも元気そうでよかったよ」

「今日はどうしたのだ? まあ、トーヤであればいつでも来てくれていいのだが。む? 其方は誰だ?」

「ああ、今日はこいつの紹介に来たんだ。俺の親友の和人だ」

「どうも、初めまして。和人と申します。よろしくお願いいたします」


 緊張した顔持ちで、和人はお辞儀をする。声が固くなってしまっているのも、国王の前とあっては仕方がないことだろう。


「そうか。トーヤの親友なら大歓迎だ。我の名はレイフォードと申す。名前でも、国王とでも好きに呼ぶといい」

「そんな! 国王様を呼び捨てることはできません! 国王様と呼ばせて頂きます」

「そうか? トーヤは出会った時から呼び捨てで呼んできたのだがな」


 和人は冬夜を睨み付ける。その目が、お前は何してるんだ⁉ と物語っていた。


「そうだ、レイフォード。俺ら腹減ってるんだが、何か食わせてもらってもいいか?」


 あまりの図々しさに、和人は荒ぶる心を抑えきれなかったようで、叫んだ。


「バカ! 冬夜、お前、何言ってるんだ⁉ 失礼にもほどがあるだろ!」

「よい、よいのだ。約束であるからな。我もまだ食べておらぬ。共に食べるとしよう」


 レイフォードはそう言うと、机の上に置いてあったベルを鳴らす。


「お呼びしましたか?」


 扉が開き、メイド服を着た女性が入ってくる。


「ああ、昼食の準備を頼む。二人分追加だ」

「かしこまりました。今、王妃様と王女様が、ご昼食をおとりになっておりますが、ご一緒なさいますか?」

「そうだな、そうしてくれ。あと、この二人を部屋に案内してやってくれ」

「畏まりました」


 二人はメイドについて部屋を出る。和人は初めての本物のメイドに興奮したようで、顔がものすごいことになっていた。


「こちらです。お好きな席に座ってお待ちください」


 そう言って、メイドが扉を開けると、真っ白なシーツがかけられた長机が中央に置かれており、二人の人物が食事をとっていた。

 一人は見た目、20代前半ほどの女性だ。腰ほどまで伸ばした金色の長い髪と、澄んだガーネットのような赤い瞳を持つ。豊満な胸が特徴的だ。おっとりとした表情をしており、女神のような美貌は、多くの男を魅了する。


 その反対側の席に座るのは冬夜と同じくらいの年齢の少女だ。少女も、目の前の女性と同じく金色の髪を背中の中ほどまで伸ばしている。異なるのは目だ。目は、タイガーアイのような茶色の瞳を持っている。レイフォードの持つ瞳とそっくりだ。この少女は、美しさの中に、未だ、かわいらしさを残している。将来、美人になることは想像に難くない。


 二人とも、青を基調とした袖口まであるドレスのような服を着ている。ドレスのような、と言っても、材質的にも構造的にも、動きにくいという様子はなさそうだ。


 冬夜が部屋に入ると、少女は、目を見開き驚く。思わず手に持っていたナイフとフォークを落としそうになるほどだ。

 少女はナイフとフォークを皿の上に置くと、こちらに向かって駆けてきた。


「トーヤ様! お会いしたかったです!」


 そう言って、冬夜に飛びつく少女。冬夜は驚き目を見開くも、少女が転ばぬようにしっかりと抱きとめた。身長差もあり、少女は冬夜の胸元に顔を押し付け、抱きつく。


「レティーシア、苦しい。もうちょっと力を緩めてくれないか?」

「……レティと呼んでください」

「レティーシア、どうした――」

「レティと」


 レティーシアはそう言って冬夜に抱きつく力を強めた。ぐえ、と思わずカエルが潰れたような声を出す冬夜。


「……分かった。レティ」

「はいっ!」


 レティーシアの顔が花のように笑顔になる。だが、レティーシアは冬夜に抱きついて離れようとしなかった。


「レティ、食事中にはしたないわ。トーヤさんも困っているし、一度落ち着きなさい」


 そこで、椅子に座っていた女性が助け舟を出した。レティーシアはそっと冬夜から離れると、顔を赤らめながら無言で席へと戻る。


「トーヤさん達もお座りなさい。食事にいらしたのでしょう?」

「ああ。食事中に失礼する。」


 冬夜は、言われた通り空いた席へと座る。とはいっても、妙に二人と間を開けるのもおかしいため、レティーシアの隣に腰掛けた。それに続いて、和人は冬夜の隣に座る。


「お久しぶりね。トーヤさん。元気だったかしら?」

「ああ、アリーシアさんもレティも元気そうで何よりだ。さっきレイフォードにも会ってきたが、いつも通りだったよ」

「あら、そう。あの人、もう少し休んでもいいのに仕事ばかりしているのよ。でも、トーヤさんが来てくれてよかったわ。これであの人も少し休憩できるでしょうから」

「やっぱり、あいつはそんなに仕事しているのか。ちょっと顔色が悪かったからな。まあ、それがあいつの普通なのかもしれないが」

「ほんと、気難しい人なんだから。それで、さっきから気になっていたのだけど、お隣にいる人はトーヤさんのお友達なのかしら?」


 王妃はちらりと和人に視線を向ける。


「ああ、紹介しよう。俺の親友の和人だ。ちょっと変なところもあるが、いいやつだからよろしく頼む」

「和人です。一応冬夜の親友やってます。よろしくお願いします」

「ふふっ。そんなに緊張しなくてもいいのよ。冬夜さんの親友なら大歓迎だから。ねぇ、レティ。……レティ?」

「はい! お母様!」


 王妃の呼びかけに、レティーシアは、はっと顔を上げる。


「ボーとしてちゃだめよ。レティ」

「……すみませんお母様」

「トーヤ様が来てうれしいのは分かるのだけれど、ちゃんと話は聞いていなさいね」

「はい……、ってお母様! そのことは黙っていてくださいとあれほど」

「いいじゃない。もうバレバレよ。あなたの気持ちなんて」

「ううぅ……」


 再び俯いてしまったレティーシア。


「なあ、冬夜。まさかとは思うが、おまえ、鈍感系じゃないよな」

「ん? なんだ、急に」

「とぼけんなよ。レティーシアちゃんはお前のことどう思っているかなんて、見ただけで分かるよなって言ってるんだ」

「そんなことわかるわけないだろ。……って言いたいところだが、あれは分かり易すぎるからな。もちろんわかってる」

「お前マジで勝ち組だな。あんなにかわいい子に好かれて。マジで嫉妬の感情が俺の中に渦巻いているぜ」

「そんなこと言われてもな。別に俺はレティのことは――」

「あら? 何を二人でこそこそと話しているのかしら」

「なんでもない、なんでもないぞ。それよりも、レティ。前に言っていたこと守れなくて悪かったな」

「いえ、大丈夫です。なるべく早く来てくださいなんて無理を言って、私の方こそごめんなさい」


 レティーシアは少し悲しげな表情を見せる。だが、


「ですが、こうしてきてくれただけで私はうれしいですから。大丈夫です」


 そう言ってニコリと笑った。それを見ていた和人がまたもや胸を押さえだしたので、また告白するのかと冬夜は気が気ではなかった。

 結果として和人がレティーシアに告白することはなかったのだが、涙を流しながら笑みを浮かべる和人に冬夜の顔が思わず引きつったのは仕方のないことだろう。

 しばらく世間話をしていると、ノックと共にメイドが料理を運んできた。


「お待たせしました。こちらが今日の昼食になります」


 メイドが持ってきたものは、ステーキとサラダに野菜のスープ。そしてお椀に盛られた玄米だった。


「冬夜、ここら辺では玄米が主流なのか?」

「ん? ああ。少しでも栄養を取るために玄米が基本的だ。何かのパーティーだったら、白米が出るがな」

「加えて言うと、王族主催の大きな催しになると、黄金米という珍しいお米が出たりするわよ。ただ、量がかなり少量しか取れないから限られた人しか食べられないわ」

「でもかなりおいしいんですよ! ふつうの白米よりもさらにふわふわとしていて、食べる手が止まらなくなるんです!」


 レティーシアは黄金米の味を思い浮かべたのか、幸せそうな顔をする。


「そうか、そんなものもあったのか。俺は食ったことなかったな」

「へー、冬夜でも食ったことないのか。一度は食ってみたいな」

「今度、建国300年の記念祭があるんです。その時には必ず黄金米も出るので、ぜひトーヤ様達もいらしてください」

「へー、そうなんだ。……なあ、冬夜」

「分かった、分かった。連れてきてやる。俺も興味があるからな」

「やったぜ!」


 和人は上機嫌で目の前の食事を食べる。王族の食事なだけあり、どれもとてもおいしいらしく、和人は目に涙を浮かべていた。


「これって何の肉なんだ? 油が溢れてめちゃくちゃうまいんだが」

「カズト様、これはオークの肉です。割とメジャーな肉なんですが食べたことはないのですか?」

「え?」


 小説で名前は聞いたことがあるものの、地球にそんな生き物がいるはずもなく。和人はどう答えたらいい物かと戸惑っているようだったので、冬夜から助け舟を出した。


「悪いな、こいつは俺と同じで、魔物のいない島国からやってきたから食ったことがないんだ。俺は以前店で食ったことがあるんだがな」

「そうなのですか。魔物がいないというのもすごいですね」


 和人は目線で謝ってきたので、冬夜は気にするなと返事を返した。

 和人がぼろを出す可能性も織り込み済みで冬夜は異世界へと連れてきていたため、冬夜にとってサポートする程度のことは面倒でもなんでもなかった。




「すまないな、少々遅くなった」


 3人が食事を終え、まったりとしているところに、レイフォードが部屋へと入ってくる。


「お父様、遅いですよ。仕事が多いのは分かっていますが、食事くらいみんなで食べましょう?」

「本当にすまぬ。だが、少々気がかりなことがあってな。時間がかかってしまった」

「何かあったのですか? あなた」


 レイフォードは王妃の隣に座ると、真剣な表情をする。


「うむ。ここより西に位置するヒュールストが、妙な動きを見せておるのだ」

「ヒュールストっていえば、確か人族主義に加えて神の狂信者だったか」

「そうだ。人族以外の種族を一切受け入れず、いるのかもわからん神とやらにすべてをささげる異常者と言うのが我らの共通認識だな」

「国王様、神と言うのは、超常の力を持つ者のことですか?」

「む? そうだな。神についての書物なんぞ出まわっておらぬからな。人づてに聞くくらいしか神について知らぬことも無理はない。……神というのは、おぬしの言ったように、超常の、つまりは常識では測れない力を持っている者のことだ。死んだものを生き返らせるといったことや、魔法では為せないような大きな力のことだな。そういった力を持つ者を我々は神と呼ぶのだ」

「お父様、ですが神という者をみたことはないのですよね。どうしてそんな話があるのですか?」

「それは我にもわからぬ。古い書物に書かれているということから、実際に見た者がいたのか、それとも、誰かが考えた創作なのか」

「まあ、神なんてものを見たことあるやつはいないんだ。いないと考えてもおかしくはないだろ」

「そうね。でも、私は信じているわよ。白馬に乗った王子様みたいな方だとうれしいわね」

「……白馬に乗った王子様」


 レティーシアはそう呟くと、何を想像したのか顔を真っ赤に染める。

 レイフォードはどこか不満げだ。

 それに気が付いたアリーシアは、


「大丈夫よ、あなた。あなたはいつでも私の王子様なんだから」

「アリーシア……我も、いつでもおぬしは我の女神だぞ」


 突然二人の間に甘い空間ができあがる。


「突然居心地悪くなったな。和人、行くか」

「……ああ、そうだな」


 二人は、聞こえているのかは分からないがレイフォードたちに礼を言うと、その場を後にした。3人が正気に戻ったのは、冬夜たちが城を出てからだった。




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