第6話 〇〇〇〇に会いました。
「さっきの占い屋はなんだったんだ?」
「分からないが、この世界の魔法かもしれないな」
そう言って冬夜は両目を軽く抑える。もし、あれが魔法なのだとしたら相当すごい魔法使いなのだろう。
「それで、冬夜、これからどうするんだ? まさか帰るわけじゃないよな」
「ああ、面倒だが、これからが本題だ。とりあえず友人の家に行くぞ」
冬夜は大通りを外れ、路地裏へと入る。だんだんと人通りが少なくなり、終には人の気配がなくなった。ゴミなどはなくきれいに整備されてはいるものの和人は少し不安げに辺りを見回している。
「おい、冬夜、どこまで行くんだ?」
「もうすぐだ。……着いたぞ」
そこは古びた一軒家。植物のつるが壁を這い、窓は薄汚れて中を覗うことすらできそうにない。こんな所に住む物好きがはたして存在するのだろうかというほど古そうな家だ。
冬夜は3回扉をノックすると、ギギィと言う音を立てながら一人のメガネをかけた女性が出てきた。
「はい。どちら様で……冬夜様! ようこそいらっしゃいました」
女性は冬夜の姿を見るや否や、かしこまった様子でお辞儀をする。短く整えられた髪がさらりと揺れた。そんな様子に冬夜は苦笑する。
「フィーネさん。毎回言っているけど、本当に俺にかしこまらなくていいんだぞ? 様もいらないし」
それに対してフィーネはとんでもないと答えた。
「一端の私にそのような大それたことはできません。それよりもお上りください。こんな所で立ち話させるわけには参りません」
フィーネに言われて、二人は家の中へと入ると、外見からは予想できないとても整理された綺麗な部屋が目に映る。掃除がきちんとなされており、とても居心地の良い空間だ。
二人は中央に置かれている椅子に腰掛けると、フィーネはすぐさま飲み物を持って来てくれた。一口飲むと、ほのかな甘みと渋みのマッチした味が口に広がる。この独特の感じは地球では味わったことのないものだったため、おそらくは、この異世界のものだろう。
「冬夜様、珍しいですね。直接こちらに転移せずに街の方からいらっしゃるなんて」
「ああ、ちょっとこいつに街を案内していてな」
「そちらの方は?」
「ああ、こいつは俺の親友の和人だ。今回は紹介も兼ねてきたんだ」
「どうも、和人です。よろしくお願いします」
「初めまして、フィーネと申します。よろしくお願い致します」
そう言って深々と礼をするフィーネ。
「ですが、冬夜様。和人さんは一般人ですよね? こちらの事情を話してしまってもよろしいのですか?」
「ああ、雪菜さんから許可はもらっている。……そういえば和人はどれだけ俺らについて知っているんだっけ?」
「空間の歪みを直しているっていうのだけ知っているが、それ以外は全然知らないな」
和人の答えに冬夜は頷くと、「じゃあ、話しておくか」と改めて話し始める。
「まずおさらいだが、地球であっても、この異世界であっても、世界というものは完璧ではない。必ず綻びか生じるんだ。その綻びと言うのが、俺らが呼んでいるところの歪みというものだ。歪みは目に見えるものではないんだが、俺らにはそれが感覚的に察知し、修復することができる」
「確かその歪みが原因で俺は一度、異世界に飛ばされたんだよな?」
「ああ。一つ目の問題として、歪みは世界間をつなげる原因になる。つまりは、意図せずして異世界転移してしまうということだな。万が一転移してしまえば、戻ってくるのは難しいだろう。すぐに引き返せば戻れないこともないんだが、目に見えないものを見つけろと言っているようなものだからな」
「冬夜たちには歪みが見えているのか?」
「私達には見ることはできませんが、冬夜様や雪菜様であれば可視化することもできます」
「そうだな。可視化できる奴は限られているな。だが、フィーネさん達には見えないが感じることと、修復することができる」
「冬夜とフィーネさんの違いってなんなんだ?」
「俺らの違いか……。それを説明するにはまず、俺らの力について説明する必要があるな」
冬夜はこくりと茶を飲む。
「和人には以前見たと思うが、俺らは人ならざる力を持っている」
「ああ、確か冬夜は植物を操る力か」
「そうだ。これだな」
そう言って、冬夜は木製の机の上に小さな木を生やす。
「俺らは、この力を神力と呼んでいる。神の力と書いて神力な」
「神力か……。もしかして冬夜が神だったり……なんてな」
「あながち間違いじゃないぞ」
「え⁉ 冬夜って神だったのか⁉」
「確か大昔に俺らの先祖が、この神力を誰かに見られたときに、自分を神だと名乗ったから神なんて概念ができたらしいぞ。俺も雪菜さんから聞いただけだが」
「マジかよ。……もう少し敬った方がいいか? か・み・さ・ま?」
によによと笑みを浮かべる和人に、冬夜は額に怒りマークを浮かべる。
「やめろ、気持ち悪い。そもそもお前が俺を敬うことなんてありえんだろ」
「まあ、冬夜は冬夜だからな」
「話を戻すぞ。……神力にはもう一つ力があってな。自然を操るだけでなく、この力は歪みを直す作用もあるんだ。そのため、俺らの一族は代々、歪みを直し続けてきた。そのなかで、より強大な神力を持つ者のことを神と呼び、弱いが神力を持つ者のことを天使と呼んだ」
「なるほど、つまり、冬夜とフィーネさんの違いは、神か天使かと言うことか」
「まあ、そうなるな。だが、厳密には違う。俺は神ではないからな」
「そんなことありませんよ。冬夜様。少なくとも私は、冬夜様のことを神だと認めております」
「歪みの可視化もできるみたいだし、冬夜は神なんじゃないのか?」
「いや、俺は……俺は半端ものだからな」
そう言って冬夜は顔を伏せる。その様子に和人はどういうことなのか聞こうとしたようだが、フィーネが首を左右に振ることによってそれを止められた。
そして冬夜は深呼吸すると顔を上げた。
「まあ、そういうことだ。ここまででわからないことはあるか?」
和人は何か言いたそうだったが、その口を閉じる。
「いや、特にはないな」
「そうか。なら、続きを説明するとしよう。歪みがもたらす問題について言ったよな?」
「ああ。意図せずして異世界転移してしまうことだよな」
「そうだ。それで、二つ目の問題だが……、こっちが厄介なんだ」
冬夜は茶を飲み一息つこうとしたが、カップの中には何も残っていないことに気が付く。それを見たフィーネが、茶を注いでくれたため一口飲んで一息ついた。
「二つ目の問題だが、歪みを放置した場合、世界が崩壊する」
「んな⁉ それマジか!」
「マジだ。歪みが生じるということは、風船に穴をあけるようなものなんだ。穴が開いた風船がどうなるかなんて想像がつくだろ?」
「割れて弾けるな。世界もそうなのか?」
「ああ、最終的には割れて砕ける。だからそうさせないために修復するテープの役割をするのが俺らなんだ」
「かなりすごいことしてたんだな、冬夜って。……あれ、でも穴が開いた時点で相当やばいんじゃないのか? 今回もこの世界には歪みの修復に来たんだよな? こんなにゆっくりしていていいのか?」
「問題ない。風船に穴をあけると言っても例えだ。実際には風船が割れるところをスローモーションカメラで撮っているようなものだからな。数日遅れた程度じゃ大して問題はない」
「ですが、歪みと言うのはそう単純なものでもなくてですね。ある瞬間から加速度的に歪みが広がり始めるんですよ。そうなってしまえばもう私たちにできることはないということです」
「なんていうかスケールがデカすぎるな。まさか、冬夜たちがそんなことをしているなんて思ってなかった。歪みは、俺みたいな転移者が出るから直すものだとばかり思っていた」
「まあ、ということだ。それで、何か質問があるか? 一応一通りの説明は済ませたわけだが」
「……そういえば、世界って地球と、この、えーと、アル、アルペ、――」
「アルペラルスフォリントラクスフィルティリト」
「そう、そのアルなんとか以外にも世界があるのか?」
「もちろんあるぞ。ここみたいに人間に似た生物がすんでいる世界や、ロボットが支配する世界、まあ、いろいろだな」
「マジか、けどそんなにたくさんあるんなら、歪みの修復が大変じゃないか? 手は足りているのか?」
「もちろん足りてない。だから、これまでに消滅した世界がいくつもある。昔も今も、手の届く世界を守ることで精いっぱいなんだ。もちろん消えた世界にも生物はいたが、そこは仕方がないと割り切るしかないんだ」
「悪い、冬夜たちも頑張っているんだもんな」
「大丈夫ですよ。私たちは割り切って生きていますから」
冬夜は、茶を一気に飲み干す。
「じゃあ、歪みの修復に行くか。フィーネさん、ありがとう。うまい茶だった」
「いえいえ。我々天使では修復に時間がかかる大きな歪みは、ここより東北東の方角に1620キロメートルほど行ったところになります。大丈夫だとは思いますが、どうかお気をつけて」
「1620キロか。ちょっと探知距離に足らない程度だったな。わかった、行ってくる」
「フィーネさん。ありがとうございました」
冬夜が和人の肩に手を置くと、二人はその場から掻き消えた。
「さて、歪みはどこかなっと」
二人が跳んだのは、フィーネが言っていた東北東へ約1600キロ行ったところだ。冬夜が歪みを探知できる距離は、平常時で半径約1500キロメートル。今は十分探知できる距離に入っており、冬夜はその場所をとらえていた。
今二人が立っているのは切り立った崖の上だ。辺り一面が見渡せるが、草木の生えていない荒れた土地で、水気はなく土がパサついている。空気も乾燥しているようだ。地形としてはグランドキャニオンに近い。
「おいっ、冬夜! 高すぎる! マジで怖いんだが⁉」
「心配するな。落ちたとしても助けてやるから。なんなら落ちてみるか?」
「ふざけんな! 押すなよ? 絶対だぞ?」
「それは押せってことか?」
「バカ! んなわけあるか!」
冬夜が両手をつきだし押す態勢を取ったため、和人はその場にしゃがみ込んでしまった。和人は特に高所恐怖症と言うわけでもないはずだが、この高さを目の当たりにしてしまえば、足がすくんでしまうのも仕方がないことだろう。
「それで、冬夜、目的のものは見つかったのか?」
「ああ、なかなか大きな歪みみたいだ。早いとこ直して帰ろう」
しゃがみ込む和人の頭に手を置くと、再度転移を行う。視界が変わるとそこは崖の下だっため、和人はほっと息を吐いた。
「それで、冬夜。歪みっていうのを一度見てみたいんだが、可視化することはできるか?」
「ああ、いいぞ」
冬夜が右手を突き出すと、突如歪んだ景色が出現する。それを見て、和人は言葉を失ってしまった。
歪みと呼ばれるそれは、楕円状だが、その境界線は常に変化している。歪んだ景色の向こう側は異世界につながっているのだろうが、うまく見ることはできない。
「と、うや、こ、れ」
「おっと、すまない。言うの忘れていたな」
冬夜が右手を下すと歪みは見えなくなった。和人は服が汚れるのも構わずにその場に座り込む。
「冬夜、一体なんなんだ? 今のは」
「大丈夫だ、体に害はない。歪みと言うのは一般人から見れば恐怖の対象なんだ。世の理からずれたものだからな。理解できないものなんだ。歪みは。すまないな、俺は慣れているからすっかり忘れていた」
「いや、大丈夫だ。俺から言い出したことだからな。それよりもさっさと直して帰ろうぜ」
「そうだな……!」
「どうし――」
和人が尋ね終わる前に、冬夜は和人の頭に手を置くとすぐさま転移した。すると、二人がいた場所に突如何かが現れた。
その何かは、四足に、どっしりとした胴体と大木のような尻尾、トカゲのような顔に鋭い牙、そして胴体から生える一対の羽に、頑丈そうな赤い鱗。
「ど、ドラゴン⁉」
いわゆる西洋のドラゴンというものがそこにあった。
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