第5話 店を見て回りました。
食事を終えた二人は城の外へ出て、人通りの多い街道を歩いていた。商店街のように店が多いこの通りでは、昼食をとり終えた人達がショッピングを楽しんでいる。
日用品に、この辺りの特産品である薬草、武器や防具と、様々なものが売られている。なかでも薬草は栽培まで行われているこの町の特産品だ。その薬草からつくられた傷薬は、切り傷程度なら塗って数分で傷が塞がるほどのものである。
止血にもよく使われ、大きな傷でもすぐに出血を止めてくれる。
この街の人にとってはなくてはならないものとなっている。
「それで、冬夜。これからどうするんだ? これで帰るっていうわけじゃないだろ?」
和人はあっちへこっちへと視線を漂わせながら冬夜に尋ねた。
「ああ、お前の好きなところを観光してもいいぞ」
「マジか! ありがとう、冬夜」
へたくそなスキップをする和人の背を、冬夜はゆっくりと歩いて追った。
まず初めに和人が寄った店は、武器屋のようだ。だが、街に来た時初めに寄った武器屋とは違う店だ。
「らっしゃい」
中に入ると、低音の声が聞こえてきた。見ると小人のようなずんぐりむっくりとした体型の人物がカウンターの向こうからこちらを覗っていた。小人のような小さな体だが、はち切れないほどの筋肉に目が行く。長いひげを生やし、大きめの鼻が特徴的だ。
その人物はぴょんと椅子から飛び降りると、冬夜たちのもとに近づいてきた。
「なんだ、おまえら。冒険者になりたいのか?」
「い、いえ。そうではないのですが。もしかしてあなたはドワーフなのでしょうか?」
ずんぐりむっくりな体型なのだが、その顔の厳つさに和人はまたもや冬夜の陰に隠れながら尋ねた。
すると、小人のような人物はあごひげを触りながら自己紹介した。
「ああ、わしはドワーフという種族のガイルと申す。それで、お前らはどうしてわしの店に来たんだ?」
「俺らは観光に来ていてな。こいつが武器を見てみたいっていうからこの店に入ったんだ」
冬夜は、もしかして和人ってコミュ症なんじゃないか、と疑いながら代わりに答えた。すると、ガイルの顔がさらに厳つくなる。
「観光だぁ? わしの店に用がないのなら帰ってくれ。武器は使われるものだ。お前らに見せる剣はねえ」
「まあそういうなよ、ガイル。金は持ってきてないが、これでも目利きには自信があるんだ」
そう言って冬夜は自分の目を指さしながらガイルの目を見る。そして、数瞬にらみ合うと、ガイルの口角が少し上がった。
「ほほぅ、言ったな小僧。……ならこいつとこいつ。どっちが良い剣だ?」
ガイルは奥から2本の剣を持ってくると、冬夜に見せる。
一本はくすんだ色の剣だ。諸刃で、真ん中に一筋の堀が入っている。持ってみると、それほど重いとは感じず、軽く降ってみても重心は安定していた。
もう一本の剣はとても美しい物だった。これも諸刃で、見た目は先ほどの物と似ているが、細部の模様が素晴らしく綺麗だった。これも降ってみたが、こちらは先ほどの物よりも軽い。こちらも重心がずれているということもなかった。
「どっちだ? 小僧」
「俺はこっちの綺麗な方だと思ったな。軽くて振りやすいし」
そう和人は後者の剣を振りながら言うが、冬夜の答えは違った。
「どっちもいい剣だな」
そう言って冬夜はガイルの目をしっかりと見た。するとガイルはにやりと笑みを浮かべる。
「どうしてそう思った?」
「どちらも重心にブレが一切なかった。こっちのくすんだ色の剣は主に冒険者が使うための生物を切り殺すための剣だ。こっちの綺麗な剣は恐らく儀礼用だな。女性の手でも簡単に触れるように軽い素材でできている。だからどっちの剣もいい剣だな。それぞれ用途が違うのだから優劣など付けることはできない」
冬夜が言い切ると、突如ガイルは大きな声で腹を抱えながら笑い出す。
「がはははははは! いいな、いいぞ。その通りだ。用途が違うのだから優劣など付けることができない。全くその通りだ」
「で、俺はガイルの御眼鏡にはかなったのか?」
「ああ、もちろんだ。そこの小僧はダメだがな」
そう言って冬夜の背中をばしばしと叩きながら和人を見た。和人はダメと言われてショックを受けているようでしょんぼりと肩を落としている。
「お前、名前は?」
「俺の名前は冬夜だ。よろしくな、ガイル」
「俺は――」
「お前の名前は聞いとらん」
名前すら名乗らせてくれないことにさらに落ち込む様子の和人。
「そうか、トーヤか。ならお前があの噂のトーヤか」
「噂がなんなのか知らないし、聞きたくもないがな」
「魔物から街を救った大英雄に会えるなんてわしもついているな。どうだ、一本持っていかないか? トーヤにならくれてやっても構わんぞ」
「いや、俺は剣は使わないからな。持っていてもしょうがないんだ。まあ、また何かあったら来るさ」
「ああ、ぜひ来てくれ。わしの店は年中開いているからな」
ニコニコ顔のガイルに見送られて、冬夜たちは店を出た。落ち込んでいる和人を励ましつつ、冬夜たちは次の店へと向かう。
「へ~、こんなものも売っているんだな」
和人が今見ているのは、魔法具という魔法の力が込められた物品のようだ。どうやら、これがあれば魔力がない人でも魔法を使えるというのがキャッチコピーらしい。
「これは数秒間風を起こせる魔法の箱。あれは一瞬体を浮かせられる魔法の杖。そっちのは人肌の温度に水を温められる魔法の石。……どれもいまいちじゃないか?」
「確かにここに置いてあるのはどれもいまいちだな。果たして何に使えるのか」
いまいちという言葉が聞こえてしまったのか、店主がこちらをぎろりと睨みつけてきた。
「あ、これなんかいいんじゃないか?」
和人が指差したのは、赤い色をした宝石だった。
「なになに。これはおもちゃのようなものです。相手に投げつけると爆発し、しばらくの間その人の周りに赤い雲が纏わりつきます。悪戯に使う際はご注意ください。相手がキレて襲い掛かってきても私は知りません。って俺に使おうと思っているのならやめておけよ」
「使わないって、ただ、不審者に使うとよさそうじゃないか?」
「まあ、効果あるかもな。買ってやろうか? まだ串焼きの時の銀貨が一枚余っているから」
「マジで? いいのか?」
「何かお土産があった方がいいだろ? こんなもんでいいなら買ってやるよ」
「サンキュー、店主さんこれ一つください」
和人は子供のような笑みを浮かべてうれしそうに赤い色の宝石を眺めている。普通に宝石として持っている分には案外と良い物かもしれない。
「次はここに入りたいんだが、金ってまだ残ってるか?」
「ここは、占い屋か?」
いかにも占い屋というような店だが、人はおらず繁盛しているとは言い難い。一瞬もう潰れているんじゃないだろうかと思ったが、ドアノブには開店の看板と、占い一回銅貨3枚という札がかかっていた。
「まあ、まだ占いをする分くらいは残っているが、お前、本当にここに入るのか?」
「ちょっと占いってやってみたかったんだよな。しかも魔法がある世界の占いってどんなのか気にならないか?」
店に入ろうとする和人に対して、冬夜はあまり気のりしていなかった。というのも、これで嫌な結果になったら気分を悪くするこっちが損をするという考えを持っていたからだ。
だが、和人がキラキラした目でこちらを見ているので仕方がなく冬夜は和人とともに店の中に入った。
店内はうす暗く、ろうそくの火のみが頼りだ。そのため、和人は何度かつまずきそうになっていた。
ろうそくに誘われて奥へと進むと、一人の老婆が、これまたthe占いと言いそうな水晶玉を磨いているところだった。
「フェ、フェ、フェ。ようこそ占いの館へ。二人かねぇ」
「はい、よろしくお願いします」
「じゃあ、先にとげとげ頭のお主から占っていこうかね」
和人は用意されている椅子に座ると、老婆は水晶玉を覗き込みながら言った。
「何を占いたいのかねぇ。恋愛? 金運? それとも未来? なんでもいいさね」
「だったら、恋愛でお願いします」
先ほどの失恋がよっぽど堪えたのだろう。和人は恋愛を占ってもらうようだ。
「ほう、ほうほうほう! 見える、見えるぞ! 見えるのおおおおおおおお!」
水晶が歪みだしたと思えば、突然叫びだした老婆に二人は体を引く。何より目を見開く老婆に一番近い和人はちびりそうなほど怖がっているようだった。
「ふむ、お主、暫くは誰とも付き合わないほうがいいのぉ。付き合ったとしてもいい未来にはならないようじゃ。全て顔目当て金目当ての少女ばかりが近づいてくるからのぉ。
だが、安心するといい。将来的にはいい奥さんが隣にいるはずじゃ。だから、今は誰とも付き合わないほうがよい」
「それはケモミミの奥さんですか? それともエルフ耳の奥さんですか⁉」
「お、おう。おぬし少し近いぞ……。悪いがそこまで詳しくは言えぬ」
だが、良い結果によほどうれしかったのか、和人はニコニコ顔で冬夜と交代した。
「それでは、次はお主だのぅ。何を占ってほしいのかのぅ」
「そうだな、俺は未来のことを占ってもらおうか」
冬夜は全くこの老婆のことを信用していなかった。どうせ偽物だろうと思いつつも、未来のことを占ってもらうことにする。
「ほう、ほうほうほう! 見える、見えるぞ! 見えるのおおおおおおおお! うひょおおおおおおおおおお」
最後の叫び声で、完全に冬夜はこの老婆を信用しなくなった。わずかだが、占いは当たるのかもしれないという気持ちがあったが、それすらも完全に消え去ってしまうのだった。
「ふむむむぅ! お主、これからいろいろなことに巻き込まれるのぅ」
「具体的には何に巻き込まれるんだ?」
「ふむ、あまり言うことはできんが、近々お主は岐路に立つ。どちらに進むかはお主次第じゃ」
それを聞いて冬夜はやはり占いなどやるべきではなかったと思い直すのだった。お金を払っても、具体的なことが全く分からないのだ。そして、そこら辺の偽占い師が言いそうなセリフときたものだ。損以外の何物でもない。
冬夜は立とうとするが、老婆はそれを止めた。
「まぁ、待て。老婆心ながら言わせてもらうが、……本当に大切なものを見誤るでないぞ」
その真剣な老婆の瞳に、冬夜は頭の片隅に入れておくことにした。
冬夜たちはお金を払い、外に出た。
「なんか、冬夜の占いの結果は大変そうだったな」
「あんなもの当たるか。所詮は思い込みだ」
「そうか? 俺は当たっていると思ったけどな。それにこの店結構いい雰囲気……」
和人は振り返って指をさすとだんだんと声が小さくなっていく。
「どうした? 和人」
不審に思い冬夜も振り返ると、冬夜もすぐには言葉が出なかった。
「どうなってんだ?」
思わず冬夜は呟いた。
見れば、そこにあったはずの占いの店が跡形もなく消え去っていたのだ。
さすがの冬夜もこの事態は予想しておらず、それ以上言葉が出てこなかった。
まるで二人して白昼夢でも見ていたかのようだった。
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