第7話 〇〇〇〇を叩きのめしました。

「ど、ドラゴン⁉」


 突如現れたそれは、口元から火を噴き出しつつ、二人を睨み付けていた。アニメや漫画で見るよりもより迫力のある姿に和人はお思わず後ずさりをする。


「和人、お前本当にドラゴン運がいいんだな」

「バカ野郎! そんなもん良くてもうれしくないわ!」


 そう。和人がドラゴンを見るのはこれが初めてではないのだ。以前異世界に来た時も、ドラゴンと出会っている。これはもう運命と言うべきなのだろう。


「グギャオオオオオオ!」


 理由は謎だが、二人を、いや、どちらかと言えば和人を睨み付けながら咆哮するドラゴン。


「お前に気があるのかもしれないぞ。なんだかメスっぽいし、お前のこと好きなんじゃないか?」

「初めてだよ。好意を向けられて死ぬほど嫌だと思ったのは」

「グオオオオオオオオ!」


 突撃してきたドラゴンを再び転移でドラゴンの後ろへと回り、避ける。ドラゴンが突撃した衝撃で先ほどまで冬夜たちが立っていた崖が砕けた。


「やっぱりお前が好きなんじゃないか?」

「お前の目は節穴か! 明らかに涎垂らしてるじゃん! 食う気満々じゃん! 食料としか見てないじゃん!」

「じゃんじゃんうるさいな」

「うるさいとはなんだ! お前が変なこと言うからだろ!」  

「だってお前、ドラゴンって結構希少なんだぞ? この世界にもいるがこの世界の住人ですら一生に一度も見ない人がいるっていうのに、お前は地球の住人なのにこれで見るのは2度目だろ? 明らかに好かれているとしか思えないだろ」 

「こんなのに好かれたかねーよ! 好かれるなら女の子に好かれたいわ!」

「ほら、たぶんあいつ女の子」

「人間のな⁉ あんな強暴そうなドラゴンの子にもててもうれしくないわ!」


 和人は涎をだらだらとたらしつつ周囲を探るドラゴンを指さしいった。思わず大声で叫んでしまったため、ドラゴンがぎろりとその鋭い目を向ける。


「バカかお前は。叫んだら気づかれるに決まってるだろ」


 そう言うと、突撃してきたドラゴンを眺めつつ、転移でその場から離れる。何やら、隣で騒いでいた和人がいたが、気にせず腕をつかんで共に転移した。


「なあ、冬夜。いい加減さっさと片付けてくんない? 俺もう疲れた」

「まあ、そうだな。久しぶりに運動でもするか」

「え?」


 そういうと、冬夜は一人でドラゴンの目の前に転移する。


「さあ、どっちが格下なのか教えてやろう」







 突然現れた獲物に動揺しつつも、ドラゴンは目の前の獲物に食いついた。だが、食いついた瞬間に獲物の姿はなく、同時に、頭に強烈な衝撃がかかる。獲物にかかと落としを食らわされたためだ。


「グギャオオオオオオ!」

「おお、結構固いな。さすがは空飛ぶトカゲ」


 侮辱されたのが分かったドラゴンは勢いよく頭を振って獲物を落とすと、落下する無防備な獲物に食らいついた。が、またしてもその姿が掻き消えた。

 どこにいるのかと視線を漂わせるが、その姿が見つからない。


「ここだよ。どこ見てんだ? このトカゲちゃんは」


 ドラゴンは声の方を振り向くと、崖の上ではなく下に、それも自分の足元にそいつはいた。姿を捉えたので、多量に空気を吸い込むと勢いよく吐き出す。すると、空気が口から出るのではなく、炎が出る。ドラゴンブレスだ。

 とてつもない熱量が叩きつけられ、土は溶解してしまった。獲物は燃えてなくなってしまったが仕方がない、もう一人を食ってしまおうと、もう一人の獲物を探そうとした瞬間、背後から、


「どうしたんだ? それだけか? トカゲちゃん」


 聞こえるはずのない声が聞こえてきた。確かに獲物がブレスに飲み込まれるところを確認したのになぜか背後にいる。


「グガアアアアアアアアアアア!!」


 ドラゴンは怒りが頂点に達し、尻尾でそこにいるであろう獲物を叩き潰しそうとした。が、またしても外れてしまう。そして憎き奴は、今度は目の前に現れた。


「歯、食いしばれよ?」


 獲物は一気に跳躍すると、人間では到底不可能な高さ、自分の腹まで跳び、ドラゴンは拳をたたきつけられた。


「グギャアアアアアアアアア!?」


 ドラゴンに一度も味わったことのない痛みが走る。

 獲物はそのまま空中でくるりと回転すると、自分の腹を足場にして跳躍し、ドラゴンは顎に強烈な一撃を食らわせられた。

 そして自分の体は、ズシンと音を立てて倒れるのだった。

 そして薄れゆく意識の中ドラゴンは聞いた。


「はぁ、疲れた。帰って寝たい」






「おい、冬夜! お前あんなこともできたんだな!」


 ドラゴン退治が終わった後、和人の元に戻ると、和人は興奮した様子で話しかけてきた。何か、ヒーローにでも出会った少年のような笑みを浮かべている。


「なんだ? いったい。何か悪い物でも食ったか?」

「んなわけあるか。そんなもんがこの荒れた土地のどこにあるんだ。それよりも冬夜! お前本当にすげーな! 何なんだあの身体能力は! 最初はマジで冷や汗もんだったけど途中から思わず興奮しちまった!」

「あー、和人には言ったことなかったか。あれは神力の応用だ。体にめぐらせると、身体能力を向上させる効果もあるんだ。便利だろ?」

「ああ、どこぞの俺ツエーもののアニメでも見ているのかと思ったぜ」


 未だ興奮が冷めないようで、和人の手はプルプルと震えている。


「もしかして心配かけたか?」

「いや、まあ最初はちょっと心配したが、お前の強さは知っているからな。そうやすやすと死にはしないと思っていたぞ」

「そうか」


 たいして気にもしていない様子に冬夜はほっとする。もしや、かなり心配をかけてしまったのではないかと気になっていたのだ。


「それで、あれはどうするんだ? まさか死んでないよな?」


 和人が指差す先には大きな巨体を地面につけたドラゴンの姿があった。


「まさか。殺すわけないだろ。あいつには丁重に元の世界にお戻りしてもらわんといかんからな」

「おまえ、丁重の意味をもう一度調べなおしたらどうだ? あんなにぼこぼこにしておいてそれはないだろ」

「十分丁重だろ? 本気でふるぼっこにしたわけじゃないんだから」

「……まあそうかもな。お前の本気はこんなもんじゃないか」


 和人は冬夜の本気を一度見ているため、納得するのは簡単だったようだ。


「それじゃあ、ドラゴンにはこれでご退場っと」


 冬夜はドラゴンに手を向けると、ドラゴンの周りに巨大な植物のつるが数本生える。それらは急成長し、ドラゴンに巻きつくと、勢いよくドラゴンを歪みの向こう側へと放り捨てた。

 その後、冬夜たちは歪みの近くまで転移する。冬夜は手を歪みに向けると、神力を歪みへと流し込む。


「この大きさの歪みなら30分くらいで修復できるな」

「それって早い方なのか?」

「さあな、他の人と比べたこともないから分からないな」


 二人は無駄話をしつつ、歪みが修復されるのを待つ。

 冬夜の予測通り、歪みは30分ほどで完全に修復された。


「さあ、これで終わりだ。お疲れ様」

「ああ、お疲れさん。冬夜、これで雪菜さんに何も言われないよな」

「そうだな。ちゃんと仕事は終わらせたからな。これで文句でも言われようものなら、キレる自信がある」

「キレられるのか? あの人相手に」

「……まあ、文句くらいは言えるか」

「あの人にキレるとか勇者だろ」

「ああ、それも蛮勇の方な」


 冬夜は一つ大きな伸びをする。青く澄んだ空が視界いっぱいに広がる。これで空気も綺麗だったらよかったのだが、残念ながらここはあまりにも砂っぽい。


「じゃあ、帰るか」

「ああ、ありがとな冬夜。結構楽しかったぜ」


 和人の言葉に冬夜は笑みを浮かべると、和人の肩に手を置き二人はその場から姿を消した。


「ただいまっと」


 いつもの見慣れた部屋に視界が戻る。部屋の一角には畳が敷かれておらず、そこだけは土足可能な場所がつくられている。いつも、部屋から異世界へと転移するためだ。


「今帰ったのか」


 二人が玄関へと向かうと、居間の扉から雪菜が姿を現した。


「ただいま、雪菜さん」

「二人とも遅かったな」

「ああ、ちょっと向こうの知り合いに和人を紹介していたからな。歪み自体はしっかりと修復してきたから問題ないだろ」

「ああ。ならいい。これからも、サボらずに仕事をこなせよ」

「……なんだよ、サボらずにって」

「ん? ばれてないとでも思ったのか? お前、一人で仕事をこなしに行った時は必ずと言っていいほど向こうの世界のどっかで睡眠をとっているだろう。そうでもなければそんなに時間がかかるものでもないからな」

「お前そんなことしてたのか? よく学校に間に合うな」


 ばれないと思っていた冬夜は冷や汗をだらだらと流しながらそっぽを向いた。


「ごほん! まあ、それはいいとして。雪菜さん、何か食べたいものはありますでしょうか」

「刺身で手を打ってやろう。もちろん、食材代はお前の仕事代から差っ引くからな」

「……はい」


 欲しいものがあったのにと嘆く冬夜であった。


「そういえば、雪菜さん。俺ってついていく意味あったんですか? 向こうの人たちを紹介してもらったので、逆に時間かかってる気がするんですが」


 和人の疑問ももっともなものだ。転移を使えば現地にすぐ着くので、たいして時間がかからない。むしろ和人が一緒についていくことで、説明などに時間がかかってしまっている。それなのにどうしてついていかせたのか。その疑問に雪菜は答える。


「まあ、さっきも言ったことだが、一つ目は冬夜が向こうでサボるのを止めさせるためだな。今回は説明も兼ねてだから時間がかかるのは仕方のないことだ。次からは遊び放題していなければそれでいい」

「冬夜ってそんなに向こうでサボってるんですか?」

「ああ、もう信じられないくらいサボっている。2時間もかからない仕事に5,6時間かけてるんだ。もうサボっているとしか言いようがないだろ」


 雪菜の言葉を聞き正気を疑うような視線を送ってくる和人から逃れるように、冬夜は視線を逸らした。


「二つ目だが、冬夜にそろそろ誰かを守ることを学んでほしかったのでな。こいつには戦う力を教えたものの、誰かを守りながらと言うのはまだ教えていなかった。街中であっても何かしら危険がある。それらから誰かを守ることを学んでもらいたくてな」


 雪菜は、まるで親が子を見るように冬夜に視線を向ける。その視線を受けて、冬夜は少し恥ずかしそうに目を逸らした。

 和人は雪菜からの説明に納得したように頷く。


「でもそれって、俺が危険な目に合うってことですよね。実際に向こうで何度か死にかけたんですが……。もし冬夜が俺を守るのを失敗した場合どうなるんですか?」

「……それは、あれだ。尊い犠牲だったと手を合わせておいてやる。だから安心して逝け」

「安心できるか! 何ですかそれ! 俺は死んでもいいんですか⁉」

「まあ、冬夜なら大丈夫だろうと思っていたからな。実際大丈夫だっただろ?」

「それは結果論です! 冬夜も黙ってないで何とかいえよ!」

「大丈夫だ和人。お前が死んでも俺の心の中にいるからな」

「何を笑顔でぬかすかこの怠け者は! もうこの家族おかしいよ」


 すると、雪菜はため息を吐き、懐から一枚の封筒を取り出し和人に手渡した。


「これがお前の今日の給料だ」


 それを見たとたんに和人は急に眼の色を変える。


「えっ、これもらえるんですか? それも今日一日分でこれだけ?」

「そうだ。次回からも日当これだけやるが、どうする?」

「あ、はい。精一杯務めさせてもらいます」


 和人が雪菜の奴隷に成り下がった瞬間であった。






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